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加速手術を受けることを第一の目標とするべきだ、と簡単に決まった。
「人探しをするには、まず出費がかさむわ。それを稼ぐには、投資が必要。投資というのは、つまり武装。一番に目指すべきは加速手術」
「思考加速手術か。確かにな」
ルリとアランがいるのはバンリューでも最底辺のモーテル。その一室。
家具も何もない、バスルームのような狭い部屋に直接床にマットレスが置かれている。その上に胡坐をかいて座っているのは部屋の主、つまりこの部屋を借りたアラン。
対するルリは立っている。二人が向き合って座って話ができるほどのスペースがこの部屋にはない。
思考加速手術。人体改造におけるもっともポピュラーなものだ。加速手術と縮めて呼ばれる。補助電脳の埋め込みと人工神経による接続で、任意のタイミングで認識と思考を加速できる。
が、これは日常ではまったく使用できない。加速するのはいい。だが、それは一時間程度が限界。そして、加速後に、その加速時間の倍程度の時間、譫妄となる。その譫妄はかなりの不快感を伴う。
この思考加速手術は、戦闘において極めて役に立つ。思考を加速している間、超人になれると考えればちょうどいい。敵が自分を視認してから銃口が向くまでに、どうすれば銃撃を防げるか、防いだ後にどうやって距離を詰めて相手の命を奪うのか、一瞬のうちに思考できる。そしてそれに従い行動できる。
障害物の存在等の一定の条件下では、思考加速手術を受けた兵士は、アサルトライフルで武装した手術を受けていない兵士を素手で制圧できるという実験結果すら出た。
当然、こぞって兵という兵はその手術を受けたがる。
登場した当初は最先端の実験的技術であり、失敗も多く、またコストもかかった思考加速手術だが、今では基本的な人体改造技術であり、安全かつコストも相当に低くなった。
大量生産大量消費が安くて質のいい商品を作り上げるのは、いつの世も変わらない。
「パクサルムでは、加速手術はどのくらいだ?」
「5000。外と比べても相場より安いはず。おまけに、こっちは完全にオフィシャルの手術よ。外と違ってモグリの医者なんて存在しないから」
外に比べれば、パクサルムの住民の加速手術を受けている割合は驚異的だ。中堅以上のポーンならば、まず間違いなく受けている。
「5000か。どう稼げばいい?」
「死ぬ危険が少ないミッションを受けて貯めていくべきね。あなたの腕だったら、報酬が500程度のミッションでも安定して受けていけるんじゃない?」
答えず、アランは携帯端末を弄りだす。
「溜まったら、何は無くともともかく加速手術。あなたなら、きっと加速手術を受ければ中堅のポーンとも遜色ない。そうなれば、1000や2000ポイントを一度のミッションで稼ぎ出すこともできる。そうやって稼いだポイントで更に武装を強化していけば、すぐにポイントに困らなくなるはず。まずはそうなることを目指しましょう」
「このミッションなんてどうだ」
ルリの熱弁に対して、アランは端末の画面を見せてくる。
その画面には現在参加者募集中のミッションが表示されている。
「これは……」
三合会の麻薬製造工場。そこへの襲撃ミッションだ。ミッション成功後、生き残ったポーンで貢献度により30000ポイントを分配。
「これなら、いきなり5000ポイントを手に入れる可能性もある」
「多分、死ぬわよ」
内容説明を見る限り、かなり難易度が高いミッションだ。中堅以上のポーンしか参加しないだろう。募集人数は二十人となっているが、ミッション終了時に半分生き残っているかどうか。
「それもいい」
言いながら、アランは参加受付をしてしまう。
「それもいいって……命を捨てる気? 勇気と無謀は違うわよ」
「俺には分かっているんだ、ルリ。あの幼馴染五人を殺す。そのこと自体が無謀なんだ。だから、それに比べればこのミッションに参加することなんて無謀のうちに入らない」
そこまで言われてはルリにも返す言葉はない。
仕方なく、現実的な話をする。
「けど、そもそもリパブリック側が弾く可能性もあるわよ。いくら参加を希望したからって、弱いポーンで参加枠を埋めたくないはずだもの」
「それも道理だ。それならばそれでいい。参加できるのかどうかも含めて、運試しだ」
アランは崩れない。
ルリが出て行った後、アランはマットに寝転がり、自分の異形と化した手、その右の掌を見つめる。
指だけではなく、掌もまた、常人のものではない。厚く、そして皮が水牛の革の如く硬い。
運試しと言ったが、それは正確ではない。
それなりの確率で自分は選ばれるだろう、と考えている。理由は、最初に受けたミッションだ。ポーンは、全員が埋め込まれたIDコアで管理されている。ポイントの支出もだ。
アランが最初に全てのポイントを食事で使ったのも、少しでも管理側に目立つように、だ。そこまで期待していなかったので、ルリに奢ってもらうことになった際にはありがたくご馳走になったが。
本命は、例の新入り用のミッションだ。あれが新入りにミッションに関する流れを体験させるためと、管理側が強力な新入りを見つけるためのものだとは予想がついていた。
当然、マウントのような、あのミッションを牛耳るベテランの存在も管理側は気付いている。
だから、その新入り狩りのベテランを殺すことで、それなりに注目されるはずだ。
アランはそう見ている。
そしてこのミッションへの参加希望。向こうは、どの程度のものか、最初のミッションがただのフロックなのかどうかを確かめたいはずだ。
仮にミッションに失敗したとしても、生き残っただけでも管理側はアランの実力を認めるだろう。
それは、これからのアランにとって有利になる。
「向こうが、俺を見つけるのが早いか。それもいい」
ゆっくりと拳を握る。
「どの道、会って殺す。俺にはそれしかない」
呟いて、アランは凶器となった自らの拳を睨みつける。
死んだような目に光が宿り、獰猛な笑みが浮かぶ。
復讐は、楽しい。




