天使の慟哭――前編
窓から、日の光がやわらかく差し込む。鳥は高らかに歌い、花は笑う。そんなある日の午後、白く聳える病院から、産声が聞こえた。
「あらあら、元気な子ね」
「お前に似て、優しい顔をしているな」
「ふふ、まるで――」
**
夕暮れの公園。子どもたちの声が辺りに響く。
「燿ー、帰るわよー!」
「あっ、お母さん!」
母親らしき女性が、子どもの集団に声をかける。その声に反応して、集団の中から、一人の子どもが飛び出した。
「お母さん、見て!」
少年は、手に一輪の花を握りしめていた。両手をぐっと前に突き出す。
「お母さんにあげる!」
「まぁ、きれいなお花ね。帰って花瓶に生けましょうか」
少年と母親は手を繋ぎ、楽しそうに家へと帰るのだった。
*
玄関のほうから、かちゃん、と鍵の開く音がした。
「お父さんが帰って来たよ!」
少年が駆けて行く。それに、母親も続いた。
「お父さん、おかえり!」
「おかえりなさい、あなた」
父親は駆け寄って来た少年を抱き上げ、彼の白い髪を撫でる。
「ただいま。燿、いい子にしてたか?」
「うん! ぼく、いい子にしてたよ! ね、お母さん!」
「えぇ、そうね。それにね、あなた、燿がきれいな花をプレゼントしてくれたのよ」
*
食卓には美味しそうな料理が並んでいた。ハンバーグとサラダ、スープがそれぞれの前に置かれている。
「それでね、そのとき玲斗くんがね……」
「こら燿、食べながら喋っちゃダメでしょ」
「はぁい、ごめんなさい」
少年の素直な声に、食卓は笑い声で満たされた。
*
「遊びに行ってくるね!」
「いってらっしゃい。車に気をつけるのよ」
「はぁい!」
少年は今日も、元気に公園へと走る。友人らはすでに集まっていることだろう。
「あら、こんにちは、燿くん」
明るく元気な少年は、商店街でも人気者だ。
「こんにちは! 八百屋のおばちゃん!」
「今日も元気ねぇ! 気を付けて遊びに行ってくるのよぉ!」
「はぁい!」
大きく手を振りながら、店の前を駆け抜ける。商店街を抜けると、みんなの集まる公園だ。
「あっ、燿くんだ!」
「おはよう、燿くん」
少年の到着に気付いた数人が手を振る。
「おはよう、みんな!」
少年は、白い髪を風になびかせながら、子どもたちの輪に加わった。
「燿くん、何つくってるの?」
「花冠だよ。昨日ね、お母さんにお花を渡したらすっごく喜んでくれたんだ。だから、今日は花冠をつくってるの。きっと、昨日よりも喜んでくれるよね!」
しかしその日、夕方になっても母親が現れることはなかった。今まで迎えに来なかったことなど、一度もない。
「燿くんのお母さん、お迎えに来ないね……」
心配した友人が、少年に声をかける。
「大丈夫、ぼく、一人で帰るよ」
母親に何かあったのではないかと心配だったが、友人に心配をさせるわけにもいかない。いつもと同じように笑顔で別れを告げると、萎れかかったシロツメクサの花冠を片手に、一人で自宅へと走った。
自宅に着き、恐る恐る玄関のドアを開ける。鍵はかかっていなかった。母親の靴があることに、一先ず胸を撫で下ろす。きっと、晩ご飯の支度に忙しかったのだろう。そう思い、リビングのドアを勢いよく開ける。
「お母さん、ただいま!」
だが、少年の瞳に、いつも見ている明るい景色が広がることはなかった。




