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パクサルム【未完】  作者: 片里鴎(カタザト)
ガール・ミーツ・ボーイ
3/20

「ほらよ」


 妙な動物でも見るような目をしながら、店長がステーキセットを二つ持ってきた。


「どうも」


 ここで働くようになったルリも、このステーキセットを食べるのは始めてた。低所得者向けのレストランとはいえ、さすがにその中でも最も高級な料理。それなりに分厚いステーキが鉄板でじゅうじゅうと音を立てている。黒く使い込まれた鉄板には、ステーキ以外に賽の目に切り刻まれたジャガイモ、縦に真っ二つに切断された玉ねぎの片割れが乗っている。そして、固い黒パン。


「いただきます」


 ルリはナイフで大振りに切り分けると、かぶりつく。

 うまい。肉汁が溢れてくる。

 最後の晩餐には相応しい。最高級の店での最高級の食事ではないというのが、自分らしいが。


 ふと顔をあげると、青年は目の前に置かれた自分の分のステーキに手をつけることなく、向かいに座っているルリを見ている。


「どうしたの、食べないの? おごりよ。別に、後から料金を請求したりしないわ。というか、できないのよ。知っているでしょう? コアで管理されてるから、犯罪行為をすればすぐに判明する。その途端」


 ばん、とルリは片手で爆発する様を表現する。


「頭が爆弾で弾け飛んでおしまい。だから、安心して食べて」


「どうして、俺にご馳走してくれる?」


 まだ青年は手をつけない。


 もっともな疑問だ。


「気紛れよ」


 ルリはそう答える。

 それ以上の答えは、実際に存在しない。


 ただ、おそらくここでステーキセットを食べたらあとは野垂れ死ぬか無理なミッションに挑戦して命を落とすしかないだろう青年を救うくらい、いいかと思った。

パクサルムでは、人が人を救うことは難しい。だから、最後にそれをしてみようと思ったのだ。


「その指」


 詳しく内心を説明する気もないルリは、話題を変える。


「凄いわね。外で鍛えてそうなったの?」


「鍛えた。今では、俺の武器だ」


 ようやく青年がステーキにナイフを入れる。一口大に切っては、それを口に入れて咀嚼する。ゆっくりとした動作なのに、見る見る間にステーキが減っていく。既に付け合せの姿はない。パンも平らげられている。


「パクサルムに来る前に体を武器にするっていうのは、賢い考え方ね。中で、武器になるように指を改造しようと思ったら、多分4000ポイント程度は必要だもの」


「そうか」


 驚くべき速度で、青年はステーキを平らげていた。


「お前の武器は、その左肘か」


 突然の指摘に、ルリはナイフとフォークを取り落とす。鉄板の上で派手な音を立てる。


「ああ、悪い。知られたくないことだったか。ジャージの上からでも、何か細工をしているのが見てとれたんだ」


「参ったわね」


 この青年が敵でなくてよかった、とルリは心底思う。


「そうよ、ここだけの話、この左肘には、爆薬が埋め込まれてる」


「自爆か」


 青年が僅かに眉を寄せる。だが、表情が変わっても目が死んだままだ。


「まあね。何かあった時に、敵もろとも簡単に死ねるように。原始的な仕掛けだけど、手術費込みで1400ポイントはしたわ」


「1400……ここの仕事で貯めたのか?」


「まさか」


 青年のあまりの世間知らずっぷりにルリは笑ってしまう。


「この国では、ミッションじゃない仕事なんて雀の涙ほどのポイントしか稼げないわ。ウエイトレスなんて、生きるのに最低限の生活をしながら続けたとして、100ポイント貯めるのに1年かかるわ」


「なら、どうした? 体でも売ったのか?」


 下卑た色も軽蔑の色の見せず、ただただ死人の目で青年が訊いてくる。


「若いし女だから、それが一番簡単だったんだけど」


 何故か、この死人じみた青年の前では、ルリはするすると普通ならば隠しておくことを喋ってしまう。あるいは、今日で全てが終わるという解放感からか。


「トラウマがあってね。あたし、男に触れられると意識を失くして、滅茶苦茶に暴れちゃうのよ。相手を殺すくらいに。だから、それも駄目。まあ、体を売ったのに違いはないけど」


 ルリはそっと自分の胸に手を当てる。


「内臓をいくつか売ったわ。あたしの中にあるのは、半分以上が代用の簡易人工臓器」


「長生きできないな」


「ねえ、あなたもこんな場所に来るくらいだから分かっているでしょ。この世界に、長く生きる価値なんてないわ」


 不意に、青年の目が一瞬だけ光を帯びる。だが、すぐにもとの死人の目に戻る。


「そうかもしれない……そうだ」


 青年はコートのうちポケットから、一枚の写真を取り出す。


「親切ついでに教えてくれないか。この中に、見覚えのある奴はいないか。十年以上前の写真だが、面影があるはずだ」


 その写真には、どこかの森で少年少女が仲良く写っている。

 数は七人。

大柄な、腕白そうな少年が右端にいる。その少年にがっしり肩を組まれて、少し迷惑そうに笑っている太った少年。その横で立ってカメラの方を向いている、どこか野暮ったい眼鏡の少年。少し離れて、長い黒髪と、折れそうに細い体をした、真っ白い肌の美しい少女がカメラを見つめていた。その少女の傍、写真の中央で丸坊主の少年がおどけたポーズをとって、笑っている。写真左端の方に、顔はある程度整っているが気弱そうな赤毛の少年が困ったように立っていて、それによく似た少女、妹だろうか、が少年を庇うようにその前に出ている。見た目はよく似ているが、カメラを挑戦的に睨んでいるかのような少女の雰囲気は少年とは全く違う。

 微笑ましい、仲のいい子ども達の集合写真に見える。


「真ん中の方にいる黒髪の女は死んでいる。それから、眼鏡は俺だ。それ以外の五人の中で、見覚えのある奴はいないか?」


「え、この眼鏡の子ども、あなた?」


 全く面影がない。


「……悪いけど、どの子どもも見覚えが無いわ。ここに来ているのは、確かなの?」


「ああ、来ている。パクサルムにいることは確かだ。五人ともな」


 写真を懐に戻して、青年は立ち上がる。


「ご馳走になった」


「ええ、いきなりポイントを全部使うような真似はもうしないでよ」


「ミッション、これを受けようかと思うんだが、どうだ?」


 不意に、青年は携帯端末を突きつけてくる。

 その画面に映っているミッションを見て、またルリの心臓が縮む。


「どうして、このミッションを?」


 喉がからからなのを、ステーキを口に放り込み水を飲み込むことで誤魔化す。何とか平静を装う。


「開始時間が近い。開催場所がここから近い。許可武装レベルは3以下で、内容的にも死ぬ危険は少ない。初心者向きだと思うが」


「確かにね」


 ルリは自分の唇を指でなぞる。


「けど、これに参加しない方がいいわよ、初心者さん」


「何故だ?」


「簡単な話。そうやって参加する初心者を食い物にする、ルーキー狩りが専門の連中ってのがこの手のミッションには湧きやすいの。ここまであからさまに新入り向きのミッションは、実際には並みのミッションよりも新入りにとって危険よ」


「なるほど」


 しばらく端末の画面を眺めてから、青年は懐に戻す。


「参考にする。それじゃあ、ご馳走になった」


 テーブルを立ち上がり、去っていく青年に、


「名前」


 何故だか心を引き裂かれるような思いがして、ルリは声をかけている。


「名前を教えてくれてもいいんじゃない? 命の恩人にさ」


「パクサルムに入国した時点で、名前は廃棄されてIDナンバーだけになるんじゃあなかったか?」


「実際に数字で呼び合ってるわけないでしょ。元の名前なり、あだ名なりで呼び合ってるわよ」


「お前は?」


「あたしは、ルリ」


 名乗るのは何時ぶりだろうか。


「そうか。俺は、アランだ」


 見た目から、アジア系だと思っていたが、青年はそんな名を名乗った。とはいえ、本名という保証はまるでないのだが。


 そうしてとうとうアランはレストランから出て行く。

 ルリはしばらくアランの消えた出入り口を見てから、ステーキの最後の一切れにかぶりつく。


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