お屋敷で待つ人
イレイアの家に案内され、彼女がその豪華としか言えない程精巧な紋様が刻まれた大きな扉を開く。彼女がいっていたお金なら心配するなという言葉、この家を見れば確かに納得である。車が入るほど大きな門。その門からのびる道には綺麗に整えられた木が綺麗な緑色と白や黄などのの花で彩っている。その先にある家も館といっていいほど広い。庭園の脇には俺が車を置いた納屋とその隣に馬を休めるための厩舎がある。物語に出てくる貴族の館といわれれば納得しそうな豪華な屋敷。それが車を降りた俺の感想だった。
「お帰りなさいませ。予定通りの到着で安心しましたお嬢様」
扉の奥には広いエントランスホールが広がっており、その部屋の真ん中、2階への階段の少し前には何時から待っていたのか1人の黒色の給仕服を着た栗色の髪の女性がイレイアの帰りを待っていた。
「うむ。残念ながら今回の旅も何の問題もなく終わったよ」
「それはようございました。・・・ところで後ろの方は?」
その女性がイレイアの後ろから入ってきた俺とケインに気がついたのか、俺を半眼でまるで睨むかのように見てくる。
「ああ。私の客人だよ。すまないが夕食を1人分多く用意してくれ。その後は部屋の用意も」
「お客様ですか・・・わかりました、すぐご用意致します」
睨んでいることに気づいているのかいないのか、こちらを見ていた女性にイレイアがそう伝えると、もう一度こちらを今度は品定めでもするかのように見てから去って行く女性。
なんでそんな態度をとられているのかわからないが、あまり気分のいいものではない。
「すまないな。ミーナはあんな態度をとっているが、私がここに暮らし始めた時から働いてもらっているから仕事の腕は確かだよ」
「それでも俺は理由もわからないままに睨まれてるんだけど・・・」
「そりゃアレだよ。ミーナからすれば先生の男客なんて、先生を横から掻っ攫う可能性のある相手だからさ」
「じゃあお前はどうなんだよ?」
こちらは真面目な話をしているのに、巫山戯たようなケインに少しいらついてそう質問したのだが、俺の質問にケインは普通に「好きだけど?」それがどうかしたかと返してくる。
「そもそも先生は恋愛には興味がないみたいだからな。今の俺の言葉を聞いても『そうか、ありがとう』で済まされるんだぜ?ミーナの視線は気にしないことお勧めするよ」
「ちなみに、そのことで先生が俺の事をそう言う相手に思っていないと分かってからミーナに睨まれなくなった」
「ある意味疲れなくなってよかったけどな」と肩を落としながらそう言うとケインはさっさとエントランスの左側にある部屋へ入っていってしまう。
気づけばイレイアもいない。どうすればいいのかと広い部屋の中を見回していると、
「食堂はこっちだから、さっさとこいよ」
とケインが入った部屋からこちらを手招きする。俺はケインに呼ばれるまま食堂へと入っていくと、そこにはすでにイレイアがテーブルについていた。
細長い10人は座れそうなテーブルの一番奥にイレイアが座り、そこから椅子1つ分空けた左右の席におそらく俺とケインのためのナイフとフォークが用意されている。ケインがテーブルの右側を進んでいくので、俺は左側から回ってイレイアの隣、ケインと向かい合う形で座る。
俺たちが座るのを待っていたのか、席に着くとすぐにミーナが3人分の食事をカートで運んできてくれる。まずはイレイア、次に俺、そして最後にケインの分を置いたミーナは一度食堂へ戻るかと思ったらさらにその隣にもう1人分用意を始め、そのままその席へと座る。
「それでは食事にするとしよう」
全員が座ったのを確認したイレイアがそう宣言しながら手にグラスを持つ。ケインやミーナもそれに合わせて自分の分のグラスを手に持ったので、俺もそれに合わせることにする。
「どれくらい滞在するかは未定だが、しばらくの間一緒に暮らすことになったトーキチ=オーハラだ。日中は司書官の手伝いをしてもらうことになっているから、ミーナと会うのは基本的に朝と夜だけだろうが仲良くするんだぞ?では新たな出会いに乾杯」
『乾杯!』
お互いに声をかけ合うとグラスを持ち上げてから自分の口へと持っていく。それなりに冷えた液体が俺の咽を通ると一気に熱を持ちむせそうになる。それでも頑張って飲み込む。俺が水と思って飲んだそれは水ではなくお酒だった。
いきなりのお酒に吃驚したが、リンゴのような香りのする果実酒は飲みやすく、俺はすぐにそのお酒を飲み干してしまう。今日の食事はパンとスープ、メインに魚1匹と野菜を一緒にバターで焼いた物、サラダは葉野菜が数種類盛られた小皿があり、こちらは味の濃いドレッシングがかかっている。
俺たちは食事をしながら、明日の予定を決めていく。といっても俺はイレイアとケインが決めるのを横で聞いているだけだったのだが。どうやら新しく入った本をイレイアが自分の研究室となっている図書館の4階へと馬車の荷物を持っていかないといけないらしいので、明日は馬車に乗ってそれをまず運ぶことが俺の仕事になった。もちろんケインや他の司書官も手伝ってくれるそうだが、量が多いそうなので数回往復することになるらしい。
イレイアの作業は、他の人が手伝えるような事が特にないそうなので、荷物運びが終われば俺はケインの手伝いとして他の司書官に混ざって本を探したり、カウンター業務をすることが決定した。イレイアが最高責任者なので「今日決まったことがそのまま明日の仕事となる」とケインが教えてくれたので、俺も校長や市役所からの命令が来たときは通常業務よりもそちらを優先しないといけなかったので、そんな物かと納得する。
仕事の話をしている間ミーナは邪魔にならないようにしているのか話に入ってくることはなかったが、仕事に関係がないことのときには話にはいっていく。ただ、俺とイレイアが話しているとこちらの様子を伺っているのが見ていなくてもよくわかるので、とても話しにくかったが・・・。
そんな食事も終わり、ミーナが俺の部屋を準備しに一度食堂を出る。その間、俺たちは話を続けていたが、客室の準備が終わるとそれぞれの部屋へと向かう。イレイアは階段を上がって右側の通路へ、ケインと俺は左側の通路へと向かう。2階は1本の廊下の左右に部屋が続いているだけなので迷子になることはなさそうだ。
ミーナが案内をしてくれた部屋はケインの斜向かいの部屋で、俺のほうが階段に近い位置。俺を案内した後ミーナはイレイアが向かった階段を挟んだ反対側へといく。ミーナの考えかイレイアの考えか、男と女で分けられているのかもしれない。
部屋の中はそれなりに広い。部屋の左側は大きなベッドがあり、そのシーツは汚れ一つない綺麗なものだ。ベッドの横には机が置いてある。その机も椅子も、脚などちょっとしたスペースに綺麗な彫り物がされていて一目見て高そうだと思える物だった。
それ以外にはベッドの反対側には本棚と収納スペースがあるが、使われない部屋なのか中には何も置かれていなかった。そして入り口の反対側ははめ殺しの窓があり、その向こう側にはすっかり日が落ちてしまっているが、月明かりに照らされたこの家の庭園と青白い石造りの街並みが広がっていた。
大きな建物が見えないので学院はこの窓からは見えそうにない。それでも、日本では見たことのない石造りの街並みが月明かりに浮かび、家の窓ぐらいにしか人工の光がない風景は1枚の絵画のようだ。
部屋の明かりは机の上に置かれている蝋燭しかないようなので、その火を消して俺はベッドに倒れこむ。今まで使ってきたスプリングの入ったベッドと違う布団で寝たときのような寝心地に少し寝にくさを感じながらも、疲れがたまっていたのか何度か姿勢を変えている間に気づかぬうちに眠りについていた。