24,救出作戦 -後-
すみません、大分更新が遅れました(^_^;)
気付くと、見える世界は全て黒かった。身体は動かせず、何も聞こえない。声に出して何かを話す事も出来ず、ただ前の黒い世界を見る事しか出来なかった。右手に持っていたはずの木剣は捕まったときに落としたらしく、手持ちには武器が何もない。
──────さて、どうやって脱出するかな……
声を出すことが出来ないので、紋章を使うことが出来ない。
今思えばステータスの表示も紋章の使用も、全て音声認識で行われている。俺は魔法は使えないが、魔法も発動させるには詠唱が必要だとセイやレイさんを見ていて思った。
──────どうにかしないとな。長時間ここにいるのは気分が悪い
真っ暗で方向感覚が無いのは意外と辛いものだ。俺には『恐怖無効』のスキルが有るため怖いと感じられないが、それでもこんな所に長時間いると精神的に変になりそうだ。
脱出しようと、めげずに身体を動かそうと力を込める。
──────駄目だ、動かない
せめて無詠唱で紋章が使えれば、何とか出来たかもしれない。一応『紋章作成』で新しい紋章を作るという手がある。あれは祈るだけで発動するので、声に出す必要はない。
ただ問題なのが、身体が動かせないので手を合わせて祈る事が出来ない。それと使用して意識を保っていられる回数が、おそらく三回だということだ。
昨日の早朝に行った『紋章作成』は、三回目に紋章を作り出した時に凄い眠気がやってきた。この状態で寝てしまえば、シモン達の助けを待つしかなくなってしまう。しかし、使用しなくても自分からは脱出が出来なさそうなので、結局は二人が助け出してくれるのを待つしかなくなってしまう。
それ以前にシモンとリリに家族を助け出す力になる、ソウ君に必ず助け出すと約束をしてしまった。約束をした以上、守らなくてはならない。
だから、ここで助けを待つという選択肢は取らない。
手を合わすことは出来ないが、強く心の中で祈りを捧げる。確かシルフ様が紋章術は術者の想いとイメージが重要だと言っていた。今まで祈るという俺の中のイメージで手を合わせてきたが、あれは形を取った方が祈りを伝えやすいということだったのだろう。つまり、動けない状態でも祈りが強ければ『紋章作成』を使用できる。
《……術者の強い祈りを確認。特殊魔法『紋章作成』発動検索。検索内容『状況打破』………………完了。最も近い紋章を提示。紋章名『紋章の呼出』。取得条件『種族が天使族』。術者は条件を満たしており取得可能。取得を開始し……………………完了》
紋章を作り出した瞬間ゆっくりと眠りが襲いかかるが、根性という曖昧なもので耐える。少しの間耐えれればそれでいい。俺は作り上げた紋章を心の中で唱える。
──────『紋章の呼出』
《『紋章の呼出』の呼び出しを確認。発動させる紋章を選択してください》
頭の中で声が響く。名前でなんとなく分かっていたが、やはりこれは他の紋章を発動してくれる紋章らしい。今この状況で俺が呼び出す紋章は、一定時間無限に制限なしで紋章術が使える紋章。
──────『領域の紋章』
《紋章の選択を確認。『領域の紋章』を強制発動します》
胸元に描かれた翼の紋章が白い光を放つ。翼の紋章を中心に、心の中が暖かい何かが全身に行き渡る感じがした。この暖かい包容感が『領域の紋章』の発動によって起こったのだと直ぐに理解出来た。
──────『剣士の紋章』
心の中で『剣士の紋章』を唱える。『領域の紋章』は制限が無くなると記載されていたので、音声認識無しでも使えるのではないかと予想したのだが、予想通りに光の剣が具現化した。ただし、光の剣が現れたのは、いつも手にしていた右手ではない。光の剣は今にも寝てしまいそうになるこの眠気を絶つために、自分の意志で左手の中心を貫くように呼び出した。
喋れていたら、すごく叫んでいただろう。包丁で指を切った時の痛みが、蚊に刺されたレベルに感じるぐらい痛い。
だけど、そのおかげで眠気が吹っ飛んでくれた。光の剣を消して『結ぶ紋章』の白リボンを傷口に巻き付ける。それだけで直ぐに血が止まった。
眠気が飛んだところで、俺を拘束している黒い物体が何だったのかは『解析の紋章』を使用する事で判明した。
これは闇属性の魔法の一つ『闇の牢獄』という魔法だ。対象を捕獲するまで追いかけ続け、魔法が少しでも触れただけで身体中に浸食しだす。そして最終的には卵のような形状にて捕獲する魔法だ。
捕獲されたものは行動と発声が封じられるため、暴れることも魔法を使用することも出来ないので事実上脱出は不可能。脱出するには術者が倒されるか、誰かが叩いて割るしかない。耐久力はそこまで高くは無いようなので、金槌か何かで簡単に壊せる。
俺の場合は一応身体が触れているので『解体の紋章』を使用すれば分解できる。
──────『解体の紋章』
その一言ならぬ、その一思いで闇の中に光が差し込んだ。
「意外と呆気なかったな」
豚が安堵した雰囲気で呟く。唯一の出入り口はシモンとフードの少女が、一階の広間にはレイナールがいる状況で、その顔からは何故か焦りの表情がない。
「旦那、今のうちにここから商品持って脱出しましょう。ここにいても被害くらうだけですし、他の仲間が救援に来られたら、せっかくの商品が奪われてしまいます」
「そうだな。男のエルフォの方は片方の化物に任せるとして、儂らは一度屋敷へ戻るとしよう。おい、儂らと荷物を屋敷に運べ。化物」
豚の言葉に床から黒い影が立ち上る。影は人のような形を取ると、一人の少女となった。ボサボサの黒髪に赤い瞳。先のローブの少女と同じ魔人族だ。所々穴があいている布っきれを合わせたかのような服を着せられ、首には黒い首輪が付けられていた。
少女は小さく頷くと自身の影を水のように広げ、部屋の中にある五つの黒いカプセルを影の中に飲み込んでしまった。そして、次は廊下にあるカプセルを飲み込もうと影を伸ばした瞬間、カプセルに亀裂が走った。まるで雛鳥の誕生かのように殻を割って出てきたのは捕まえたはずのローブを羽織った人物、つまり俺だった。
俺がカプセルを割って出てきたことに、それを見ていた豚達は目を丸くして驚いていた。
逆に俺は床から魔人族の少女が出てきたことに少し驚いていた。『領域の紋章』発動中は目を開けなくても人や物の位置が分かるようになっていたので、カプセルの中からでも外の様子が伺えた。俺は魔人族ことを何も知らないので、少女が何も仕掛けがない床から行き成り飛び出してきたのだから驚いた。
「な、な、なぜ出られた!?それの中では動くことも魔法を使うことも出来なかったはずだ!?」
豚が唾を飛ばしながら大きな声で叫ぶ。汚い、キモイ。そして答える義理はない。
俺は『結ぶ紋章』を発動させ、黒いリボンで豚とキツネ顔の男を蚕の繭のように縛り上げる。息はできるよう顔だけは出しておいて、口は話せないようにリボンで咥えさせて縛る。『領域の紋章』発動中は魔力を使用しないので無限にリボンを出し続ける事ができる。
魔族の少女も一応縛り上げるが、最低限暴れたり逃げられたりしないようにするだけで、彼らみたいにぐるぐる巻きにはしなかった。
少女は抗おうとはせず素直に捕まり、ただボーッと俺の顔を見ていた。影に飲み込まれたはずのカプセルは、いつの間にか元の位置に戻っていた。少女が戻してくれたということか。
「そっちも片付いたのか」
丁度方が着いた頃、廊下からシモンがやって来た。片手には先程のローブの少女を抱えており、力なく手足が垂れ下がっていた。俺が捕まえた魔人族の少女が、抱えられている少女を見た瞬間暴れだした。口をパクパクさせながら何かを叫ぼうとする。その動作から、この子はもしかして声が出ないのだと予想した。
「その子、……殺しちゃったの?」
おそらく捕まえた少女もそれが気になっているのだろう。俺も俺のことを見て涙を浮かべた少女が気になっていた。
「いや、殺してない。気絶させただけだ。それに俺は無意味な殺生はしない。主の命令で無理やり戦わされていた少女を殺せるわけがない」
「そっか、よかった」
俺も少女もホッとした気持ちだろう。
「んで、こいつらが犯人か。見たところ片方は貴族だろうし、レイに聞けば誰かわかるだろう」
「レイさんは?」
「下で待機している。セイが連れてきた警備兵も一緒だ。さっさと引き渡して、父さん達を助け出そう」
「了解。じゃあ、私は……」
その瞬間、まるで操り人形の糸が切れたように俺の身体は意識を手放した。