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パクサルム【未完】  作者: 片里鴎(カタザト)
オールド・カフェ
15/20

「期待のルーキー、どうだった、オリガ?」


「それなりです。運がよければネームドまで昇るでしょう。それくらいの資質は感じました」


「正確でよろしい。そうだ、どんな原石も、運さえ悪ければ死ぬ。あっけなく、驚くほどあっさりと、捨てられるように死んでいく」


「課長、映像の解析の方は?」


「無理だな。音声は問題ないが、やはり奴が持っていた写真、拡大しても誰が写っているのかまでは確認できない」


「課長」


「何だ?」


「そもそも、上はどうしてあの男にそこまで執着を? ひょっとして、あの男が追っている幼馴染が、上と何か関係が?」


「かもしれない。そうじゃないかもしれない。あの男が、お前には写真を見せて確認しなかったのも怪しい。だが、オリガ、好奇心は猫を殺すというぞ。命じられた仕事を淡々とこなせばいい」


「私は、与えられた仕事を完全に把握しておきたいだけです。それに」


「それに?」


「私は猫ではない」


「そうだな。ただ、完全に仕事を把握していたら、それはもう、仕事とは呼べない。未知の物事に、完璧ではないまま挑まなければいけないのが仕事だ」


「課長の仕事論ですか?」


「ふん、そう言われると恥ずかしいが、まあ、そうだ。そうやってこなしてきたから、未知の物事にもある程度勘が働くようになってきた。あの男の出身と育ち、何となく分かったぞ」


「是非、ご教授いただきたいものです」


「いいとも。部下に自分の力を自慢するのが上司の楽しみだ。オリガ、君の言うように、彼は日本出身なのは間違いない。そして、それにしては共通言語に癖が無いのも確かだ。そこから考えて、彼は日本内の移民エリアの出だな」


「移民エリア。第三次世界大戦集結前後に、まだまともに機能していた国のいくつかが難民対策として作ったエリアですか」


「そうだ。日本の場合は、マンパワーの不足を補うのと人口ピラミッドを少しでも是正したいという欲があっただろうが、まあそれはいい。ともかく、そこでは当然ながら共通言語が公用語になっていたはずだ。日本の移民エリアは、難民からかなり人気が高かったと記憶している。管理体制も当時としてはずば抜けてしっかりとして、そもそもパクサルムのモデルケースとなったのが日本の移民エリアだ。確か、日本は三箇所だったか」


「そこの出身ということは、彼の両親は難民ということですか?」


「どうかな。移民エリア管理官の子かもしれない。つまり、我々の先輩の子どもだ。あるいは、下級管理官と難民の間に生まれたか。そういう話も、当時は多くあった……待てよ、そうか。そうだ」


「何か?」


「そうだ、思い出した。映像で見た彼の動き。腕を掴んで全身の動きを止めるあの技と、異常な指。キリシマ・シラットだ」


「キリシマ?」


「シラットを知っているか?」


「ええ。東南アジアに伝わる伝統的な格闘術ですね。それを軍隊用にアレンジしたものが、近代近接格闘術として残っているという」


「ああ。元々、シラットは単なる武術ではなく、儀式で音楽と共に演武することもあった。インドネシアは戦争中、ああ、第三次じゃあなくて第二次の方だぞ、日本に占領されていた。そこで、日本当局の指示のもと、より簡潔に、格闘術寄りにしたシラットが開発された。プンチャック・シラットと呼ばれることもあるやつだ」


「そこまでは知っています。近代格闘術の教本にも載っていた話です」


「そうか。なら話は早い。そのプンチャック・シラットの開発途中、日本の武術家とインドネシアのシラット使いの間にも交流が持たれたことは知られてる。そして、当時、インドネシアのシラットについての計画に携わった者の中に、桐島貫二という男がいた」


「キリシマカンジ?」


「ああ、日本人だ。本当は漢字で書くが、別にそれはいい。桐島は軍人だったが、同時にいわゆるマニアだった。古武術マニアだ。その時既に廃れかけていた日本各地の柔術、剣術、槍術、忍術、ありとあらゆる古い武術について調査しては、その中で戦場で使えそうな技術を取り出し、改良し、あるいは組み合わせていた。一応は軍の命令として、だが、熱の入れようは完全な個人的な趣味嗜好に由来していたらしい」


「簡略化した、戦場格闘術たりえるシラットを開発する。その目的には、ぴったりの男だったわけですね」


「そういうことだ。だが、実際には桐島のそれまでの研究結果とシラットを組み合わせた、桐島にとっての理想のシラットは日本当局が想定していたものはまるで違うものだった。習得に非常な苦痛と時間を伴う鍛錬を必要としたらしいのでな。簡略化のまるで逆だ。結局、そのシラットは日の目を見ることはなかった。とはいえ、どの世界にも酔狂な奴はいる。インドネシアの一部の武術家が、その採用されなかった桐島のシラットを習得したらしい。手足の指を鍛え上げ、その指によって相手を殺すことを根本においたシラット。殺傷能力の高い技ばかりで、毒すらも技術の一つとして取り込んでいたそのシラットは、日常では使われることはなく、戦争が終わり、インドネシアが独立して落ち着いてからは細々と伝えられるだけだったらしいが」


「話が繋がりました。移民エリアですね」


「そうだ。難民として移民エリアにキリシマ・シラットの遣い手が流れ込み、更に第三次世界大戦による大混乱の世界では、その殺すことにしか使えないシラットの、『使う場所』も存分にあった。近畿地方の移民エリアで、妙な格闘術を使う危険人物が増えて治安が悪化、調査と警備のために治安部隊が送り込まれた。その調査データが、確か参考としてパクサルムの担当官マニュアルに記載されていた」


「私は知りませんが」


「初期も初期のマニュアルだけだよ。俺だって、資料課の方にいた時、昔のマニュアルを興味本位で見たことがあるから知っているだけだ。人体改造や強化外骨格、携帯可能な対軍兵器によって、戦場格闘術の有用性は崩れ去った。精々、近接戦闘においてなすすべがない、なんてことがない程度に心得があればいいからな」


「では、彼は、日本の近畿地方移民エリアの出身で?」


「可能性としてはそれなりじゃないか? 待てよ、近畿地方移民エリア……何かで、そのキーワードを見たような、気がするな。何だったか」

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