挑戦者の様子
新キャラsideです
………ふふふ、という不気味な笑いが聞こえる。目の前で笑っている人のせいだ。正直気が散るからやめて欲しい。そう思いを込めて舌打ちすると、目の前で笑っている人―――雇い主、成宮播麻はこちらに目を向けた。
播「舌打ちはやめて欲しいなぁ」
?「やめて欲しいなら不気味な笑いを止めて欲しいですね」
播「酷いなぁ、僕は君を雇ったんだけど。お願いくらい聞いてよ」
?「大きな命令は一つでしょう? それ以外は重要事項と判断出来ない限り聞きません」
播「そんなんだから身長伸びないんだよ、知夏」
余計なお世話だし、身長は父親も叔父の祖父も小さかったから諦めてる。そのことを知ってるはずなのにからかってくる雇い主はただただ、イライラさせてくるだけだ。
播「知夏はさ、お金以外で僕に従おうと思える?」
知「いえ全く。貴方には金銭以外の価値が全くないと思われます。貴方から金銭を取ったら、後は悪党しか残りません」
播「はっきり言うねぇ?」
知「むしろ、それ以外にいい言葉がありますか」
播「自分のことを僕に言えって言われてもわからないかな」
知「では、帝弥に聞いてみましょうか。帝弥」
帝弥、そう呼ぶと扉が勢いよく開かれ、灰色のそこそこ長い髪を揺らした女が入ってきた。
帝「何でしょう、兄上!!」
知「雇い主を表すのに悪党以外で適切な言葉はあるか?」
帝「帝弥が思うには、変人とか、変態、でもいいと思われます!!」
見た目と語尾は大人っぽいのになぁ、と苦笑しそうになる。最後にどう考えてもついている記号さえなければなぁ。
―――兄上と呼ばれたが、俺と帝弥は兄妹ではない。ただの仕事仲間だ。まあ、こんな心強い妹なら大歓迎だが。身長は帝弥の方が圧倒的に高い。
播「酷いなぁ、二人して」
帝「それは雇い主の行いが悪いんですよ!」
知「いきなり大幅な契約更新とかやめて欲しいですね。おかげで、使っていたお部屋の鍵を閉め忘れた気がします」
播「あぁ、あの部屋? この前凜が入っちゃったみたいだよ」
知「マジですか。閉めときゃよかったですか?」
播「いやぁ、どうせその内分かったろうし、別にいいよ。彩雅は覚えてたみたいだったからね」
帝「え? ならお嬢さま知っちゃったんですか?」
帝弥がきょとんとした顔でこちらを見てくる。本当にこの子は成人したのだろうか。そう思えるほどに可愛らしい姿なのだ。
播「そうだよ。まあ、何故だか記憶が抜けてるところがあるみたいだから、戻るかどうかは知らないけどね」
知「いつからでしたっけ、皆さんの記憶が消えたの」
播「玲が最初の子を連れて家出した日からだねぇ。多分玲が誰かに頼んだんだろう」
帝「そんな能力の人、身近にいましたっけ?」
播「少なくとも、私は覚えてないなぁ。多分『赤蛇』だと思うけど。知夏は覚えある?」
知「貴方のご命令で攻撃した、『赤蛇』の珂由緋暮さんがそんな能力だった、と貴方から教えられましたけど」
播「あらら、ただ忘れてただけか。まあ、きっとその子が消したんだね」
不都合でなかったから何もしてないけど、と雇い主は言った。不都合だったら殺してたのかな、とかふと思ってしまった。
播「ふう………『赤蛇』はいつ来るかなぁ。明日かなぁ」
知「アンデッドも動き出した、と俺は耳にしましたけど、大丈夫ですか?」
播「いや、僕は戦わないからね? 全面的に知夏と帝弥が戦ってくれる感じの作戦だから。そのへんよろしく」
怠惰な奴だ、と思う。戦わないって、謀反でも起こしたくなるレベルだ。しかし一度引き受けてしまっている仕事だ。やり遂げなければならない。
帝「楽しみです! たくさん人が来るんですよね?」
播「そうだよ〜。きっと楽しい一日になる。あ、終わったら予定通りよろしくね」
知「わかってます」
帝「了解です!」
播「うんうん、いい子だねぇ。給料倍にしとこうか」
知「貴方の全財産だと更に嬉しいですが、まあありがとうございます」
播「知夏はとことん僕を痛めつけたいのかな? まあ、全財産は最後の働きで検討しよう」
雇い主は、意外に太っ腹だ。結構ありがたい。帝弥も隣で喜んでいる。正直、金に困っている訳では無いのだが。まあ、あるに越したことはない。
なら、遠慮なく搾り取ろう。
知「明日なら、準備しないといけませんね」
帝「じゃあ私、寝てきます!」
播「うん。『赤蛇』とアンデッドが今日の夜中に攻めてくる、ってことはないと思うからね。寝てくるといいよ」
失礼しましたー! と、帝弥が雇い主の言葉を聞き終える前に部屋を退室した。雇い主がやれやれ、と首を振った。俺はそれをじっとりした目で見る。
知「………俺は見回り行ってきますね」
播「知夏は寝ないのかい?」
知「昼夜逆転してるんですよ。おやすみなさいませ、雇い主」
播「………うん。おやすみなさい、知夏」
その言葉を聞き流しながら、部屋を出る。ここで本当に忠誠をしている人なら一礼でもするのだろうけど、俺が忠誠をしているのは別の人だ。雇い主ではない。
知「…………………………………………………………………お嬢様、成長してるかなぁ」
扉の前で、目を細めながらそう呟いた。目を閉じる。あのお姿からは変わっておられるだろうけど。きっと綺麗になっておられる。凜様がああなっているのだから。
その姿を少し想像して、その過程を見れなかったことに悔しさを覚えながら、俺は廊下を歩き始めた。




