4 The Boggart
本日二話目です。
「これってさ、一つ終了するごとに難しくなっていくんだと思うか?」
ザコビが聞いてきた。
「だと思うよ」
この檻がオーラム用ならあの高慢ちきな人々は本当に私をここに近づけたくなかったに違いない。この魔法構築はとんでもなく複雑な上にその代償価格も計り知れない。
「ははは。やってくれるぜ」
ザコビの癇に障っているようだ。そのせいか口数が増えている。
私たちは次のしわがれた声が聞こえてくるまで森を歩き続けた。森は変化してきているようだが。大気は湿り気を帯び、大地は枯葉が少なくなり柔らかめになってきている。木々は樫や松などではなく、根は地面から飛び出し、おかしな具合に曲がりくねった木々ばかりになっている。
「嫌な感じだ」
ザコビが囁いた。乾いた大地からいきなり沼地になってしまったようだった。
「こんなところは歩きたくないわね」
沼地の水辺で足を止め、外套や膝が地面につかないように屈んだ。私の手はぬめった水の上で躊躇した。何かが水面下で蠢いているようで背筋に冷たいものが走る。
「私だったら触らないな」
掠れた声が聞こえた。思わず立ち上がり、ブーツに仕込んでいたナイフを掴んだ。
「私を殺しても得るものはなにもない」
声がまた話はじめた。
水辺から離れると、水の中から泡立ち始め泥人形のようなものが現れた。ギザギザの歯が大きな口から飛び出し、小さな鼻孔があり大きな黄色の目が私たちをみていた。耳の変わりに魚のエラが頭部についており、水掻き付の手をもっていた。このぬめった緑のボコボコした表面の肌をもつ生物の存在にザコビは何も考えられなくなってしまったようだった。
「それで探索者よ、第一関門は通過できたようだな。考える頭はもっているようだ。一先ず、おめでとうと言わせてもらおうか。ようこそ第二関門へ」
「ありがとう」
私はぼんやりとしたまま答えていた。
「あなたは一体?」
「そこまで賢いわけではなさそうだな」
それは呟いていた。
「私はボガート(いたずら好きな精霊)。ボガートのビッグスだ」
「伝説の生物だ」
ザコビが言った。
「この森でボガートを初めてみた」
「私はこの森に属する者ではないからな、探索者の友よ」
ボガートのビッグスがいらついたように鋭く返した。
「私は自然の湿原や沼地にしか居住しない。このような作り物ではなくな!」
彼は顔をしかめていた。
「まぁいい。次は前よりももっと難易度があがっている問いだ。この淀んだ水を今一度澄んだものにかえる手段をみつけよ」
ビッグスは暗闇の上で手を振りながら、水に入っていった。
「汚染されていない美しい小川のような水の流れにする手立てを探せ」
私はビッグスを見つめ、そして真っ黒な水を見つめた。
「冗談でしょ」
「残念だが。幸運を願っている」
ビッグスはそう言うと私たちの目の前で円を描きながら泳ぎ始めた。
「ああ、それと、この水は触れない方がいいぞ。この水面下にいるやつらの生餌になりたくなければな。この沼地の住人は我らボガートのように礼儀を重んじるものばかりでないからな」
「それはいいことを教えてもらった」
私は呟く。
ザコビは袋から干し魚を取り出し、それを水の中に放り投げた。ビッグスの言うことを試すように。干し魚が水面に着水すると同時に歯の群れが現れ、あっという間に魚を細切れにしてしまった。私は驚きを隠しきれず、ザコビはゆっくりと水辺から後退した。
「絶対に触らない」
ザコビが言った。
「言っただろう!」
ビッグスが笑っていた。
「意地汚いやつらがあそこにいるんだよ。一緒に住み辛いことこの上なし」
ザコビが私に答えを懇願するようにみていた。私は頭を振る。一体どうやって水を浄化するのかわからない。私はビッグスをみると、嬉しそうに汚染された水の中を泳いでいた。泳いでるビッグスの上の飛びのって向こう岸に行く手もあるけど、ま、そんなにうまくいくはずもない。
ザコビはキャンプの準備を始めていた。地面に動物の皮を敷いていた。私はザコビの傍まで行き、皮の上に腰を下ろした。彼も同じようにし、ビッグスを見つめている。
「時間制限はあるのか?」
ザコビが大声で尋ねた。
ビッグスは泳ぐのを止め、私たちをみた。
「時間の制限はない。解決するか、死ぬまでか」
彼はまた何もなかったように泳ぎに戻っていった。ザコビはため息をつき、干し魚を食べ始めた。食べてた方は頭が回るようだしね。
「ボガートに知ってることはある?」
私は尋ねた。弱点があればもしかしたら利用できるかもしれないと思い。
「知ってる事といえば、とんでもなく癇に障ることと陽の当たる乾いた場所が大嫌いだっていうこと。涼し場所と汚い水を好むんだ」
ザコビは苦々しく告げた。
「あとは自尊心が高く、自慢好きだな」
「弱みなし?」
「乾きが弱みだけどそんなの無理だろ」
ザコビがため息をついた。
「でもおかしいだよな。だいたい群れで行動するから単体でいるはずがないんだ」
何かがカチッとはまったような気がした。
「寂しがりやってこと?」
「多分な」
私は袋に手を伸ばして干し魚の入っている小袋を取り出した。数匹手に取り、あとは元に戻した。そして水辺まで近寄った。ビッグスが泳いでいるあたりにしゃがみこんで一匹魚を彼のおなかの上に放り投げた。その魚を手に取る前にまじまじとみていた。
「言ったはずだがな、私を殺しても何も得る物はないはずだと」
ビッグスはイラついていた。
「毒入りじゃないわよ。なんか寂しそうだなと思って」
ビッグスが用心深く私を観察している。彼は魚を一嗅ぎすると口に放り込んだ。
「ねぇ、他のボガートたちはこの沼にいないの?」
できるだけ親しみをこめて聞いてみた。
「仲間はいない。ビッグスだけだ。この檻の魔法使いは仲間を加えることすら考えなかったみたいだ。一人いればいいと。このお試しを説明する一人だけね。だから私と意地汚い魚たちだけだよ」
「そんな寂しいじゃない。そんなにここ人が来るところなの?」
「一人だけ過去に第一関門を通過したものがいた。だが、彼は他で失敗したんじゃないだろうか。そうでないと私がこの寂れた沼地にまだいる意味がない。魔法で多くのことができるが、魔法でどうにもできないこともあるのさ」
「その人はあなたの課題を合格できるなんてすごく頭が良い人だったのね」
「準備万端だったというだけさ。彼はほんの少しこの沼地に注げば綺麗にしてしまうというポーションを持っていただけだ。それで先に進んで行ったのさ。だが、数日するとまたこの通りに戻っていた。おそらく第四か第五関門で死んだか、賞品が間違った人物が入ってきたことで殺してしまったんだろうよ」
ビッグスは身震いをした。
「まぁ、いいさ」
オーラムが誰かを殺したのかもと考えるだけでたじろいでしまう。彼が賞品だったとしても。必要なことは聞けたと思う。前に来た人はポーションを使って通過した。多分、同じものが私の袋にも入っているはずだ。ビッグスに他の魚を投げ渡した。彼は全部受け取り、水に落とさないように用心していた。
「自分の棲家が懐かしい?」
少し考えているようだった。
「少し。探索者が最後までいくことができたら私は解放される。幸運を、探索者」
私は笑みを浮かべて立ち上がり、期待に目を輝かせているザコビのもとに戻った。私は頷き、自分の袋を掴んだ。使用方法がわからなかったあのポーション、浄化のポーションを取り出し、淀んだ水辺に近づいた。ザコビは動物の皮を巻いて元に戻した。青い液体をほんの少しだけ沼に注いだ。水に青味が広がっていく。水全体に広がると淀みが消えていった。水がビッグスに向かって小川のように流れていく。
「よくやった、探索者よ!次を目指すがいい。幸運が探索者とともにあることを願っている」
ビッグスは喝采を送ってくれていた。
ビッグスは腕を振っていた。大きな石が水中から現れ、私たちはボガートに手を振りながら向こう岸まで渡った。無事に辿り着くとキャンプを張りなおし、少なめの魚と果物で食事をとり、眠りについた。明日できるだけ多くの試練をこなせることを願いながら。