はんこうき
走っている。ただ、記憶に残るあの場所に走っている。嫌な記憶しかないが、やるしかない。
水「おっと……………」
玲「…………げ、知夏……」
帝「私もいますよ、玲様!」
玲「………はいはい、二人共。久しぶり」
知「お久しゅうございます、お嬢様。お元気でしたか?」
玲「まあな」
口調にだろうか、知夏が眉をひそめた。そういや、この喋り方を知夏は聞いたことなかったか。怒られる、と身構える。
知「………言いたいことはありますが、まずは謝罪を。」
玲「え?」
知「申し訳ございません。貴女様の写真を凜様に見られました」
玲「は?」
水「………姫、急がなくても………?」
知「以上です。奥で雇い主がお待ちですので」
そう言うと、知夏は俺の横を歩いていった。そのまま、行くのかな、と思っていたら、横腹に激しい痛みがきた。
玲「いっ…………!!!」
知「…最後にこれだけ……その喋り方は何ですか、お嬢様?」
笑顔で言われる。久しぶりにこいつの恐怖を感じた。そういや、こいつだけが家の使用人さんたちの中で怖かったんだった。
そう考えていると、もう知夏も帝弥も遠くに行っていた。本当に気配消すの上手いし、早いし、見習わないといけない、と思った。
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(いづるside)
目の前で、幼なじみ(女の方)と実の妹(反抗期中)が戦ってる時の対処法を教えてください。
桜「いづ!? ナレーションみたいな事はせんでも良いから、加勢してはくれまいか!?」
い「………私には、妹を傷つける度胸ないから、ヤダ」
つ「私は姉をも傷つける覚悟は家出た時からあるけど、ね!」
おう!? 、とサクが仰け反る。妹が、メスを投げたらしかった。メスは投げるものじゃありません。そう言いたげにしているのが伝わったらしい。妹は言った。
つ「メスがあれば、糸も、人の命も断てるのよ」
い「メスがあれば、異常を抱える人の命を救えるかもしれないんだよ」
つ「やっぱり駄目だね。分かり合えない」
桜「お主といづは違うからのう!」
サクが能力を使って、煙を出す。しかし、妹はサクと戦うことも頭に入れていたようで、ガスマスクを付けた。サクが舌打ちした。せっかく可愛いのにいろいろ勿体ない。
つ「………サクちゃんは昔から単純なとこあったよね。成宮長男に言われた通りに動いたところとか」
桜「その後に毎度サイガをフッ叩いておったがな」
つ「多分それも含めて計算高だったと思うけど。なんで従ってたの?」
い「サクは……多才だから、暇だったんだ………と思う」
桜「妾に自覚はないのだが!? そして、お主も確信はないのじゃな!?」
い「人のことは……難しい、から。でも、サクは………やりたいことをやってたから、なんとなく……楽しそうだったよ」
つ「…………いづちゃんは、本当によく見てるね。だから、お医者様が向いてる。でも私は、きっとヤブ医者みたいな気楽……でもないかもだけど、そっちの方が向いてるよ」
諦めたような目で、妹が言った。何があったのかは、私には分からない。けど、多分、私が何か妹にとって嫌なことをしたのかも、とかは考えられる。それを、問い質したい。できれば、姉妹に戻りたい。戻れなくとも、和解はしたい。そんな時だった。玄関に、一匹の猫が入ってくるのが見えたのは。
い「………サク!」
桜「おおう? 妾、今忙しいというか、お主の妹のおかげで死にそうなのじゃが……、なんじゃ!?」
い「猫さんが………!?」
つ「げ!? もう来たの!?」
何故かいる、と言おうとした時、その猫さんの尾が二股に割れている事と、もう一つ、どう見てもやばいものに気付いた。それを見た妹が絶句したような声を出す。
つ「シアン………は、もう行ったね! ああ、くそ、早いわよ!」
桜「貴様は猫に何を言ってお……って逃げるのか!?」
つ「まともにやって叶う相手じゃないもの! だから……っ」
妹が、逃げようとした所をサクがすかさずクナイのようなものを投げる。そして、それが妹の腹あたりに刺さる。サクは家柄なのか、不思議な武器を沢山使う。そして、運動神経が物凄くいい為、投げれば当たる。
つ「ったいわね! このままじゃ……」
?「『このままじゃ、何かな?』」
桜「!? 猫が喋った!?」
い「…………………………………………………………吉倉、さん?」
聞き覚えのある声だった。いつも、親の代わりに顔を出す、学会で、聞く声だった。
私がそう呼ぶと、二股の尾を持つ猫は、すうっと薄くなっていった。そして、人が出てきた。見た目四十前後程の男性………吉倉院長さんだった。
一「やあ、糸坂くん。こんばんは。今日は妹さんもいるんだね」
つ「………アンタの目的は?」
一「そんな警戒しないでおくれよ。……そうだね、目的か……。うん、ここを開けてもらうことかな」
桜「出来るわけ無かろうが。妾らの仕事はここの死守じゃからのう。退くわけには………」
サクが最もなことを言う。吉倉さんはまだ優しい顔だった。妹はまだそこに居た。理由としては、サクのクナイのおかげで動けないらしい。よっぽど痛いところに刺さったのだろうか、その場で治療をしているようにみえる。
一「そうかい。なら、仕方ないかな。糸坂くん」
い「………? なんですか……?」
一「我々、医療にたずさわる者、意地でも患者を生かしたいね。つまり、邪魔は許さないよね」
い「………ええ、まあ………」
一「つまりだね。例え、相手にどんな事情があろうと、やり遂げなければいけない訳だ」
い「ちょっと待って、それって………」
吉倉さんはまだ優しく笑っていた。この場が戦場だと分かっていないかのような笑みで、笑い続けていた。
しかし、言っていることは、冷徹極まりない。やるしかない、つまりは……
一「だからね。君らは退かないときた。ならば、是非とも私の……栄養源になってくれたまえ」
桜「!?」
サクが驚いたような声を出す。いや、声にもならない声、の方が正しかったかもしれない。いきなり栄養源になってくれ、と言われたらそりゃあそうなる。私もそうなっている。妹は、顔面蒼白だった。
つ「わ、私は退くけど……?」
一「ああ、うん。退いてくれるなら食べないつもりだよ。『赤蛇』さんとは、目的も一致してるはずだからね」
桜「成宮当主の殺害が目的か……!」
一「そうだね。あの外道にされたことは、一生を狂わせてくれた。許すことなどできないよ」
桜「何奴も此奴も……っ!?」
つ「なら私は、あなたを倒すだけ。」
桜「動けない奴に何を言われてもな!」
妹が、サクへの攻撃を再開する。私には攻撃、飛んでこないけれど、多分注意はされている。それより、目の前の吉倉さんが一番危険だ。
一「警戒されてるね〜。………とりあえず猫になっておくかな」
い「………猫、二股、栄養源、つまりは……猫又?」
一「『正解だ。よくわかったね!』」
猫又、と言えば妖怪でいろいろ食べることで有名。サクのお母さまがそういうの好きでたくさん聞かされた覚えがある。サクは爆睡してたけど。
い「……わっ!?」
桜「いづ!!」
つ「よそ見してんじゃないよ」
桜「……!」
吉倉さん(猫又)が飛びかかってきたのを咄嗟に避ける。それを心配したのか、サクがこっちを見た。しかし、妹はその隙に腹部に刺さっていたクナイをいつの間にか抜いて、こちらに投げた。サクはそれをくらったらしかった。
い「サ………!? きゃっ……」
一「『個人的には、君を攻撃するのは気が引けるんだがね……。同じ、医学を志す者として、君は優秀な人材だからね』」
い「…………」
一「『というわけで退いてはくれないかな?』」
桜「それとこれとはっ、別じゃろ!」
一「『おっと……』」
い「サク!」
サクの後ろから、妹が迫っているのが見えた。咄嗟に、手から糸を伸ばして、妹を拘束する。しかし、妹も私と同じものを使う。気休めにしかならないだろう。
桜「……………いづ」
い「……何、サク」
桜「お主、死ぬ覚悟は出来ておるか?」
い「………………うん」
桜「………そうか。ならば、あの猫、拘束できぬか?」
い「………………やれば、できる、かも」
桜「そうか。なら、やってくれ」
い「うん。……………サクは?」
桜「……………」
サクは、何も言わなかった。黙って、私の糸で雁字搦めになっている妹の方を向いた。その時の、サクの様子はどこかおかしかった。そのまま、歩き出した。
桜「………………つゆり」
つ「………何よ、サクちゃん」
桜「貴様は死ぬ覚悟、出来ておるか?」
つ「当然でしょ。私は『赤蛇』。いつだって死ぬ用意はしてある」
桜「………そうか」
い「………待って、サク、まさか」
桜「妾の能力は、殺傷能力がない。とはいえ、傷つけるのが出来ないだけじゃ」
つ「……それ、私がこれ解くのとどっちが早い?」
妹が、サクに聞く。そんなの嘘つくに決まってるのに、と少し思いかけたが、よく考えたら、サクは正直者だった。
視界の隅で猫又が動くのが見えたので、即座に糸を伸ばして、手足を拘束する。猫又は地面に転がった。
桜「妾の方が早い」
つ「…………サクちゃんが言うなら、そうだろうね。わかったよ、今の間にも緩んだらやるつもりだったでしょ。なら、安楽死の方がまだマシよ」
桜「そうか。…………なら、死んでくれ」
い「サク! 待って!!」
サクの方に走り出そうとする。しかし、足が動かなかった。足を見ると、糸が、地面に固定されていた。……妹だろう。さっきの話の合間に、こちらへと糸を伸ばしていたらしい。
どう足掻こうとも、一分はないと外せない。それは私がよく知っている事だった。
桜「………………………………………………………すまんな」
つ「…………べつに……いい、よ……。わたし、たぶんね……ささいなはんこうき、だったんだよ……。…………いつかんじても、これ、ねむくなる……」
桜「そういう能力じゃからな」
つ「………そう……だ、ね……。うん…………おやすみ、なさ…………い。…………………いづちゃんと……サクちゃん…………もっと、あそんで……たら、よかった………かなぁ」
桜「あいわかった。また遊ぼうな。つゆり。………おやすみなさい」
……………クスリ、と妹が、笑った気がした。しかし………それ以降動かなくなった。私の目は、見開かれている気がする。いつも、無表情だったと言われる顔は、どうなっているのだろうか。
桜「…………すまぬな、いづ」
い「な………………………………いや。サクは、悪くない……。仕方なかった」
一「『本当だね。君か妹君、どちらかは結局死んでいたろうね』」
桜「……犠牲が増えるよりは、マシだった」
一「『あ、私はこのままなのかな』」
桜「当たり前じゃろうが」
サクが、吉倉さんの方を睨みつける。猫又から表情は読み取れない。けれど、地味に笑ってるような気がした。私は嫌な予感がした。
一「『……いやぁ、これしきの網、破れないとでも思ってる?』」
桜「………は?」
吉倉さんがそういった後、糸を引いている手が急に重くなった。気のせいか、ミチミチと音をならせている気がした。
い「…………っ! サク! 離れて!」
一「『アンデットが、こうも弱いわけないだろう、っと』」
桜「な!? いづの能力が!?」
一「『噛みちぎっただけだけどね。さて……今、道の妨げになってるのは君かな』」
い「サク、逃げ………!」
猫又が、サクの方に飛びかかる。サクは残り少ないであろうクナイを投げる。しかし、猫又は軽々とかわしていく。
一「『………………あれ。逃げないの?』」
桜「……………クナイをそう軽々とかわす奴から、逃げれるわけなかろうが。逃がす気もなかろうに」
一「『否定はできないかな』」
桜「それに、妾が逃げて、いづが死ぬのも、嫌じゃし。確か、猫又とやらは丸呑みするのであったはずじゃ。……つゆりの死体も丸呑みされては適わんからな」
一「『ということは、君が大人しく喰われてくれるってことかな』」
桜「そう取れば良い。どの道、貴様は一人でも喰えれば良し、とか思っておったじゃろ」
サクが何かを言っている。しかし、私の耳には何も入ってこない。ついでに、目も見えない。何かで、覆われているようだった。
一「『そうかい。ちなみに、今、糸坂くんの目を覆っているのはうちで一番の戦闘力を誇る子だよ』」
友「………そんな事言われると、照れますね」
桜「………………貴様……いづに手を出すでないぞ」
友「重々承知しておりますよ。吉倉さん、なるべく早めにしてくださると助かります」
一「『はいはい。………ああ、最後に言いたいこととかあるかな?』」
桜「…………二つでもいいか?」
一「『どうぞ』」
桜「いづを眠らせても良いか? 起きた時にまだ戦わねばならん、というのは酷じゃろう」
一「『………そうだね。いいよ』」
──────ふわふわとした、何かの香りが漂ってくる。花のような、いい香りだった。それが、サクの能力だと気づいた時には、もう遅かったようだ。
………私は眠りに落ちていった。
桜「……………後は、死んだということを誰かに伝えてくれ。それだけじゃよ」
一「『かっこいいね。わかったよ。約束しよう』」
桜「………ありがとう」
一「『どういたしまして。それじゃあ────────いただきます』」
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(花那汰side)
花「…………………これ、止めに入るべきだったよね」
縁「そうですかぁ? 大量虐殺とか起きない限り、僕らの必要は無いはずですけどねぇ」
花「アンタは……人が、丸々いなくなるなんてこと放っておけるの!?」
縁「仕事と私情の重要度が違うでしょう?」
この言葉で、こいつがいかに冷めているかを思い出した。私とは元より違う人間なんだ、モラルが、無いような感じで。
縁「わかりましたぁ? じゃ、仕事にもど」
不自然に、ドマゾの言葉が途切れた。何事かと思い、そちらを見る。すると、私は目を見開く以外の動作が出来なくなっていた。驚きの、というか驚愕の光景だった。
花「……………ゆ、縁?」
縁「………やっぱ、どっかで見られてるみたい、でしたねぇ」
そう言った縁は、苦痛によってだろう。顔を歪めていた。
…………縁の腹に、大穴が空いていたのだ。
縁「………かな、ちゃん……逃げて、下さいます……ぅ?」
花「はっ!? ど、どこから!?」
縁「知りませ、んよぉ………」
花「逃げよう無いじゃない!」
あたふたと、いろいろ考える。どうしよう、私の能力に治療できる効果などない。今、この場で私はとてつもなく無能だった。
縁「……いいから、逃げろっつってんですよ!」
花「!!」
縁「いい……ですかぁ! 伊勢さんに、これ、伝えてく………」
ざくり、と無情な音が聞こえた。目の前で、血が飛び散った。一瞬、何が起きたかを理解出来なかった。
我に返った私は、スマホで電話をかけた。
花「…………早く、早く早く! 出て下さい、まこ」
私は、そこから先の言葉が紡げなかった。肩に、何かわからないものが刺さった感覚があった。
真『もしもし、花那汰くん? どうかし……』
花「………と、透明で、何も、見えないものが………ゆかり、を刺して………わたしも、肩を、刺され………」
またしても、痛み。ふと、下を見ると、胸のあたりだろうか。穴が、空いていた。そして、何度か痛みがある。最後には、頭に当たったような感覚。それがして、私は何も感じなくなった。
真『花那汰くん? おい、花那汰くん? 返事をしてくれ、どうした? 花那汰くん?』
糸坂つゆり『反抗期』
夏野目桜之『親友のため・正直者』
瀬川縁『人生』
宙島花那汰『大切な人』




