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 私はメカニックだ。

 胸のつかえが取れた、自分でも驚くほどのすっきりした気分で顔をあげる。

 もう走らない。

 自分の名前がついた記録を残せないのは、少しだけ寂しい。

 でも、気持ちいい寂しさだ。手を伸ばす気のない幸せな未来を夢想するような。

 結局、私の道はそっちにはない。


「私、大会が終わったら受験勉強する。それでいい大学に入る。そのあとで、私は」


 ぐっと。腰に提げる工具箱のベルトを握る。


「アクロフレームのメカニックになる」


 林さんを盗み見る。

 私はこう決めた。たぶん、ほかのどの道よりも自分に合っている感触がある。でも……そんなの、未来になってみなければ分からない。

 林さんは走るのをやめた私を、どう思うんだろう……。


「そう」


 静かに頷いて、林さんは顔を背けた。

 フィールドに目を向ける。スタートに着いたミッチを見下ろして、スターターが破裂音を立てた。

 ミッチは放たれた矢のように走り出し、銀に光るアクロフレームの長大な手足で疾駆する。速い。が、やっぱり負傷した足のせいで本調子じゃない。

 それでも、ミッチは全力を懸けて走っていた。


「誰にも言ったことはなかったんだけど」


 手に汗握って見守る隣で、林さんがつぶやいた。

 林さんはミッチの走りをじっと見つめたまま、口だけを動かしている。


「私のライバルになるのは手崎さんだけだと思ってた」


 びっくりする。


「なんで? 私なんて、大して速くもなかったのに」

「記録はね。でも手崎さん、カーブで速くなるでしょう? 身体があれだけ倒れると、足が絡まるから普通は速度をあげられない。でもあなたは、維持するどころか速くなる」


 そうだっけ? あまり自覚はない。

 ミッチはカーブで遠心力に吹っ飛ばされないよう、スピードと重心をしっかり落としてきっちりトラックを曲がっていく。カーブを抜けるに合わせて速度を上げる。

 でも私は、カーブで速くなっていたらしい。

 林さんは言葉を続ける。


「遠心力を使って姿勢を維持して、速度を上げ続けることでカーブを曲がり切る、って。……あんな曲芸、意味わかんない」

「そんなにすごいことしてたかなぁ?」


 照れる。

 確かに「あんな速さでカーブに入って曲がりきれるの意味わかんない」とミッチに冗談でキレられたことはあった。でもピンとこなかったし、自分では気にしたことがない。

 私は自分の走りさえ興味を持てていなかった。


「でも……そっか」


 なんだか嬉しくなった。林さんは私を見てくれていた。


「私のこと、私以上に分かってくれてるのかも」

「なにそれ」


 林さんがプッと笑って私をちらっと見た。照れてる。

 ミッチの走りを見る。ラスト一周。力を入れられない足を押して、慣れない部分の筋力を使って。ミッチはラストスパートに入っていく。全力で最後の最後まで駆け抜けていく。


 がんばれ! がんばれ――ミッチ!!


 声援は聞こえてはいないだろう。走っているときは必死だ。声なんて聞こえない。

 でもきっと気持ちは届くと思う。気持ちだけは一緒に走る。


 ミッチは――ゴールした。


 力尽き、ふらつくミッチをスタッフが支えてくれている。

 私もミッチに駆けつけようとして、その前に。

 林さんを振り返る。


「私、決めたんだ。メカニックになる」


 機体のバランサーと脚力を信じて、自分の重心、全体重を機体に任せてしまう。

 機体を信じていなければできない。そして、自動車に迫る猛スピードのなかで機体を信じられる人は、意外と多くないらしい。

 もし私がカーブで速いのなら、それはきっと、機体を妥協なく仕上げ切っているおかげだ。

 ストイックに落ち着いた林さんの強い瞳を見つめて、胸を張る。


「それで、私がメカニックとして一流になったら……林さんの機体を触りたい」


 林さんの目が一回り大きくなった。

 息を詰めた彼女は、薄く笑う。どこか好戦的な、猛禽類を思わせる微笑。


「……私、世界を獲るわよ」

「じゃあ世界レベルのメカニックを目指さないとね」


 笑ってみせる。

 軽く答えてみたけど、ちょっとまって冷静に目標がでかい。

 ま、まあ。言うだけならタダだ。夢はでっかく、目標は着実に。

 どうせ先端技術を学ぶなら外国語は必修だ。それなら活動の場を世界に持っていったほうが合理的かもしれないしね。


「楽しみにしてる」


 林さんの追い打ちを受けて、頬が引きつる。

 この後に引けなくなった感じ。なに。

 とにかく、いつまでもここで話している場合じゃない。林さんに背を向けて走る。


 私に気づいたミッチは、嬉しそうに片手を挙げてくれた。


 ミッチは、すごく頑張った。



 -§-



 わあっ、と会場が沸く。


「おめでとう、林さん! すごい走りだったよ!」

「私だけのメダルじゃないわ」


 林さんは汗の伝う顎に魅力的な微笑を浮かべた。


「あなたの機体だから走れたの。だからこれは、私たち二人のメダルよ」

 競技用強化外骨格、というロマンあふれるコトダマを、

 まるで日常みたいな青春モノに落とし込む、

 というアイデアが先行してとりあえず形にまとめました。


 今にしてみれば、もうちょっと書き込めたかなーとも思いますw 特にミッチがアクロフレームにギプスつけて臨むのを受け入れるシーンあたり。一波乱も二波乱もありそうですよね。

 流行らそう強化外骨格。

 ではでは。

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