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元勇者は赤く血に染まる。  作者: 琥呂栖
勇者の再臨
3/7

二話

また後日修正を入れます。

 暗く、まるで宇宙空間のような場所に十六夜は一人、漂っていた。


 ふわふわと足取りの掴めない奇妙な感覚に陥るが、彼は落ち着いていた。


―懐かしいな、この場所も。


 この空間に来るのは初めてではない。中学三年生の時に召喚された日にも、彼は一度この空間に来ている。ならば、この後彼はどうなるのか、それを薄々理解している。


 奇妙な感覚に包まれながらも待つ事数十分。瞼を開いているのか閉じているのか分からなくなる程の暗闇の中に、一筋の光が見えた。その光はやがて大きくなっていくと人の形に変わる。


「久しぶりだな」


 十六夜はまるで旧知の友人に話しかけるかのように、気軽な態度でそう口にした。


「ええ…本当に、本当に久しぶりですね。勇者冥夜様。」


 綺麗な女性の声が聞こえたと思った次の瞬間、人の形を取っていただけの光が更に一際眩しい光を放つ。すると光の収まった場所には金色の長髪をなびかせる美女が立っていた。


「こうして冥夜様と再び出会う事をどれ程待ちわびたでしょうか…」


 女性が浮かべる喜びの表情はどのような男も魅了しそうなものであった。その笑顔を向けられている十六夜に変わった変化は見られないが、その表情はどこか嬉しそうなものに見える。


「まるで俺がまたここに来る事を知っていたような口ぶりだな?」


 そう十六夜は口にするが、十六夜自身、どことなく目の前の女性―女神が自身に何かを施した事は察していた。世界間の移動は神の名を関する者にしか出来ないのだから。


 最も、女神が何かをしたと分かっていても、それ以上の事は力を失っていた十六夜には出来ない。だからこそ、彼はその何かを探ろうともせず、元の世界で腐った生活を送っていた。


「はい。冥夜様には申し訳ありませんが、少しあなたの体に細工を施しておきました」


「細工?」


「簡単なものです。再び私の世界の住人が勇者召喚を起こった時に冥夜様と再び繋がるように魔法を掛けておきました」


―成る程…だからこうして再び呼ばれたって訳か。ん?って事は…


 そう女神は口にしたが、当の本人である十六夜は一つ問題に気付いてしまった。


「つまり何か?俺以外にもクラスごと召喚されたと思うが…あくまでも召喚の対象は俺、と言う事か?」


「はい。本来召喚は個人を対象として発動しますが、冥夜の中に眠る魔力と反応しその効果が増大してしまった結果です。何より、偶然にも異世界に二度召喚される、などと言った事はまずあり得ませんから」


「…」


 まさかの原因に十六夜は困惑する。


 あの召喚が十六夜の意図しないものであったのならば、仕方がないで終わるが、召喚の原因が十六夜本人にあるとするのならば、流石に罪悪感が芽生えてしまうのだろう。十六夜の表情は少しだけ歪む。


 この先彼のクラスメイトに訪れる困難は想像を絶するものだ。ゲームの世界とは違う。死んだらリセットボタンを押せばいい。なんて事はなく死んだらそこで終わり。実際に血は出るし、痛い。人も死ぬ。そんな過酷な世界だ。十六夜はその世界を身をもって知ってるからこそ、余計に罪悪感を感じてしまう。


 気難しい表情を浮かべている十六夜の考えを見抜いたのか、女神は優しい笑みを浮かべながら、話しかける。


「確かに彼らの存在は予想外の事態でしたが、そう簡単に死ぬ事はありません。冥夜様程の力は持っていないものの、一般人とは比べものにならない力をもっているのは、事実です」


 女神の言葉にふと、十六夜は過去に呼んだ文献の内容を思い出した。


 何れも異世界から召喚された勇者達は人外の力を身に付けていた。そしてその強大な力を持ってして幾度も世界を闇から救った、と。


 何故異世界人が人外の力をもっているかは女神が知っているのだが、十六夜は今その事を聞く必要性はないと判断し、話を切り替える事にする。クラスメイトの事は後で考えればいいと。


「まぁ、あいつらの事は後で考える。その前に、さっき俺の中に眠っている魔力、って言ったな?俺は力を失ったんじゃないのか?」


「はい。冥夜様の力はあの時と変わらず保持している筈です。使えなかったのは世界が違ったため、と言っておきます」


「ふむ…」


 本当はもう少し詳細な理由があるのだが、こうして召喚された今、言う必要はないと女神は簡易に説明する。十六夜もその説明に不満を持つことなく、女神の言っている事が本当かを確認する為に自身の力を確かめる。


「ステータスオープン」


 十六夜がそう口にした瞬間、彼の視界に文字の羅列が展開された。


―――――

十六夜 冥夜‐イザヨイ・メイヤ


職業‐勇者

Level-???


称号-超越者

   神に愛されし者

   光の勇者

   光と闇を従えし者

   その他etc…


スキル-全魔法-LvMax

    近接武器-LvMax

    遠距離武器-LvMax

    生産-LvMax

    スキルマスター-LvMax

    限界突破-LvMax

    その他etc…


エクストラ-女神の加護

   死神の加護

   竜神の加護

  精霊王の加護

   獣王の加護

   その他etc…


―――――


 読むのが馬鹿馬鹿しくなる程に並んだステータスに簡単に目を通すと、十六夜は満足げに視界に並べられた文字の羅列を消した。


「確かにあの時と何一つ変わらない。これなら何も問題はなさそうだ」


―最も、年齢だけは最初の頃に戻ってるが。


 彼は何の疑問を抱く事なく、そのステータス画面を見ていたが、その内容は常軌を逸するものであり、才能のない人間では決して届く事のないものだ。


 称号の数の多さを含め、スキルの数、エクストラスキルと呼ばれる特殊なスキルの数も群を抜いている。その数だけでも彼がどれ程異常な存在なのか分かるだろう。


 とは言え、これだけの強さを持ってしても、全てを圧倒出来る訳ではない。十六夜が何とか倒した魔王含め、十六夜に並ばずとも劣らない存在は少数だが、確かに存在している。


 スキルの存在は確かに強力だが、スキルだけで勝敗が決する訳ではない。一つ例を挙げるとするならば、十六夜の持つ近接武器のスキル。これは武器の扱い方の熟練度を表すスキルであり、近接武器を使った戦闘のセンスが伸びる訳ではない。あくまでも、扱い方が上手くなるだけに過ぎない。


 膨大な数のスキルが強力な力になる事は間違いないが、戦闘において、最も重要なのは、知識と経験。最終的にはこの二つに絞られてくる。


「これならこの先もどうにかなりそうだな…」


 誰に言うわけでもなく、十六夜はそう呟くが、目の前で十六夜を見つめていた女神は、その微かな変化に気付く。


「復讐…するおつもりですか?」


「…」


 女神の問いに十六夜は答えようとしない。


 二人の間に少しの静寂が訪れるが、十六夜がふいに虚空に手をかざした。


 すると彼の掌に光の粒が集まり始め、やがてその光の粒は一つの剣の形を作り出した。簡易な装飾が施された黄金に光り輝く一振りの剣。見る者を魅了する程の輝きを放つその剣は十六夜のみが持つことを許された神の剣。


「…聖剣アリネウス。勇者の名を与えられた者のみが持つことを許された神造の剣。…なあ、シャール。俺はどうしてまだこの剣を持てるんだ?」


 十六夜は右手に掴んだ一振りの伝説の剣を眺めながら、女神にそう問いかける。


 女神は言い辛そうに表情を歪めるが、意を決したようで、十六夜の問いかけに答えた。


「それは…冥夜様がまだ勇者様である証です」


「勇者…勇者ね。確かに俺は勇者として皆の前に立ち、人を助ける為に戦った。その為に数多くの命を奪った。確かに魔族は敵だったが彼らにも、守るものがあった」


「…はい」


「戦争中に何度も懇願されたよ。家族だけは、家族だけは助けてくれって。低俗な種族と見下してた人間にみっともない表情晒ながらさ、笑っちゃうだろ?…でも俺は誰一人として助けなかった。人を、人類を救う為に、全てをこの剣で切り裂いてきた」


―今でも思い出す。


「その結果があれだぞ?俺は一体なんの為に戦ったんだ?」


―俺がやっている事は魔王と変わらかったのではないかと。だから俺は…。


「万を超える命を奪って…眠れない夜を過ごして…苦しんで…苦しんで!それでも戦い続けて!ようやく魔王を倒した!!その結果があれか!?」


―殺された。


 十六夜は決して簡単に魔王を倒し、世界を救った訳ではない。彼自身が口にしたように幾つもの命を奪い、その度に苦しみ、それでもと前に進み続けた結果、世界を救ったのだ。


 だが、そんな幾多もの地獄のような困難を乗り越えた先に訪れたのは、助けた筈の人間による裏切りだった。


「冥夜様…」


 天界から十六夜のサポートを行う事しか出来なかった女神は十六夜にどう声を掛けていいのか分からず、哀しげに表情を歪める。


 十六夜はそんな女神の表情を見て、同じように表情を歪めた。女神を哀しませてしまった事に罪悪感を感じているようだ。しかし、それでも彼の中に渦巻く憎しみの感情は収まる気配を見せない。寧ろ一度思い出せば思い出す程に負の感情は増えていくばかり。


「シャール。俺はもう疲れた。もう人間なんてどうでもいいんだ。少なくとも俺は勇者として人を救う事は出来ない。どうしてシャールは俺をこの世界に繋ぎ止めたんだ?」


 十六夜は決して女神を責めている訳ではない。純粋に疑問に感じているだけだ。何故自分をまた必要としたのかと。


 女神自身、十六夜がどれ程の苦難を乗り越え、どれ程の絶望を味わったのかは知っているのだから。だからこそ十六夜は知りたがっている。女神がこうして十六夜を世界に繋ぎ止めた理由を。


「本当ならここで混沌とした世界を再び救ってください、と言うのが私の役目なのでしょう」


「だろうな」


「…ですが、そんな事は知りません。私はただ、冥夜様に生きて欲しかった。生きてまた私に会いに来て欲しかった。ただ、それだけです。冥夜様をこの世界に繋ぎ止めたのは、その程度の理由なんです。…軽蔑しますか?」


 何て事はない。


 女神は己の欲望に従い、十六夜の命を救い、再び冥夜をここに来るように誘導した。そしてその結果、女神の思惑通り、十六夜は異世界へと再び誘われた。


 十六夜が深い絶望を味わっていた事、それを知りながらも、自身の欲を満たす為だけに十六夜を導いた女神。傍から見れば、十六夜の事を微塵も考えていない自分勝手な行動にしか捉えられないだろう。


 だが女神はそれを自覚している。そしてその事を当の本人に告白したことにより、拒絶される事を恐怖している。


「…軽蔑、か。この程度でシャールを軽蔑してるんじゃ、俺はとっくにシャールとの縁を切ってるよ。シャールがどれ程我が儘かは俺が一番知ってるつもりだからな」


 しかし、十六夜から返ってきた答えは人を小馬鹿にするかのようなものであった。


 拒絶される事すら覚悟していた女神は不意の答えと態度に困惑し、突如として湧き出した羞恥心により表情を赤く染め上げた。


「ど、どう言う意味ですか!?私だって色々と考えながら――」


 やっている。そう口を開く前に、近付いてきた十六夜が人差し指を女神の口の前に突き出す。


「知ってる。シャールが俺の事を考えて色々と動いてくれてたのは知ってるんだ。別にシャールの我が儘を責めてる訳じゃない」


 確かにこの女神の存在がなければ、十六夜は他の人間と同じように通常の生活を送っていたのだろう。


 あのまま中学を卒業し、高校に進学し、大学に行き恋人を作り、仕事に励み子供を作り、幸せな家庭を築き、死んでゆく。そんな一般の人間が送れるような人生を送っていたのだろう。


「シャールが俺を勇者と選定したからこそ、俺はこんな思いをしてる。だけど、シャールの事は何も怨んじゃない。確かにつらい事もあったが、それ以上に楽しい事もあったからな」


 十六夜が思い出すのはかつての仲間。彼の胸を剣で突き刺した仲間達との、楽しかった思い出。その光景が彼の瞳には映されていた。


確かに幾度も絶望を味わい苦しんだ。眠れない夜なんて日常茶飯だった。だけれども、その苦を乗り越えられる程の幸せも多く存在した。だからこそ、十六夜には女神を恨むことは出来なかった。


「それでも…私はあなたを苦しめました。今回も私の欲望のままに、あなたを世界に繋ぎ止めたんですよ?」


「俺は気にしてない、って言ってるんだ。そんな自分を責めるもんじゃない」


「あなたは…」


―優しい心を失くした訳ではないのですね。


 そう口にしようとした女神であったが、その言葉を口にする事無く、自身の中に留めた。そう言っても十六夜は否定すると分かっているから、その事実は自分だけが知っていれば良いと。


 見た目では昔とは比べものにならないほど冷たい雰囲気を醸し出しているが、十六夜を形作る根元までは変わってはいなかった。女神はそう判断し、十六夜に気づかれない程の小さな笑みを浮かべた。


「っと。話が逸れちまったな。俺が復讐するかどうかだったか…まぁ、素直に言えば、俺にも分からない」


唐突に話を戻したことにより女神は少しドキッと心拍が高まったが、十六夜から返ってきた曖昧な返答に困惑してしまう。


「分からない、ですか…」


「ああ。確かにあいつらを憎む気持ちはある。だけど、その気持ちだけを優先してあいつらを殺すような事はしたくない。何より、裏があると思うんだ。あんな事になった理由が」


 十六夜はこの空間に連れてこられ一つの決断を下した。それはかつての仲間をもう一度信じてみること。あの唐突すぎる裏切りから今まで顔を背ける事しかしなかったが、もう一度あの世界に戻れるのなら、向き合わなければならない。


「だからまずはそこから探ろうと思う。いきなり感情のままに殺す、なんて事はしないさ。最後にもう一度、あいつらを信じてみたいと思う」


十六夜の確かな決心に女神は喜びを感じる。それと同時に女神もとある決断を下した。もう二度と同じ失敗を侵さない為に、彼を全力で助けると。例えそれが天界の掟に背くものだとしても。


「…分かりました。私は冥夜様を信じたいと思います。それと共に、私も冥夜様と共に世界を救った子供たちを信じてみます」


「ああ、そうしてくれ」


 そう言いながら手に握っていた聖剣を消しさる十六夜の表情は何処か穏やかななものに見えた。今まで迷っていた心に決心がついたからだろう。今一度仲間を信じてみると。


 この決断がどのような方向に進むのかは誰にも分からないが、歩みを止めていた十六夜が一歩前に進みだしたのは、間違いない。


「…そろそろ時間ですね」


「短いんだな」


「何せ二つの世界の時間を同時に止めていますから。私の力を持ってしても限度があります。最後に…冥夜様、お手をこちらに」


 女神の言うままに十六夜は右手を女神の方に差し出す。


 差し出された手を優しく両手で包み込んだ女神は残り少ない自身の力を使い、十六夜の手の中に一つの指輪を作り出した。


「これは?」


 十六夜は手の中にある銀色のシンプルな指輪を鑑定のスキルに掛けるが、文字化けし内容が読み取れない。


「ふふ、今はまだ秘密と言っておきます。あちらの世界に行けば直ぐに分かると思いますよ」


―例えこの力を失う事になっても…私は。


 女神が密かな決心をしている最中に、彼女の笑顔を見て悪いものではないと判断した十六夜は銀色の指輪を右手の薬指に着ける。


―体には何の変化もない、か。まぁ向こうの世界に行けば分かると言ってる事だし気にしなくてもいいか。


 そう判断した十六夜は指輪から視線を外し、再び女神の方へと視線を向ける。


「ありがとうシャール。また出会えてよかった」


「そう言っていただけると私も嬉しいです。ですが、これが最後ではありませんよ?」


「?それはどう言う――」


 女神の言った言葉の意味を知ろうと口を開いた十六夜だったが、不意に意識が遠のいた為態勢を崩す。


 恐らく女神の作ったこの空間が消滅仕掛かっているのだろう。そして意識があちらの世界に行こうとしている状況にある。それを理解している十六夜は無理に抵抗しようとはせず、笑顔を浮かべている女神を最後に、意識を失った。


暗闇に包まれた空間から十六夜が消え去り、一人女神だけが残された。


「あなたを覆う闇は私が振り払って見せましょう。その為なら私は…」


その言葉を最後に女神の姿は唐突に消え去り、先程まで二人が会話をしていた空間も完全に消滅した。


 

5/18 修正

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