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パクサルムの管理局関係の建造物、およびそこに勤める、いわゆる「役人」のための住居でそのほとんどが構成されているエリアがセントラルだ。
その名とは違い、パクサルムの中心に位置しているエリアではない。パクサルムの北端に近い位置に存在するエリアだ。これは、パクサルムと呼ばれる場所がその辺りから始まったことに由来する。それ以降、南へと拡大していったのだ。
それは、単なる知識。パクサルムに入る前に必死で調べた情報の一つだ。
だから、ルリはセントラルになど行ったことがない。行く必要もない。
それがまさか、あの妙な復讐鬼と知り合って二日でセントラルに足を踏み入れることになるとは。
ルリは自分の格好を見下ろす。
いつも通りのジャージ姿。これしかなかったのだ。
ちらりと横を見れば、並んで受付を待つアランもいつも通りの姿だ。もっとも、ルリと違ってアランは服装に気後れなんてしていないに違いない。
「まさか、セントラルに行くことになるなんて」
「俺も意外だった」
ぼそぼそと二人で会話を交わす。
セントラルはパクサルムを管理している最重要エリアだけあって、高い塀に囲われ、入るためにはゲートを潜らなくてはならない。ゲートには受付が存在し、厳重なチェックを受けることが必要になる。
「次」
地味な、しかしよい生地を使っている濃紺のスーツ姿の受付が、ルリ達を呼ぶ。
どうしても緊張で体が強張ってしまうルリとは対照的に、アランは何の気負いもなく受付に近づくと、自分の携帯端末を差し出す。
しばらく受付はチェックした後、レシーバーをアランに、それから隣のルリにかざしてから、手元のタブレットで何事か確認して、
「よし」
とだけ言う。ゲートが開く。巨大な鉄の扉としか言えない、時代錯誤的な巨大な扉が開く。
ルリとアランは、その扉を潜る。
「ほう」
「わあ」
ルリは思わず歓声をあげてしまい、アランですらゲートの向こうの光景を見て声を漏らす。
美しい町並みだった。不健全に美しい町並み。
ゴミ一つ落ちておらす、真っ直ぐな道路がどこまでも伸びている。道路の両側には一定の間隔で街路樹。等間隔でビルが並んでいて、どのビルも高さも大きさも形も均一だ。無個性なビルの数々。
外壁材が違うのだろう、色だけが異なっている。灰色のもの、クリーム色のもの、赤褐色のもの、等々。
だがそれもデザインというより、単に見分けがつかなくなるのを防ぐため、あくまで機能性のためなのだと町並みを見ただけで直感的に分かってしまう。
「Eの23か。こっちだな」
携帯端末で呼び出された場所の座標を確認して、アランはさっさと足を進める。
「ねえ」
いよいよ呼び出した担当官、オリガと会う時が近づいてくるにつれ、我慢できなくなったルリはアランの背中に声をかける。
「ん?」
「どうして、あたしと一緒に来たの?」
「組むんじゃなかったのか、俺とお前は」
アランは足を止めず振り返りもしない。
「それは、そうだけど」
「ルリ。お前が俺に興味があるように、俺もお前に興味がある」
そこで、アランは初めて足を止めて振り返る。死人の目の暗黒がルリを覗いている。
「興味?」
「俺は死にたくない。命を賭けてもなさねばならないことがあるからだ。だが、お前は違う。俺がそれを奪ってしまった」
どうなるか知りたいのだと、アランは言った。
「無敵の怪物に成り果てるのか。人間に戻るのか。怪物に成り果てるのであれば、俺にとっては武器になる」
「ちょっと!酷いこと言うわね。こんな可愛い女の子つかまえて」
ルリは怒ってみせるが、内心は自分でも驚くほど平然としている。何故かは分からない。あるいは、もう死にかけていた心が本当に死んでしまったのか。
「可愛い女の子か。悪いが、俺にとって可愛い女の子は一人だけだ」
「へえ、その娘は?」
「死んだよ。死んでしまった」
あっさりと答えて、またアランは歩き出す。
本当はルリにも分かっていた。
死人になった彼にとって、可愛い女の子などいない。いるはずもない。それは過去形でなければいけない。
思い出の中、死人としてしか、彼にとっての愛でる対象は存在してはいけないのだ。
自分にとっての姉のように。
現世に愛するものを持つには、ルリもアランも死人に近づきすぎている。




