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「お義姉様、お体は大丈夫?疲れていない?」
難しい話もいろいろあったので、妊娠中のクロエ義姉様が心配になり顔を覗きこんで尋ねた。けれどクロエ義姉様は朗らかに笑って
「全く問題ないわ。元気よ、それにお腹のこの子にもちゃんと聞かせて、しっかりとした子になってもらわないとね」
「義姉上頼もしいー!!」
ヒュー兄様が騒がしい。それに戯けたようにウインクを返すクロエ義姉様。
二人のその様子に私もクスクス笑ってしまうけれど、さっきの会話を思い出してしゅんとする。
「あの、ヒュー兄様ごめんなさい。さっきのお話、私よく分からなかったの。やっぱりまだまだ勉強不足だわ私」
「私にも分からなかったから同じよ、オリアーナ。でも、思うに私たち二人は情報不足なんじゃないかしら。私たちに話されていない情報があるのじゃない?ヒューバート様」
クロエ義姉様の指摘にヒュー兄様は軽く目を開いた後、次いで苦笑した。
「はい。正解です。でも、ちょっと軽々しく口にできない情報なんですよ。父上たちからの話があるまで待ってください」
重大機密の情報ー。
「オリアーナ、それよりもさ、最近アルヴィンとは会ったわけ?」
急にヒュー兄様が話を変えてニヤニヤと笑った。急にそんなことを言われて頬が熱くなる。
「あ、会っていません!最近ヒュー兄様を訪ねても来られないし、そもそも数度しかお会いしたことはありません!」
「うんうん。分かってるよそれは。だからさー、ほんの数回会っただけで完全に惚れちゃってるのすごいよな」
「え!?」
ヒュー兄様の言葉に絶句する。私がアルヴィン様に恋したことは誰にも話してない。それこそ腹心の侍女ミナにさえ。だって、私は公爵家の娘だ。身分が高いのだから、国と家の為に結婚するのが当然だし、義務だと思う。そして、夫婦仲が良い両親や兄夫婦を見てきた私は、政略結婚したら、その相手を絶対に愛そうと決めていた。政略の相手でも絶対に好きになって必ず両親たちのような夫婦になって家族をつくる。そう決意していた。
だから、父が婚約話を持ってきたら、初恋は良い思い出として胸に秘めようと思っていた。
なのに、なんでヒュー兄様にばれているの!?
「いや、あなたがアルヴィン様のこと好きなのってバレバレよ?」
「え!?」
クロエ義姉様まで呆れたように言ってくる。
「一目惚れ?でもさ、ぶっちゃけ、アルヴィンって別に特別美形ってわけじゃないじゃん?」
「え!!??」
「すっごく頭はいいし、仕事できるけど。それに、なんか特別に何かされたわけでもないじゃん?え?俺知らないだけでアルヴィンに口説かれたの?」
「アルヴィン様はそんなことしません!!!いつも紳士的でした!!!!!」
思ってもいない数々に狼狽してしまったけど、ヒュー兄様の聞き捨てならない言葉に咄嗟に叫んだ。アルヴィン様の名誉は絶対に傷つけられない!
「大人しいオリアーナが珍しい。恋する乙女は可愛らしいわね」
「紳士的ねぇ」
私の叫びに二人は感心したようつぶやいた。
事実、アルヴィン様に口説かれたことなんて全くない。あの方はいつも適切な距離を保ち、あくまで礼儀正しくそれでいて多少の親しみを込めて接して下さった。
「私は、まだお父様からは何も言われてませんけど、お姉様たちと同じように他国へ嫁ぐものだと思ってます」
そう。なので私は他国の言葉も余分に勉強してきた。クロエ義姉様の出身の西の隣国や、北のガルリアド王国などの近隣の国々は言語が同じだが、海の向こう側では言葉が違う。どこに嫁いでも大丈夫なように準備をしてきたのだ。
「でもオリー」
ヒュー兄様が何か言いかけた丁度その時扉が開かれ、両親と兄が部屋に入ってきた。どうやら話し合いは終わったみたい。そのまま父は私のところにまっすぐ向かってきて、そうして立ったまま私に告げた。
「お前の嫁ぎ先が決まった。ステル辺境伯爵家だ。アルヴィン・ステルと結婚しなさい」