20,力比べ
何処からか男の叫ぶ声が聞こえた。周りにいる人も、その声に反応して視線を向ける。
広場の一部で何か盛り上がるような事をしているようで、それを数人の男達が囲むように見ていた。
本当ならシモン達を探しに行かなければいけないのだが、好奇心には勝てない。気になったので見に行く事にした。
その場所で何をしているのかは、背の高い男達がいるせいで見る事が出来ない。俺は割り込むように男達の間を通り抜けていく。男達の間を切り抜けると、そこでは男達による腕相撲大会が行なわれていた。
大きな樽の上に両者腕を置き、審査員らしき人が試合開始の合図を出している。始める前にお互い硬貨を樽の上に置いていた事から掛有りの試合なのだろう。
今対戦している片方の男は筋肉がムキムキで、頭が寒そうなおっさんだ。対するもう片方の男はおっさんと比べるとまだ若い赤い髪のお兄さん。20代ぐらいだろうか。鍛えてはいるようで筋肉もそれなりにあるが、ムキムキのおっさんと比べると弱く見えてしまう。
勝負が始まり、お互い腕に力がこもる。最初は両者とも一歩も引かない良い勝負で、周りも盛り上がっていた。予想では見た感じムキムキのおっさんが勝つと思っていた。だけど結果は違った。途中からお兄さんが力を更に込め始め、圧倒的な力でおっさんの腕を傾けてしまった。
負けたのはおっさんの方だった。最後の方でおっさんはギリギリ粘ろうと頑張って顔を赤らめていたが、その時のお兄さんの顔は涼し顔。「まだまだ余裕、遊んでいるぜ」みたいな顔をしていた。周りの観客が言っていることを聞けば、もう九回も連続で勝利しているらしい。少し気になったので、バレないように『解析の紋章』を使用する。
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名前:レイド
種族:人族
性別:男
年齢:25
職業:剣士 Lv67
冒険者ランク:Ⅲ
HP:15700/15700
MP:8500/8500
攻撃力:4200
魔法力:1900
防御力:2700
魔法防御力:2200
敏捷性:2800(+300)
運:45
アーツ
『スラッシュ』『クロススラッシュ』『メタルスラッシュ』『火炎斬り』『火炎十字斬り』『火炎衝撃波』『ステップ』
スキル
『人語』『小人語』『戦士の感』『臨機応変』
装備
武器:火竜の長剣
防具:
装飾:風のブーツ
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ステータスをに書かれた名前はレイド、歳は25だった。歳の割にはレベルが高い方なのだろうか。まだ他人と比べたことが無い為、何ともいえない。
先のムキムキおじさんを倒せたのだから一応は強い方なのだろうと思う。俺のステータスよりは流石に低いみたいだが。
他には俺にはない冒険者ランクというものがあった。ランクはⅢ。これもランクの高さが分からないので、何ともいえない。
ただ、この世界にも冒険者というものがあったのかと思った。テンプレというか、定番というか。そんな風に感じてしまう。後で道を聞いて登録に行こうと思う。
そんな事を考えていると急にレイドがこちらに顔を向け、そのまま俺を直視し始めた。俺は慌ててフードを深くかぶり直す。
レイドのスキルには『戦士の感』というのがあった。あれが俺の持っている『直感』と似たような効果なら、俺が『解析の紋章』を使った事がバレたかもしれない。この場から離れようと周りを見渡したが、人が邪魔で逃げる事が出来ない。
「おい、そこの茶色いローブを着た奴。俺と勝負しろ」
俺だと思いたくなかったが、周りには俺のようにローブを着た人はいない。しかも俺に向かって指まで指している。逃げる方法を考えていたらレイドに声をかけられてしまった。連勝中のレイドに指名されたからか、周りの観客がまた騒ぎ立てる。後ろにいた人からは背中まで押されてしまって、逃げることが出来なくなってしまった。俺は仕方なく樽の前まで行く。
「掛金はお前が出す金額と同じにしてやる。さあ、いくら出す」
掛金か。この人の攻撃力、つまり力の値は4200。対する俺は5634だ。一応数値的には超えているが、見た感じでは勝てるとは思えない。取り敢えず、銅貨1枚を出す。
「けっ、銅貨一枚かよ。貧乏だなおい」
イラッとくるが、挑発に乗って掛金を増やすほどバカじゃない。この実感がわかないステータスの数値が、一般の人と比べてどの位自分の身体の強さを示しているか確認する必要がある。樽の上に腕を置こうと思ったら、樽が高すぎて手が届かない。それに気づいた審査員の男が木箱を置いてくれたのは意外と嬉しかったりする。
樽の上に腕を置き、相手の手を離さないように強く掴む。相手の手は俺の手以上に大きく、そして硬い。彼の手には沢山のマメがあることから、何度も剣を振ってきたのだろうと予測できる。この手なら、あのレベルも納得がいく。逆に俺の手を握ったレイドは、俺の手にマメなどがない綺麗な手に驚いている様子だった。
「お前、どこかの貴族か何かか?」
「………」
先程の買い物の時は値下げのために仕方なく交渉するために話したり顔を見せたりしたが、無理やり対戦を挑まれた挙句に掛金が少ないと文句を言う奴の質問に答える義理はない。
「っち、無視かよ」
そんな舌打ちはいいから早く終わらせて、美味しいものでも食べたいものだ。審査員の男がやって来てカウントを始める。三からカウントを始め、一を言い終わった瞬間に俺達は力を込める。
俺達が力を込めた瞬間、レイドの手の甲が樽についてしまった。それは圧倒的に俺が勝利してしまったということだ。
「……は?」
それは誰が言ったのだろう。俺かもしれないし、投げ飛ばされたレイドが言ったのかもしれない。もしくは、観客を含めたこの場にいる人達全員なのかもしれない。
レイドと俺と力の差である1400程の数値は、ここまで圧倒的らしい。予想では、もう少し腕相撲のテクニックなんかを駆使して粘ると思っていた。
誰も勝てなかったレイドに俺が一瞬で勝利してしまった事で、審査員や周りの人達は唖然としていた。
少しこの状況を考え、取り敢えず勝った訳なので掛金の銅貨を貰って立ち去る事にした。
「ま、待ちやがれ!お前、もう一度俺と勝負だ!」
受け取った瞬間、レイドに逃げるのを邪魔されてしまった。そして再戦しろと言ってくる。
一応年上には敬語を使うようにはしているが、レイドのような感じの上から目線だとムカついてくる。
無視して断らおうかと思ったが、このまま勝負すれば良い金づるになってくれると考えた。
俺は樽の所に戻って、魔法鞄から銀貨を1枚取り出す。
掛金は俺が値段を決めていいとレイド本人が言ったので、遠慮なく掛金を釣り上げる。どうでもいいことだが、掛金を釣り上げるとレイドって名前が似ていると思った。
俺が掛金を上げたことで、レイドも渋々懐から銀貨を取り出して置いた。
そして勝負。
結果、またもや圧倒的勝利。
そして再戦。
掛金に更に銀貨を1枚足す。
勝負。
圧倒的勝利。
再戦。
みたいな事が何度か続いて、その度に掛金を上げていく。
少し腕を動かしただけで、銀貨28枚と銅貨1枚を入手。約金貨1枚分は稼いでしまった。
ここまで普通は掛けないだろと思ったが、レイドからお酒の匂いがしたことから少し酔っていたのだろう。酔っ払いは一度ムキになると考えなくなるし、単純となる。俺の父さんや近所に住む変態お兄さんが、いつもなっている事だ。
「てめえ、何かインチキしてるだろ!でなきゃ、俺様が負けるはずがねえ」
「………」
レイドには連敗しすぎたせいで頭に血が上っていた。流石に約金貨1枚分も取ったのは、やりすぎたようだ。いくら連敗してるからといって、インチキ扱いするのは流石に酷いと思うが。
「無視してんじゃねぇ!」
言い返さず、顔も見せない俺にイライラが限界を超えたからか、腰に差していた剣を抜く。
町中でレイドが剣を抜いたからか、観客はレイドから遠ざかる。観客の中には警備兵を呼ぼうとしている人もいた。
審査員の男も途中から止めに入っていたが、レイドは聞く耳を持たなかった。
「いくぜ。『火炎斬り』!」
レイドの剣に炎が纏い、真っ直ぐ俺に向かう。行き成り町での対人戦は勘弁して欲しいものだ。
レイドと俺の距離は近かったが、後ろに飛んでレイドの剣を避ける。その際、火の粉がローブに付着して燃えそうになったが、火の粉が触れた瞬間に手で消したためローブが灰になることは無かった。
「どんどんいくぜ。『火炎衝撃波』」
レイドの剣から炎が吹き出し、俺に向かって一直線に飛んでくる。避けようかと考えたが、俺の後ろには一般市民がいる。俺は腰から『生命樹の木剣』を抜き、炎を叩き落とす。
流石に今の攻撃にはイラッときた。今着ている服を『天使のワンピース』から『双黒狼の燕尾服』に変更する。これにより、俺の全ステータスが5%上昇した。
俺は木剣を構えて走り出し、一瞬でレイドの懐へと近づく。
レイドとは俺との敏捷性の差が大きいので、俺の速度についてこれなかったようだ。
俺は木剣の柄頭を、死なない程度の力で一発当てる。
それだけでレイドは身体をくの字に折り曲げ、腹を抑えて倒れこんだ。
「炎剣のレイドが、こんなにあっさり……」
周りの観客がそう呟く。レイドは炎剣っていう二つ名を持っているようだ。
有名人を楽に倒してしまった俺に観客から視線が向かう。俺は木剣を鞘にしまい、その場を逃げるように後にする。しかも俺が通るだけで、そこにいた観客は道をあけてくれた。早くしないと警備の人に見つかって色々聞かれかねない。
観客の視線の中、俺は人混みに消えていった。
警備兵がやって来たのは、それから五分程たった後だったそうだ。
レイドは町中で暴れた事に対し、罰金として金貨3枚も持ってかれたことは俺は知る由もない。
今月も、もう終わり。
もうすぐ新学期でバタバタと忙しくなりますが、頑張って書いていきますね(^▽^)