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王都に戻り、実家のサイ家で休んだ翌日。
私は王都でのステル家所有の屋敷に来ていた。
応接間に案内されて入ると、お義父様とアルヴィン様といっしょに、なんと父の姿が。
昨日サイ家に戻った時は父は不在で、王城に泊まり込んでいると母が言っていたのに。
「お父様!どうしてここに?」
久しぶりに会う父は私を見て、元気そうだな、と口元を綻ばせた後、表情を引き締めて言った。
「式の延期については私もいっしょに説明する。今回のことは国にとっても非常に重要な案件だ。お前も許可がでるまでは他言しないように」
「く、国!?」
私たちの式の延期が、まさかそんな大ごとになっているなんて。
一体どういうこと!?
お義父様たちを見ると、二人も至極真剣な表情。
椅子を勧められて、アルヴィン様の隣に着席する。
向かいにはお義父様と父。
最初に口を開いたのはお義父様だった。
「まず、突然の式の延期と急ぎ王都まで戻らせたことを謝罪させてほしい。
随分無理をさせたでしょう、申し訳なかった」
アルヴィン様も隣で頭を下げる。
慌てて、頭を上げて下さいと伝えると、次に静かな口調で話し始めたのはアルヴィン様。
「今回の式の延期についてですが…知っての通り、ステル領はガルリアド王国との国境にモカ山脈を有しています。
このモカ山脈の一部から、金が産出されることが分かったんです。
前々から学者によって可能性は言われてきたのですが、確証が得られたのがごく最近で。
金が産出できるとなると、国にとっても大事です。
陛下にも報告して、これからさらなる調査と発掘準備も進めなければなりません。なので一旦延期、ということに」
母の体調が悪いからと婚約を早めてくれたのにすみません、とアルヴィン様は再び頭を下げて下さった。
延期の理由は納得できた。
だから、お義父様とアルヴィン様は王都に呼び出されたのね。
しかし、少し思うところがあって向かいに座る父をチラリと見る。
私からの視線に気づいたくせに、父は特に表情を変えずいつも通りの難しい顔だった。
「お話は分かりました。父も納得しているようですし私は全くかまいません。
金…となると確かに他言できませんね。しかと承知いたしました」
笑顔で答える。延期についての不満は本当にない。
しかし、アルヴィン様は実は…と言いづらそうに続けた。
「ガルリアド王国も、モカ山脈が金を産出することに気づいている可能性があります。
どこから情報が漏れたのかはまだ分かっていません。
確実だと判明したのは最近なので、それより以前の、可能性がある、という段階から情報を掴んで目をつけていたのだと思いますが」
「け、けれど、モカ山脈一帯を含む土地は我が国の領土ですよね?ガルリアド王国が手出しをすれば侵略では…。
まさか、金の為に侵攻してくると…?」
恐る恐る尋ねると、アルヴィン様は首をふった。
「さすがに今すぐ戦争、などということはないはずです。
ただ、どうにも怪しい動きがあると、僕私有の諜報員から。オリアーナ様はベガルタ伯爵令嬢をご存知ですか?」
…今さらっととんでもない機密を言われたような…。アルヴィン様私有の諜報員…?
そしてアルヴィンから出た名前に、驚きで目を見開いた。
思わず開いてしまった口を咄嗟に手で抑える。
そう、そうだわ。
アルヴィン様との婚約が言われる前に兄様たちが話していたベティ・ベガルタ嬢!!
私のその反応で察したのか、軽く頷いてアルヴィン様は続けた。
「知っているようですね。ベガルタ伯爵のひとり娘であるベティ嬢は、現在身ごもっています。もうすぐ産まれるようですが」
それからアルヴィン様が話して下さった説明とは…、ステル領に隣接するベガルタ領。領土の大きさこそは大きくないが、ベガルタ領もモカ山脈に非常に近い。
特に金が採れる一部の土地というのがベガルタ領のまさに隣。
そして、ベガルタ伯爵の子はベティ嬢一人である為、ベティ嬢、もしくは彼女の夫となる者が爵位と共に領地も相続することになる。
さらに言えば勿論、産まれてくる彼女の子にも相続権がある。
そんな中、元々モカ山脈周辺の土地について不穏な動きがあったガルリアド王国の第二王子がベティ嬢と結婚したいと主張する騒動がおこったのだ。
以前からあまり評判の良くなかった第二王子が奔放なベティ嬢とそういう仲になったのは、思惑があった所以なのかどうなのかはわからない。
何も知らずに惹かれあったのかもしれないし、ベガルタ領のことを知って近づいたのかも。
どちらにせよ、金を狙っている節があるガルリアド王国とベガルタ領を近づけるのは危険すぎる。
第二王子とベティ嬢の動向も探る必要がある…と。
そこまでの説明を受けると、今度は父が厳しい表情のまま指を組んで告げた。
「あくまで、これらの話はガルリアド側が本気で金を略奪する場合の憶測だ。
今はまだ不穏な動きが見られる、ということと第二王子の醜聞の話の内だ。
国同士の問題まで発展しているわけではない。
…お前を王都まで呼んだのは、殿下の誕生日パーティーにアルヴィン殿と出席してもらいたいからだ」
「殿下の誕生日パーティー」
「ああ。殿下の婚約者の王女が出席できることになってな。
王女の国とは言葉が違うが、お前は王女の国の言葉も習得しているだろう。
あちらの国の言葉が分かる者が近くにいたほうがいい」
父に言われて、この国の王太子殿下の姿を思い浮かべる。
確かにもう少しで殿下の誕生日だったけれど、兄たちと違って毎年参加していたわけではないので失念してしまっていた。
向かいに座るお義父様に伺いの目線を送ると、お義父様は頷いて、次いで隣のアルヴィン様に顔を向けると、いつもの様に静かに微笑んで
「ぜひエスコートさせて下さいね」
と言ってくれた。
アルヴィン様にエスコートされてパーティーに行くなんて初めて!
大事なお務めがあるのは分かっているけれど、堂々とアルヴィン様の隣にたてると思うと胸が踊ってしょうがない。
式の延期や金の産出、第二王子にベティ嬢とたくさんの問題が山積みだが、私も私にできることを頑張ろう。
アルヴィン様をできるだけお支えできるように。
父といっしょにステル家の屋敷を後にし、サイ家の自宅に戻る。
馬車の中で、私はずっと引っかかっていたことを父に尋ねた。
「お父様、私をアルヴィン様と婚約させたのって金の産出を知ったからなんですね」
「ああ」
まったく悪びれる様子なんてない。
私はちょっと口を尖らせて
「私には家格と年齢が釣り合うからっておっしゃったのに」
すると父はニヤリと笑って
「ヒュー経由で話は聞いていたからな。ほかの家が知る前に、先んじて縁を結んでおかないといけないだろう。
金による利益は計り知れない。
お前がアルヴィン殿に懸想していたのは全く関係ないがな。偶々だ、偶々」
まさかの発言に顔が赤くなっていくのが分かる。絶対に、絶対にお父様だけは知らないと思っていたのに…!!
何も言えずに、真っ赤な顔で口をパクパクさせるだけの私を見て、父が声をあげて笑った。