プロローグ
男の子だったら誰だって一度は憧れた事があるだろう。
授業中に現れたテロリストを颯爽と退治する姿、電車や車に乗っている時に疾走しながら追跡してくる姿。
町中に突然と現れた未確認不明物体との死闘。
時間が経つ程、現実がはっきりと見えてきた、幻想は無いのだと、この世に怪獣も魔法も怪盗もスーパーヒーローも物理原則を無視した法則も何も何も何も、何もないのだ。
気づけば俺はもう24歳になっていた、親は早くに亡くなった事もあって、早々に田舎から飛び出して、都心に移り住んだ。
そうすれば平凡で憂鬱な俺の生活が一転するんじゃないかと思ったからだ、結果? そんなのは勿論、言うまでもない。
「先にあがります、お疲れさんした」
バイト先のコンビニの制服をロッカーに突っ込んだ俺は、適当な弁当を貰って夜道を歩く。
時刻はもう深夜の3時過ぎ、街灯や自動販売機のチラチラとした明りが目に付く。
「八月の夏真っ盛りだって言うのに、なんか肌寒いな」
いつもの帰り道なのに違和感がある、だがそれが何なのかはすぐに気づいた。
「この道、こんなに人通りが無かったっけ?」
深夜とは言えど普段から通い慣れた道だ、人通りが疎らなりともある事は知っている。
なのに今日はコンビニからここまでの道で人とすれ違う事も無い――後ろにもやっぱり人はいないし人気も感じられない、そういえば昨日はホラー番組の特番を見ていた、マジ怖っていう番組で実体験ホラーを紹介する奴だ。
そんなのを見ていたから、こんな些細な事が気になるんだ、幽霊なんて信じる性質でもないし、今からでも車が多めに通る道にでも出よう。
急ぎ足で歩く、何も考えないで進めば怖さも紛れる、夜風が涼しい、単純に今日は夏では珍しく気温が寒いというのもあるのかも知れない。
「はぁはぁ、けほッ」
運動不足かそれとも緊張か、少し早歩きした程度で息が切れ始めた、でも目線の先の大通りには人が歩き、車が横切っているのが判る。
こんなに俺は怖がりだったかね、それとも疲れでも溜まってたのかも知れないな、さっさと帰って寝るか。
「あれ?」
前に進もうとして、バランスを崩したのか目の前がグルンッと回転した、それと同時に視界に映ったのは地面に落ちて袋から溢れだす弁当と、首の無い体――。
誰の体だ? なんで俺の後ろに首のない体が、あれ、なんで俺は地面に寝て、駄目だ、意識が、落ち、る。
「――おォ、儀式は、成功したァ」
誰かの声が聞こえる。
「かッかッか、脳ォが震えておるゥ、生きた生首、言葉が聞こえておるだろゥ?」
しゃがれた老人の声? 子供の声にも聞こえる気がする。
「儂は人形師ドルバ、至高の人形を作るモノだァ」
人形師……? そんな事よりも俺は、どうしたんだ? 確かバイトの帰り道で俺は――。
「あ? あああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ」
フラッシュバックする、バイト帰り、寒気と人気のない道、大通りに出ようとした瞬間に、地面に落ちた。
――俺の生首。
「ほォ、自我はあるようだのォ」
「あ゛あ゛あ゛死、死が、首がああ゛あ゛あ゛」
「精神は崩壊しかけておるが、これならば問題はなィ、少し待てェ」
最後に見た景色、首の無い体は間違いなく俺の体だった、24年間も人生を共にした文字通りの半身だ見間違えるわけがない、そして生きているわけがない。
「生きた生首よ、其方が次に起きた時ィ、其方は未熟な人形として新たな生を宿すだろう、生きた生首よ、儂が其方に望む事はただ一つ生きる事だ、さすれば其方は儂の至高の人形となる」
怖い怖い怖い、手足の感覚だけじゃない、首の付け根当たりが冷たい、何処かに俺の首は置かれているのか? また意識が遠のきそうになる、嫌だ! 意識が落ちれば次こそ、俺は死ぬんじゃないか? 俺は、俺は――。
「眠れ」
俺は……。