プロローグ
この物語の主人公、十六夜 冥夜はどうしよもなく、孤独だった。
彼の短くも長くある人生は過酷で残酷なものであり、とてもではないが普通と呼べるものではなかった。
中学三年生までは、至って普通の平凡な学生だったのかもしれない。仲の良い友人もそれなりに居て、クラス内の可愛い子の話題で盛り上がったり、中学生特有の下ネタで笑ったりもしていた。毎日学校の終わりに友人の自宅に集まり、パーティーゲームで盛り上がる。そんな何てことのない日常を平穏に過ごしていた。
しかし、そんな平凡な毎日を送っていたある日、十六夜は唐突に異世界へと誘われてしまった。
学校が終わり、いつもは友人と帰る十六夜だが、その日は友人達に用事があると言う事で仕方がなく一人で帰っている時だった。何時もの変わらぬ帰り道。一人足元の小石を蹴りながら帰っていると突然視界に光に覆われた。唐突な出来事に戸惑い、悲鳴に近い叫び声を上げるが、その声を聴いた人が駆け付けた時には、そこには誰もいない。そう、十六夜は地球とは根本から異なる世界に呼ばれてしまったのだ。
瞼越しに感じる光がなくなり、恐る恐る瞼を開くとそこはお伽噺に出てくるような豪華なお城の一室だった。見たこともないようなドレスを纏った幼い少女。金色の王冠を頭に乗せた男性。そして始めてみる人の命を奪う凶器を手に持った兵士達。その全てが幼い十六夜にとって初めてのものであり、困惑させるに容易いものだった。
勇者として見知らぬ世界に呼ばれた十六夜は当然困惑したが、優しい心の持ち主だった彼は、魔王の手によって苦しんでいる異世界の人達を放っておく事が出来ず、最終的には異世界の人へと手を貸すこととなる。
当然人を殴った事もない十六夜は幾多もの困難に直面し心が折れそうになるが、その度に信頼していた仲間たちに支えられ、幾度も乗り越えてきた。
そして長く過酷な旅の果てに魔族の王である魔王を討ち、最強の称号を得ると共に、人間の世界に平和をもたらした。
――これで、これで平和になる。
当時、人類の敵である魔王を討ち滅ぼした十六夜はそう思っていたが、直ぐに子供故のその考えは甘かったと、思い知らされる事になる。
確かに魔王軍による被害は途轍もなく大きかったが、十六夜を召喚してからの被害は目に見えて減少し、魔王を討つまでの五年間の間に人類は力を貯め込んでいた。それに反し、獣人やエルフ、ドワーフなどと言った亜人族に十六夜のような力を持った存在はおらず、多方面に展開していた魔王軍によりじわじわとその力を削られていた。
魔王軍の主力達を十六夜とその仲間達に任せ、力を着々と蓄えていた人間達は、十六夜が魔王を討った途端に、その磨いた牙を亜人族へと向けた。
連合軍と呼ばれる各国の王達は軍を率いて、各国の近場にある力を失った亜人族の元へと進軍、それらすべてを制圧。そして、最強の座を得た勇者の元には各国の精鋭、そして、十六夜の仲間達を送った。
十六夜の仲間達は決して自分の意志で彼を裏切ったのではない。元々国から渡された装備に細工が施されており、強固な精神支配の魔法を仕組んでいたのだ。
まさか自分たちの上の存在がそのような事をするとは思ってなかった十六夜の仲間達はいとも簡単に精神支配を受け、その強力な力を十六夜一人へと向けた。
十六夜がかつての仲間に剣を向ける事など出来る筈もなく、充てもなく逃げ続けた彼だったが、遂には捕まり、元仲間達の手によって、その命を散らした。
仲間に裏切られた十六夜は憎しみと悲しみの中、意識を手放したが、何故か元居た世界で目を覚ます。それも異世界へと召喚された場所で、あの時と同じ時間に目を覚ました。
異世界で手に入れた魔力や武器防具などは何も持っていなかったが、記憶だけは全て残っていた。突然国や仲間に裏切られ、殺された時の絶望感も、しっかりと覚えている。
怒りや憎しみ、悲しみなど数多の感情が渦巻いているが、彼は元の世界に戻ってきたのだ。十六夜自身もそれを理解し、過去の事は忘れ、昔みたいに生きようと、そう決断し、元居た日常へと戻ろうとした。
だが、そう簡単な話ではなかった。五年間もの長い間、勇者として数多くの命を奪った彼の心はすでに普通ではなくなっていた。
クラスメイトは十六夜の突然の変わりように戸惑い、十六夜自身も回りとの明確なズレに困惑し、彼はいつしかクラスでも浮く存在になってしまっていた。
両親も最初は十六夜の事を心配していたものの、明確になにかが可笑しくなった子供に困惑し、恐怖した。
十六夜自身、過去の自分を思い出し、必死に取り繕っていたが、いつしかそれすらも止めてしまった。
所詮、友人なんて、仲間なんて、信用出来ない。
異世界で信じていた仲間達に裏切られ殺された十六夜は、すでに友人や仲間と言った存在の必要性に疑問を抱いていた。そういった理由もあり、彼が高校生になる時には、周囲には誰もおらず、孤独になっていた。
そんな心の闇を持ってしまった十六夜は今日も意味のない日常を送る。
――ハズだった。