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分かっていたことだが乱戦になった。
暗闇を、銃声と叫び声、慌しい足音が行きかう。 月明かりでぼんやりとしか見えない。通常視力であれば。
タイロンの暗視改造をした左の機械義眼が、混乱している警備の兵達を捉える。
タイロンは身を針葉植物の茂みに隠している。
暗闇の中、向こうには気付かれず、一方的に観察できる。
視認できるだけで二十余名。
トタンと木材でできたバラック小屋、いや小屋とは言えないほどに巨大なそれが、いくつも密集して融合しているような不恰好な建造物がある。
そこからも続々、警備の人間が飛び出してきている。
暗視ゴーグルをつけている奴らが半分。
小銃らしきものを持っている。
『おい、くそ、撃たれたぞ』
さっきから無線がひっきなしに入っている。
『向こう、持っているのはXM11だな。なかなかいい銃を持っている』
『駄目だ、無理に行けば同士討ちになる。おい、誰かさっさとマーキング進めろ』
『暗視能力持っている奴はさっさとどうにかしてくれ。向こうは半数以上、ゴーグル持ってやがる』
『マーキングが追いつかん。今のところ、四十名弱、いや、五十だ』
銃撃と同時に閃光。
一瞬だけ、辺りが照らされて警備の兵とポーンが暗闇から浮かび上がる。
『ああ、くそ、馬鹿が。今のポーンかよ。敵陣に突っ込んだ馬鹿を誤射しちまった』
『おい、まずいんじゃねえか? 向こうの連中、どうもそれなりの戦闘訓練受けてるみたいだぜ』
さすがは三合会といったところか。
敵のレベルの高さはタイロンも感じていた。最初こそ突然の襲撃に警備兵は慌てていたが、今では落ち着きを取り戻し、チームで侵略者に対処してきている。
リパブリックの正規兵にも匹敵しかねない錬度だ。
担当官め、見誤ったな。タイロンは薄く笑う。
こちらの人数が少なく、兵の錬度は平均すれば向こうとおそらく互角か少し上回る程度。おまけにミッションの性質が、ポーンの個人主義に拍車をかけて連携が全くとれない。
それならそれでいい、とタイロンは思っている。
死ぬしかないなら、死ぬだけだ。
重低音と共に強烈な青白い閃光が、辺りを一瞬照らす。その光のせいで、暗視スコープをつけていた敵兵の数人が立ち眩むのが見てとれる。
タイロンにしても一緒で、一瞬右目が使えなくなる。
「おいおい」
『今の、フォークスか? 馬鹿な、どっちだよ、使ったの』
『ポーンに決まってるだろ、ふざけやがって、イカレ野郎が』
『やってられるか、退避だ、退避。間違ってフォークス粒子兵器を喰らったら洒落にならんぞ』
にわかにポーン達が慌て出す。
『乱戦でフォークスを使うとは、無茶苦茶だな。おい、誰だか知らんがやめろ。当たらなくとも、頻繁に撃てばアノニマスを起こす』
『だが、向こうも混乱しているぞ。フォークスをこっちが準備しているとまでは思っていなかったらしい』
『そりゃそうだ。俺達だって思ってもみなかったんだからな』
既にタイロンは茂みから体を出して、銃を構えている。骨董品の愛銃、M1999を両手に。
機械式の義眼が敵を捉え、思考は加速され、タイロンの感覚は既に敵を打ち抜く像を描いている。
後はそれをなぞるように、二丁拳銃を撃つだけ。撃ちまくるだけだ。
軽い破裂音と共に、左右の手に握られた拳銃がそれぞれはねる。
タイロンは凄まじい速度で引き金を引き続ける。
「ぐ」
「うおっ」
もしもそのタイロンの姿を見るものがいれば、銃を適当に乱射しているようにしか見えなかっただろう。
だが実際には、そのタイロンの撃ち出した銃弾は、全てがそれぞれ動き回っている警備の兵の眉間に一発ずつ命中していた。
命中した敵のうち半数は、大袈裟な悲鳴を上げることもなく唸りながら倒れていく。
だがもう半数は、死んでいない。ばったりと一度は倒れるが、すぐに起き上がり周囲に銃を向けている。
『おい、誰かが凄い勢いで敵を撃ち倒してるぜ』
『ネームドか。凄まじい腕だ』
『起き上がってる。改造済みの奴がいるな。頭蓋骨を変えてやがる。多分、心臓にもプレートありだぞ』
『ちっ。まじかよ。中級ポーン並みじゃねえか。こっち、何人残ってるんだよ』
『おい、さっきフォークス撃った奴、まだ生きてるか? 撃てよ、大火力でぶち殺すしかねえ』
混乱する無線を尻目に、タイロンは撃ち続ける。今度は、眉間を撃ち抜かれても立ち上がった兵達に向けて。
今度は、その兵達の喉に、あるいは目に銃弾が命中する。血を撒き散らしながら今度こそ兵達は絶命する。
「くそっ、隙間を狙ってやがる、とんでもない腕の奴がいるぞ」
「見つけた、16時方向、撃てっ」
「加速手術受けてる奴は加速させてるだろうな、おい。動け、狙われるな」
向こうもタイロンに気付き、にわかに騒がしくなる。敵の持つ銃がタイロンのいる場所に向けられ、発砲される。
針に糸を通すようなタイロンの銃撃に比べて、敵のそれは狙いが雑だった。おまけに小銃で連射しているから、弾もバラける。
それでも、数人の一斉射撃により、何発かはタイロンに当たるであろう軌道を描く。
既に思考を加速しているタイロンは、休み無く銃を撃ちながら、体を僅かにずらして銃弾をかわす。この程度の密度なら、かわせる。
無論、いくら思考加速していようとも、通常なら数人から連射される銃弾をかわすことなどできない。タイロンだからだ。銃を向けられた時点で大体の銃弾の軌道を計算し、予測できる。いや、もはや直感によって『観る』ことができるタイロンだからこそ、それができる。それは、撃つ側としても同じだ。乱射しているようにしか見えないタイロンの銃弾は、動き回り、あるいは思考を加速してかわそうとしている兵をも、一撃で急所を打ち抜いていく。
「別物がいるぞ」
「おい、くそ、いけ、あいつを殺せ」
どうやらタイロンが飛びぬけて厄介だと看做したらしい敵兵が、団結してタイロンに集中攻撃をし出す。
集まりだす兵を、片端から撃ち抜いていくが、やはり物量に押されて撃ちもらしがでてくる。
何人かに横に回られる。前方から激しく撃たれているので、その応戦にほとんどの意識を割かざるを得ない。当然、横からの攻撃もかわしはするが、撃ちながら近づいてくる兵達を倒しきれない。
生き残った数人が、タイロンといえどもかわしきれないくらいに近づきつつある。
援護をして欲しいところだが、無理だろう。
タイロンは冷静に分析する。
自分以外のポーンの大半は、攻撃が自分に集中したのを幸いと後退しているだろうと分かっている。
『タイロンのフォローをお願いします。無条件でボーナスポイントを差し上げます』
担当官が必死に言うが、この状況下では難しいだろう。
死ぬかな。
そんな考えがタイロンの頭を過ぎる。
「ぐぁ」
湿った木の枝がへし折れるような音と共に、近づいてきていた兵の一人が突然倒れる。いや、絶命している。
「ぎっ」
続いて、もう一人。
前方に集中することができるタイロンは、銃弾を最小限の動きでかわしつつ、撃ち続ける。
横目で、近づいてきている兵士、三人目が倒れるのを確認する。そして、ようやくそれを行っている人物を捉える。
闇から染み出したように、男がいる。身をかがめている。
闇に潜んでいるだけなら、暗視能力のある右目で簡単に見つけることができた。タイロンが今にならなければ発見できなかった理由は、闇に溶け込むように、男が気配を全く殺しているからだ。
今、何らかの手段で兵を殺している時ですら、まるで生きた気配を見せない。
「何だ、もう一人いるぞ」
「おい、まとめて殺せ、やれっ」
と、前方の敵兵の一人が手榴弾を投げつけようと構える。
好機と見たタイロンは、もはや嵐のようになっている銃弾をかわしながら、その手榴弾を投げる寸前の兵士の腕を打ち抜く。
「ぎゃっ」
そして、手榴弾が地面に転げ落ちる。
「うわっ」
「あ?」
本来ならば気付いて全員その場から逃げなければならないが、タイロンに全身件を集中させている敵兵の大部分、実際に腕を打たれた兵以外、誰も気付いていない。
「逃げ」
仲間に注意を促そうとしたその兵の喉を銃弾が貫く。
そして。
爆音と共に、その場にいる兵達のほとんどが吹き飛ぶ。そのままバラバラになる者もいる。
「ぐ、あ」
「うぐ」
生き残っている敵兵を、一瞬のうちに全員急所を打ち抜く。
「何だ、爆発物もってやがるのか?」
「固まるな、逃げろ、くそ、一旦退け」
ようやく、一時的にせよ落ち着ける。
タイロンは大きく息を吐いて、
「助かった」
未だに、無機物の如く身を屈めて動かない男に声をかける。
「ポーン、礼を言う」
「いいさ、ボーナスが欲しかっただけだ」
男は敵からの銃弾を警戒しているのか、体を起こさない。
「ネームドか?」
あの鮮やかさ、今もなお気配を殺している様子からして、タイロンはそう判断するが、
「いや、違う。あんた以外に、今回はネームドは参加していないはずだろう」
「そうか、そうだったな」
「アラン」
「何?」
「ネームドではないが、名乗る名ならある。アランだ」
死人じみた男はそう答える。




