2 The Forest Boy
息を潜めながら森の中を歩いていた。初めてではないけれど、薄気味が悪い場所。まだ日中だから後ろを振り向いた瞬間、得体の知れない化け物に捕食されることもないだろうけど。私以外森に何かがいるような感じはしない。でもそれを信じるほど愚かではない。陽が落ちるたら、今以上に警戒しなければ。でないと全てが無駄になってしまう。
ブーツが枯葉を踏むたびに音を立てる。この調子でいけば二週間後くらいまでには森の中央に到着できるはず。
「用心深くなりすぎてるわ。今やれることをやらなきゃ、成し遂げられるはずがない」
私は深く息を吸い込んで、走り出した。夜が訪れる前までにできるだけ進んで休める場所を確保しないと。そうだ、水と食料も探さないといけない。息が切れるまで走り続け、その後はとにかく早く歩き続けた。周囲には木々しか見当たらない。
何時間も歩き続けていると太陽が高く昇っており、空腹の合図が響きはじめた。少し立ち止まり、何か生物が周りにいるのか耳を澄ましてみた。右の方から小さな水の流れているような音が聞こえる気がする。その音の聞こえる方に向かって進んでいくと、小さな川が見つかった。鳥たちは澄んだ川の水を飲み、上流の方には魚もいるようだ。
川のそばで腰を下ろして荷物を置き、金属性のボトルを取り出した。それに水を汲む。リーにもらったポーションをその中に数滴垂らす。ポーションはくるくると水の中で回りながら消えていった。水は調達できた。あとは食料がみつかるかどうかだ。
鳥たちを見遣るが、捕まえることはできないだろうな。でも魚なら布を使えばなんとかなるかもしれない。荷物の中から持ってきていたシャツを取り出し、いくつか結び目をつくりネットのような形状にしてみた。シャツを水につけて上流に向かって走っていくと、なんとか数匹の魚を捕まえることができていたので自然と笑顔になる。思ったよりもうまくいっていた。
魚を取り出そうとしたその瞬間、背中に鋭利なものが当てられる感じがした。身動きができなかった。ついてるなんていう考えはあっという間に霧散した。ゆっくりと振り向こうとしていたのだけれども、小さな声が聞こえたとたん動きを止めた。
「動くな。 動けばこのまま槍で背を突き刺す」
動けなかった。なんとかこの状況を打破する方法を探さなければ。
「お前は誰だ?」
「私はローズよ」
「この森に何の用だ? この森には誰も来ないはずだ」
その通りなんだけれどもね。正気の者なら暗い薄気味の悪いこの禁忌の森に来るだろうか。
「人を探しているの」
「はっ!誰も来ないってのにか?! もう正気を失っているか、この世にはいないだろうよ」
「あなたの……森に侵入して悪かったと思うわ。 もしその槍をどけてくれたらすぐに立ち去るから」
交渉しようとしてみた。今死ぬわけにはいかないから。
「お前の探し人は気狂いか死にかけているのか?」
声の主が尋ねてきた。男性なんだろう、たぶん子供。子供なら槍さえなんとかすればやり過ごせるはず。
「攫われたの」
声の主は少し考えているようだった。槍が背から外されたのでゆっくりと振り返った。手入れが必要そうな茶色のくるくるとした髪の小さな少年が私のことを見つめていた。彼の大きな緑の目が私を観察している。木の枝と鋭利な石から作られていた槍から手を離すことなく。十二歳より上ではないはずだ。
「そいつの名前は?」
「オーラム。 あなたは?」
膝立ちでゆっくりと近づきながら聞いた。
「ザコビ」
「ねぇ、槍を下ろしたら? 何もしないって誓うから」
君が私を傷つけない限りね、と小さく付け加える。
ザコビは少し安心したようだったけれども、槍は私の方に向けたままだった。
「俺も一緒に行く」
その言葉に驚かされた。
「どうして?」
ザコビは私の外套を指していた。
「あれは高価なものだろう。王国で力を持ってる証拠だ」
私は外套を見て、唇を噛んだ。外套は金色に緑が混じったベルベットでできていた。
「貴族のことをよく知っているみたいだけど、どうして?」
「村に住んでいたんだ」
ザコビは汚れてボロボロのシャツをパンツを身に着けていた。靴はスニーカーらしきものをはいている。
「じゃあ、何故ここにいるの?」
彼はしぶしぶながら答えた。
「迷ったんだよ」
それ以上答えてくれる気はないようだった。
「で、私が君をこの森から連れ出してくれると踏んだのね」
彼は頷いた。
少し考えてみる。ザコビは私よりも森のことを知っているからきっと役立ってくれるはず。それに森から出る機会があるというなら私を傷つけることもないだろうし。
「わかったわ、ザコビ。 一緒に来てもいいけど、協力してもらうからね」
ザコビは槍を上の真っ直ぐに立て、すばやく頷いた。
「わかった」
「いいわ。まずやらなきゃいけないことは、夜安全に休める場所の確保よ。明日までになんとかこの旅を終らせたいの」
少年は同意し、私は荷物を持ち、魚が落ちないようにシャツを縛った。ザコビが森の奥に向かって歩き始めたのでそれについて行く。話しをすることもなく歩き続ける。森で一人だった時間が長かった為か沈黙の状態にも慣れているようだ。彼はどこに行けばいいのかわかっているようで動きも素早い。彼に追いつこうとして何度か木の根に躓いた。ザコビが歩みを止めたとき、太陽が木々に隠れて見えなくなってきていた。
「この中に入って。ここなら安全だ」
そう言うとコケのカーテンを私が通り過ぎる間押さえてくれていた。目の前には縄梯子が木から下がっていた。ザコビが登り、私はそれについていく。どこに辿りつくのだろうか。一番低い木の枝を越えるとき、ザコビがどのくらい長い間この森にいたのか知りたくなった。
木の枝と動物の皮でできたツリーハウスが木の真ん中に堂々と鎮座していた。ザコビは私の様子を伺いなかがら立っている。最初にみたとき、中には動物の皮と長い草で編んであるものがあった。
「すごいわね」
リーがみたら大興奮しちゃうだろうな。
ザコビは笑みを浮かべて中に入っていった。彼に続いて中に入り、荷物をおろした。簡素ではあったけれども、子供が一人で作り上げたというには素晴らしい出来だった。壁側には手作りの武器が立てかけてあった。何が入っているかはわからないけれども、いくつかの袋も置いてある。動物の皮も積み上げてある。
「ここで寝て」
「ありがとう」
ザコビが皮の整理を終えると、袋の一つから奇妙な果実を取り出した。一つは自分で食べながら、一つは私に手渡してくれた。違う袋からは、魚の干物が。それをまた一つ私にくれた。私たちは静かに食事した。果実は甘く、今までに食べたことがないものだった。魚は特に味があるわけではなかったが、ザコビの気持ちがとても嬉しかった。私は彼に魚が入ったシャツを手渡した。
「川で捕まえたの。よかったら使って」
彼は頷き、ツリーハウスを出て行った。戻ってきたときには魚は手にしていなかった。
「朝には食べられるはずだ」
「私は眠らせてもらうわね」
外套とブーツを脱いで、動物の皮の上に横になった。一枚をブランケットのように体に巻きつけた。ザコビの寝息が聞こえはじめてからようやく私も眠りについた。夢をみないことを願っていたけれど、そうもいかないようだった。