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もう間違えません  作者: アカイ葵
18/24

オパール 1



お義母様へ


拝啓

秋も深まり朝夕と随分と冷え込むようになってまいりましたね。お風邪など召されていませんか。

リリーさんやそちらの皆さんもお元気にお過ごしでしょうか。

私もサイ家の者たちもつつがなく過ごしております。

先日、長兄に第一子が誕生しました。

母子ともに健康でサイ家一同、喜びに溢れております。

第一子は男の子で、長兄にそっくりです。

両親も長兄も甥の可愛らしい姿に、顔が緩みっぱなしです。勿論私も。

お義父様とアルヴィン様からもお祝いの品を頂きまして、改めてありがとうございます。


とうとう、殿下の誕生日パーティーが後四日後に迫ってまいりました。

前回のお手紙にも書きましたが、殿下の婚約者であるルリ王女がいらっしゃいます。

海を越えて、言語の違う国にいらっしゃる王女に何か少しでもお力添えできるよう、私も頑張りますね。

そうそう、当日のドレスはお義母様からおすすめして頂いた濃い青のものにしようと思います。

そのドレスに合うイヤリングを、アルヴィン様から選んで頂けることとなりました。

いつもなら屋敷に商人がやって来ますが、今回はアルヴィン様がいっしょに装飾店のほうに連れて行って下さるそうです。

私、お店に行くのは初めてなので今から楽しみでたまりません。


アルヴィン様はお仕事でお忙しいのに、合間をぬってはサイ家にも来て下さり、とっても気遣って下さります。いつもお優しいです。


これから本格的な冬がやってくるとお義母様のお体にも負担になる為、南の方に療養に行くお話がでているとお義父様から聞きました。

私も、療養に行かれるのはとても良いことだと思います。

もっと暖かい穏やかな気候の場所でゆっくり療養なされば、きっとお体の具合も良くなります。

私たちの式の日にちも未定ですし、どうかお気になさらずゆっくりと過ごして下さいますよう。

殿下の誕生日パーティーのことなど、またお手紙を書きますね。


敬具




ーーーー



お義母様への手紙を書き終えて、ふぅとひと息ついた。インクが乾くのを待ってから便箋を封筒に入れ、すぐミナを呼ぶ。


「この手紙をステル領までお願い」


「かしこまりました。あぁ、お嬢様、そろそろお出かけの準備をしませんと。アルヴィン様とのお出かけ、楽しみにしてましたものね」


私から手紙を受け取ったミナが、にんまりと笑う。

お義母様への手紙にも書いたけれど、今日は待ちに待ったお出かけの日なのだ!

公爵家で、箱入りの私はあまり城下町に行ったことがない。せいぜいお兄様たちもいっしょの時に店先を覗くくらいだ。

装飾店に入るのも初めてで、しかもアルヴィン様もいっしょなんて胸がわくわくしてしょうがないわ!

私は、にやける顔をなんとか引き締めて、いそいそと出かける準備を始めた。



ちょうど準備が終わった頃に、執事がアルヴィン様の来訪を告げる。

今日は町にでるのだし、動くのに邪魔にならないよう裾があまり広がらないスカート。髪も編み込んで纏めている。

待たせてはいけない、とミナを伴って急いで玄関口に向かうと、アルヴィン様は母に挨拶しているところだった。

そして、私のほうにふと目を向けると、目元を柔らかく細めて声をかけてくださる。

あぁ、もぅ、アルヴィン様素敵。どうして、なんでもない仕草ひとつも、好きな人というだけでこんなに胸が高鳴るのかしら。

アルヴィン様に告白してから、いっそうアルヴィン様が好きになった気がする。

ぽうっとしたまま私も挨拶を返し、アルヴィン様に手を取られて馬車に乗り込んだ。



「誕生日パーティーに付けていくイヤリングの他に買いたい物はありますか?」


馬車の中で向かい合わせで座ったアルヴィン様が、薄茶の髪をさらりと揺らして尋ねた。


「甥に玩具をあげたいです。あと、お義姉様には栄養があると評判の蜂蜜入りのハーブティーを。両親には今町で話題になっているという、ケーキを。お父様、あんなに気難しい顔なさってるのに甘い物に目がないんですよ。あ!ケーキは侍女たちもあげたいわ!えっと、あとダリオ兄様には…」


指折り数えながら話していたら、目の前のアルヴィン様がクスクスと笑いだした。

ハッとして赤くなってしまう。私ったら、あまりにも楽しみにしすぎて喋りすぎてしまったかも…!呆れてらっしゃるかも…!

ちょっと気まずくなって、ちらりとアルヴィン様を上目遣いで見ると、予想に反してひどく優しい顔をしていた。


「オリアーナ様は本当に優しい子ですね。それにその様子は今日の買い物を楽しみにしていてくれたようで。僕のほうこそ嬉しくなってしまいます。赤ん坊の玩具を置いている店や、お茶の専門店も知っているので、装飾店の後に行きましょうね」


「は、はい。よろしくお願いします。…アルヴィン様はどこか寄りたいお店はないのですか?」


「んー。そうですね…、その話題のケーキというのは興味があります。僕たちも食べて行きましょうか」


なんて素敵な提案!アルヴィン様は本当に自然と私を喜ばせるのが上手。 明るく、はい、と返事をして、その後も装飾店に着くまでアルヴィン様ととっても楽しく談笑した。

私も、だいぶアルヴィン様とお話しする際に、しどろもどろにならなくなってきたのだ。

ただ、ずーっとお願いしている、私に敬語と敬称をやめてほしいというお願いは今回もさらりと流されてしまった。アルヴィン様…手強い。




ステル家御用達だという装飾店は、店内もとても広く様々な種類の装飾品が並べられていた。

店主も綺麗に口髭を蓄えた紳士で、私たちに挨拶をしてくれた後はさっそく、私たちの要望を聞いて何点か見繕ってくれる。


「この度は王太子殿下の誕生日パーティーで着用されるイヤリングをお探しだとか。ですと、やはりこれらの物はどうでしょうか」


そう言って店主が見せてくれたのは三点のイヤリング。

ひとつ目は、ダイヤモンドを丸くカットして三連に連なっているもの。

ふたつ目は、大きめなダイヤモンドに小粒のアメジストを合わせたもの。

みっつ目は、金の鎖細工の先にダイヤモンドがついているもの。


店主が勧めてきたのはどれもダイヤモンドをあしらったイヤリングだった。ダイヤモンドが眩いばかりに輝いて、どれもとても華やか。


「やはりオリアーナ様の美貌をさらに引き立たせるのはダイヤモンドだと思いまして。青のドレスに合うものを、とのご要望でしたが、これらはドレスの色にも反射して美しく輝きます。

オリアーナ様のように、華やかに、大胆に」


にこにことしながら、店主は説明してくれる。

本当にどのイヤリングもとっても素敵。

素敵なんだけど…。

(やっぱり私の印象って、大胆とかそういうのなのかなぁ)

心の中でそっと息をついた。

決して気に入らなかったわけじゃないのだけれど。

すると、今までじっとイヤリングを見て黙って説明を聞いていたアルヴィン様が静かに口を開いた。


「ありがとう。せっかくこうして店に来たから、自分でも店内のものを見てみてもいいかな?」


そして、店主ににこりと微笑んで、席を立って行ってしまった。急なことに私は目をパチパチさせるしかない。店主はにこやかに、どうぞ、と言って待っている。アルヴィン様はすぐに戻って来た。


「貴女にはこれを」


手に持っていたのは、銀の繊細な鎖細工に涙型の真珠がいっしょになっているイヤリング。

ダイヤモンドのキラキラとした輝きとは正反対の、

優しげな温もりの輝き。


「綺麗…」


その美しさに目を奪われて、いっぺんで気に入ってしまった。

店主も、これは見事に良い物を選ばれましたなぁと感心している。

私は、ただただ胸がいっぱいになってしまった。

こんな、私のようなきつい顔立ちの女に、優しい輝きの真珠を選んで下さるなんて。

アルヴィン様自ら選んでくださったこのイヤリングは、私の一生の宝物のひとつになる。そう、絶対の確信がある。


真珠のネックレスもいただくことになり、包装の為に店主から待つように頼まれた。

その間、改めて私も店内の装飾品を見て回る。

あ、このエメラルドのブレスレット、お義姉様の瞳の色といっしょでとっても綺麗。ダリオ兄様に教えてあげようかしら。

本当に美しい装飾品ばかりだから、お嫁に行った上のお姉様たちもきっとこのお店を気にいるだろうなぁ。


「あ!アルヴィン様…」


リリーさんに似合いそうな、可愛らしいネックレスを見つけてアルヴィン様に声をかけようと笑顔で振り返ると、そこにはひとつのバレッタをじっと見つめる…アルヴィン様。


その表情は、ひどく、ひどく切なそうで、まるで魅入られるように手元のバレッタをただ見つめている。

それは私が初めて見るアルヴィン様の表情だった。


何も言えず立ちすくむ私に気づいたのか、アルヴィン様はバレッタから顔をあげて、さっきまでの顔なんてなかったように、いつものような微笑みを向けた。


「何か、気に入ったものがありました?」


私が知っている、いつも私に向ける微笑み。


「……。どれも素敵なものばかりでした。でも、一番素敵なのはアルヴィン様が選んで下さった真珠のイヤリングです」


あえて、私も笑顔で答えた。

ちょうど、包装を終えた店主が品物を持ってくる。

それを受け取ったアルヴィン様は


「では、次は玩具の店に行きましょう。どのような玩具がいいでしょうね」


そう言って、店の外まで私を優しく促した。

アルヴィン様に続いて店を出る時、先ほどアルヴィン様が見つめていたバレッタをちらりと見る。


それは、小さな桃色のローズクォーツがついていて、花びらをかたどったとても可憐なバレッタだった。


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