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使い捨てラスボスになったねじまき人形の話

作者: 左右

 きりきりとねじの巻かれる感覚につれて、意識がだんだんと上ってくる。


 たいそうな玉座の前で、たいそうな装飾の衣装をまとって、俺は道化を演じる。最終局面、あとは目の前の相手の一撃を受けるだけの簡単なお仕事。肩から先の感覚がなくなり、ただ邪魔になっただけの腕を抑えながら、そいつに声をかけたのは、いつから繰り返し続けたその茶番にそろそろ飽きが来ていたからだろう。

「よう、勇者様。やるならさっさとしてくれよ」

俺は、お前だけのラスボスじゃねえんだよ、とは胸の中だけでつぶやく。どうせこいつも、通り過ぎていく多くの登場人物たちの一人に過ぎず、きっと理解もできやしないだろうから。

「どうしてこんなことを…」

きれいな顔に苦悩をのぞかせて、予言の子だったか、剣の勇者だったかそんなありふれた超人様は俺に問う。こんなことはしたくなかった、と言わんばかりである。まったく、どいつもこいつも被害者は自分と言いたげだ。俺もお前も、ただの使い捨ての登場人物に過ぎないというのに。なぜだかいらだちを感じた。

「どうして?」

大げさにバカにした表情を浮かべて聞き返す。

「どうしてそんなことを聞くんだ?なあ、もし俺がひどくかわいそうでみじめでそりゃあ世界を恨むのも仕方がないというような人生を歩んできたとしたならば、俺のしたことは許されるのか?お前がそれを許すのか?今まさに俺を殺そうとしているお前が、俺を殺すことをやめて、俺に罪はないとでも判決を下すのか?何様だよ、お前。それに、しょせんお前なんてただの国の傀儡だろう?そんな決定権あるわけねえよな~?なら、そんな無駄なこと、最初から聞くんじゃねーよ、ばーか」

勇者様はそのおきれいな顔をより歪ませて、その手に握った馬鹿でかい剣を振り上げた。

反論しねーのかよ。俺の胸の中に、重い濁りが生じ、その次の瞬間にはすべてがかき消された。

そうして世界は平和になった。めでたし、めでたし。


 きりきりとねじの巻かれる感覚がする。そして、おはよう、そういって低い声が俺の鼓膜を震わせた。俺は起き抜けでぼんやりとした頭で、反射のように同じ言葉を返す。彼の感情の見えない目がゆっくりと細められるのを見て、素直に反してしまったことを恥じる。

「お疲れさま」

男が声をかけてくる。おう、とぶっきらぼうに応じる。床に投げ出されたままの腕を動かしてみる。指先から肩まで順にきちんと動くことを確認する。

「運び出し、ごくろーさん」

肩を回しながら男に告げる。

「ああ。やはり、素晴らしいな。君の体は」

あれほどの損害から回復するとは、と男の言葉は続いた。

肩をすくめる。

「俺からすりゃ、お前らの文明技術の偏りのほうがスゲーけどね」

「君の目から見れば、何もかも稚拙に見えるだろうね」

われらが創造主の時代から生きた君だ、そういって彼は笑った。俺の生み出された時代からはるか先の未来、幾度か文明の崩壊と再生を繰り返し、ひどくいびつな文化技術を持った時代に生きる聖職者の彼は、この時代の俺の世話係と言っていい存在だった。俺は、俺の作者であるくそじじいが寿命機能を付け忘れたせいで、だらだらと時代を超えて存在し続けた人形で、この時代における超技術の塊いわゆるオーパーツのようなものだ。俺の生まれた時代は、この時代と比べてありえないほど豊かで平和な世界だった。そんな世界で愛されるために作られたねじまきの人形は、寿命を持たないという欠点のために愛されることなく、不良品として破棄され、しかし死ぬことはかなわず、時折ねじを巻かれ、起こされながら今日まで生きていた。今日の俺は、愛されるための人形ではなく、その死なない体を使った、使い捨てラスボスをしていた。

時代によって起こる、さまざまな不都合をそのラスボスのせいにして、それを勇者に倒させることによって、民衆の不満のガス抜きをするというサイクルを100年ごとぐらいに繰り返しているのがこの国であり、この男の所属する教会である。

 教会というのは、いつの時代も滑稽だ。いつだって違うものを等しく神と崇めている。時としてその神の名前を変えながら、救済をうたいながら、彼らの追う物はいつだって己らの利権である。それゆえに、多くの時代で教会というものは腐っていた。その中で、この男は少し毛色が違って見えた。彼は若い割に結構な地位を持つ男だった。本人の弁ではこの教会の上層部の一人である父を持つせいで、ただの親の七光だ、などと言っていたが、それだけでないことは、部外者の俺の耳にも入っていた。いわく、能力が高く、それでいておごらない、聖職者の鑑であると。ちなみに顔もよく、外面も面倒見もいいという、なんとまあ、むかつくほどのいい男である。この腐りきった教会の中で数少ないまともな人間だった。そういうやつにも欠点のようなものもあるもので、彼は仕事モード以外では少し変わっていて、小さいころから壊れたものを集めるのを好み、俺がぼろぼろになって再生していく様を見ることを趣味にしていた。変態である。ちなみに、彼の変わっているところは、他にもあった。彼の十字架である。彼はしばしば、神をたたえる言葉とともにその十字架に口づけをした。それは他のものとは少し形状が異なり、シンプルなものを好む彼らしくない、ちょっとした装飾がしてあり、どちらかというと派手である。そのことを問うたとき、彼は、珍しく素直な笑顔を浮かべ、父にもらったのだと言っていた。俺は、かつての俺の世話役であったはずの彼の父親の顔を思い浮かべようとして失敗した。

「これで、世界は平和になった」

「しばらくの間だけな」

俺の言葉に彼は困ったような笑みを浮かべた。

「今この時代ではまだ、平和は、戦争と戦争の間の期間のことを言うんだよ。君のいた時代とは違って。いつか、そんな時代が来ればよいのだろうけれど」

「無理だろうな」

この時代以外にもたくさんの時代を生きてきた。中には、俺の生まれた時代よりもすばらしいと思える時代もあったが、それもいつの間にか消え、別の時代となっていた。永遠の平和なんてありえない。そして、いつかお前たちも滅ぶ。そう告げられるだけの時代を俺はわたってきていた。それがわかっているからこそ、彼は何も言わずに少しだけ頷いた。

「そうだとしても、今はこのひと時の平和に浸ることになるだろう。これが少しでも長いものであることを私は祈るだけだ」

その仕事の完了を告げるためだけに起こしたため、まかれたねじの量が少なく、だんだんと思考が止まりだすのを感じる。

「そんじゃあ、俺の仕事は終わりかな」

いつだって、俺は使い捨てである。せっかく倒したラスボスが、平和に教会で生活をしているというわけにはいかない。次の機会まで、不要な俺は教会のどこか隅でこっそりとおかれておくのだろう。それか、次はもう別の時代かもしれない。

「そうだね、次はいつだろうか。また君の力が必要になれば、起きてもらうよ」

彼は穏やかそうな笑みを浮かべた。

「おう。そういって、また俺の再生が見たいとか、そんなくだらない理由ですぐ起こすんじゃねえよ?」

からかうように言うのは、いつか彼がそう言って起こした時以来のいつものやり取りだ。

「あれは子供のころの、ほんのわがままだよ」

彼もいつものように返す。

じゃあ、

「おやすみ」

彼の声を最後に、目を閉じた。


 きりきりとねじの巻かれる感覚がして、覚醒する意識の中でいつか、あの爺に尋ねたことを思い出した。どうして、俺はねじ式なのか、と。動力はもちろんたくさんあり、中でも電池式が主流だった。そのほうが寿命という概念がわかりやすいし、ずっと人のそばに在れて、手間も少なかった。それなのに爺はねじ式にこだわって人形を作っていた。未完成の状態で、ぼんやりと完成を待っていた俺は、そんな話を聞いて、素直に疑問を持って尋ねたのだった。もう顔も思い出せないその爺は、趣味だ、と言い切った。電池は、勝手に生きている気がして好かないと。人は誰かがいないと生きていけない。一方でああいう電池の人形は、誰もいなくても生きていられるだろう。それが嫌だ。だから、俺は、俺の子供たちは、誰かがいないと生きていられないように、誰かにまかれることで動くねじまきが好きなんだ、と言った。だからお前らは、起きるときはいつも誰かがそばにいてくれる。だからきっとさみしくないぞ、とそういって笑った爺の声がいつの間にか彼の声に変わっていき、声が駆けられていることに気づき、意識がはっきりとした。

「おはよう」

いつものように低い声が鼓膜を震わす。ただ、いつもと違うのはあたりがざわめきに満ちていることと、彼の声がひどく疲労に満ちていることだった。

目を開けると、記憶の彼よりも歳をとり、ずいぶんと貫録の出た彼の顔があった。おはよう、そう返事をすると、いつかのように目を細めた。その彼はたいそうな服を着て、その体からひどい出血をしていた。

「…お前、死ぬぞ」

人の死は何度か見たことがあり、自分自身が幾度も死んだ身だったので、それは間違いのないことだとわかっていた。

彼はいつものように笑った。

「ああ。そして、この国も終わりだ」

静かな声が言った。

だから、君に返しに来た。

彼は、首に下げていた十字架に神をたたえる言葉を捧げると、いつかのように口づけをして、俺の首に提げた。

「我が主よ。君に救いあれ」

いつか、君に真なる眠りの訪れんことを。

「お休み」

その声に、同じ言葉を繰り返すと、彼は嬉しそうに素直な笑顔を浮かべた。

「そういえば、いつも君が先だったから、言われたことがなかったね」

そして、彼は目を閉じた。

動かなくなった彼に、もう一度、お休み、と声をかけた。

 しばらくすると、彼を追ってか、どこかで見たことのあるようなきれいな顔が現れた。片手にはバカでかい剣を持っている。

そいつは彼が死んでいるのを見た後、俺を見て、驚いたように叫んだ。それはいつか俺が名乗ったラスボスの名で、そういえばこいつはあの勇者であると気づいた。

「やはり、教会が魔族の手助けをしていたのだな!今度こそ、完全に封印してやる!」

どうも長年にわたる教会の悪事がばれたらしい。それでこんな騒ぎが起きたわけだ。目の前で剣を振りかぶる男を見ながら考える。彼にまかれたねじはまだ十分なはずなのにどうも思考は遅かった。そのうち、笑いが込み上げてきた。それは、おそらく彼が教会のトップになり、改革をしようとした結果教会の悪事をばらすということになったのであろうことや、その教会のトップである彼が信仰していたのが、教会の神とは異なる存在であったことや、勇者はどこまでも勇者であることを思ってのもので、そのうち思考は流れて、自分へ挨拶をした存在は結局彼だけだったことや、挨拶をすることが、かつての俺にとってかすかな憧れであったことや、いつか勇者が俺の挑発に対して反論をしなかったときに抱いた感情はきっと失望といえるものだったことなんかを考え、それがごちゃ混ぜになっていった。

「なあ、勇者様。いつかのことに答えてくれよ」

体で刀を受けながら声をかける。

「あんたは、俺を救えるか?」

傷が深く、ささやくような声にしかならなかった。

「お前に救いなど、無駄なことだ」

勇者は迷いなく答えた。人は、いつの間にか変わっている。きっといつかに聞いていたら、違った答えだったのかもしれない。

「だろうな。俺自身、救われたいとも、救われるとも思っちゃいねえよ」

かは、と吐き出された息が笑いなのか、自分でもわからなくなる。

「でもな、勇者様」

息を整えて、今度はきちんと笑って見せた。

「俺は一度でいいから、救おうとされたかったよ」

爺、俺はいつだって、置いて行かれてばかりで、ちっともさみしくないことがない。

勇者がどんな返事をしたのかを聞くこともできないまま、俺は仮初の眠りについた。


人形はいつか訪れる永遠を待っている。


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