18,旅に出る前に
書いてるとき、何だか眠かったです……
「唐突だけど、今日一緒に町へ行かない?」
三人で朝食を食べている時、唐突にリリが言った。町に行くということは、モノリスとかいう結界から外に出るということだ。もし運が悪ければ、リリ達の両親のように捕まってしまうかもしれない。俺が不安そうに思っている事が伝わったのか、リリは話を続ける。
「シルフィーが不安になるのは分かるわ。でもシルフィーが旅に出る以上、道具や着替えなんかは買わなくちゃいけない。私も買いたい物があったから丁度いいのよ」
買いたい物と言われて真っ先に思いついたのは、昨日破いてしまったリリから借りた服だ。あれは木人形を俺に攻撃させたシルフ様が悪いのだが、それは言い訳に過ぎない。俺がもう少し上手く立ち回っていれば、借りた服を破く事はなかった。
「リリ、ごめん。昨日借りた服、破いちゃって……」
「別に服は安物だからいいよ。あれはシルフィーじゃなくて、試そうとしたシルフ様がいけないんだから。それに行こうと思っている町はアステルっていう町で、天使教の人族が暮らす町だから、私達エルフォ族は正体がバレても比較的安全よ」
「天使教?それは宗教か何かか?」
「そうよ。天使教っていうのは、大昔に悪魔族の脅威から世界を救ったと言われる十二人の天使族を崇める宗教のこと。だから、天使族に生み出された私達エルフォ族も崇められる対象ってわけ。シルフ様なんて『風と自然を司る神』とか『豊穣の女神』なんて呼ばれているのよ」
「あ、あれが?あんなのが女神?………ぷっ」
スカート捲りが趣味な幼女が、そこまで祭り上げられていると思うと笑いがこみ上げてきて腹が痛い。
「まあ、それでも目立つこの耳とかは隠さなきゃいけないけどね。アステルに暮らす人族の全員が天使教徒というわけじゃないし、人族の中には天使教とは反対の神人教っていう宗教を信じている人がいるからね。神人教の人達っていうのは、別の世界からやって来た天使族は部外者であり、それと同時に世界を誤った道に進める悪だというの。そして、この世界に最初から存在した人族こそが、この世界の統べる神だと唱えるの。神人教の町や国は奴隷制度を実施しているの。だからシルフィーが旅先で神人教の町や国に行くことは、あまりお勧めしないし、危ないから気を付けてね」
リリの説明で神人教っていうのは、どれほど歪んだ宗教なのかが分かる。神人教の人族に、もし俺が天使族だと知られたら何されるか分かったもんじゃない。拷問されたり、十字架なんかに貼り付けられたりと嫌な想像しか浮かばない。先まで笑っていたが、それを聞いてすぐに冷めた。
「シルフィーは翼さえ出さなければ、たぶんバレないわよ。今みたいに姿を人族に変えればいいし、目立つ銀髪はローブのフードか何かで隠せばいいしね。それに今日行こうと思っている町は、年に一度の収穫祭がある日なのよ!お祭りよ!お祭り!」
興奮したように祭りを強調する。リリの説明によると、収穫祭は毎年秋に一年の収穫を祝って行われる。収穫祭当日には、多くの出店が色々な食べ物を販売したり、天使教の教会ではシルフ様に感謝と来年の豊穣を願って料理を無料配布しているらしい。というか買い物よりも、こちらの方が本命なのではないだろうか。
それでも町に行けば旅の道具が手に入り、美味しい料理を食べられる。この世界に来て空腹感は感じられたが、まだ満腹感は感じられていない。どのくらい食べられるか試すのも一興だろう。それに食べれば食べるほどMPが回復する……はずだ。そうなれば『箱庭世界の紋章』の浮遊大陸の開拓も一気に進められるだろう。
「あ、でもお金が……」
「お金ならお爺様に言えばお小遣いをくれるわ。お爺様は昔から生きているから大金持ちなのよ」
「それでも流石に悪い気がするんだけど……」
「そこら辺は本人に言わなきゃね。で、行く?行かない?」
「そりゃ行きたいよ。リリの買い物もあるけど、殆ど私のために行くようなものだし。それに収穫祭も楽しみたいしね」
「行くことに決定ね」
「おねーちゃん、わたしも行っていいんだよね?」
今の今まで朝食を食べていたミーシャが会話に入ってきた。会話に入っていなかったから、一緒に連れて行ってもらえないかと思ったのだろう。
「もちろんよ。でも迷子になったら危ないから、私の傍からは離れないでね」
「わかった!」
「それじゃ、朝食を食べたらお爺様の所に行きましょう。私達三人だけで行くのは危ないから、シモンとセイも誘おう」
「ミレナさんとソウ君はいいの?」
「ミレナさんは、何故か村から出たがらないの。ソウ君は………、どっちでもいいかな?」
「そ、そうなんだ……」
扱いが他の人と違う気がする。哀れソウ君……。
その後、俺達は残った朝食を食べてヴァラールの家に向かった。
ヴァラールの家には丁度良くセイが来ており、ヴァラールの家の前でシモンと話していた。セイとシモンの二人に町に行きたいと話すと、一緒に来てくれると言ってくれた。
「本当なら許可したくはないが、シルフィーが旅する上で必要なものを買いに行くのなら仕方がない。男である俺では、女がどういった物が必要か分からないからな」
……俺も男です。心の中で俺はそう叫んだ。
「なら、今すぐ行くとしよう。帰るのが遅くなればなるほど危険だからな」
「セイ、一度帰って弟を連れてかなくていいのか?」
「ソウはまだ弱い。ソウを連れて行くと、俺達二人では四人の女、子供の護衛は無理だ。リリはある程度なら自分でどうにかしそうだが、ミーシャはまだ子供でシルフィーは戦えるようには見えない。今も武器すら装備していないようだからな」
木剣は魔法鞄に入れっぱなしで、まだ装備していない。そもそも木剣は武器のジャンルとして当てはまるのだるか。
「シルフィーは私よりは強いわよ。それにシルフ様が認めるほどだから、そこまで気にしなくても大丈夫よ」
「む……そうなのか。シルフ様が認めるのなら問題ないな」
「なら俺は爺様に結界の外に出ることを伝えておこう。先に三番モノリスの前で待っていてくれ」
「分かったわ。皆行きましょう」
俺の言葉が入る暇なく話は進む。シルフ様が認めると言っていたけど、実戦経験二回だけだし、その中の一回は木人形だったわけで、戦えるか戦えないかといったら戦えるだろうけど、二人の足手まといになってしまうだろう。
シモンに俺がヴァラールからお金を借りようとしていた事を言うと、代わりに貰っといてやると言われたので、リリについて三番モノリスの所に行く事にした。
ヴァラールの家から少し歩くと遠目に黒い物体が見えてきた。あれがモノリスだというのは、見ただけで直ぐにわかった。
艶々と黒光りするモノリスは、黒曜石に酷似している。このモノリスにも魔法陣が描かれているが、昨日と同様に理解は出来なかった。
シモンは俺達がモノリスに着いてから十分程経ってやって来た。着いて早々、シモンは腰に付けたバッグから五つの白い石を取り出して、一人一つずつ配る。石には長い紐が繋がれており、首から提げるには丁度良い長さだ。
「シルフィーは初めて見るよな。これは人化石といって、身に着けることで姿を人族のように見せる事が出来る魔導具なんだ。村の外に出る時は俺達がエルフォ族だと人族にバレないように身に付けるんだ。魔力消費量も少なくて、結構便利な魔導具なんだ」
つまりは『擬態の紋章』の人族限定の道具版というわけだ。しかもMP消費が少ないとなると『擬態の紋章』より便利なのかもしれない。『擬態の紋章』には、変身した種族の言葉と文字が分かるという効果があるが、今後この世界で過ごして言葉や文字を覚えたならば『擬態の紋章』の意味が無くなってしまうだろう。だけどその分MPを消費しなくて済むので、町から帰ったらヴァラールと交渉して、この魔導具を手に入れようと思う。
「それとシルフィー。これは爺様からお前に渡してくれと頼まれたものだ。旅の資金として好きに使って欲しいとのことだ」
バッグから取り出されたのは灰色の袋だった。口が紐で結ばれているため中を確認することは出来ないが、シモンの言葉的にお金だと予想は出来ていた。受け取った俺は結び目を開いて中を確認する。
「………」
言葉が出なかった。袋に入っていたいたのは予想通りお金だったけど、数えた金額がおかしい。袋の中には金貨3枚、銀貨30枚、銅貨30枚が入っていた。ヴァラールの話では平民は一日銅貨10枚で過ごせると言っていた。それは一日の食事が銅貨10枚で済むという事だ。金貨1枚で銀貨30枚分、今の銀貨を合わせて120枚。銀貨1枚で銅貨300枚分だから、今持っている銅貨を合わせて36030枚って事になる。もし、一日の食事を銅貨10枚で過ごしたら、3603日過ごせる。つまり、食事だけで約10年は過ごせるという事だ。
「って、大金すぎるよ!こんなに貰えない!」
「貰ってやってくれ。それにまだ俺ん家には、この金が何百倍も有るんだ。あのまま家に置いとくのは宝の持ち腐れだ」
返そうとしても受け取ってもらえなかった。これ日本円にしたら、いくらぐらいになるのだろう。だてにヴァラールは長生きしていないと思った。
「それとシルフィーは、これを上から着とけ。お前の銀髪は目立つ上に人族では珍しいから、人化石を使う意味が無くなる」
シモンは更にバッグから茶色いフード付きのローブを取り出して俺に投げる。俺はそれを今着ている『天使のワンピース』の上に羽織る。フードを被れば完璧な不審者の完成だ。一応、魔法鞄から『生命樹の木剣』を取り出して腰に巻きつける。木剣の鞘に付いていたベルトはサイズの変更が出来るため、肩にかける事も腰に巻き付ける事も出来る優れものだ。
「それじゃあ、出発する。俺の近くから離れるなよ」
シモンはモノリスに手を触れる。シモンは昨日ヴァラールが石版に行なったのと同じように、モノリスに魔力を流す。手順や方法は何も変わらない。そのまま、シモンの魔力がモノリスの魔法陣全体に行き渡ると転移魔法が発動した。
明日も更新出来るかどうかは………微妙ですね(;・∀・)