16,風の精霊
「よし、行くか」
リリ達と合流するために俺は扉を押した。
扉を開いた先は、驚いたことに木々に囲まれたログハウスやテラスがあった。俺が出てきたのは小さな小屋からだったみたいだ。
テラスには木で出来たテーブルや椅子が設置されており、シモン達は座って優雅にお茶を飲んでいる様子だった。
扉を通って森の庭に入ろうとすると、何処からか静かに心地よい風が遣ってきた。
そして、俺のスカートを捲り上げた。
油断していたからか、それとも一瞬のことで何が起こったのか理解出来なかったからか、この羞恥の事態を防ぐことが出来ず、呆然としてしまった。
「うむ、白と桃か。悪くはないが、お主には単純な白か黒の方が似合いそうじゃ」
「っ!?」
誰かが言った言葉で我に返り、そして言葉の内容が俺の下着のことだと分かって、翻ったスカートを慌てて抑えた。
抑えたスカートの先には膝を抱え、しゃがみこむ見た目5歳ぐらいの幼女。耳は『長耳族』のように長く、髪は黄緑色のミディアムヘアだ。幼女が着ているロリータファッションは、風をイメージしたかのような鮮やかなエメラルドグリーンで彩られており、背が小さいこともあるが、妖精でも見ているかのようだ。
そして幼女の頭からは、その小さな身体よりも大きな翼が生えていた。緑の髪に対して翼の羽は白く、一切の汚れや染みが見あたらない。俺の翼と同様、純白という言葉がよく似合う。
最初はスカートの中を見られたと思い、反射的に蹴り飛ばしそうになった。だが、こんな小さな子供相手に蹴り上げるのは流石に気が引け……
「その恥らいかとも、そそるのぅ……。むむむっ!服の切れ目から覗くお腹や胸が私の風でチラチラと見え隠れして―――、グベバァ!」
気が引けたが、俺に対する変態的な発言とセクハラ的な目線が足を勝手に動かした。そもそも、このファンタジーな世界では見た目が子供、実は大人という合法ロリが存在する。この変態幼女が見た目の歳だとは限らない。
俺の足は幼女の顎にクリティカルヒットし、カエルが潰れたような声という表現が似合う声を発して奥の木に向かって吹き飛ばされた。そのまま木に激突するかと思いきや、木は枝を腕のように動かして幼女を受け止めた。
「い、痛いではないか!ちょっと挨拶をしただけではないか!それなのに見ただけ蹴り飛ばすなんぞ、私ではなかったら大怪我じゃ!」
「うっさい変態!そんな挨拶あってたまるか!ヴァラール、こいつなんなの!?」
俺はヴァラール達がいる方へ顔を向ける。ヴァラールはこちらに顔を向けず、未だに優雅にお茶を飲んでいた。その他のメンバーはティーカップを置いて今の遣り取りを見ていたが、シモンだけは「目が~、目が……」とテーブルに突っ伏していた。
ヴァラールは持っていたティーカップを置き、椅子から立ち上がる。
「シルフィー様、彼女こそ【トラディ】を支える四精霊の一人、風の精霊であるシルフ様です」
「そうじゃ、私が偉い偉い美少女精霊シルフ様なのじゃ。よろしくのぅシルフィー」
無い胸を張って、自らを美少女精霊と名乗る。風の精霊ではなく。自己紹介の時に自分で美少女と名乗る人物に、ろくな人はいないと思った瞬間だった。
「と、取り敢えず服を着替えた方が良いんじゃないかな?」
ミレナさんは俺に向かって言う。俺の服は先の戦闘で肩から斜めに斬られており、しかも目の前の変態精霊が出す風によって素肌がチラチラと見え隠れしていた。
「シルフィー様、こんな事もあろうかと代わりの服をご用意しております。シルフ様、部屋お借ります」
そう言って俺とヴァラールは変態幼女の家に入る。家の造りはヴァラール達の家と変わらない。おそらくこの家も植物家なのだろう。何処からか取り出した服をヴァラールからを受け取り、複数ある部屋のひとつに入る。入った部屋は客室なのかベッドと棚のみが置いてあるだけの寂しい部屋だった。早速受け取った服に着替えようと……
「って、この服私のじゃん」
渡された服は【トラディ】に来て、最初に来ていた白いワンピースだった。そういえば、このワンピースには『解析の紋章』を使っていなかった事を思い出した。服についた血がすぐに消えたからには、ただの服という事はありえない。着替える前にワンピースに『解析の紋章』を使用した。
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《星天使の衣装 『天使のワンピース』》
能力上昇:無し
特殊能力:衣装創作 衣装着替 完全清潔
固有能力:無し
耐久力:∞
持ち主:シルフィー(変更不可)
衣装着替:『天使のワンピース』『黒狼のメイド服』『双黒狼の燕尾服』『若葉色のロリータワンピース』
天使族のみが装備できる衣装。持ち主が倒したモンスターの種類によって、様々な衣装に変身出来る。衣装によっては能力上昇や固有能力が付く。服が破けたり、燃えたりする事はなく、汚れた場合は直様綺麗になる。衣装着替を使用した時、履いている下着類は違和感が無いよう、その服に合った物に変化するようになっている。
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……リリから服を借りる意味無かったんじゃないかと思う。まあ、下着類は借りなきゃダメだったみたいだけど……。チート万歳だ。
「と、取り敢えず順番に確認を……」
一つ目の『天使のワンピース』は最初に着ていたように背中が出ているタイプのワンピースだ。名前的に背中から翼が生える前提で作られている衣装だ。能力上昇と固有能力は無し。
二つ目の『黒狼のメイド服』は黒いワンピースに白いエプロンが付いたものだった。エプロンを使わなければ、普段の私服としてワンピースが使えそうだ。こちらも能力上昇が無いが、固有能力に給仕をする能力が上がる『給仕術』というのと『ドジっ子運』というのがあった。『ドジっ子運』というのは、他者に不幸が訪れそうになった時に発動し、ドジを踏んでその者を不幸から助けるという変な能力だった。
三つ目の『双黒狼の燕尾服』は執事がよく着ている黒い燕尾服だった。能力上昇は『全ステータス5%上昇』という便利なもの。固有能力として『黒狼のメイド服』と同じ『給仕術』があり、他には着た人を男性のように見せる『男装』というものがあった。
最後の『若葉のロリータワンピース』は袖やスカートなどに白いフリルが付いた若葉色ワンピースだ。能力上昇は運を10上昇させるが、固有能力の方は無かった。
「この中で着替えるとしたら……、ロリワンピでいいか」
先に髪飾りを外し、髪を解いて『若葉のロリータワンピース』に着替える。鏡が無いので今の姿を全体的に確認できないが……まあ、いいだろう。髪飾りは解いてなんだが元の髪型に戻せないので、ドアの前にいるであろうヴァラールに頼むことにした。
先と同じようポニーテールにしてもらい、何処か変な所はないかヴァラールに聞くと「大変お似合いだと思います」という在り来りなセリフを言われた。
破けた服はヴァラールに渡し、皆がいるテラスに出た。
テラスに出ると皆が可愛いと褒めてくれたのは、少なからず嬉しい。
「シルフィーすまんのう。初対面からセクハラ紛いな事をして……。ホントこの通りじゃ」
シルフ様は俺が居ない間にリリ達女性陣に説教されたらしく、そう言って頭を下げてきた。流石にそこまでされると許してしまうのは俺が甘いからなのだろうか。リリによれば、シルフ様は大の美少女好きらしく、スカート捲りが趣味らしい。だけど注意すれば、その人に対しては二度としない。つまりは注意されなきゃやる、という事なのだ。
「シルフィー様、こちらのお席へどうぞ。紅茶はアッサムティー、菓子はスコーン、添え物は苺ジャムとクロテッドクリームをご用意いたしました」
そういえば先程から紅茶の匂いがするなと思っていた。少し疲れたし、ヴァラールの言葉に甘えることにした。
席に着くと早速ヴァラールがアッサムティーを入れてくれた。色は濃い赤褐色で芳醇なという言葉が似合う香り。
カップに口を付け、一口飲む。味は強く、濃厚でコクがあって少し甘味を感じる。渋さがやや強いが、ヴァラールがミルクも用意してくれていたので、ミルクを少し入れて再び飲む。うん、こっちの方が好みだ。
スコーンはまだ温かく、焼きたてのようだ。苺ジャムとクロテッドクリームを上に塗り、一口食べる。さっくりとした食感と、口の中で苺ジャムとクロテッドクリームの甘さが広がり、思わず笑みが出てしまうぐらい美味しかった。
紅茶を1杯、スコーンを3個食べた所で話を切り出した。
「それで、何で私だけ違う部屋に飛ばされて、あんな木人形と戦うことになったんですか?ステータスがアンバランスなくせに強くて、倒すのに一苦労したんですよ」
「それは簡単なことよ。私がお主の実力が知りたかったから、だたそれだけの理由じゃ。あの人形はアスト母さんが趣味で作った自動人形でのぅ。人族しか使うことの出来ないアーツが使える特殊な人形じゃ。しかも、あれはステータスを改造する自由度が高く、二万までのステータスポイントを好きに割り振って様々な戦闘訓練をすることが出来るのじゃ」
「だからアンバランスなステータスだったのか」
「うむ、おかげでお主の実力を知ることができた。今日は天使族であるお主と精霊契約をするつもりじゃったのだが……天使族でありながら、あの程度の自動人形を瞬殺出来ないということは、お主は天使階級をまだ持っておらぬじゃろ?」
「天使階級?」
「なんじゃ知らぬのか?天使階級というのは、一定の強さを持つ天使族が得ることのできる階級のことじゃ。階級が上がるとステータスが上昇する他、天使族のみが扱うことの出来る神呪が使用可能となる。聞いた限りでは私らのような新しい生命を作り上げることや、ステータスのような世界に何らかの改変行なうこと、新しいスキルや魔法を作り上げたりすることなどが出来るらしいぞ」
そこまで聞かされたとき、【トラディ】に来た時に自分の種族を確認した内容に翼が多いと地位が高いとか書いてあった事を思い出した。
俺のステータスには階級というのは書かれていない。という事は現在の俺は階級すら無い初心者天使ということだ。レベルが78なのに……。
「本来、あの自動人形を倒せるレベルなら私と契約しても良いのじゃが、天使階級を持たぬ天使族には残念ながら契約することが出来ぬ。すまんのう。せめて一つ上の階級『大天使』に上がったならば、その時私と契約しようぞ」
「そうですか、それは残念ですね。階級を上げるにはどうすれば良いんでしょうか?」
そう聞くとシルフ様は考えるように腕を組みゆっくりと話す。
「階級を上げるのは………あんまり分からないのじゃ」
「どういう意味ですか?」
「アルト母さんからは計算された未来だと教えられたが、ネア母さんは気合と根性だと言われ、ユメ母さんは流れる水のように気づいたらなっていると教えられた。じゃから実際の所、階級の上げ方は分からないのじゃ」
アルトという人は《天秤座の紋章》の天使だと知っていたが、残り二人のネアとユメという名前の人物は知らなかった。おそらく他の天使のことだとだろう。そこのとこをシルフ様に聞いてみたら、ネアは《獅子座の紋章》、ユメは《水瓶座の紋章》を持っている天使だという。
「その……シルフィー、実はお主に頼みがあるんじゃ」
「頼み?」
「ああ。他の精霊、ノーム、ウンディーネ、サラマンダーの様子を見てきてほしい」
予想では、シルフ様が頼むような事だから難易度が高い事、例えば帝国が所持している天使達の遺体を取り返してこいとか言うのだと考えてしまっていたが、様子見とは案外簡単な内容だった。
「まあ、それくらいなら……」
「本当か!ありがとう」
シルフ様の頼みに答えてから思うが、俺のお節介な所や頼みごとを断れない性格は、世界が変わってもやはり直らないなと思ってしまう。
「じゃが、私の頼みを聞くだけなのは、些か不公平だと思う。何か私に出来る願いことを聞いてやろう。何がいい?」
そう言われても……、と考えてしまう。
「あ、だったら、私を元の姿に―――「却下じゃ」……まだ言ってる途中なんだけど」
「私は美少女が好きじゃ。それを汚すような事は私はやらん!」
そんな風に堂々と言えるとは、流石に引いてしまう。
「……分かりました。今すぐ思いつかないので、考えておきます」
「そうか、待っているよ。では、話も終わったことなので、ティータイムはこれでお開きじゃ。ここは明るいが、外はもう夜じゃろう。私の魔法で生命樹の前まで送ろう」
シルフ様は指をパチンと鳴らすと、テラスに魔法陣が描かれる。この魔法陣は大樹の前の石版に描かれていたものと同じだった。
「それではシルフ様、今日はありがとうございました」
「ありがとうございました」
「お茶会とても楽しかったです」
「バイバイ、シルフ様」
ミレナさん、シモン、リリ、ミーシャの順に魔法陣の中に入る。入った瞬間、彼らの姿は消えてしまった。俺も魔法陣の中に入ろうと歩き出す。
「おっと、そうじゃった。帰る前に伝えるのを忘れておった。紋章術というのは術者の想いとイメージが重要じゃ。もしかしたらシルフィーの考え方で力の使い方が変わるかもしれんぞ」
「って!?それってどういう……」
意味ですか?そう言う前に俺は魔法陣の中に足を踏み入れていた。魔法陣は俺を意思に関わらず、転移を実行した。
「頼んじゃぞ。世界を変える十三番目の天使よ」
転移された後、ぽつりとそう呟いていた。
読者の皆様から大募集!
星天使の衣装の新コスチュームを募集します。
銀髪少女にこんな衣装を着せてみたい。こんな衣装で戦って欲しいなどなど要望がありましたら、作者を助けると思ってメッセージをください。
出来れば衣装の特徴や、どんなモンスターを倒したら出現するかなどを考えてくれると幸いですo(^▽^)o