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パクサルム【未完】  作者: 片里鴎(カタザト)
ガール・ミーツ・ボーイ
7/20

『ミッション開始』


 ゆうゆうと雑居ビルの廊下を歩いているマウントの頭に直接、機械音声が響く。埋め込まれたコアからだ。


 それと同時に、雑居ビルの一室から奇声を上げて男が一人、飛び出してくる。隠れていたのだろう。

 せっかちな奴だ。それに、汚らしい男か。

 舌打ちと共に、マウントは迎え撃つ。

 女じゃないのか。


 小柄な中年男だ。短く刈った髪に無精ひげ。手にはサバイバルナイフが握り締められている。

 サバイバルナイフ。おそらく、最初に支給された200ポイントを全て使って勝ったのだろう。これを使ってミッションをクリアして取り戻そうという算段か。全額を投資した自分のことを賢いとでも思っているのか。

 馬鹿が。

 マウントの顔にサディスティックな笑みが浮かぶ。


「うああああっ」


 緊張のためか目の焦点が合っていない男がナイフを突き出してくる。避けることもせず、マウントはそのままその突きを喰らう。ナイフがマウントのせり出た腹に突き刺さり、そして弾かれる。


「はっ?」


 呆然とする男。その男の金的を思い切り蹴り上げる。


「ぐ」


 悲鳴さえ上げずに倒れる男。そうして、ギブアップをしないうちに、


「ふふぅ」


 マウントは喜々として倒れたその男を全体重をかけて踏みつける。

 一度。二度。三度。


「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ」


 全力で踏みつける。骨が砕け、肉と混じる。

 他の敵を警戒する必要はない。マウントが『趣味』に没頭している間は、仲間が辺りを警戒して、何かあればすぐに知らせてくれることになっている。


 足の裏で、それが壊れていく感触を楽しむ。耳で、穴という穴から血泡を吹き出す音を楽しむ。目で、のたうち回っている男がぐちゃぐちゃと崩れていく様を楽しむ。


 こんなに楽しいことはない。元が、美しく若い女だったら最高なのだが。


 やがてマウントは満足して、血色の泥から足をどける。その腹は、薄く皮膚が傷ついているだけだ。

 マウントの胴体はほとんどプレートに覆われている。刃物はもちろん、小口径の銃による銃弾も通さない。

 そうして、履いている靴は一見ただのスニーカーに見えるが、実際には分厚い鉄板が仕込まれている。当然、そんな重いものを履いていても支障なく動けるように、両足も改造している。骨は合金、関節は機械式だ。

 どれも許可武装レベルぎりぎりのレベル3で、ここまで揃えるのに20000ポイントはつぎ込んでいる。このレベルのミッションに参加するポーンで、ここまでポイントを使って武装しているのはマウントくらいのものだろう。

 だからこそ、意味がある。無敵の存在として、新入りを嬲り殺しながらこつこつとポイントを稼ぎ続けることができるのだ。


「ふうぅ、おい、おわったぞ」


 荒い息をついて、廊下を曲がった先で待機している仲間の一人に、声をかける。

 だが、何も反応がない。


 獲物と交戦中か? 向こうは二人で組んでいるから、てこずるはずは無いと思うが。

 マウントは訝しがる。

 自分のように獲物をいたぶる趣味はないから、すぐに終わると思ったが。ひょっとして、それなりの腕利きでも紛れ込んでいたか?

 時々ある話だ。それでも、所詮は新入りだが。


「おい?」


 何の反応もない。


 しばらくして、音が聞こえる。

 ぴちゃり、ぴちゃり。

 水滴が落ちるような音だ。


 生き残ることにかけては自信のあるマウントの脳内で、何かが警鐘を鳴らしている。狂ったように。

 まずい。何かがまずい。


 水滴の音は段々と大きくなり、やがて廊下の角から、音の主が現れる。


 それは青年だった。

 黒いコートの青年。目には死人のように光が無い。

 異様に太い指。その両手の指が血に塗れて、そこからぽたぽたと血の雫が落ちている。音の正体はこれか。


「何だ、お前」


 参加者か? 参加者だろう。だが、何かおかしい。新入りなのか、こいつも。

 戸惑うマウントに死人の目を向けて、青年は壁で指の血を拭う。ある程度拭えた指をコートの内側に突っ込むと、一枚の写真を取り出す。


「一つ、聞きたい。この中に、見覚えのある奴はいないか?」


「ああ?」


 大きく疑問の声をあげながら、一方でマウントは冷静に判断している。

 イカレてるのか。時々、こういう奴もいる。いや、ポーンなど何割かははイカレてしまっているのだ。

 こんな奴、いたぶっても面白くとも何ともない。どこか不気味なところもある。話に乗る振りをして、一撃で殺してやろう。


「どれだ、見せてみろ」


 マウントが言うと、青年は素直に右手で写真を差し出したまま近づいてくる。

 馬鹿が。笑みを必死で抑える。


「これかあ」


 写真を見る振りをして、範囲に入った瞬間、マウントは蹴りを繰り出す。

 かわしようのないローキック。

 機械式の関節による、その巨体からは想像もできないような速度の蹴り。このローキックが当たれば人間の脛など砕いてしまう。

 これで転ばせて、踏み潰す。参ったが言えないくらい即座に。

 だがそのマウントの目論見は、即座に潰える。


 蹴りが出ない。いや、それどころか、足が動かない。

 激痛。

 気づかぬうちに、青年の左手が、マウントの左腕の手首の辺りを掴んでいる。爪を食い込ませるような掴み方だ。その指の力が尋常ではない。そのまま千切りとられそうだ。


「ぶっ」


 あまりの激痛に呻き声すらうまく出ない。

 掴まれているのは左腕なのに、頭の上から尾てい骨まで、一本の長い鉄杭を刺されているかのように体の中心で痛みが液体のごとく暴れ狂っている。

 その激痛のせいで、体が動かない。特に足は、まるで地面にくっついてしまったかのようだ。足の動かし方を忘れたように動かない。機械式の関節。人工神経で繋がっているはずのそれが、切り離されてしまったように心もとない。


 まずい。

 マウントは激痛のための汗を流す。

 こいつは、違う。

 今までに一度か二度、ミッションで遭遇したことのある、俺達とは別種の人間だ。怪物。化け物。選ばれた人間。生粋のポーン。

 ネームド共の同類だ。

 だったら、することは一つしかない。前にこの同類と出会ってしまった時もそうした。



「ギブア」


 言い終わる前に、写真を掴んだままの右手の親指が、マウントの喉仏に突き刺さる。

 激痛。息が出来ない。声など出るわけがない。


 次の瞬間、景色が周る。自分が猛烈な勢いで投げつけられているのだと、マウントは遅れて気付く。投げる? 自分のこの巨体をこんな、軽々と?


 激突。ただ必死で、頭を庇う。衝撃。全身が痺れたような感覚。後頭部からその痺れが全身に広がっていき、どこからか血の臭いもする。耳鳴り。

 壁にも地面にも何度もぶつかる。転がっていく。どこまでも。


「う」


 ぐちゃぐちゃになった視界。

 自分が、廊下の角を曲がった辺りまで投げ飛ばされているのだと気付く。


 そうして、歪んだ視界の中で、それを見つける。

 かつて、自分の仲間だったものだ。チームを組んでいた、このミッションで生き残る三人だったはずのもの。

 元々は人間だったそれは、解体された肉にすぎなかった。無造作に、地面に転がっている。ばらばらにされて。

 だが刃物でばらばらにされたのではない。どれも、切り口は雑だ。斬ったというより、千切ったように。

 ああ。

 指で、やったのか。

 痺れた頭のどこかで、ぼんやりとそう思う。


 そこで、そんな肉と骨の塊に注意を向けている場合ではないとマウントは気付く。慌てて体を起こそうとしながら青年を捜そうと目を動かしたところで、


「もう一度、しっかり見ろ」


 既に青年が自分の体に圧し掛かっているのを知ってしまう。


 写真が鼻元に突きつけられている。


「知っている顔はいないか?」


 待ってくれ。

 そう言いたかった。だが声が出ない。声どころか、呼吸もできない。既に青年の指は首から離れているが、まだ全く喉を空気が通ってくれない。


「俺の幼馴染を、知らないのか?」


 青年の死人のような目が、マウントを射抜く。

 まずい、殺される。このままでは殺される。


 必死でマウントは写真を見る。だが、分からない。どれも、どこにでもいる子どもにしか見えない。見覚えなんて無い。


 死にたくない。死にたくない。


「そうか、知らないんだな」


 マウントの必死な目を見たまま、青年が呟く。

 それは死刑宣告に他ならない。


 助けてくれ。

 必死で、目だけで懇願する。


「助けてくれ、と言いたいのか?」


 ふっと青年の目が光を帯びる。


 必死で、脂汗まみれの顔でマウントは何度も頷く。

 脳裏に浮かぶのは、今まで自分が作り出してきた無数の死体。自分がああなるのか? 肉色の泥に。赤黒く刻まれたなますに。原型が分からないほど顔を腫れさせた人形に。

 嫌だ。嫌だ。嫌だ。


「そうか。いいことを教えてやる」


 写真をしまった青年が、初めて笑う。目がぎらぎらと光り、牙のように犬歯をむき出しにする。

 知っている。この表情をマウントは知っている。

 これは、獲物を前にした、殺人者の表情。絶対的優位に立って嬲り殺す直前の自分の表情だ。

 こんなにも醜く、恐ろしいのか。


「命が惜しい奴を殺すから意味があるんだ。死にたい奴を殺したって、何の意味もない」


 表情とは裏腹に、青年の声は静かで優しい。だから恐ろしい。

 マウントは直感する。

 こいつは、怯えた自分にもよく聞こえるようにこういう話し方をしている。自分を嬲るためにだ。

「長生きしたかったんだろう? 残念だったな。お前は今、ここで死ぬ。苦痛に塗れて死ぬんだ。もう、何もない。ここで終わる。終わるんだよ」


 どこまでも優しく、静かな声で青年が告げる。


 マウントが脳で理解するよりも先に心臓がばくばくと音を立て、体ががくがくと凄まじく震え始める。


 一層獣じみた表情になった青年がマウントの顔を両手で挟み込み、耳の下辺りに首を食い込ませる。

 めしめしと音を立てて、指が沈み込んでいく。


 激痛と共に、勝手に口が開いていくのがマウントには分かる。涙が勝手に流れる。


 死にたくない。死にたくない。


「ルリ!」


 マウントから顔を外に向けると、青年は吼える。空気を震わせる大声で。喜びと憎しみに満ち満ちた咆哮。


「よく見ておけ、お前の復讐相手の死ぬ様を。お前に復讐はさせない。俺よりも先に、目の前でそんなことをさせてやるものか!」


 青年の指に力がかかる。両腕が膨らむ。

 ばきばきという骨の砕ける音。

 それを最後に、マウントの意識は激痛に塗れて消えていく。最後に思い浮かぶものなど、何もない。

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