17,箱庭世界の紋章
シルフ様の転移魔法で大樹の前に飛ばされた。大樹に来た時は、まだ太陽が高く上って明るかったのだが、今は日が完全に落ちて夜になっていた。家から生えた鈴蘭の明かりが、辺をほんのりと明るく照らしている。
上を見上げると、夜空には昨日は無かった月が出ていた。ラノベなどのファンタジーな世界では月が二つあるなどという話もあるが、この世界は元の世界と同じ一つだけだった。現在の月の形は糸のように細い既朔で、月全体が出ている訳でもないのに周りの星以上に輝いていた。
「すっかり暗くなっちゃったね。シルフ様と会っていると何時も以上に時間が進んちゃうから大変だよね……」
リリがそう呟いた。おそらく、シルフ様が居る空間は時間の流れがゆっくりだということだろう。そんなに時間が経ってもいないのに、もう一日が終わってしまう。
「私は家がこちらなので先に失礼しますね。皆さんおやすみなさい」
ミレナさんはリリの家とは反対方向らしく、大樹の前で別れた。また、シモンの家も大樹からは近いので、帰り道は俺らとは違う。彼も最後に「おやすみ」と言って帰って行った。
「さあ、ミーシャ、シルフィー家に帰ろう」
そう言われてリリとミーシャの家へ向かった。帰る時、ミーシャを中心に三人で手を繋いだのは、自分でも微笑ましい光景だなと思った。
家につくと晩ご飯の支度だ。メニューはムニエルらしく、リリは冷蔵庫?みたいな植物から魚を三匹取り出す。流石に家に泊まらせてもらっているので、何もしない訳には行かない。よく自炊していたから、料理はそこそこ出来る方だ。
リリは遠慮していたが、結局は包丁で鱗を取ったり、サラダを盛り付けるぐらいの作業は手伝う事となった。何時もは魚の鱗取りにはペットボトルのキャップを使っていたので、包丁で鱗を取るのは少し骨が折れたが問題なかった。
出来上がったムニエルは、自分で作るよりも美味しかった。それは材料が問題なのか、作り手によるものなのか、分からない。だけど、誰かと一緒に食べる料理は、どんなスパイスよりも刺激的で楽しく、そして美味しいのだと久しぶりに感じた。
食後の洗い物を終えて、後は風呂に入るだけなのだが、何故か三人一緒に入ることとなってしまった。
子供の頃、よく父と妹の三人で背中を流しあった事があったが、まさか16歳にもなって、同い年ぐらいの女の子と10歳ぐらいの女の子の背中を流しあう日が来るとは思わなかった。
寝る場所は、昨日と同じミーシャの部屋に二人で寝て、俺がリリの部屋で寝ることとなった。
このままネグリジェに着替えて寝ても良いのだが、一つやっておきたい事があった。
朝早起きして作った『箱庭世界の紋章』を確認する事だ。
幸いにも、これを発動するにはMPを消費しないので、少ししか回復していない今のMPでも問題はない。
「では、早速……。《箱庭世界の紋章》」
発動させた『箱庭世界の紋章』は、俺の目の前に出現した。蒼く扉のような長方形の紋章は、今まで発動させた紋章の中で一番大きいサイズだ。俺の今の身長は分からないが、男の時より目線が下がった気がするから、女子の平均身長を考えて160ぐらい。そう考えると、扉は190はあるのではないかと思うぐらい大きい。
おそるおそる紋章の扉に触れると、ゆっくりと開いて問答無用に俺の意識を吸い込んだ。
気づくと、そこは水平線上だった。
いや、この表現はおかしい。
言い方を分かり易くするなら、草の一本も無い水平な大地、山も海も森すら無い未開拓な世界だった。唯一あるとすれば、俺の背後に常に蒼く輝いているワープホールのような物だけだ。
そして、この水平線上の大地は、それほど広くない。
例えだと、学校の体育館程度の広さしかない。試しに、この大地の端まで行ってみると、この大地の下には雲が広がっていた。この大地は浮遊してるらしい。天使族に戻れば空の探検が出来たかもしれないが、今はMPが無いので断念。
次に上を見てみる。外の世界では夜だったのに対し、こちらでは昼間のように明るい。ただし、何処の方向を見ても太陽が見あたらなかった。
他には何かないのかと辺りを見渡しても、ワープホール以外何もなかった。
「これだけ……なのか?風呂とか何処行った?まさか自分で作れと……」
この紋章を作ったときに、確かに風呂のことを考えて作ったはず。まさか土地はやるから、後は自分で何とかしろという事なのか?
考えながら外に出ようとワープホールに触れようとした瞬間それは起こった。
頭に強い衝撃が加わったのだ。突然のことで頭が痛く、くらくらしたが直ぐに立ち直った。
上から何かが降ってきたようだ。足下に落ちたそれを拾う。
「……本?」
それはA4サイズぐらいの本だった。結構でかい。本のタイトルは『開拓の魔導書』というものだ。1ページ目に目次が書いてあり、2ページ目にこの本の説明、3ページ目以降はカタログのような様々な物のイメージ絵と数字が書かれていた。文字は『長耳語』でもないのに、何故か読めた。
説明によれば、この魔導書は持ち主の魔力(MP)を糧とし、様々な物を召喚する事の出来る召喚魔法の書みたいな物らしい。カタログに書かれていた数字は、使用する魔力量(MP)と召喚する物の大きさを表していた。一番MPの使用料が少ないのは、花の種1MPだ。しかも、この種は何が生えるか記載していなく、植えて生えてくるまで何が生えるか分からない。自然系で一番使用量が多いのは山で、100万MP必要らしい。山は何時創れるか分からない。ちなみに家もあった。絵は小屋のようだが、説明によれば作成後に色々と改装出来るらしい。家のサイズを広げたり、家具や風呂、キッチンなども作れるらしい。家は5万MPも必要で、今すぐには作れそうにない。
今更だが、これは紋章術の域を越えている気がするのは気のせいだろうか。
リストの中には水路なんていうのもあり、使用MPは5000。取り敢えず、今MPがどのくらい有るか確認してみた。
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名前:シルフィー
種族:長耳族 (擬態)
性別:女
年齢:16
職業:紋章術師 Lv78
HP:28170/28170
MP:14239/48440
攻撃力:5634
魔法力:5634
防御力:3756
魔法防御力:3756
敏捷性:3130
運:25(+10)
魔法
『紋章作成』『×精霊魔法(使用不可)』
紋章
『盾の紋章』『解析の紋章』『剣士の紋章』『槍士の紋章』『擬態の紋章』『導誘の紋章』『箱庭世界の紋章』『解体の紋章』『領域の紋章』
スキル
『×飛行』『魔力操作』『×耐熱』『×耐寒』『恐怖無効』『×飛行加速』『直感』『長耳語』『精霊語』『隠密』『森の加護(制限)』『瞬間的反応』
装備
武器:生命樹の木剣
防具:
装飾:銀十字 魔法鞄
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ステータスに装備という項目が新たに表示され、スキルには『瞬間的反応』というものが追加されていた。おそらく、木人形の木剣を白刃取りしたときに起こった相手の行動がスローモーションに見えるやつだろう。
それはそうと、MPの量が14000程あるみたいなので、水路は作ろうと思えば作れるのだが、残りMPが9000程になってしまう。作れるからといって、無駄使いはしたくはない。
数分悩んだ末、初めてということもあり試しに作ってみることにした。本をしっかり持ち、作りたい物のページに手を置いて説明に書かれていた言葉を唱える。
「現れたまえ!」
するとMPがごっそり持ってかれ、浮遊大陸の中心に池が出来上がり、そこから川のように水路が造られていく。水路は浮遊大陸の端まで作られており、出来上がった水路に池の水が流れていき、浮遊大陸の端まで流れていった水は大陸の外、雲の下に向かって滝のように流れていった。
「おー!なんかこれ面白い」
スマホゲームでよくある島の開拓ゲームをリアルで楽しんでいるかのよう。
MPが回復したら、また来ようと思う。
おそらくMPは食事を取るのと睡眠で回復するのだろう。今日は早く寝て、二度寝しないように早く起きよう。
俺は蒼いワープゲートに足を踏み入れる。この浮遊大陸に来た時と同じよう、意識が吸い込まれた。
気付くと、リリの部屋に戻っていた。
結果『箱庭世界の紋章』というのは拠点作成みたいな紋章だった。
夜も遅い。寝るためにリリから借りているネグリジェに着替える。魔法鞄はベッドの近くに、銀十字は枕元に置く。木剣と魔導書は魔法鞄にしまったので、置き場所に困らない。
ベッドに入り、目を瞑る。眠気は直ぐにやってきて、俺は再び意識を手放した。
予定では、あと2、3万文字程で第一話が終了します。今更ですが、第一話終了の際にタイトルを物語に合うように変更するかもしれません。




