生きている幽霊 1
初めての推理小説です。トリックとか内容とかセリフとか至らない部分が多々あると思いますが、気軽に読んで頂けたら幸いです。
幽霊探偵シリーズは一話ごとに一つの事件が解決します。なので、第一話から読んでも第二話や第三話から読んでも問題ありません。是非、興味を持った話から読み進めて下さい。ですが、シリーズ物の都合上「過去の話で出てきた人や物が再登場したりする(多少のネタバレ)」などという事もあるので、ご了承下さい。アイディアの続く限り書き続けていくので、どうかよろしくお願いします。
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大きな木が見える。いや、自分が小さいから必要以上に大きく見えているだけかもしれない。木の下で本を呼んでいる女の人。木の周りを走り回っている女の子……そんな夢。
教室の黒板が見える。周りには何人かの女子生徒。友達だろうか。昼食を食べながら楽しそうに談笑している。授業の話とか、映画の話とか、好きな人の話とか……そんな夢。
バスタブが見える。近くには洗面器。恐らく風呂場の中であろう。でも、服は着たままだ。右手には剃刀。温かいシャワーが真っ赤な左手首を永遠と濡らしている……そんな夢。
ここまでが生前の記憶。今から話すのは私が一度死んだ後の話。
幽霊探偵派遣会社。この会社に所属している探偵達は皆、幽霊探偵と呼ばれる。これは、一度死んだ人間が働いている様子を見て所長が命名したんだって。この幽霊探偵という名前、実は結構気に入っている。死んだことになってるから世間の目も気にならないしね。そんな一風(かなり)変わった会社でわたしは働いている。
わたしは律香。わたしは自殺した。けれど、今もこうして生きている。不思議な感覚だ。わたしは一度人生を終わらせた。でも、生命活動が停止したわけではない。あと少しで天国……いや、地獄の扉が見えるという所で命を救われた。わたしを救った救世主は、わたしの人生も変えた。
あ、救世主様がわたしの部屋に入ってきた。
「おい、リスカ。もう朝だぞ。早く起きろ」
リスカっていうのは私のあだ名。リストカットをして死のうとしたからこのあだ名で呼ばれている。
「今日は仕事ある?」
「大きな仕事が一つある。下で説明するから早く着替えてこい」
「分かった」
そう言ってわたしは布団から起き上がった。わたしは探偵事務所の二階で生活している。わたしの第二の人生は探偵として生きること。さっき部屋に入ってきた副所長の毒島さんがこの人生を与えてくれた。本当に感謝している。だから、わたしは彼女のことを姉さんと呼んでいる。もちろん、血は繋がっていない。だけど、仲の良さには自信がある。まるで本当の姉妹みたいだって言われた事もあるし。毒島さんはわたしにとって家族のような存在だ。
姉さんの本名は毒島ハル。お酒とタバコが大好き。何故かいつも薄汚れた白衣を着ているけど、その理由は誰も知らない。自殺しようとした人を助けて、この探偵事務所に雇用するのが姉さんの主な仕事。毒舌で目つきも悪いけど、本当は良い人で……あんまり長話しない方がいいかな。早くしないと姉さんに怒られちゃう。
「おはよう姉さん」
パジャマから普段着に着替えて事務所に出勤する。
「おはよう。早速だが仕事の話をするぞ」
と、姉さんが言った。わたしはいつも通り茶色いソファに座る。
「最近世間を騒がせているニュースと言えば何だ?」
姉さんがいきなり質問してきた。わたしの中でのビックニュースはこれしかなかった。
「茎島水族館でクジラ展示」
「それのどこが重要なニュースなんだ?」
「見に行きたい」
「それはお前の私情だろう」
と、姉さんは呆れ顔で言った。姉さんは今朝の新聞をわたしに見せた。
「天才作家、仙田紀行に盗作疑惑?」
わたしは新聞の一面を読み上げた。記事には体格のいいおじさんが大きく写されていた。
「この記事がどうかしたの?」
「今朝、その新聞と一緒に手紙が入っていた。おまけつきでな」
姉さんは白衣のポケットから一通の手紙を取り出した。
「読むぞ。『仙田紀行は必ず盗作をしている。その証拠を見つけて欲しい。偽りの文学賞などあってはならないことだ』この手紙の差出人は李 飯餡。文学賞評議委員会の一人だ。強欲な性格で有名な狸親父だが、気前はいいみたいだな」
わたしは姉さんがおまけだと言っていた封筒を開けてみた。
「お金がたくさん入ってるね」
わたしは特に驚かなかった。依頼書に前金が送付されている事はよくある。
「数えて見たら三十万だった。しかも、報酬は三百万だ」
わたしは驚きを隠せなかった。いくらなんでもこの金額は多過ぎる。前金の三十万円だって十分報酬金と呼べる金額なのに、三百万だなんて!
「わたしはヨーロッパに行きたいな」
「勝手に旅行の計画を立てるな。それにその金はまだ手に入っちゃいない。盗作の証拠を誰よりも早く見つけて、仙田が盗作をしていることが公の場で公表されれば……手に入る」
と、姉さんはわたしから封筒を取り上げた。三十万円が……。
「当てはあるの?」
「ほとんど無いといっていいだろう。そもそも盗作疑惑も新聞社に匿名でファックスが届いたのが始まりだからな。証人もいなければ証拠もない。最悪の場合ただのガセネタだったっていう可能性もある」
「依頼を引き受けるの?」
「こう大金を積まれてしまったら後にも引けないだろう。それに、久しぶりの大仕事だ。腕試しには最適じゃないか」
と、姉さんはニヤリと笑った。あーあ、これは完全に悪い人の顔だ。姉さんはタバコも好きだけどお金も大好きだからなぁ。
「リスカ、お前も来い。他に依頼も無いし暇だろう」
「いいよ。お金、頑張って手に入れようね」
「その言い方は止めろ。いやしく聞こえる」
わたしの心は躍っていた。最近探偵らしい仕事もしてなかったし、なにより多額の報酬金だ。
「もう一つの依頼は引き受けねぇのか? 毒島ちゃん」
と、事務所の奥から男の人の声が聞こえた。
「西上……聞いていたのか」
姉さんが心身嫌そうな顔をして答えた。わたしは姉さんと西上所長が犬猿の仲だという事を知っている。軽薄な西上所長の性格が一番の原因だけど。
西上所長はここの事務所の中で一番偉い人。偉い人なんだけどどこか威厳がないというか、フラフラしてるというか……なんていうか掴みどころのない人。背が高くて頭もいいし、黒いスーツを着ている姿は様になっていてカッコいいんだけど……何考えてるか分からないからちょっと怖い。
「高校生から幽霊退治の依頼が来てるぜ」
と、西上所長は椅子にもたれかかりながら言った。
「報酬が千円じゃ割に合わない。そもそも依頼料は一万円からと書いてあるはずだ」
姉さん。それはわたしが思うに最低依頼料の位を一桁間違えてるんだと思う。
「ウチは良心的な探偵事務所だからどんなに小さな依頼でも引き受けなきゃならないのさ」
西上所長はいつもの笑顔で言った。姉さんはこの顔が一番気に入らないらしい。
「探偵はボランティアじゃない。それより今は仙田紀行の方が第一優先だろう」
「そっちは毒島ちゃん一人で大丈夫でしょ? 律香には幽霊退治の方を担当してもらう」
「本気で言ってるのか? 千円と三百万円だぞ」
「どっちも貰っちまえばいいじゃねぇか」
「お前がそんなにケチだったとはな」
姉さんは最高に気に食わないって感じの表情で西上所長と話していた。このまま喧嘩にならなければいいけど。わたしは出かける支度をしながらそう願った。
「まぁいい。仙田の方はあたし一人で調査する。ただし――」
姉さんは西上所長を睨んで、
「報酬金は一円たりとも渡さないからな!」
と言って事務所から出て行ってしまった。
「眼鏡は外した方が可愛いと思うんだけどなぁ。律香もそう思うだろ?」
「ふざけてる場合ですか。姉さん、相当怒ってますよ」
「いいのさ。ほれ、幽霊退治の依頼書」
西上所長はわたしに一枚の手紙を渡してきた。
「内容は車の中で確認してくれ。毒島ちゃんが表で待ってるぜ」
「姉さんが?」
「エンジンの音が聞こえるからな。律香を依頼主の所まで送ってくれるんじゃないか?」
わたしは近くの窓から道路を覗いてみた……本当だ。姉さんが運転席でタバコを吸いながら私のことを待ってくれている。西上所長にはなんでもお見通しのようだ。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい。幽霊に気を付けてな」
と、西上所長は不敵に笑った。
私は階段を駆け下りて外に出た。言い忘れていたが、西上探偵事務所はビルの四階にある。一階がコンビニ、ニ階が歯医者さん、三階が不動産屋。そして、四階が私達の探偵事務所。つまり、わたしが普段生活しているスペースはこのビルの五階になるわけだ。
仕事に行く時は毎回長い階段を降りなきゃいけないから少し面倒くさい。
「遅かったな。また西上が変な事を言ってたのか?」
「姉さんのこと可愛いって言ってた」
「寒気がするよ。リスカ、さっさと行くぞ」
わたしは車の助手席に乗った。姉さんが車を発進させる。
「姉さん、眼鏡外してみたら?」
「西上が死ぬまでは絶対に外さないだろうな」
私は西上所長が事務所で笑っているような気がした。
『最近、私達が楽器の練習の為に使っている洋館で不気味な唸り声が聞こえます。友人達は空耳だと言っていますが、私は幽霊の叫び声だと思っています。このままだと怖くて練習に集中出来ません。どうか原因を突き止めて下さい。お願いします』
わたしは依頼書を読み上げた。隣でハンドルを握っている姉さんが鼻で笑う。
「探偵をエクソシストと間違えてるみたいだな」
「ちょっとオカルトチックだけど、これも立派な依頼の一つだと思うよ」
「こんな下らない依頼放っておけばいいのに……アイツの考えている事はいつも分からん」
姉さんは文句を言いながら煙を吹いた。
「姉さん、窓開けてもいい?」
「勝手にしろ」
わたしは車の窓を半分くらい開けた。タバコの臭いは好きじゃない。
「金を貰ったら適当に調査して引き上げてこい。その後はあたしと合流してくれ」
わたしは外の景色を眺めながら、姉さんの要求を背中で否定した。
「リスカ、探偵は正義の味方じゃない。利害の一致で成り立つ仕事だってことを忘れるな」
「本当に幽霊の仕業だったら?」
「半殺しにしとけ」
幽霊を殺すってエクソシストでも至難の業だよ? 冗談なのは分かるけど。
「着いたぞ」
姉さんが車を停めた。わたしは車から降りて周りを見渡してみた。都会から少し離れた住宅街。近くには針葉樹の深い林道。その奥に例の幽霊屋敷はあるらしい。
「あたしが面倒を見れるのはここまでだ。後は自分で何とかしろ」
姉さんはわたしを突き放すかのように言った。けれど、今日の姉さんは機嫌がいい。だって、機嫌が悪かったらこんな遠くまで車で送ってくれないもの。
「姉さんも頑張ってね」
「当り前だ。こっちはミリオンダラーの大仕事だからな」
姉さんの車は再び都会へと走り去って行った。
「ミリオンは大袈裟過ぎだよ。姉さん」
だって一億円だもん。ミリオンダラーって。
わたしは指定された建物がある場所に向かって歩いた。でも、何だか少し疲れてきた。結構遠いし、森の中だし。本当にこんな場所に屋敷があるの?
「ホントに割に合わない仕事だなぁ」
思わず愚痴がこぼれる。それでもめげずに山道を登ると、奇妙な音が聞こえてきた。
「ギターの音……?」
そういえば楽器の練習をしてるって言ってたっけ。楽器の音が聞こえたということは目的地が近いということだ。わたしは歩くスピードを速めた。
「ここが幽霊屋敷――」
森の中にそびえ立つ大きな館。わたしはてっきり水車小屋程度の場所だと思っていたが……どうやら見当違いだったようだ。もし、中世の時代だったら残忍な伯爵貴族か吸血鬼が住んでいてもおかしくないような館だ。けれど、その館の中からポップミュージックが流れているシチュエーションは、どこかおかしな光景だった。そして、わたしは古びた洋館の大きな扉に手を掛ける。
わたしは殺気に似たような冷たい風を感じた気がした。
「今の良かったね! もう一回通していこう!」
元気な女の子の声が聞こえる。わたしが洋館に入った時、依頼主たちは演奏中だった。
「明美。誰か来たみたいだぜ」
「え?」
皆の視線がわたしに集まる。わたしはいつも通り自己紹介をした。
「探偵の律香です。よろしく」
わたしは軽く会釈した。
「お、おう。俺は岩中だ」
「僕は岸です……よろしくお願いします」
ギターとベースの男二人が微妙な挨拶を返してきた。わたしの自己紹介が突然過ぎたのかもしれない。ここはもう一度改めて自己紹介を――
「私は青空 明美といいます! 本当に来てくれたんですね! ありがとうございます! 律香っていうのはコードネームですか? カッコいいですね!」
ボーカルの女の子は妙にテンションが高い。でも、その方が話しやすくて助かる。
「依頼をしたのはこの子?」
と、わたしはギターの筋肉男に訊いてみた。
「おう。明美が一人で依頼書を出したんだ。俺は何度も気のせいだって止めたんだけど」
「気のせいじゃないよ! 絶対誰か居るもん!」
「僕は居てもいなくても気にしないけどね」
と、ベースの眼鏡が答える。
「たまにこの屋敷の中から『ヤメロー』とか『ウルサイ』とか恐ろしい声が聞こえるんです。バンドのメンバー以外誰もいないはずなのに……」
ボーカルの明美が真剣な表情をして言った。わたしは明美が嘘をついているようには見えなかった。幽霊の仕業かどうかはまだ分からないけど。
「要するに……謎の声がどこからか聞こえてくると」
「そうなんです!」
「他の二人も声を聞いたの?」
「二、三回ぐらいかな。確かに低い声が聞こえたことがありますよ」
「俺も何度か。でも、すげぇ小さい声だったけどな」
明美がストレスで幻聴を聞いているだけではない事が証明された。低い声――ということは声の主は男性だろうか。
「ここを練習場として使い始めたのはいつ?」
わたしは質問を続ける。
「一年くらい前だったよな」
「青空がここを見つけたんです。周りに建物もないし、他の人の迷惑にならないから思いっきり練習できるって言ってね」
岩中と岸が答える。わたしは明美に質問したつもりなんだけどな。
「声が聞こえるようになったのはいつから?」
「三ヶ月前くらいかな……。皆で話してたら突然『ウルサイ!』って声が聞こえたんです!」
「先生に見つかったと思って冷や冷やしたぜ」
わたしは少し考えてみた。この三人はバンドの練習に最適だという事で誰も使ってなかったこの洋館を使い始めた。恐らく、何十年も放置されていたから鍵は開いていたんだと思う。しばらくしてこの洋館の中から不気味な男の声が聞こえるようになった。うーん……。
何にせよ情報が少ない。これだけでは結論を出せない。
「ありがとう。大体の話は分かった。ちょっと屋敷の中を調べて見るね」
わたしは三人の話よりこの洋館の構造が気になっていた。調べてみる価値はありそうだ。
「お願いします! 私達はここで休憩してるので!」
と、明美は食事室へと走って行った。
最後までハイテンションな子だな。わたしの心が懐かしいと囁いている。不思議な感覚だ。さて、そんなことより今は幽霊退治だ。わたしは順番に部屋を調べることにした。
この洋館には大きく分けて四つの部屋がある。明美率いる『E―POPS』が練習に使用しているのは大広間。他には食事室、寝室、書斎があった。わたしは一通り部屋を見て回ってみたが、怪しい人物は居なかった。しかし、怪しい痕跡がいくつもあった。
まず、部屋が綺麗すぎる。大広間と食事室は明美が掃除したそうなので綺麗なのは分かるが、バンドメンバーが一切足を踏み入れていない寝室や書斎まで片付いているのはおかしい。さらにはタバコの吸い殻。わたしは真っ先に岩中を疑ったが、いかついのは外見だけで不良少年じゃないらしい。つまり、他の第三者がこの屋敷に出入りしているという事になる。
挙げ句の果てには冷蔵庫や電子レンジなどの最新の電化製品がこの屋敷には完備されていた。なんじゃそりゃ。明らかに誰か生活してるよね。明美は元々置いてあったとしか言わないし、誰が家電を取り付けたのかも気になる。そもそも電気代は誰が払ってるの?
「なんか胡散臭いな」
わたしは明美と一緒に書斎を調べていた。岩中と岸の二人はあまり私に関わってこないけど、明美だけは積極的に話しかけてきた。わたしはいつのまにか明美と友達になっていた。
わたし達は足の踏み場もないくらいに山積みにされた本を一つ一つどかしていた。
「汗臭いですか? シャワーありますよ!」
「え? バスルームもあるの?」
「この部屋の隣にありますよ!」
ますますこの館が胡散臭くなってきた。書斎の本を調べるのが馬鹿馬鹿しくなってきた。夜中に幽霊が快適に生活してるんじゃないかな。ここは幽霊の別荘だったりして。
「あの……そろそろ練習再開してもいいですか?」
「あ、遠慮しなくていいよ。勝手にやってるから」
「ありがとうございます! ライブが近いので!」
はぁ。あの子の元気を分けてもらいたい。わたしは次の本を手に取った。
「あれ?」
何か固い物がわたしの指に当たった。まさか……お宝?
「なんだパソコンか」
本の山の中から出てきたのは年季の入ったノートパソコンだった。
「……パソコン?」
わたしはハッとした。そういえばさっきの本……一冊も埃を被って無かったな。じゃあ――
「このパソコンを隠してたってこと?」
わたしは確信した。このパソコンには強大な秘密が隠されていると。早速電源を付けて見る。
「思った通り」
パソコンの充電は三十%。この数値は三日間充電していなかった事を表している。逆に言えば、何者かが三日前にバッテリーを最大まで充電した事になる。しかし、わたしの調査は行き詰ってしまう。画面が明るくなった後、中央に表示された文字は……
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