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もう間違えません  作者: アカイ葵
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シトリン 1


あの方と初めてお会いした時のことは今でもはっきりと覚えている。いや、初めて会った時だけではなく、あの方と会えた数少ない機会のことは全てしっかりと覚えている。

公爵家令嬢のくせに人見知りで、当時はもう十三歳であったにも関わらずまだまだ幼稚で子どもっぽかった私に、優しくふわりと笑って挨拶して下さった。

私が人見知りでうまく返事を返せず、もごもごと自己紹介をしている間もずっと穏やかに微笑んでいたあの方。優しそうな方だな。その時にあの方の笑顔や雰囲気にひどく好印象を持った。


私がこんなにもあの方に恋してしまったのは次に再会した時だ。初めて会ったのはお城での王妃様主催のお茶会、次に再会したのはそれから約半月後ほどの我が屋敷で。

あの方は私の次兄の友人で、次兄を訪ねてきたのだ。


ーそれからずっと恋をしている。あの方だけに。






―――――





「ふぁ…ん、んーっ」

ふと目覚めて大きくのびをする。一息ついてからベッドを降りて、窓のカーテンを開けるとまだ日が昇り始めた頃のようだった。よし、いつもと同じ時間だわ。いつものように自分ひとりで寝間着から普段着に着替えて朝の身支度を行う。

鏡を見ると、真っ黒な長い巻き髪に少し目元がつり上がった自分が写っていた。

「ゔー」

唸りながら目元をぐいぐい引っ張って下に下げてみる。このつり目が嫌だ。十七年間このつり目なのだし、やっても意味がないとはわかっているけれど、それでもなんとかならないかといつもやってしまう。私はたれ目になりたいのに。


全ての支度を終えて部屋を出ると、廊下はまだ静けさに包まれていた。こんなに朝早くなのだから当たり前だ。もしかしたら両親は起きているかもしれないけれど、兄たちは確実にまだ寝ているだろう。なるべく足音をたてないように廊下を進み階段も降りる、そのまま渡り廊下を進むとカチャカチャと最小限に抑えらた食器の音と使用人同士が行き交う人の気配を感じた。


「おはよう」

いつものようにみんなに声をかけると、潜めた声でおはようございますと返ってくる。さすが公爵家使用人たち、まだ就寝中の主人たちへの配慮が完璧だ。きびきびと朝の仕事を行う使用人の中で、真っ先にミナが私にかけよって来た。

「おはようございます、お嬢様。また支度を全部ご自分でなさってしまったのですか?お願いですから私たち侍女にさせて下さい。それにもう少し休んで頂いてもいいんですよ、早起きすぎます」

栗色の髪をまとめて、ちょっとだけそばかすが浮いた顔をしかめてミナは言った。


「おはよう、ミナ。もう、その言葉は何回目かしら。私のこれはもう癖だからしょうがないわ、好きでやっているのだからいいのよ。と、いうことで庭に行ってくるわね。ダズリーはもう来ている?」

ミナの言葉に笑って答える。ミナは私より五歳年上の私付きの侍女だ。十歳からずっといっしょにいてくれて、ミナにはなんでも相談できる頼もしい侍女。さっきの言葉も顔をしかめながら言ってはいたけど、全部私を気遣ってのことだし。大体、ミナとのこの攻防は一年前からのいつものことだ。ミナも私が聞かないのを分かっているので、少しため息をついて言った。


「ダズリーも朝早いですからね。もう厩舎付近で仕事を始めていると思いますよ。お嬢様、皆さまとの朝食までには戻って下さいね、湯浴みもしなければなりませんし」

「はーい」

返事をして屋敷外に向かう。

我が家では食事はできるだけ家族全員でとる決まりなのだ。もちろん、父や兄が仕事で遅い時などは別々にとるが屋敷にいる場合はできるだけ顔を合わせて食事をとる、と父が決めた。朝食の時間は決まっているのでそれに間に合うようにするには、そうゆっくりしてはいられない。何せ朝食前に湯浴みもしなければならないのだし、そう、なぜなら今から日課の庭の手入れをするから!


ミナに言われたとおり厩舎付近に行くと、ダズリーが肥料を運んでいるところだった。ダズリーは我が家の庭師で、五十歳は過ぎているそうだが、捲り上げた腕には筋肉がしっかりついているし重い肥料を運ぶ足取りも力強い。

「おはよう、ダズリー」

私が声をかけると、彼は振り返って髭だらけの顔でにかっと笑ってくれた。

「おはようございますお嬢様。相変わらずお早い。今日もナディシアのお世話ですね」

「ええ。もう少しで花が開きそうなの!ダズリーが教えてくれていっしょに世話してくれるおかげよ、ありがとう」

「いやいや、お嬢様が頑張っているからナディシアも順調に育っているんですよ」


ダズリーに褒めてもらってうふふ、と嬉しくなった。ナディシアというのは春に咲く花で、淡い薄紅色の可憐な花が咲く。去年の秋にナディシアを植えたいとダズリーに相談して、それから種を蒔きダズリーに教えてもらいながら一生懸命世話をしてきた。もう季節は春。頑張った甲斐がありナディシアはもう少しで花開きそうなのだ。


(アルヴィン様の好きなナディシアの花)


大好きなあの方ーアルヴィン様が優しく微笑む姿を思い出してしまって、咄嗟に頬が熱くなる。アルヴィン様が好きだと言ったからナディシアの花を植えるなんて、我ながら単純だし下心ありありだ。ミナからは、何も自ら育てなくてもナディシアを贈るだけでいいのでは、なんて言われたけれど。どうしても自分で育てたナディシアをアルヴィン様にプレゼントしたかった。それに、庭の手入れをしようと思った動機は確かにアルヴィン様だけれど実際やってみたら性に合っていたらしく、楽しくてしょうがないのだ。

公爵令嬢が庭いじりをするなんて!と最初は使用人全員に反対されたが、両親はあっさりと許可してくれたし、末っ子の私に甘い兄や姉も聞き入れてくれた。こうして今日も私は意気揚々とダズリーと話しながら庭に向かったのであった。



12.19 誤字報告ありがとうございます。修正致しました。

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