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真剣な表情で私を見据えるアルヴィン様の顔は、ひどく青白い。
殴られた肩がひどく痛むのかもしれない。
心配で慌てて声をかけた。
「肩が痛むのですか?大丈夫ですか!?」
「僕の肩なんてどうでもいいです」
きっぱりと言い切られてしまった。
そして再度尋ねられる。
心配してくれてありがとうございます、隣に行ってもいいですか、と。
ぎこちなく頷くとアルヴィン様は静かに私の隣に座った。
四人がけのソファーに座っていたのだけれど、私の隣に座ったアルヴィン様との距離は、だいぶ近い。
とりあえず疑問に思ったことを尋ねた。
「あの…いつからこちらに?」
「…。ヒューバートが貴女に、僕にリリーのことをちゃんと話せ、と言っていたあたりからです。…元々この部屋で落ち合う予定だったので」
「そうだったんですか」
そう言ったっきり部屋に沈黙が落ちる。
アルヴィン様は相変わらずの青白い顔で、眉を寄せて厳しい顔をしている。
いつも微笑んでいることが多い方だから、こんな表情をして黙りこんでいるのは珍しい。
私も、きちんとすべて話すと決めたのに、いざしようと思うとどこから話し始めるべきか考えあぐねていた。
そんな沈黙を破ったのは硬い声のアルヴィン様。
「リリーがオリアーナ様に何か言ったんですか?お願いです、どうか僕にも全て話していただけませんか?」
懇願するような響きのそれ。
私も覚悟をきめて、大きく息を吸い込む。
そしてヒュー兄様に話したようにステル領に行ってからの事、私が思ったことを全てアルヴィン様に伝える為口を開いた。
アルヴィン様も、兄様同様、私が話し終えるまで黙って聞いていてくれた。
そして私が話し終わると、座っていた体を私の方へと向き直し深く深く頭を下げる。
「リリーと使用人たちがオリアーナ様にそんな態度を…っ。すみません。貴女にそんな失礼なことを、本当に申し訳ないです。
全てステル家の至らなさ、そして僕の情けなさによるものです。
…オリアーナ様が良ければ、おそらくリリーがそのように言った経緯を話してもいいでしょうか?」
緊張でぎゅっと両手を握りしめる。
ちゃんと、聞かなきゃ。
そうして私も深く頷いた。
ー リリーが言っていたサラとは、僕とリリーの幼馴染であるサラ・ホーガンのことです。
サラの父親はステル領で学者をしていて、特に地質学の専門家でした。
以前からホーガン博士はモカ山脈一帯の地質の研究をしていて、金のことをつきとめたのも博士です。
そんな博士を、父は昔から支援していて、研究結果などを父に報告する際に娘のサラも屋敷に連れてきたのが、僕たち兄妹との出会いでした。
初めて僕らが会ったのは、確か…僕が十二歳でサラが十歳、リリーが六歳の時だったと思います。
リリーは幼いころ病弱で、あまり外にでることができなくて。友人もほとんどいなくて。
そんなリリーとサラはすぐに仲良くなりました。
サラの方が年上だったので、リリーはサラをまるで姉のように慕っていましたね。
僕も仲良くしている二人を見るのは嬉しかったですし。
リリーの体調が心配なのもあって二人が遊んでいるのを見守っていて、自然と三人でいることが多くなりました。
それから成長と共に体力もついたのか、リリーは前ほど寝込むことも少なくなりましたが、二人の仲の良さは変わらずでした。
僕も十五になっていて、もう少しで王都の学園に入学する時…サラの母親が急逝したんです。
酔った男に突き飛ばされ…打ち所が悪くそのまま…。
勿論男はすぐさま捕まえられ、然るべき処罰もなされましたが、サラは、当然ですが、ひどく取り乱して憔悴して。
食事もとらなくなった彼女を、博士も、彼女を可愛がっていた僕の両親も心配してあれこれと手をつくしたんですが。
リリーも僕も何度も見舞いに行きました。
そうして少しずつサラは、段々とリリーや大人たちの前では、前と同じく気丈に振る舞うようにはなったのですが、その反動でしょうか。
年上である僕の前でだけ以前よりひどく甘えるようになりました。
側にいてくれ、離れないでくれ、と。
まるで縋り付くようで。
サラのそんな姿を見た僕は…僕が守ってやらないと、といっぱしの騎士きどりで生意気にも思ってしまったんです。
辺境伯を継ぐ身として、然るべき家から妻を迎えステル領に利益となる結婚をすることは当然だと、理解していたのに。
しかし、父は一向に僕の婚約者を決める気配もなく。
…もしかしたら、このままサラを妻にすることができるかもしれない、と。
そうすればずっとサラを守っていける、と。
その考えが、長いこと頭の中にあったのは認めます。
けれど、それは口にしないまま僕は王都に行く日を迎え。
泣きじゃくるサラから頼まれ、手紙のやり取りの約束をして僕はステル領を後にしました。
学園にいる三年間、サラとは手紙のやりとりをしていて、寮で同室だったヒューにも幼馴染と文通していると話していたので、ヒューもサラのことは知っていたんです。
…学園を卒業してからは、父の元で領地運営の勉強をしつつ王家とのやり取りなど、目まぐるしく。
そうしているうちに、モカ山脈での金関係やサイ公爵から婚約の申し出があり…。
サイ家からの婚約と共に提示された支援は、ステル家にとっても領地にとっても非常に魅力的でした。
サイ家と縁戚になれば太い人脈も得られますし、そういった意味でも大変利益があるこの婚約を父も僕もすぐお受けすることになったのです。
…サラに実際求婚したことはありません。
しかし、サラとずっと手紙のやりとりをしていたのは事実ですし、リリーも一部の使用人も僕とサラが結婚すると疑っていなかったのでしょう。
オリアーナ様との婚約の打診があった時、直接サラに会ってそのことは伝えました。
サイ家令嬢と婚約すると。
だから、手紙のやり取りはもうできないし、いくら幼馴染みといえど婚約者以外の女性とは頻繁に会えないと。
リリーも使用人たちにも誤解をあたえてしまったのは僕の説明不足ですし、いい加減な噂を屋敷内で許してしまったのも管理不足。
次にステル家をまとめる立場になる、僕の力不足です。
オリアーナ様は何ひとつ悪くないのに、申し訳ありません。ーー
アルヴィン様は、昔を思い出すように時には遠い目をして、時には顔を歪ませて話してくださった。
真摯に謝罪してくださった。
さっきから、胸がひきつるように痛い。
痛くて痛くて。
こんな痛みは生まれて初めてだった。
経緯と事実を話してはくれたけれど、ねぇアルヴィン様、アルヴィン様はきっともっと…
「辛かったですよね。…サラ様と恋人だったんでしょう?サラ様を守っていこうとなさっていたんでしょう?家と領地の為とはいえ、心は別でしょう…だってアルヴィン様は、サラ様を好きだったんですものね」
思わず口をついて出た言葉に、アルヴィン様は体を強張らせた。




