3 Royal Pain
最初のドアのノックの音が聞こえるまでには、大釜のポーションはフラスコに入っていたし、販売準備完了していた。優秀な弟子のごとくドアを開け、膝を曲げてお辞儀をした。青いドレスに着替えて茶色のエプロンを身に着けていた。貴族がそう望むように控えめに、だ。
そこには三人いた。ハームズプランテーションのレディ・ヘレナ、サンズタウンのロード・サミュエルとルールスケープスのレディ・ブリジット。三人とも虫唾が走る。
「おはようございます」
そう呟き、彼らの許可が出る前に真っ直ぐに姿勢を正した。
「美しい朝ね、ロジリア」
レディ・ヘレナが応えた。彼女の真っ黒な髪は頭の上にまとめられていて、まるで鳥の巣のようだ。彼女は華奢でぽきっと折れてしまいそうだ。小さな茶色の目には不機嫌さが映し出されている。
「店主はどこ?この子との言葉遊びをするつもりはないわ」
レディ・ブリジットが喚いている。彼女の声音は三種類。喚く、甲高く笑う、金切り声。彼女はかなりふくよかだ。裕福さの証拠として、食べたいものは食べたいだけ食べる。彼女はか細い金色の髪を頭の後ろでまとめ、鈍い青色の目を小さくみせている。
「黙りなさい、ブリジット。そんなに急ぎではないだろう。この注文は完璧でないといけないのだよ」
ロード・サミュエルが割って入ってきた。彼はかなり年配の男性だ。王の遠縁である彼は重要視されていたが、一番親切でもあった。彼が一番マシ、というか好ましいって言ってもいいくらいだ。小柄で薄くなってきている白髪に大きな青い目は”祖父”という感じだ。
「それでロジリア、店主はどこに?」
ヘレナが尋ねた。
「最後のフラスコを準備しております」
できるだけ冷静に答えた。
「お邪魔させていただいてもよろしいかしら?」
ヘレナは私を押しのけて入り、ブリジットはそれに続いた。ロード・サミュエルは最後に。彼らはリビングルームで勝手にくつろぎ始め、ブリジットは粗を探し始めた。貴族達は互いに会話をするつもりはなく、ブリジットは私の忍耐を試すことにしたようだった。
「ロジリア、このドラッグスの生活はどう?」
ブリジットが開始したようだ。この輝かしい街は三つにわかれている。ゴールデンスカイ、ルールスケープス、そしてドラッグス。リーと私は最低階層のドラッグスに住んでいる。
「ゴールデンスカイよりもいいかと」
私は微笑む。口をつぐむっていうのは私の性じゃないのよね。
ブリジットは笑みの仮面を被る前にほんの少し眉をひそめた。
「あら、スカイの住民は小間使いがどこにいるのかって不思議に思っているようよ」
「それは残念ですね。私の莫大な遺産だけが目的でしょうに」
「そんなことはないわよ」
ヘレナが割って入ってきた。
「あなたは家族同然よ」
嘘吐きめ。私の遺産のことを知ってから態度を変えたくせに。
「そうなんですか?母はそうは思わなかったようですけれど」
ちょっと切れてしまった。
「だからあんなことになったのよ。森で冷たくなってみつかるなんて。あなたを残してね」
ブリジットが甲高く笑う。
「ブリジット!いい加減にしないか!」
サミュエルが痺れを切らしたようだ。
「彼女だって黙っていないじゃない!」
「あなた方の誰もどうにもできない土地を私が相続しているというところは本当に楽しいですよ。貴族の皆様の脅威ですものね」
私はそう言い返した。
ブリジットの手はあまりに早く、気づくのが遅れた。頬を打ち付けられ、忘れられない痛みを残した。ブリジットはしてはいけないことをやってしまったようだ。私は彼女にこの痛みを返してやりたくてたまらない衝動に捕らわれつつあった。そして、彼女もそれを感じとっているようで、慌てて後ずさりした。
「そこまでにしておきなさい、ロジリア」
サミュエルが慎重に言った。私はゆっくりと息を吸い込む。
「私はリーを探しに行ってきます。このポーションの価格はたった今倍になりましたので」
ヘレナはブリジットを睨みつけ、サミュエルは頷いた。
「当然の処置だ」
この人たちと一緒の部屋にいるのはもう我慢できない。リーを見つけたとき丁度瓶を数えているときだった。彼女は横目で私を確認すると、瓶をまた数え始めた。
「お客様たちはどうしてる?」
「不安がってるわ。ポーションの値段が倍になったからね」
「何やらかしたの?」
「レディ・ブリジットが切れちゃって、私の頬を叩いたってとこかしら。私が肉体的な報復をしない代わりに値段を吊り上げたの」
「あなた、彼女を怒らせること何かやったんでしょう」
「本当のことを言っただけよ」
リーは呆れたように、箱の蓋を閉めた。
「完了。これ持っていってちょうだい。私も集金にすぐいくから」
「急いでよ」
応えながら、箱を押し出していた。レディ・ヘレナとロード・サミュエルは二人してブリジットを責めているところだった。部屋の中に入り、咳払いをする。
「リーはすぐに来ますので」
リーは迅速で礼儀正しかった。彼らは商品を受け取るとすぐに出て行った。誰もいなくなると、私は自分の部屋に戻った。自分のベッドに倒れこみ、うつらうつらし始めた。
「君は本当にブルー・ブラッド(貴族)が嫌いなんだな」
声が言った。
またあの白い霧に取り囲まれている。なんだかミルクの中で溺れているようだ。
「ブルー・ブラッドって古い言い方ね。ロイヤル・ペインの方があってるわ」
「今日は何も聞かないのかい?」
「なんだか貴方って私に話したり、会ったりしたことがあるみたい」
「昨日の夜のことさ。でも君は覚えていないんだろうな。最初の夜はいつもそうだ」
「ちょっと待って。貴方が私の記憶障害の原因ってことなの?」
「直接ではないが」
「謎々マスター、ああ、そうね、思い出してきた。答えをはぐらかしてくれた人」
「そんな感じかな」
それは含み笑いをしていた。
「いいわよ、貴方が誰であろうと。名前を教えて」
「色々な呼び名がある」
まただ。
「謎々は嫌いなの」
不満の声を出した。彼はどうやらちゃんとした答えをくれるつもりがないようだ。
「犯罪者なの?」
「どうしてそう思うんだい?」
「多分、私がひねくれてるからかしら」
二人で彼のゲームを始めていた。彼はため息をついた。
「この質問には答えて。どうやったら記憶を留めておけるの?」
「君が乱雑に放ったクリスタルハートさ。あれを目覚めたらすぐに身に着けるんだ。そうしたら記憶が守られる」
「やっとまともな答えがもらえたわ」
そこで一旦沈黙が訪れた。
「ねぇ、どうしてあの貴族たちのことがわかったの? それに私が放ったあのネックレスのことどうやって?」
「ただの勘さ」
「ストーカーなの?! ちょっとおかしいんじゃない?!」
「その質問には答えられない。君があのクリスタルに触れたとき、君のもつ否定的な気持ちが私の方に流れ込んできたんだよ」
「そう、丁度タイミングが悪かったってこと? へぇ~」
私は我慢の限界だった。
「私が言いたいことは! これは夢なの! 目が覚めたら、今起こっていることはどれも大したことじゃないのよ」
「そう思いたいのなら」
「もう、起きることにするわ」
「じゃあ、また明日」
「夢の中でね」
「そうだね」