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元勇者は赤く血に染まる。  作者: 琥呂栖
勇者の再臨
6/7

四話

修正 5/29

 鬱蒼とした木々が生い茂り、日の光も届かない森の奥深く。ひっそりと何かから隠れるように建てられた木製の家の中に二人の人影があった。


「懐かしいな、ここも」


 人影の一人である十六夜は埃を被った椅子を手で払い、腰を下ろす。何も手入れがされていない椅子の為、ギシリと椅子が悲鳴を上げるが問題なく座る事が出来そうだ。


 そしてもう片方の人影であるはルイナスが気まずそうに視線を宙に彷徨わせていた。何かを喋ろうと口を開いたり閉じたりする様子は空気を求める魚のようでもあった。


 その様子に十六夜は懐かしいものを見る気持ちになり、小さく笑みを浮かべてしまうが、その右手には未だに聖剣が握られている。決してルイナスの事を信用した訳ではない事が伺えた。


「どうしたルイナス。そこに座れ」


 ルイナスに気づかれる前に思わず浮かべてしまった笑みを消し去り、鋭い視線を彼女に向ける。本音を言えば今すぐにでも彼女を信じたい気持ちが十六夜にはあった。だが、同じ間違いを二度犯してはならない。シャールに救われた命を無駄にする訳にはいかないのだ。


「あ、ああ…」


 十六夜の有無を言わさない雰囲気にルイナスは戸惑いながらも、埃を払う事を忘れ椅子の上に腰を下ろす。フルプレートの鎧を纏っている為、壊れるものかと十六夜は頭の片隅で思っていたが、案外丈夫な出来のようで壊れる事はなかった。


 椅子の上に腰を下ろしたルイナスはヘルムを机の上に置き、一度深呼吸をすると周囲に視線を配る。


 ここはかつて魔王討伐の旅の途中で使われた空き家だ。元々誰が使っていたものかは分からないが、当時はこの空き家に助けられた記憶がある。そんな空き家も今となっては家具のすべてが埃を被ってしまっているが、あの時と変わらない景色にルイナスは寂しげに目を細めた。


 またこうして十六夜と二人で話す事が出来ているのに、その状況はルイナスが心から望んだものではなかった。十六夜は未だに聖剣を握っており、何時でも攻撃出来るよう態勢を整えている。つまり、今のルイナスは十六夜にとって敵見なされているのだ。その事実がルイナスの心に深い影を落とす。


 しかし、それは仕方のない事。いかなる理由があろうとも、十六夜を裏切り胸に剣を突き刺したのはルイナス本人なのだ。彼女もそれを自覚しているからこそ、覚悟を決め、重く閉ざされた口をゆっくりと開いた。


「私は…いや、私達は決して自分の意志で冥夜を裏切った訳じゃない」


「…何?」


「精神支配の魔法。それも精霊魔法による高度な精神魔法が皆の装備に刻まれていたんだ」


 それを語るルイナスの表情は悔しさが滲み出ており、嘘を言っている雰囲気はない。だが、それを安易に信じる事が出来ない十六夜は、話を続けろと視線で語り掛ける。


「ただ陣が刻まれていただけだったからこそ私達は誰一人として気付く事が出来なかった。魔王を討った後に各国の王が集まった宴があっただろう?精神魔法を起動されたのはあの時だ」


 十六夜はかつての情景を思い出す。どうにか魔王を討ち滅ぼした十六夜はすぐさまルーファスに戻り、任務の達成を告げた。そしてすぐさま宴が開催され、宴が終わった直後、宿で休んでいる所を突然襲撃され訳の分からないままに逃げた。


「成る程な…刻まれただけの精霊魔法を発動させたって事は宴に魔法陣を刻んだエルフも来てた筈だ。そいつの顔は?」


 魔法陣と言う物は魔力を通す事により瞬時に魔法を発動出来る為非常に重宝されている。しかし、待機状態にない魔法陣を起動する為には魔力を流し込み、待機状態にさせてから魔法陣を発動させる必要が出てくる。つまり、その場に魔法陣を起動させたエルフがいると言う事になる。


「居たよ。顔も覚えてる。金髪の美少女様だ。名はエールカ、と言ったか――」


 何処か投げやりにルイナスが名を口にした途端、十六夜の様子が豹変した。驚きに染まった表情で椅子を倒しながら、立ち上がる。


 突然の十六夜の行動にルイナスは体をビクリと震わせるが、それを無視して口を開く。


「エールカ…まさか。俺も出会った事はないが、シールカの妹だった筈だ」


「なっ!?エルフ王の妹だと言うのか!?」


 シールカとはエルフを束ねる女王の名だ。かつて十六夜達は旅の途中でエルフの里にも足を運び、深く親交を交えている。そんな中、十六夜はエルフの王から直接妹の存在を聞いていたのだ。


 随分昔の話になるが、かつて人間達と争っている最中に妹が行方不明になった。もし、何処かで見つけたら教えてほしい、と十六夜はエルフの王に頼み事を受けていた。それ程昔の話ならば、旅の途中で偶然見つける事はほぼないだろうと思っていた十六夜は頭の片隅に留めておく程度だった。


 そんな存在であるエルフ王の妹の名前をこの場で聞いたのだから十六夜の驚きは当然のものである。


「なぜあいつの妹がルーファスに…?いや、いま考えても仕方がないか。それは事実なんだな?」


「ああ、今でも王の懐刀として城に居る。国の上層部の奴らは存在を知っている筈だ」


 ルイナスの言葉に十六夜は思考を回す。


 人間と亜種族の仲は決して良い訳ではない。十六夜が召喚される前には亜種族の連合と人類は戦争を起こしていた程だ。だと言うのに、エル王の妹が人類側に付いている。それも陣を仕掛けていたと言う事は十六夜が召喚される前から、と言う事になる。


 そのことを踏まえ、十六夜はなぜエルフ王の妹がルーファスに居るのか、その理由の予想を立てようとするが、それらしいものは浮かばず、首を横に振るった。


「だめだな…情報がなさ過ぎて分からない。…確かにそのエルフはエールカと言ったんだな?」


「直接名前を聞いた訳ではないが、王はやつの事をそう呼んでいたよ」


 異種族であるエルフが王の懐刀として傍に控えている。その異常とも呼べる事実を頭の片隅に置き、十六夜は思考を切り替える。


「分かった。妹の存在についてはまたエルフの里に言ってから話し合えばいい。その前に一つ確認しおくがお前は今精神支配を受けてはいないのか?」


 エルフが使う精霊魔法は非常に強力なものであり、人類が行使する事の出来る魔法とはレベルが違う。いまこうしてルイナスは自身の意志で話しているかのような素振りを見しているが、それすらも精霊魔法により操られている可能性は否定出来ない。


 ルイナスの事を信じたい気持ちを持っている十六夜だが、相手がエルフとなれば気を抜くことは出来ない。それも王の妹となれば、その素質はずば抜けたものだろう。普通のエルフとして考える事は愚策以外の何物でもない。


「されていない、と言いたいが私にも断言する事は出来ない。陣を刻まれた鎧は放棄したがこの鎧にも別の何かが仕組まれている可能性もあるからな」


 ルイナスの言う通り鎧の細部を見てみればかつて着ていた鎧とは所々異なっている事に今気付く十六夜。あまり冷静になれていないのは自分もだな、とため息をこぼしながら椅子から腰を上げる。


「一度調べてみるしかないか。背中をこちらに向けてくれ」


「分かった」


 十六夜の言葉にルイナスは否定の意志を見せる事なく、十六夜に背中を向ける。十六夜は背中を向けた彼女の後ろまで歩くと、掌を鎧の上に乗せた。


「少し俺の魔力が流れるが、我慢しろ」


 ルイナスの返答を聞く前に、十六夜は自身の魔力をルイナス含め、鎧に流し込む。


 基本的に人が持つ魔力は混ざり合う事はない。血を分けた肉親ならば、魔力を練り合わせる事は出来るかも知れないが、エルフなどと言った完全に異なる魔力を持つものならば、自身の魔力を流せば魔法が掛かっているかどうかの判断だけならば可能だ。そこから掛けられている魔法の解除となると話は別だが。


「ぅ…」


 十六夜の魔力が体を流れる事によって少し痛みが走っている様子のルイナスはうめき声を漏らす。しかし、十六夜は魔力を止める事はない。念入りに調べなければ危険が大きすぎるからだ。相手は魔法のエキスパート。決して気を抜くことは出来ない。


「エルフの魔力は感知できない。精霊魔法に掛かっている事はなさそ――これは?」


 精神支配などの魔法に掛かっている事はないと判断しようとした手前に、ルイナスの魔力とは異なる魔力を彼女から感知した十六夜は表情を歪める。何せ異なる魔力を感知したのは彼女の心臓部だったからだ。


「ルイナス。これはどういう事だ?」


「…お前なら分かるだろう?私が国を裏切らないようにする為の楔だよ。精神支配を受けたその日に背中に刻まれた」


 そう言いながら椅子から腰を上げたルイナスは迷う事なく、鎧を脱ぎ始め、中のインナーまで脱ぐと自身の素肌を晒した。そこで十六夜の瞳に映ったのは痛々しく直接肌に刻み込まれた魔法陣だった。既に傷は癒えている為に回復魔法を使っても消す事は出来ないだろう。その傷跡は永遠に残る。


 そして今でも淡い光を発している事を見るにルイナスの魔力を用いて常時待機状態にある魔法陣なのだろう。


「…ッ!!」


 十六夜は自分も気付かない内に拳を強く握り、肩は震えていた。あまりの仕打ちに怒りが込み上げてきたのだ。これが国を、人を守る為に身を削って戦った者にする仕打ちかと。


「ああ、安心してくれ。体を汚された訳じゃない。それだけは守り切ったからな」


 最後に乾いた笑いを零したルイナスの背中は震えていた。十六夜からはその表情を見る事は出来ないが、薄々十六夜には分かっていた。確かにまだルイナスの事を全て信用する事は出来ない。頭ではそう判断していたが、気付いた時には聖剣を消し、ルイナスを後ろから抱きしめていた。


「…なあ、冥夜。私達は何の為に戦ってきたんだ?どうして、私達がこんな思いをしなければならないんだ」


 肩を震わせそう口にしたルイナスの心境を理解出来る十六夜は、何も言わずに強く抱きしめた。


 裏切られたのは自分だけではない。目の前の仲間も、国に、人に裏切られたのだ。国から逃げる事も叶わず、飼い殺される彼女は一体どのような気持ちで日々を送っていたのか。それを考えただけで十六夜の心は深い憎しみで満たされる。


「…」


「私は…何の為に戦ってきたのだろうな…」


 俯いたその時に彼女の目尻からあふれ出た涙は頬を伝い、十六夜の腕の上に落ちた。


―俺は…。


 一体自分達の本当の敵は誰なのか。自分はどうするべきなのかの判断を迷っていた十六夜だが、久しぶりにみるルイナスの弱った姿を見て、決断を下す。


―やっぱり甘いよなあ…いつも。


「ルイナス。俺と来い。この国を出るぞ」


 それは人類と敵対する意味にも等しい言葉であった。国で最強とされるルイナスと共に国を出る。国側からすれば明確な裏切りに値する行為だ。それが十六夜とルイナスの二人となれば尚更その言葉は重みを増す。


「…だめだ。国の外に出ればこの魔法陣を発動させられる。この魔法陣を刻んだのはエールカだ」


 その言葉の意味を理解した十六夜は思わず舌打ちしてしまう。


「エールカをどうにかしないといけない訳か…」


 エルフが使う精霊魔法はその威力もさることながら、長所の一つに精霊を用いた魔法陣の遠距離発動にある。ルイナスの背中に刻まれた魔法陣は彼女の魔力で常時待機状態にある。そこに精霊を使って遠距離での発動をする事が出来る。つまり、ルイナスの命は今この時もエールカが握っている事になる。


 魔法陣そのものを壊し、停止させると言う方法もあるが、停止させた際に何が起こるか分からない為、十六夜はその手段を取るつもりはなかった。となれば残る解除手段は一つ。この魔法陣を発動する事の出来るエールカを排除する以外にない。


 しかし、シールカに多大な恩がある十六夜含めルイナスはエールカを殺す事に躊躇いがあった。十六夜に関してはエールカの事を話すシールカの悲しそうな顔を見ているだけに躊躇わせる気持ちが大きかった。


「…何も殺す必要はない。気を失わせて封印具を付ければ問題はない」


 危険は大きいが封印具さえ取り付ける事が出来れば魔力の行使は出来ない。十六夜のような桁外れの魔力を持ったものには意味をなさないが、エルフの大多数には封印具は有効だ。最も、封印具が本当に効くかどうかの保証はない為危険な行為には違いない。最も確実な手段はエールカの命を奪う以外にはない。


 エールカとルイナス。どちらが大切かと言われれば迷いなくルイナスを取る十六夜だが、どうしてもシールカの妹の事を口にする悲しげな表情が瞼の裏に浮かんでくる。本当ならエールカを殺すべきなのだが、十六夜は二人の命を同時に取る判断を下す。


「確かにそうかもしれないが…」


 そこに至るまでに問題がある。暗にそう伝えようとするルイナスの意図を十六夜とて理解している。国を責めるなら一瞬で敵勢力を制圧、エールカを捉えなければならない。もし、一瞬でもエールカの魔法の発動を許してしまえば、ルイナスは死んでしまうだろう。


「覚悟を決めろ。ルイナスは俺が守る。どんな手段を使ってでもだ」


 例え人を裏切る形になっても、自分を裏切った訳ではなかった仲間を見捨てる事は出来ない。そう覚悟を決めた十六夜は真剣な表情でそう口にした。


 そんな十六夜の強い意志を感じたのか、ルイナスは自身に回された十六夜の腕にそっと自分の手を重ねると、大きく息を吐き出した。


「冥夜…分かった。行こう」


 その言葉を聞いた十六夜はルイナスから離れ、聖剣を再び取り出す。まさかこの剣を人に向ける時が来ると思っていなかった十六夜だが、今更命を奪う事に躊躇いはない。


―あまり使いたくはなかったが…保険はある。


 この後の展開を頭の隅で考えながら、空いた左手に視線を向ける。するとその左手に黒い霧のようなものが集まり始める。何処か禍々しさを感じる霧だが、それとは真逆に神聖な魔力を感じ取る事が出来る。


―…使えるな。


 これも問題なく使える。確認を取った十六夜はルイナスに気付かれる前に左手を強く握りしめる。それと同時に左手に纏わり付いていた黒い霧は四散した。


「あまり時間はかけれないからな…早く服を着てくれ」


 先程は場の流れで上半身裸の彼女を後ろから抱きしめてしまった十六夜だが、女性とそういった経験が全然ない為、後になって恥ずかしさが込み上げてきた。自身の行動を後悔する訳ではないが、頬を赤く染めながら、ルイナスが視界に入らないように視線を背ける。


「ふふ、照れているのか?私の裸を見るのは初めてじゃないだろうに」


 優しい笑みを浮かべながら脱ぎ捨てたインナーに手を伸ばし、着始めた。その一方で十六夜はルイナスの言葉に表情を歪め、口を開いた。


「あれは…俺は悪くない。カイルを止めようとしてだな…」


 かつて過去にカイルと言う仲間が宿屋で女性陣の入浴を覗きに行く、と言う事件があったのだが、結果としてカイルは望みのものを見る事なく、十六夜が女性陣の裸体を見てしまった。それは事故以外の何物でもないのだが、女性陣からしたら事故では済まされないのは当然の話だ。


「そういう事にしておいてやる」


「…勝手にしろ」


 今ここで過去の事を話しても仕方がない。そう判断した十六夜は口を閉じ、再び椅子の上に腰を下ろす。ルイナスが鎧を着終えるのを待ちながら、かつての情景を思い出す。


 俺にルイナス。そしてカイル、リィン、アルフレッド。この五人がかつての魔王討伐メンバーだ。ルイナスは国に魔法陣を刻まれ縛られているが、他の皆はどうしているのだろうか。もしルイナスと同じように国捕らえられているなら…。そんな事を考えている内に気付けばルイナスが鎧を着終えていた。


「待たせたな。行こうか」


「…本当にいいんだな?行けばルーファスに戻る事は出来なくなる」


「今更だな。確かにルーファスには拾ってもらった恩はあるが…十分それも返しただろうに。覚悟は出来てるさ」


 そう口にするルイナスの瞳に迷いはない。そう感じた十六夜はそれ以上口にする事なく、彼女の鎧に手を載せる。


 今から行うのは人類に対する明確な裏切り行為だが、十六夜には躊躇う気持ちはない。寧ろ、仲間にここまでの思いをさせた国には多大な恨みがある。もはや人類は十六夜を止める事は出来ない。進む所まで進んでしまったのだ。


「俺から離れるなよ。第九階位―空間転移―」 


 再び転移の魔法を使用した二人は瞬く間にその姿を消した。

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