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6 ファッション・リーダー、共闘、仕事

「明日までなんですねー、高村せんせー」


 帰りのHRが終わった時、教壇に早瀬や、他の生徒が寄って来て、口々に言った


「明日まで…」


 高村は天井を向いて、思い返す。


「うん、そう言えば、そうだな」

「何だよ、高村さん、忘れてたのかよ」


 へへへ、と男子生徒の一人が笑った。


「うるせえな、その位、オレは真剣だったんだよ、覚えとけ」


 けっ、と高村は笑いながら毒づく。だがすぐにその笑いは止まった。


「うん。そうだなあ…二週間なんて、長い長いと最初は思っていたけど、過ぎてみると、あっと言う間だったなあ」

「ここは居心地良かった?」


 教壇に腕を乗せて、女生徒の一人が問いかける。


「良かった…うーん、…考える暇、無かったような」

「何だよそりゃ」


 男子生徒がげらげら、と笑った。


「君等そうやって笑うけどな、いつかこっちの身にもなってみろって言うんだ」


 口を歪めて高村も応戦した。うーん、と中には考える生徒も居た。おそらくは、教職志望の者だろう。


「ま、何にしろ、明日までだし、それまでは、オレもきっちりとやるからな」

「南雲さんの授業より、あたし、好きだったなー」

「それは南雲先生の前じゃ言うなよっ!」


 高村は慌てて声をひそめた。ういっす、と男子生徒達が声を揃えて返事をしたので、その場は大笑いになった。


 二週間か。

 高村は職員室に向かう廊下を歩きながら考える。

 確かに、よく考えてみると、授業に関することは楽しかった気がする。

 あまりにも、他に惑わされることが多すぎたせいかもしれない。幸か不幸か、他の馬鹿馬鹿しさが目について、本分の楽しさが印象つけられてしまったのかもしれない。

 とにもかくにも、自分には合っている職だろう、と高村は思った。おそらく、自分はこのままこのコースを進むのだろう、と。

 それこそ、森岡の言う通り「あと一押し」なんて無いのかもしれない。気がついたらそれが天職だった、と気付くのかもしれない。それならそれも、いいだろう。

 彼はそう思い始めていた。

 ただ。

 ぷる、と図書室の前に差し掛かった辺りで、ポケットの中の携帯が震えた。


「はい」

『高村さん?』


 山東の声だった。


「高村先生、明日までだねー。俺は寂しいよっ」


 島村の本日の眼鏡は、丸い金属のフレームだった。そう言えば、このひとはこれが一番似合うかもしれない、と彼は思う。


「そうですねえ、島村先生とももうお会いできないと思うと、オレも寂しいですよ」

「ふうん。君もずいぶん、口が上手くなったねえ」


 にやり、と島村は笑う。


「まあ口の上手さは教師には大切だしね。良いことだ良いことだ」


 ははは、と何処からか、金銀きらきらの扇を取り出し、ぱたぱたとかざす。

 一体このひとは何処から何を取り出しているんだ、と本気で高村は判らなくなった。


「それはそうと、今日も残ってくの? ここのとこ、ずっと夜遅くまで、化学準備室に残っていたそうじゃないの」

「あ、今日は早く切り上げようと思います」


 少しばかり、彼は声のヴォリュームを上げた。


「明日で最後ですから、今日はゆっくり睡眠をとって、明日最後の授業と、HRを堪能しようと思いまして…」

「余裕だねー、高村先生。よし、そんな君に俺からとっておきのお手紙をあげよう」

「お手紙?」

「折り紙愛好会連合へのご招待状」


 そう言いながら、島村は小さな小さな薄桃色の包みを彼に手渡した。


「…これが、ご招待状、ですか?」

「そ」

「もしかして、森岡先生も入ってる、っていう…」

「おや、よく知ってるじゃないの。ただし、ちゃあんとこれを破かずに開けられない奴には、その資格は無いからね」


 とん、と島村はその包みを人差し指でつつく。


「はあ…」

「あ、またそんな顔をしてる。この『手紙のバリエーション』はね、全国の旧女子高生が、長い伝統の上に作り上げていった、現代折り紙の中の一つの形なんだよー」


 それはそうかもしれないが。

 高村はちょこん、と手の真ん中に小さく乗ったそれを見つめる。どうやら、薄手の桃色の紙をこれでもかとばかりに小さく複雑に折り畳んだものらしい。


「ま、返事は明日もらうからね。それと」

「ま、まだ何かあるんですか?」


 高村はやや逃げ腰になる。


「高村先生の、端末の電話番号が欲しいなー」

「端末の」

「これは個人的に」


 にやり、と島村は笑った。


「…」


 個人的に、って一体何だろう…

 不可解に感じつつも、高村はじゃあ、と近くのメモに自分のナンバーを書いた。


「ちなみに俺のはこれね。何か役立つかもしれないからさ」


 役立つ…役立つだろうか。高村は非常にそれは疑問だったが、とりあえずメモを受け取り、ちら、と見ておいた。


「忘れないでよ、ご招待状」

「はいはい」


 そう言いながら高村はズボンのポケットに「ご招待状」を入れ、今日明日限りの自分の席についた。


「ずいぶんと島村先生と仲が良くなったようじゃないの、高村先生」


 くすくす、と南雲は笑う。


「仲が良くなった…と言うんでしょうか」

「だって最初の時のあなたの反応からしても大違いよ。それに今の見てたら誰だって思うわよ。島村先生からしたらこれはすごく気に入った部類よ」


 そうですか、と答えつつも、高村の気持ちはやや複雑だった。


「…あ、で、今聞こえちゃったんだけど、あなた今日は、早く帰るの?」

「ええ」


 高村はうなづいた。


「明日担当の一時間は、前にやった所の手直しの様なものですから…どちらかというと、体調万全で、ちゃんと生徒に向かいたくて…」

「そう」


 南雲はうなづいた。


「それはそれで、良いことじゃない? じゃあ、定時で帰るのね」

「定時よりは少し遅くなるかもしれませんが」

「それでもここ最近の七時八時上がり、なんてのは無しよ。私もそろそろちゃんと定時少しで切り上げたいわ。お肌の曲がり角なんだし」

「南雲先生、女性のお肌のピークは十代だそうですよ」


 島村が声を飛ばした。


「うるさいですよ!」


 彼女は腕を振り上げながらも笑った。高村もつられて笑ってみせた。


 それにしても。

 高村は扉近くの床に座りながら、ぼんやりと窓の外を見上げた。

 星が全く見えない。

 雲行きが怪しい。雨が近いのだろうか。ゴールデンウイーク明け以来、この時期にしては安定して晴れていたのに。

 低気圧が迫っているのかもしれない。森岡が腰が痛む、とつぶやいていた記憶がある。風向きも多少変わって来ていたようだ。

 しかし実際のところ、どの程度の雲行きなのかは、この時間でははっきりとは判らなかった。

 彼はぴ、と端末で時間を見る。手元だけがぼっ、と明るくなる。午後八時。そろそろだろう、と彼はズボンのポケットから、ワイヤレスイヤホンを取り出し、左耳に入れた。

 耳にすっぽりと入れる形なので、髪を下ろせば、入っていることは判らない。

 そして白衣のポケットからは、一枚の地図を取り出す。

 校内の平面図だった。その昔、山東が校内改革を進める時に、何でも、当時の工事業者から建築の平面図をコピーさせてもらったのだ、という。

 さぞ工事業者もびっくりしただろうな、と高村は思う。一介の学生が、数十年前の工事図面が無いか、と掛け合いに行ったのだ。結果的には見つかったし、それは首尾良くコピーできたが、そうそう手に入るものではない。山東の熱意の程が感じられた。

 そして更にそのコピーが、今、高村の手の中にあった。

 建築図面は、距離が正確に表されているから、欲しかったのだ、と山東は言っていた。何処に購買分室があれば便利なのか、それが可能な場所は何処なのか、割り出すのに必要だったのだ、と。

 しかし実際、先週末彼の部屋で見たその地図には、もっと様々な、細々としたことが書き付けられていた。


 先日、遠野の自宅の探索を終えた二人は、そのまま山東のアパートへと直行した。


「自宅じゃないんだ」


 六畳一間の部屋に入った時、高村は思わずそう口にしていた。


「ええ、俺、中等の途中から一人暮らしなんです」

「適性検査のせい?」

「まあそんなものでしょう。それに親父が転勤族で、ちょうど俺が後期部に入る頃、東北の方に行ってしまったんですよね」


 ああ、と高村はうなづいた。確かにそれは遠い。遠すぎる。

 六畳一間のアパートには、無駄なものは無かった。

 高村自身の部屋よりずっときちんと整頓されていた。ただ、本だけはやや雑多に広がっていた。量があるのだ。それもまた、ちょっと見ただけでも「節操なし」と言える様な、多彩なジャンルである。


「…全部読んだの?」


 思わず彼は感心して問いかける。


「そりゃあまあ、読むために買ったんですし」


 それはそうだった。


「と言っても、古本屋とか、友人からもらったものもありますよ。それにほら、そいつは図書館の本だし」


 確かに、指された厚い本のカバーには、バーコードのついたラベルが貼ってある。


「こんな高い本、買えませんよ。所詮貧乏学生ですからね」

「それはオレだって同じだよ」


 ははは、と二人は笑い合った。


「…で、気の合ったところで、本題に入りましょうか」


 ああ、と高村も表情を引き締めた。


「まず、整理してみましょうか」


 山東は新聞の広告の裏に、ボールペンで箇条書きにしていった。


 ゴールデンウイークの日名の「転校」。家族の「引っ越し」。

 月曜日に高村がつまづいた「黒い箱」。

 遠野の「転校」。家族はそれを知らず、その後に「引っ越し」があった。しかし「引っ越し」たのは家族だけらしい。

 島村の意味ありげな言葉。黒い箱と封筒の伝説。

 高村の記憶。


「考えたくはないです」


と山東は眉を寄せ、口を歪めた。


「けど、目をそらしてはいけない、と俺は思うんです。それが冗談であって、実はあいつらが何処かに隠れていて、俺を驚かせよう、という計画だったなら」


 彼はボールペンを持った手を強く握りしめる。みしみし、とペンがきしむ音が、高村の耳にも飛び込んでくる。


「それだったら、俺は喜んで驚いてやります。笑い者になってもいい。あいつ等が無事で帰って来るなら。だけど」


 ぴし、とボールペンが、音を立てて折れた。中の芯だけが、かろうじてその形を保たせていた。


「本当に、…あの二人が、君は、好きだったんだ」

「ええ」


 山東は迷うこと無くうなづく。


「俺が苦しい時に、あいつ等は俺を力づけてくれた。だからあいつ等が困った時には、何が何でも、俺にできることなら、いや、できないかもしれなくても、守ってやりたかった。そうするつもりだった。…なのに、何です?」


 どん、と山東は、折れたペンを握ったまま、座卓に両手の拳を思い切り落とした。折れたプラスチックが、手に食い込んで赤くなっていた。


「俺は何にもできなかったじゃないですか」


 高村は黙って聞いていた。下手に掛ける言葉など、彼には見つからなかった。

 彼にはそれほど強烈に思いを寄せる様な友人は、いなかった。

 いや、その友人を選ぶ自分の目を信用できなかった。

 どれだけ相手が親切にしてくれようが、その行動の何処までが本当で、何処までが嘘なのか、判断するだけの自信が持てなかったのだ。

 そんな自分が、この男に掛けられる言葉など、何処にあるだろう?

 ただできるのは、握りしめすぎて、とうとう血が流れている山東の手から、壊れたボールペンをゆっくりと離してやることくらいだった。


「…すみません」

「いや、いいよ」

「本当のこと言うと、高村さんを巻き込んでしまって、申し訳ない、と思うんです。これは俺達の」

「…いや」


 高村はペンのかけらをゴミ箱に入れながら、首を横に振った。


「オレの問題でもあるんだ。いや、君以上に、これはオレの問題かもしれない」

「記憶のことですか? でもそれは、忘れてしまえば」

「忘れられないんだ。結局」


 高村はぱら、と手を払った。


「忘れられるものだったら、もうずっと昔に忘れてしまってる。でも結局それはオレにはできなかった。そしてずっと、オレ自身を縛り続けてる。それこそ、君が、友達を無くした悲しみとは違うところで、オレはオレの、カタをつけたがっているんだ」

「高村さんは、高村さんのカタを」

「そう」


 彼はうなづいた。


「こう言ってしまうと、卑屈だと思うんだけど、オレは君の様に、自分の行動に自信を持ってやっていけない。せいぜいがところ、カラ元気だ」

「だけど俺だって」

「それだけ大事なひとが居る奴、に自信が無い訳ないだろ?」

 それは、と山東は口ごもった。

「オレにはそういうひとが居ない。友人ができても、彼女ができても、結局何だかんだで離れていってしまう。いつもそうだ。オレがどれだけその相手のことを思っている、と思っても、それが何処かずれてしまう。オレはそれが嫌で嫌で仕方なかったんだ」

「…昔の記憶が、それに関係していると?」

「判らない。…でも、可能性は、ある」

「可能性」

「だからオレはオレで、君を利用しているのかもしれない」

「利用、ですか」

「そう、利用。だから君がオレに悪い、と思う必要は無い」


 そうですか、と山東は苦笑した。そして、そこのばんそうこう取って下さい、と彼はいきなり言った。高村は唐突な話題の転換に少し困惑しながらも箱を渡すと、巻いてくれますか、と山東は更に付け足した。

 高村はばんそうこうの一枚を取ると、傷ついた山東の右手にぺたり、と押し当てた。


「あのね、高村さん」


 山東はそのばんそうこうに視線を置きながら、言った。


「利用じゃ、ないですよ。こういうのは」

 そしてひょい、と顔を上げた。

「共闘、って言うんですよ」


 「共闘」することになった彼らは、その晩作戦会議を延々続けた。結果、高村はそのまま山東の部屋から学校へと行くことになった。

 服を貸しましょうか、と言われたが、クラスメートのスーツよろしく、まるでサイズが合わないので、それは遠慮した。

 「会議」は明け方までかかった。だがおかげで何とか方針が決まった。

 と言うより、もう次の朝から、臨戦態勢に入らざるを得ないだろう、というのが二人の共通の見解だった。

 日名と遠野、そして二人の家族の失踪。これを生きてるとみるか、死んでいるとみるか。

 最悪の状況を考えよう、と山東は言った。


「最悪の状況」

「ええ」


 既に皆死んでいる。それが最悪の状況だった。


「まず何で日名が殺されたか」


 高村は首を横に振った。


「これはさっぱり判らない。君には判るか?」

「いいえ」


 山東も同じ様に首を横に振る。


「ただ、週末、大学の友人達に聞いてみたんですよ。ざっと二十人位」

「…すごいな」

「と言っても、クラスメート、ですがね」


 日名や遠野の様な親しい友人ではないのだ、と彼は暗に含めていた。


「…やっぱり何処の学校でも、一年に一人は、何処かの学年で、『転校』する奴が居たそうです。それはまあ良くあることだ、と皆そう気にはしなかったんですが、ただ」

「ただ?」


 ぐい、と高村は身を乗り出した。


「目立つ奴だった、ということです」

「目立つ奴? 君みたいな?」

「と言うか…何って言うんでしょうね…」


 山東は言葉を探す。高村は何かヒントになる言葉は無いか、とまた言葉を探す。


「…例えばさ、遠野さんは『スタア』で『ファン』が多かったじゃない。そういう感じ?」

「そうですね…うん、多少それもある。ただ、それだけじゃないんですけど」

「と言うと?」


 高村は眉を寄せた。


「日名は遠野程には人気は無いです。まあ、男にはもてましたがね。ただ、あいつがクラスで何かやらかすと、同じことがぱーっ、と広まるんだ、と自慢…してましたね」

「ファッション・リーダー」

「あ、それです。そういう感じ」

「…」


 そういうものなのか? と自分が口にしたに関わらず、高村はやや首を傾げた。


「ファッション、じゃないかもしれないけれど、クラスや部活の、何かそういった、良くも悪くも、そういう流行りを作り出してしまう奴…だったそうですよ。その『転校』した奴と直接知り合いだった奴に聞くと」


 何か呑みますか、と山東は言った。さすがに喉が乾き掛けてきたのだ。お茶がいいな、と高村は答えた。ふとその時、彼は森岡のことを思い出した。


「…そう言えば、森岡先生と島村先生、って、同じ趣味持ってるんだなあ」

「同じ趣味?」

「折り紙」

「ああ、折り紙ですか」

「知ってた?」


 はい、とコーヒーカップに緑茶を入れて渡しながら、山東はうなづく。


「そうですね…森岡さんの折り紙好きは有名ですから。で、それにあの珍しいもの好きの島村さんが」

「面白い、と」


 ずず、と高村は茶をすすり、なるほどね、とつぶやいた。


「それでですね、高村さん」


 再び座った山東は、ぐい、と身を乗り出した。


「その『転校』した奴の傾向が『ファッション・リーダー』だとすると、遠野はそれには当たらないんですよ」

「当たらない? でもファンは多いじゃないか。実際ボイコットする連中も」

「でもファン、って言うのは、所詮ファンですよ。それを好きな自分、って奴は忘れていません」


 そう言えば、と高村は元部の態度を思い出す。遠くから見ているだけの「ファン道」もあると言った。


「だけどファッション・リーダーの場合、その人物を好きである必要はないんです」


 そのあたりが日名と遠野の違いなのかもしれない、と山東は表現した。


「『転校』―――つまり、その場所から移動させられているのは、そのファッション・リーダー的な生徒です。だとしたら、遠野の『転校』は、もしかして、他のそれとは違うんじゃないでしょうか?」

「違う?」


 と言うと? と高村は切り返した。


「例えば、口封じ」


 さらり、と山東は言った。


「口封じ」

「ええ。『いつものこと』で終わらせようとしたのに、遠野が騒ぎ立てて、『いつものこと』にならなくなってしまった。俺達の関係を甘く見ていた向こうの『失敗』じゃないですか? これは」


 うーん、と高村は腕を組んだ。


「遠野は『予定』に入っていなかった。だから、あいつのご両親は、学校に押し掛けてくるだけの時間があった。そう考えると、結構つじつまが合いませんか?」

「…かも、しれない。…ただ」

「ただ?」

「どうして、だろう?」


 その言葉を、高村は吐き出した。


「誰が、だ? 何でそんな『計画的な』ことがあちこちで、何年も、起こっている? どうしてだ?」


 山東は首を振り、真っ直ぐ高村を見据えた。


「…高村さん、今はそれを考えては動けませんよ。その理由は、俺達が無い頭を絞って考えるより、相手に直接聞いた方が早い、と思いませんか?」

「…相手に」

「おそらく、次の標的は、俺です」


 おい、と高村は腰を浮かせた。だが淡々と、山東は続けた。


「それに、俺の場合、家族は遠方に居る。その位、きっと『向こう』は知っているでしょう。だったら、もう後は俺一人消せば、今回の件で騒ぎ立てる奴も居なくなるだろう、と思うんじゃないですか?」

「…だけど生徒達は」

「『ファン』は、結局、自分のために相手を好きなだけですよ。泣いて、騒いで、それで終わりです。それでいい。だけど」


 自分達は、そういう関係では無かったのだ、と山東は暗に含める。


「…だから、こっちから仕掛けてみるつもりです」

「危険だ」


 即座に高村は言った。


「承知です」


 何を言われても。どう説得されても自分はてこでも動かない。そんな気迫が、山東の静かな口調からは、感じられた。


「…OK。じゃあオレも何も言わない。オレは、何を手伝える?」

「いいんですか?」

「オレの問題でもある、ってさっき言ったろう?」

 そうですね、と山東は笑った。共闘ですから、と。



 「仕掛けた」のは、その翌日だった。

 山東は日名や遠野のナンバーを知っている。日名は取り巻きの多くにナンバーを知らせていたが、遠野はほんの一握りの相手にしか、教えていなかったという。

 日名同様、遠野の端末は、見つかっていなかった。

 あの、血ではないかと思われた染みのあった化学室。できる範囲で彼は探し回ったが、何処にもそれは無かった。南雲にも、落とし物は無かったか、と問いかけたが、その返事はNOだった。

 もっとも、高村は南雲の返事を半分信用していなかった。何となく、引っかかるものが、彼女の言葉にの端々にはあるのだ。

 そしてその「仕掛けた」反応が、今日来たのだ、と山東は言ってきた。


『今夜八時半、図書室、だそうです』


 図書室。ふと、村雨の姿が浮かんだ。あの場所を荒らされたら、彼女は困るのではないだろうか。できれば、そこで何も起こらないで欲しいものだ、と高村は思った。

 と、その時、端末が震えた。彼は慌てて着信ボタンを押した。左の耳に直接、ノイズの様なものが飛び込んでくる。山東との計画だった。お互いそれで、状況を通信しあう、と。


『…何で図書室、なんだ?』


 大声で、山東が叫んでいるのが聞こえる。彼はわざわざ声を張り上げて、自分の居る位置を高村に教えようとしていた。

 その他の声は無い。おそらく、暗い部屋の中、気配がしたから彼は動き始めたのだろう。

 別の声が、耳に入る。


『だあって』


 はっ、と高村は思わず立ち上がった。

 この声は。

 彼はそっと扉を開ける。音を立てずに、そろそろ、と購買分室から、同じ階の、廊下の突き当たりにある、図書室まで進まなくては、ならない。

 この声には、聞き覚えがあった。

 だが、どちらの声なのか、彼には判らなかった。

 あの時の、声。

 六年前の五月、あの雨の日、踊るように、暴れていた少女の声。

 そうでなければ、彼女の。

 生まれ変われたら、ひまわりになりたい、と言った、彼女の。

 どちらかの声に、聞こえる。どちらの声にも、聞こえる。

 どっちなんだ? 彼は足を速めた。知るのは怖い。どちらであったとしても、そうであって欲しくない、声。

 なのに。


『ここはあたしの、場所なんだもーん』


 あはは、と笑い声が、耳に飛び込む。自分の場所。自分の場所。

 ―――図書室。

 …村雨乃美江。

 高村は、立ち止まった。

 何で彼女が。


『もう、いいのぉ? 殺しちゃってぇ』

『ああ』


 そしてもう一つ、男の声が。

 あの時見たのも、少女と―――少年だった。

 声は違う。確実に違う。

 でも男の声は、変わる。特に、中等の間には、確実に。


『とってもお偉い、伝説の生徒会長サマだよ。やりがいがあるだろ』

『そぉねえ』

『何でお前が! 垣内!』


 はっ、とそこで高村は立ち止まっていた自分に気付いた。

 山東も明らかにショックを受けているはずだ。一年間、彼は垣内と生徒会をやってきている。

 なのに彼は、ちゃんと、相手が誰なのか、自分に伝えて来ているのだ。できる限りの冷静さをかき集めて。

 何をやってるんだ、オレ!

 高村は慌てて歩き始めた。急がなくては。急がなくては。

 その間にも、垣内の言葉が聞こえてくる。


『…先輩がたが、悪いんですよ。『仕事』は一回で終わりだ、と思ったのに』

『仕事…?』


 「仕事」?


『でもあたしは楽しかったわよぉ』


 村雨の声が混じる。


『あの遠野サマがあたしなんかにあの身体を簡単にズタズタにされてくのよぉ。綺麗だったわよぉ』


 くくく、と笑い声が飛び込んでくる。嘘だ、と高村は次第に早足が駆け足になって行く自分を感じる。嘘だ嘘だ嘘だ。村雨が、そんなことを言うなんて。

 だけど。その一方で彼は思う。あの時の少女だったら、ああ言ってもおかしくはないだろう。二人の少女の頭を、簡単に潰してしまったのが、少女の方だったと、すれば。

 じゃあ何で、君が。

 高村の疑問は、直接村雨に対するものに変わっていた。

 階段の前を通り、図書室まで数歩、という所だった。もう少しで、彼女に、彼女自身に理由が聞ける。彼は自分が音をひそめなくてはならないことも忘れていた。

 だから、気付かなかったのだ。


「…帰ったんじゃなかったの? 高村先生」


 図書室の前と、職員棟をつなぐ吹き抜けの渡り廊下から、声がした。


「…南雲先生」

「確か、図書室以外の全部の部屋に鍵は掛かっている、という報告を受けたはずなのに。一体あなた、何処に居たんでしょうねえ」


 窓から差し込む常夜灯の灯りの中、南雲は腕を組んだまま、ゆっくりと高村に近づいて来た。


「…南雲先生こそ、何故、今ここに居るんですか」

「あら高村先生、私が、先に聞いているのよ。こんな時間に、何で、帰ったはずのあなたが、ここに居るの、って」


 ゆっくりと、しかし圧倒的な迫力で、彼女は高村に迫ってくる。

 確かこの場所は、最初に南雲とまともな会話を交わした場所だった。


『…南雲さん? 南雲さんがそこに居るのか?』


 高村の声が聞こえたらしい、山東の声が飛び込んでくる。そうだ、自分は自分で、彼女となるべく話さなくては。


「せっかく、『仕事』の尻拭いを今日で終わらせてやろうと思ったのに」

「『仕事』! 『仕事』って何ですか!」

「あなたまで巻き込んでしまって悪い、とは思うのよ、だけど『仕事』なのよ、私達の生きていくための」

「だから『仕事』って一体」

「そんなこと」


 闇の中からぬうっと、拳が飛び出して来る。

 ―――次の瞬間、彼の身体と、意識は、飛んだ。



『…おい高村君起きろ! 起きろ! 起きやがれ! 起きんか!!!』


 はっ、と高村は目を開けた。

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