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アルヴィン様はけっこう甘いものがお好きらしい。
目の前でケーキをぱくぱくと食べる姿を見て、なんだか可愛いと思ってしまった。
装飾店を後にしてから玩具とハーブティーを買いに行き、その後話題と評判のケーキを食べに来ていた。
話題なだけあって、店内にはたくさんの人が来店していてとても活気がある。
こんなに人が多いのに併設されている飲食スペースで席を取れたのは本当に幸運だわ。
私もアルヴィン様も一番人気の苺のケーキを頼む。
ほどなくして運ばれてきたのは、苺をまるで花びらのようにカットして、見た目にも華やかなケーキだった。
口に含むと、甘いクリームに苺の甘酸っぱさが加わってまさに絶品。スポンジの中に加えられたクルミの食感も楽しい。
「〜〜っ」
美味しくて、声には出さずに悶絶していると、私以上に目の前のアルヴィン様が喜んでいた。
顔中を喜色満面にして、にこにことしてフォークを進めている。
普段の穏やかで大人びた微笑みとはまるで違う。
まさに無邪気な笑顔。
「アルヴィン様、話題なだけあってとっっても美味しいですね!このケーキ」
「はい。本当に美味しい。何個でもいけますねこれ」
「ふふっ。アルヴィン様は甘党なんですね」
そういえば、紅茶にもミルクをたっぷり入れるのがお好きだと言っていたっけ。
こんなに無邪気な顔のアルヴィン様は初めて見た。
また、アルヴィン様の新しい面が知れてとっても嬉しい。
…お店で見た、辛そうな切なそうな顔なんてなかったみたい…。
その時の表情を思い出してしまって、急いで頭をふって打ち消す。
あの後、アルヴィン様は何でもない様に振舞っている。
きっと、触れてほしくないことだ。
私は、まだ触れることを許してもらえてないことだ。
いつかアルヴィン様と本当の夫婦になれたら、心の内も話してくださるかも。
その為にもアルヴィン様に好きになってもらえるように頑張らないと!
フォークを置いて、アルヴィン様の顔をじっと見つめる。
「オリアーナ様?」
じーっと見つめる。
薄茶の少し長めのサラサラの髪。
奥二重で意外と睫毛が長い。こんなにまじまじとお顔を見つめたことがなかったから、初めて知った。
私が黙って見ていることが不思議なんだろう、いつも優しげに細めている茶色の瞳は今は困惑で揺れている。薄い茶色の色彩が揺れてまるでガラス玉みたい。綺麗。薄い唇。
やっぱり、どことなく儚げがある印象。
全体的に線が細いからかしら?
じーっと見つめる。
でも、ここまでが限界だった。
我慢していたけれどとうとう耐えきれなくて、顔を真っ赤にして俯いてしまう。
「どうしたんですか?急に黙ってしまって」
アルヴィン様に好きになってもらう為、その三。
ミナ曰く、じっと相手の目を見つめること!
好きな殿方は目で落とすべし!!
(わ、私のほうが目で落とされたわ…!!)
胸の高まりが止まらない。アルヴィン様と見つめ合ってしまった…!!
「気分が悪くなってしまいましたか?」
アルヴィン様が気遣わしげに尋ねてくる。
私の挙動不審な行動に困惑しているみたい。
慌てて、大丈夫だと伝える。いけない、不要な心配をかけてしまって反省だわ。
ちらっとアルヴィン様を見ると、安心したのかまたいつもの優しげな微笑みを浮かべていた。
「こんなに美味しいケーキなので、サイ公爵も気に入られるでしょうね。僕も父や屋敷の皆にお土産を買って行こうかな」
「…そうですね。」
私はこんなにドキドキしているのに、アルヴィン様は全くいつも通り。
見つめあったけれど、特にときめいた様子はない。
(その三は失敗だったみたいよ、ミナ)
肩を落として、心の中でミナに謝罪した。
美味しいケーキを堪能して、しっかりお土産も買った後は少し街の広場を散策しようということになった。
なんでも、近くに大きな広場があり噴水が有名らしい。
アルヴィン様ともっといっしょにいられるなんて心が躍る。
私の歩幅に合わせてゆっくり歩いて下さるアルヴィン様。何でもない風に、自然とそうしてくれているけれど。そういった優しさも大好きな内のひとつ。
「殿下の誕生日パーティーまであと四日ですか。オリアーナ様はルリ王女とは初対面ですよね?」
「はい。ですがお兄様たちから、王女はとてもお優しくて奥ゆかしい方だと聞いております。殿下とも仲睦まじくていらっしゃるとか」
我が国の王太子殿下ーネイト殿下と、海を渡った東の国のルリ王女は幼少の頃からの婚約者同士。
遠方にある国なので、そう頻繁にはお会いできないそうだが、ずっと文通を通して想いを通わせあった所謂幼馴染であるらしい。
「小さい頃からの幼馴染で、ずっと想い合われているなんて素敵ですよね!殿下と王女のことは貴族令嬢の中でも憧れの的なんですよ」
「……そうですね、素敵だと僕も思います」
少し目を伏せて答えるアルヴィン様。
目を伏せると睫毛が長いのがよく分かる。
「あの、ところでガルリアド王国の第三王子とはどのような方なんでしょうか?」
第二王子の軽薄な話は聞くけれど、第三王子のことは優秀だとしか聞いたことがなかった。
「僕も数回しかお会いしたことはありませんが、ガルリアド王国王太子の右腕、といった感じでしょうか。とても優秀な実務に長けた政治家ですね。
王太子と容姿も似ています。母親が同じ兄弟だからだと思いますが。年は僕と同じだったはずです」
「えっと?」
「ああ、あそこの兄弟は第二王子だけ母親が違うんですよ。小さい頃に実母が亡くなって、すぐに王家に引き取られたのであまり知られていませんが」
「そ、そうだったんですね。不勉強でお恥ずかしいです」
隣国のことなのに、その情報は知らなかった。
勉強が足りなくて恥ずかしくなってしまう。
もう!何をやっているのかしら私!
まだまだ未熟な自分が悔しい。
「不勉強なんかじゃないですよ、本当に。長年口止めされていたことですし、気にしないで下さい。
…とにかく第三王子は真面目な方ですし特に心配はありません。第二王子は、ちょっと何を言いだすか予測がつきませんが…、オリアーナ様のことは僕がお守りしますから、何も心配することはありませんよ。
任せてください」
アルヴィン様が私に向き直って、真摯な声で告げた。だから私も、恥ずかしいけれどきちんとアルヴィン様の顔を見て答える。ちゃんと、私の考えを。
「ありがとうございます。アルヴィン様のお言葉、嬉しいです。ですが、私だけ守っていただくというのは結構です」
「え」
「私たちは婚約しています。結婚するんですもの。
あの、お、おこがましいですが、私もアルヴィン様をお守りします。したいんです。だって夫婦ってそういうものでしょう?」
「……」
「ですから、パーティーでもアルヴィン様のお役にたてるように私頑張りますから。ルリ王女のお力にもなれるように、頑張ります。アルヴィン様の婚約者として恥ずかしくない様に」
「オリアーナ様…」
「アルヴィン様に選んで頂いたイヤリングとネックレス、一生大切にします。これを着ければきっともっと自信が持てる、そんな気がするんです」
「一生なんて…。今度はもっと良いものを贈りますよ。…女性は贈り物がお好きでしょう?」
「え?えっと、はい。アルヴィン様に頂けるものなら何でも嬉しいですけれど…。でも装飾品はもう頂けません。だって、こんなに素敵なものを贈ってもらいましたもの!」
笑顔ではっきりと答えた私に、アルヴィン様が困ったように眉を下げた。
「ではほかに何が欲しいですか?ドレスですか?絵画ですか?オリアーナ様は何を貰ったら喜びますか?」
欲しいものはあったので、特に考えずすぐ答える。私が嬉しいのは…
「良ければ、お手紙を貰えると嬉しいです!勿論お暇な時で構いません。以前、婚約したばかりの頃ステル領から王都にいる私までお手紙を下さいましたよね。とても嬉しかったし楽しかったんです。そ、それに、私、アルヴィン様のことを、すすす好き、なのでアルヴィン様の字もとっても綺麗で素敵だと思ってまして…!」
「……、」
すると、アルヴィン様は言葉を失くして俯いてしまった。ど、どうしよう!?やっぱりお忙しいのに手紙が欲しいなんてわがままだったかしら!?
あわあわと狼狽えていると、ポツリと声が聞こえた。
「本当に、僕のことを好いてくれているんですね」
「す、好きです!前も言いましたけどお、お慕いしています!なので、えっとよろしくお願いします!」
好きになってもらう為にその四!
気持ちを素直に言う。好意を伝える!
初めての告白はみっともなく終わってしまったけれど、今回も似たような感じになってしまった。
胸がドキドキして痛いけれど、何度でもアルヴィン様に伝えるって決めた。私の気持ち。
「…こちらこそよろしくお願いします」
俯いていた顔を上げて、そっと笑ってくれたアルヴィン様。
不意に右手を伸ばしかけて、途中ではっとしたように止まってまた降ろされた。
何だろう?
よく分からなくて、目をパチパチさせていると、苦笑したアルヴィン様から帰りましょう、と促された。
アルヴィン様との初めてのお出かけ。大切な思い出としてきっとずっと忘れない日になった。