2 Dreams
「やっとだ……早く見つけて……」
その言葉が全てを変えた。その声は深く、獣じみていた。ただ、かなり長い間言葉を発してないような感じでもあった。この場所は白く、雲の上にいるようでもある。でも何かみたことがあるような……あぁ、クリスタルの中の雲の渦巻きだ。
深い霧の中を進んで行くけれど、霧しか見えない。
「どこにいるの?」
「早く見つけて……」
またそう呼びかけられた。
「見えないのに、どうしろっていうの?」
「月や太陽が沈んだら信じないのかい? 希望は目にみえないともてないものなのかい?」
声の調子が変わっていた。もっと柔らかく人間のような声に。
「そういうことじゃないわ。在るとわかっているものと、そうでないものと。貴方は、私の想像の産物かもしれないじゃない?」
私は頭を振った。
「信じて欲しい。私は君や太陽、月、希望のように存在しているんだよ」
「じゃあ、もっとこの謎々の答えが欲しいわ」
「今私がこの状態で全てを話せないように、今の君の手を取って助けてあげることもできない」
「お願いよ!」
霧の中に突如金色の瞳のイメージが映しだされていた。
「私を信じて覚えていておくれ」
そう彼は言った。
目覚めて周りを見渡してみるとそこは見慣れた自分の部屋だった。小さな装身具がチャリンと音を鳴らすと同時に褪せた色のついた窓ガラスから太陽の光が差し込んできた。ため息をついて、上掛けを押しやった。キラキラしている窓のそばまでいくと自分の窓に映った姿を眺めた。クルクルした赤毛の長い髪の毛、赤い唇、他の少女達よりも背が高く、痩せすぎている、それが私。
「ローズ! 早く降りてきて! あなたの持ってるクリスタルマッシュルームが必要なの!」
リーが私に向かって叫んでいた。
唸り声をあげながら、使い古した服をクローゼットから取り出した。手早く着替え、クリスタルマッシュルームがポケットにいっぱいつまったジャケットを落とした。ゴトリという音と共にクリスタルが散らばった。クリスタルを集めていると、小さな銀の鎖を掴んでいた。鎖の先にはハート型のクリスタルがついている。
「いつこんなものがポケットに?」
一人呟いて、それをベッドの上に放り投げた。
部屋から出て、階下に降りた。家の中は魚のような匂いのする緑色の煙で充満している。下に近づくにつれ咳込んでしまう匂いだ。
「何考えてるのよ、リー。この煙、尋常じゃないわよ」
そう言いながら咳き込んでしまった。
「ほら、早く! クリスタルを! この煙が毒になる前にそれが必要なの!」
またもや私は唸り声を上げてしまった。材料が足りないままポーションを作るのはリーにとっては当たり前、ね。キッチンに入る前に窓を開け放った。
リーのぼさぼさの金色の髪の先端は緑色に染まっており、明るい緑色の目は大きすぎるゴーグルの下に隠れている。口は大きく喜びの笑みをたたえている。リーも町では背の高い少女だけれど、ちゃんと育つところは育っている。採取したクリスタルを大釜の中に投げ入れた。すると、煙は緑からピンクに変化した。魚のような匂いも消えて、ガラスを燃やしたような微かな匂いだけが漂っている。
リーは大釜の中で火花が散ると妖しく笑っていた。キッチンから隣の部屋へ避難し、壁の向こうに這い蹲り、爆発の音を待った。
「3-2-1」
そう数え終えると壁が振動し、火災警報器がうるさく鳴りはじめた。いつものように消火器を掴み、大釜の中の炎に鎮火に当たった。リーは甲高く笑っている。
「あなたのポーション作りの過程では爆発が必須っていうのはどういうことよ?」
「化学変化よ。爆発しなかったら、何かおかしいってことね」
彼女は肩をすくめた。
「それにその方が面白いじゃなない」
ホント呆れちゃうわ。
「それで、夢の方はどうなの?」
いつもの朝のお決まりどおり、リーは話題を変えた。
「そうね……」
よく思い出せない。
「あ~、覚えてないわ」
リーは顔をしかめた。
「まぁ、いいわ。で、どこでこのクリスタルマッシュルーム見つけたの?」
「えっと……」
また間があいてしまった。
「それも覚えてないの」
リーはポーションをかき混ぜる手を止めてしまっていた。
「どうやって帰ってきたのよ?」
「よくわかんないのよね」
リーはスプーンを取り落とし、私のそばまで歩み寄ってきた。
「記憶障害を起こしているの? 覚えてないなんて大丈夫なの?」
昨夜起こったことを何か思い出そうとするけれど、どうもぼやけた感じのするままだった。そして頭を振った。
「疲れてただけだと思う」
リーは呆れた風にキャビネットのある方へ向かっていった。彼女はキャビネットの中をあさっている。私は彼女に近づいた。
「そんなに騒ぎたてなくてもいいじゃない。そんなに大事なことでもないし」
「大事よ」
リーは紫の小瓶を取り出すと、私に投げて寄越した。落としたら大変なことになることはわかりきってるけれど、投げない方がいいってことぐらいわかっているはずよ。
「ちょっと、リー!家を丸焦げにしたいわけ?!」
「それ飲んで!」
「冗談でしょ?! 何かわからないものを飲めって言われて飲むと思う?!」
「緊急事態じゃなかったら投げたりしないわ。もちろん危険物もね」
渋々、その瓶の蓋をあけてみた。甘ったるい匂いがし、ラブポーションのようで飲もうという気がしない。リーをじっと見つめると、彼女は早く飲めと言わんばかりにみている。勝てる気がしない。そのポーションを喉に流し込んだ。他のポーションと違い、無味だった。
「それじゃ、思い出したことを話してみて」
リーが命令する。
「言ったじゃない」
そう言ったが、ある光景が頭をよぎった。
「ちょっと待って、思い出したことがあるわ。金色の瞳」
「うん、それで?」
「彼が言ったの」
彼の言葉が思い出された。
「覚えていて欲しいって」
リーは唸り声をあげていた。
「このポーション全然効いてないじゃないの!」
彼女は不機嫌になっていた。
「リー!」
「大丈夫よ。安心して」
リーは笑顔で答えた。
「早朝のポーション作りがあなたを混乱させちゃったみたいね。もうちょっと休んでたら?」
「ローズ、本当に私は大丈夫よ」
「ねぇ、あのポーション何だったの?」
「記憶用」
「そうだと思った」
一人呟いた。
「もしかしたら頭のおかしい魔女があなたを森の中で捕まえて、大事な記憶をとったんじゃないかどうかの確認をね」
リーはそう言いながら、手を振って会話を終わらせた。
「わかったわよ。あなたの様子はおかしいけれど、私は普段どおりでいくわね」
キャビネットにある空瓶をとりにいきながら呟いた。
「私は頭が変になったわけじゃないわよ!」
「うん、うん。この10分間のことは無かったことにしよう」
「ふん。そこのフラスコ取ってちょうだい。貴族様がやってくる前に瓶詰めにしとかないと」
「わーい、貴族様」
ちょっと皮肉をこめて言った。
「ローズ、御ふざけは無しよ。お金払いはいいんだから」
リーが警告する。
「うふふ」
私を笑みをかえした。万が一でも貴族が私に話しかけることがあったら、それはそれで見ものかもね。