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元勇者は赤く血に染まる。  作者: 琥呂栖
勇者の再臨
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三話

 とある城内の深く日の届かない地下に作られた空間に黒色のローブを纏った集団が大勢居た。光源が蝋燭だけの為室内は薄暗く、室内の中心に刻まれた魔法陣の存在がより一層不気味な空間を作り出している。その中の一際小さいローブを纏った者が魔法陣の前へと足を進めた。


「さあ皆さん。魔法陣に魔力を」


 まだ幼い少女であろう高い声でローブの人物はそう告げる。それと同時に魔法陣を囲むように展開していたローブの集団は地面に膝頭を下につけ、天に祈りを捧げるかのように、魔法陣に魔力を込め始めた。


 百人はいるであろう人物全員が魔法陣に莫大な魔力を全力で注ぎ込む事数分。魔法陣が段々と淡い光を発し始める。


「み、皆さん!あと少しです!最後の力を振り絞ってください!」


 何処か気怠さを感じさせる声を張り上げた女性の声に反応するかのように、同時に魔法陣は強力な光を発した。口を開いた少女もあまりの光量に思わず目を背けてしまう。


 少女以外の者達も同様に怯みうめき声を漏らすが、皆その光の中から現れる者に多大なる期待を寄せ、薄く瞼を開きながら視線を外そうとはしなかった。


 やがて光が収まり、発光を収めた魔法陣の中に居たのは、三十名程の少年少女の集団であった。


 本来ならば魔法陣の中に現れるのは一人の筈。予想外の事態に皆困惑し、空間にざわめきが生まれる。


「こ、これは…?」


 過去にも見られない事態にローブを被った人物の一人がそう口に呟く。他の回りの人物も同様に同じ気持ちであり、召喚が成功した事による喜びと、異例の事態に対する困惑が入り混じっている。


「ひとまずは成功…と言う事でしょう。誰か、上に伝令を」


 そんな中、一人冷静にそう告げたのは、最初に魔法陣の前に足を進めた幼い声の持ち主であった。


「はっ!」


 女性の命令に後ろに控えていた衛兵は一度頭を下げると地下室から急ぎ足で出て行った。それを傍目で確認した女性は意識を失っている集団の目の前まで足を運び、被っていたローブを外す。


 露わになったその姿は声から想像出来る通り、まだ幼く十台半ばに届くかどうか、と言った年齢であった。水色の毛先にウェーブがかかった髪を腰上あたりまで伸ばしている。顔は非常に整っており、まるで人形のようだ。


「全部で三十一人、ですか。全員が勇者なら非常に心強い存在なのは間違いありませんが…問題が多そうですね」


 誰に言うわけでもなく、そう呟いた少女は意識を失い倒れている集団のとある一人の人物に何気なく視線を向けた。そして、視線を向けた先で倒れている一人の少年を視界に収めると表情を崩した。


 他の人物と同じ黒色の髪をした少年。この世界では非常に珍しい髪色をしているが、少女が気になった部分は決してそんな事ではない。


―この人…何処かで。…いえ、まさかあり得ません。


 少女は自身の脳内に浮かんだ可能性を打ち消す。それは少女の見ている少年―十六夜が魔王との戦いの後に姿を消したと言われる勇者と似ていたのだ。ただ、少女の中に残っている勇者の面影があまりにもおぼろげな為に、正確な判断を下せなかったようだ。


 この少女と十六夜は過去に一度出会っている。それは幸いにして少女がまだ十代になる前の話。十六夜がこの世界に初めて召喚された時に、一度会っているだけだったからこそ、記憶が薄く十六夜は気付かれる事がなかった。


 気のせいだろう。そう判断した少女は少年を視界から外し、口を開いた。


「衛生兵!彼らに異常がないか確認してください。…それと念の為に魔力封印具を付けておいてください」


「っな!メール様…それは」


 封印具とは首、足、手に付ける事によって発動する魔力の循環を止める魔道具。循環を止められた人間は体の身体機能が著しく低下。そして魔力の使用が完全に不可能になる事から奴隷や犯罪を犯した者に付けられる道具だ。


「彼らは異世界より召喚された者。一人ならば彼女が居れば十分抑えられます。ですが。この人数全員が反抗して来た場合は被害が大きくなる可能性があります。それは避けなければなりません。分かりますね?」


 諭す様にそう告げる少女だが、その表情は有無を言わせないと物語っており、少女と話している衛生兵の男性も思わずたじろいてしまう。だが、その行動は相手にとって心地よいものではない。それがどのような結果を生むのか、最悪の事態を想定する衛生兵は引き下がろうとはしなかった。


「確かにそうですか…」


「…あなたの言いたい事は分かっています。ですが、彼らの力がどのようなものか分からない以上、こうする以外にありません。さあ、急ぎなさい!目を覚ます前に終わらせるのです!」


 少女の言い分が正しい事を理解しているのか、衛生兵も渋々納得し、後ろへと下がった。それと同時に出口の近くに居た衛兵が扉から外に出る。恐らくは封印具を取りに行ったのだろう。


「一人なら如何様にも出来ましたが…この人数、父様はどうするおつもりなのかしら。…後の事は頼みましたよ。私も一度父様に報告しに行きます」


 そう言うと同時に少女も出口の方へと足を運び、召喚の間から出て行った。


 そして彼らが召喚された時から周りを伺うかのように周囲を見渡していた人物が一人。白銀のフルプレートの鎧を纏っている為性別は判断出来ないが、その人物が気を失っている十六夜達の方へと足を運ぶ。


 その行動に周囲のローブの人物達が何も言わない事を見るに、階級を持った人物なのだと把握出来る。


「…まさか、あり得ない。どうして」


 鎧の隙間から聞こえたのは女性の声。今にも泣きそうな震えた声でそう呟く。鎧の隙間から見える瞳に映るのは、気を失っている十六夜だ。


「生きていた…やはり生きていたのか…」


 そう。彼女はかつて十六夜の仲間であり、共に魔王を討ったメンバーの一人。そして最後に十六夜の胸に剣を突き刺したのも、彼女だ。


「今すぐ連れ出したいが、それは出来ない。なら今私に出来る事は…」


 誰にも聞こえないように小さくそう呟くと、彼女は十六夜の隣まで歩み寄り、膝を曲げる。その行動にローブの集団の数名は視線を向けるが、特に何を言うわけでもなく、すぐに視線を外した。


「今度は助けて見せる。例えこの命を失っても」


―――――


 とある城内に設けられた広々とした医務室の一室に召喚されたクラスメイト達は寝かされていた。


 既に彼らの手足と首には銀色の封印具と呼ばれるものが取り付けられている。それが理由か、医務室には数人の衛生兵、そして先程の銀色のフルプレートを纏った十六夜のかつての仲間しかいなかった。


 彼女は聖騎士団と呼ばれる王国の中でも精鋭で構成される部隊の隊長であり、王国民や兵士からは絶対の信頼を勝ち取っている。そんな彼女が同じ室内にいるだけで安心出来るものであり、衛生兵は誰も彼女の存在に異論を唱えようとはしなかった。


―さて…どうするべきか


 そんな王国でも最強と呼ばれる彼女は十六夜をこの場からどう逃がすかと思考を回していた。


「冥夜、冥夜!起きろ!」


 周囲で慌ただしく動いている衛生兵の目を盗みながら、彼女は未だに瞼を閉じている十六夜の頬を軽く叩く。彼女自身に潜伏スキルなどがあったら選択幅は広がったのだが、残念ながら彼女には戦闘スキルしかない。


 ならばありとあらゆる種類のスキルを持っている十六夜を起こせば、彼自身の力で問題なく脱出出来るだろう。そう判断した彼女は、十六夜を起こす為に声を掛け続ける。


「ん…」


 そしてようやく起きる気配を見せた十六夜に気づき、慌てて十六夜の口を塞ぐ。単純に目を覚ますと同時に騒がれないようにする為だが、実際の所はあまり意味がない事は彼女自身気付いている。


 何せ十六夜の魔力は途方もないものであり、いくら封印具を付けていようとも、十六夜がその気になれば薄紙のように吹き飛んでしまう。


「冥夜!分かるか?私だ、ルイナスだ」


 寝起きで意識が定まらない十六夜だが、懐かしい声と、視界に映る懐かしい鎧姿を見て、一瞬にして意識が覚醒する。半開きだった瞼が一瞬にして開かれた。


 それと同時に自身の口の上に置かれていた彼女の手を乱雑に振り払い、上半身だけを起こし瞬時に聖剣を展開。剣先を彼女に首元に突き付けた。


「どうされましたかルイナ…ルイナス様!?貴様!何をしている!!」


 異音を聞いた衛生兵が彼女の元に駆け寄り、召喚された人間が彼女に剣を突き付けていると言う異常事態を目にし、慌てて緊急用の小剣を抜剣し、二人の元に駆け寄る。


 しかし、それを黙っている見ている十六夜ではない。


「騒がれると厄介だからな…少しの間全員眠っていてもらう。精霊魔法―誘わる眠りの霧―」


 十六夜が魔法を発動すると同時に彼の手から霧のようなものが発生し、瞬時に部屋に充満する。精霊魔法とはエルフだけが使える強力な魔法なのだが、スキルによって種の壁を越えている十六夜は問題なく他種族の魔法までもが行使出来る。


 衛生兵の声を聴いて駆けつけた他の衛生兵も十六夜が発動した意識を失わせる霧を吸い込み、気を失うと十六夜とルイナスを除いた全員が地面に倒れた。


「で、お前は俺を止めないのか?ルイナス」


 邪魔者が居なくなった事を確認してから、改めて十六夜は彼女と視線を交わした。十六夜が意図的に霧の範囲を彼女の周囲には展開していない為、彼女には何の影響もない。


「こうして言葉を交わすのは久しぶりだというのに…随分と酷いじゃないか」


 そう言いながらヘルムを外し、露わになったのは銀色の髪色をした美しい女性だった。年齢は二十台前半だろう。誰もが羨むような美貌だが、何処か幼さが残る顔立ちをしている。しかし、その美しい美貌は悲しげな表情で満たされていた。


「…よくもまあそんな事が言えたもんだな。俺は忘れた訳じゃない」


 何時も敵に向けている冷酷な瞳が自分に向けられている。その事実にルイナスは心を酷く傷め、その目尻には涙が浮かび始める。


 その姿を見て十六夜は胸を締め付けられる思いになるが、唇を強く噛み締め気を紛らわせた。


「ああ、そうだな。私が、私が冥夜を刺した。怨まれて当然だろう」


「…」


 十六夜はそんな彼女の様子を見て思考を働かせる。演技には見えないその悲しげな表情を見て、数多くの可能性が思い浮かぶが、安易に信じる事は出来ない。


「…誰か来るな」


 気配察知のスキルによってこの部屋に向け大勢の人間が集まってきている事を察知した十六夜はどうするかを考える。


 このまま感情のままに力を行使する訳にはいかない。まずは事の顛末を把握しなければならない。そう判断した十六夜は空いた左手で俯く彼女の右手首を掴む。


「一度此処を離れる。お前には付いてきてもらう。説明してもらわないとな」


「…ああ、分かった。こうなってしまっては仕方がない。私もお前に殺される覚悟は出来ている。好きにしてくれ」


「…」


 彼女の言葉に十六夜は何も返すことなく、魔法を発動させる。


「第九階位―空間転移―」


 淡い光が二人を包み込んだと思った次の瞬間には二人は消えており、部屋に残されたのは未だに気を失うクラスメイトと、地面に倒れた衛生兵だけとなった。


 二人が消えた数秒後に部屋の扉をけ破り、なだれ込んできた兵士達は部屋の惨状に言葉を失い、しばらく呆然とするのであった。


 


 


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