03,逃走
この世界に来てからまだモンスターには遭遇していないが、爆発のあった方から何度か化け物の声と言えなくない雄叫び声などが聞こえてくる。
まるでジュラ○ックパークにでもいるかのような気分だ。
「でもまあ気になるよな……」
見た目は女だが、やはり中身は男だ。こういう未知な物や冒険は好きなのだ。
レベルや能力の差で危険だとは理解している。もしかしたら、いきなりの初実戦になるかもしれない。だが、そんなことよりも好奇心が勝るのだ。背中の翼を大きく広げ、高く飛翔する。
上空からの偵察して『解析の紋章』にてモンスターの能力解析、倒せそうなら状況に応じて『剣士の紋章』か『槍士の紋章』を使用、無理そうなら気付かれる前に全力で逃げればいい。そう決めて爆発音のする方へ向かった。
爆発が起こった場所には飛んですぐに着いた。爆発がしたところは木々が倒され、砂煙が舞っていた。よく見ると倒れた木々の間には狼の様な見た目のモンスターが三体死体で見つかった。サイズ的にはゴールデンレトリバーという犬の種類と同じくらいの大きさだ。
そして爆発点は、まるで小さな台風がそこだけに発生したような感じで地面と木が抉れていた。
そして爆発に巻き込まれなかった木々の間に、複数の狼の足跡と小さめの人の足跡だと思われるものが存在した。
「もしかして誰か襲われてる?」
そうなら一刻も早く向かわねばならない。
相手が狼なら襲われている人を抱えて飛べば追っては来れないだろう。俺の中には初めから見捨てるという選択肢は無い。あってはいけないのだ。
そんな時、前方数メートル先で大きな爆発音と大きく風が舞う音が聞こえた。この場所もそうだが、これは風系統の魔法か何かで小さな空気爆発を起こしているのだろうと思う。しかもこの場所からすぐ近くだ。急がないといけない。翼を羽ばたかせ、爆発地点に急いで向かった。
◇◆◇◆
レベルが高く、凶暴なモンスターが多いと言われるマナの森。その場所を一人の少女が全力疾走していた。少女の髪と瞳は鮮やかな緑色をしており、時折森の緑と同化していた。
彼女は別にわざわざ自殺するためにここに来たわけではない。この森に来たのは妹の病気を治すためだ。
彼女の妹は、村の治癒術師でも治せない難病を患ってしまった。この原因不明の病を治すには、その病気を調べるか高い薬を使うしかないらしく、調べるのには時間がかかりすぎてしまう。高い薬だと、どんな病でも治す錬金術師の秘薬中の秘薬といわれる《エリクサー》を使わなくてはならないが、それを買えるだけのお金は持ち合わせていなく、買える伝も無い。
そんな中、一つだけ妹を救う方法がある。《エリクサー》と同等の力を持つ水のことを彼女は知り合いのお爺様から聞いていた。そして、その水が今いるマナの森にあることも聞いていた。自分の妹を救うため、命がけでこの森にやってきた。
そして今、彼女の後ろには顔が二つある大型の狼モンスターが一体とその取り巻きの狼が四体、計五体が追って来ていた。
追って来ているモンスターの名前は分からない。このマナの森で進化した新種のモンスターだろう。
必死に逃げる彼女だが、中々振り切ることが出来ない。彼女は子供の頃から走ることが好きで、森の中を散々走ったことがあるほどだが、走っても走っても振り切れない相手に対しては流石に恐怖感を抱いていた。そしてこのままでは、自分の身が危ないということは理解していた。
彼女が使う『風魔法』によって自身の速度を強化し、近づいてくるモンスターには『精霊魔法』を使って思いっきり吹き飛ばして全速力で森の中を走り抜けた。
そして彼女の『速度強化』は、もうすぐ切れる。『精霊魔法』によって撃っている攻撃もそろそろ魔力が少なくなっており、あと一発しか撃てない状況だ。彼女は心身共に疲労してきた。
そのせいだろうか、左方向から取り巻きの狼が飛び出して来きた。近くに来る直前まで気づかず、彼女はタックルを食らってしまった。
攻撃を食らった彼女の左腕に強い衝撃が加わり吹き飛ばされる。
「あぅっ……」
一本の太い木に叩きつけられ、呻き声を上げた。まだこんな所で死にたくないが、衝撃で身体が思うように動かせない。動けなくなった彼女の顔は半ば絶望していた。ここでモンスターなんかに食い殺されてしまうのだろうと。
最後に思い浮かべるのは村に置いてきた病気の妹。自分の妹のことを思い出し、「そうだ、私はまだ死ねない。妹の元に戻ろまでは!」と強く思う。
辛うじて動ける右手を前にかざし、呪文を述べた。
「我と契約せし風の精霊よ。我が魔力をかけとし、全てを吹き飛ばす大いなる風を授けたまえ」
呪文によって手のひらに周囲の空気が集まり、一つの塊に形成される。
「風よ吹きとばせ、『空気爆発』!!」
最後の力を振り絞り、『空気爆発』を狼達に向かってぶつける。
『空気爆発』は先頭にいた二つの顔を持つ狼に当たり、大きな爆発と爆風が周囲に撒き散らされた。
砂煙が舞い、視界が一時的に悪くなる。
「や、やったの……?」
砂煙が晴れ、狼達の姿があらわとなった。
そこには先程と変わりない無傷で立つ狼達の姿だった。
「そ、そんな……」
その姿を前に心が屈してしまう。
こんなのに勝てるわけがないと、生きて帰ることが出来ないと。
折れてしまった彼女に取り巻きの狼が襲いかかった。彼女にはもう動く力は無く、その攻撃を防ぐすべがない。
狼が鋭い犬歯を立て、かぶりつこうとして……
その首が一本の光の剣によって切り落とされた。
「え……?」
彼女はその一瞬の光景を目の当たりにした。太陽の光に当たって輝く銀色の髪と純白の翼を持つ少女。
昔、お爺様に聞いた歴史の話を思い出す。かつて世界を巻き込み、1000年も経った今でも語り継がれている魔法大戦。
その戦いで多くの人々を『悪魔族』や『魔族』から守り、散っていった誇り高き伝説の種族。
「天使、族……」
彼女の目の前には絶滅してしまった種族、『天使族』である俺がいた。