間 ツェザーリ
ガルリアド王国第三王子である、ツェザーリ・イヴァン・ガルリアドは眉をしかめて扉の前に立っていた。
扉の中からは、女の嬌声と荒い息づかい。
声を抑える様子もない女の下品な声がただただとてつもなく不快だ。
他人の情事など盗み聞きする趣味はない。
こんな不愉快な思いをしてまで、こうして待っているのは、ひとえに中で享楽に耽っている男に用があるからだ。
予め時間を指定して部屋を訪ねたのにこのザマ。
チッと舌打ちしてイライラをおさめようと努める。
しばらくして部屋の扉が開かれ、中から女が足早に出て行った。
興味もないので、特に顔を見る気もない。
正直、情事の後が色濃く残る部屋になど入りたくもなかったが。
しょうがないのでため息をこぼして入室した。
「いい加減にして下さいよ兄上」
声をかけると、衣服を乱した銀髪の男ー、ガルリアド王国第二王子、ベルナルト・ガニー・ガルリアドがにやりと笑った。
「そう怒るな。彼女から誘ってきたんだよ、女性からの誘いを断るなんて失礼だろう」
「兄上。自分が今までしでかしている事の重大さを自覚してますか?他国で貴族令嬢と勝手に恋仲になり、勝手に国に連れてきて、勝手に王宮で今までの婚約者との婚約破棄及びベティ嬢との婚約宣言をしましたよね。これがどれだけ前代未聞の醜聞か分かってるんですか。なのに他の女と火遊びですか」
怒気を込めて詰め寄っても、当のベルナルトは肩を竦めてどこ吹く風だ。
「ベティ嬢が妊娠していて、兄上が囲っているとか」
「ああ。もちろん、俺はベティと結婚するからな」
ツェザーリが青い目をきつく尖らせて、ベルナルトをにらみつける。
兄弟で同じ銀髪碧眼の色彩を持つ二人だが顔の造作が異なるのは、やはり母親が違うからか。
「…それを王家が許すとでも?父上も相当お怒りだったではないですか、一方的に婚約破棄された侯爵家も今回のことは許していないんですよ」
「ベティとの真実の愛に気づいたんだからしょうがないだろう。彼女は俺が守ってやらねばならないんだ。か弱くて不遇な立場にいるんだぞ。それに、何も平民の女じゃない、貴族令嬢だ」
何がか弱いだ。未婚で男漁りに明け暮れている、股と頭のゆるい馬鹿女に。
何が問題か全く理解していないベルナルトの言葉に、ツェザーリは無言で眼鏡を指で上げた。
そんなツェザーリを見て、お前は真面目すぎて愛の情熱を知らないから、などとベルナルトがうそぶく。
「それにな、お前は知らないだろうがベティと結婚することで我が国は多いなる利益がもたらされる。城の皆はそれを知らないから闇雲に反対するんだ。
……国に対する貢献の深さを知れば、父上も誰が王太子に相応しいか考えなおすさ」
密やかに告げられた言葉にツェザーリは胸の内で嘆息した。……やっぱりか。確定だな。
「……兄上、そんな大それたことを僕に言ってしまっていいんですか。アラム兄上への謀反のように聞こえますが…」
「アラム兄上の政務を実際に取り仕切っているのはお前だろう?ツェザーリももう嫌気がさしているだろう、兄上の影に隠れて苦労するのは。
俺が救ってやる。俺が王太子になってツェザーリの好きに政務をさせてやるから」
憐れみを込めて微笑むベルナルトに、ツェザーリは無言を通した。
そして、硬い口調で告げる。
「今日僕が兄上を訪ねたのは、父上とアラム兄上からの伝言を伝えにです。
ルーベルトリア王国王太子の誕生日パーティーに僕と二人で出席するように、と」
「ネイト殿下の誕生日パーティーか!そろそろベティにも会いたいしちょうどいいな」
「…これは公務ですから。お忘れなきよう」
そう吐き捨てて、ツェザーリはベルナルトに背を向けて部屋を出て行った。
…もう、どうしようもないな。
ーーーーーー
ガルリアド王国と隣国のルーベルトリア王国は二百年ほど前は領土を巡って戦争も起こした相手だが、今はすっかり友好国だ。
二カ国も含め地つながりの周辺国は、言語もいっしょな為、人の行き来も頻繁に行われている。
国力も文化的発展も大体同等のガルリアドとルーベルトリア。
王太子の誕生日パーティーに出席しているツェザーリとベルナルトは、賓客として各貴族の挨拶を受け、また挨拶に行ってはと忙しくしていた。
ルーベルトリアではあまり見ない色彩を持つ二人の王子は注目の的だ。
さらに二人とも、整った顔をしている為夫人方や令嬢から熱い視線を送られている。
もちろんそんな事には慣れているので、ツェザーリは無視するが。
ベルナルトは悪い気はしないようで機嫌良くワインを飲んでいた。
「ネイト殿下の婚約者の王女、初めて見たな」
「東の国の方ですからね。お目にかかるのも稀でしょう。あの民族衣装は綺麗でしたね」
「衣装は珍しかったが、ネイト殿下と同じ年にしては随分と幼く見えた。東の国の人間はみんなあんな感じなんだろうか」
小声で軽口を言い合っていると、ご歓談中失礼します、と落ち着いたしっとりとした声音で話しかけられた。ツェザーリとベルナルトは、声のかけられた方に向き直る。
そして、目の前の人物を目に留めて息をのんだ。
「ベルナルト王子、ツェザーリ王子。お久しぶりでございます、アルヴィン・ステルです。お二方にご挨拶をと思い失礼させて頂きました」
丁寧な態度で静かに微笑んで挨拶をしてきたのは、以前に数回会ったことがある、次期ステル辺境伯だ。
相変わらず無害そうに穏やかに微笑んでいるが、その実一筋縄ではいかないキレ者であることをツェザーリは分かっていた。
自分と同じ年だが、政治的手腕は自分より上かもしれないと高く買っている。
国境を接する領地を管理する立場な為、これからのことも考えて親睦を深めるのは重要だ。
そうツェザーリは考えて、今回のパーティーでも重要人物と捉えていたのだが…。
アルヴィン・ステルよりも、彼が伴って連れてきた女性にこそ目を見張ってしまった。
目尻が上がったツンとしたつり目が、気の強さを感じさせる。
濡羽色の黒髪は複雑に編み込まれ、真っ白なうなじを惜しげもなく晒していた。
しかし濃い青のドレス自体は露出が殆どなく、形もごくごくシンプルな為かえって彼女のスタイルの良さを際立たせていた。
豊満な胸にくびれた腰。
見ようによっては、男好きのする派手派手しい美貌なのに、彼女が身につけている真珠の清楚な輝きと伏し目がちな表情が、気品溢れる美女へと見せる。
これは、ガルリアドでも中々見ないほどの美人だ。
「お久しぶりです、アルヴィン殿。お元気そうで。
この度はネイト殿下の誕生日パーティーに僕たちも招待して頂き、楽しませてもらっていますよ」
はっとして、女性に見惚れていたなどなかったように挨拶を返すツェザーリ。
アルヴィン・ステルが伴ってきたということで、大体女性との関係性は察することができる。
しかし、隣で同じように息をのんでいたベルナルトは違ったようだ。
女性から目を離さずうわ言のように呟いた。
「こちらの女性は?今まで見かけたことがなかったが…」
ツェザーリは思わず舌打ちしたくなった。
挨拶を無視して女性の紹介を求めるなど、いくらなんでも辺境伯子息に対して無礼すぎる。
しかし、アルヴィン・ステルは特に気にした様子もなく落ち着いた口調で紹介し始めた。
「彼女はサイ公爵令嬢、オリアーナ嬢です。
そして僕の婚約者でもあります」
「お初にお目にかかります。サイ家四女、オリアーナでございます」
それまで伏し目がちでいたオリアーナが、顔を上げてまっすぐ二人を見て挨拶した。
サイ家…、と口の中で呟いてツェザーリは納得する。
ルーベルトリアのサイ家といえば、王家とも連なる名家だ。それこそ王族に嫁げるほどの高い身分。
確かサイ家の他の息女は他国の王族に輿入れしていたはずだ。
そんなサイ家が、今ステル家と姻戚になるということは…。頭の中でこれまでの情報と情勢を瞬時に組み立てて、やはり一刻も早くアルヴィン・ステルと話しをする必要があると判断した。
隣でひたすらオリアーナを見つめるベルナルトのことは、すっかり頭からなくなっていた。
2.5 誤字報告ありがとうございます。修正致しました。




