13,朝寝坊
「やってしまったな」
ベットから起きあがり、カーテンを開けた部屋に太陽の光を取り込む。
窓から見える現在の太陽の位置は【トラディ】にやってきた時と同じぐらいの所だ。つまりそれは俺が、また昼間まで寝てしまったという事を意味する。
今日はヴァラールに色々と案内してもらう予定だったのに結構時間を無駄にしてしまった。
ベッドには一緒に寝ていたはずのミーシャの姿は見当たらず、その温もりがまだ少し残っている。まだ起きて間もないのかもしれない。
「流石にリリはもう起きているよね?」
部屋を出てリビングに向かう。
リビングからはリリの声が聞こえた。おそらくはミーシャが俺の寝ていたベッドにいた事について話しているのだろう。
リビングにはリリとミーシャはもちろんのことだが彼女らの他にシモン、その他に見知らぬ二人の男子と一人の女子がいた。
シモンはおそらくヴァラールに頼まれて俺を迎えに来たのだろう。昼間で寝てしまったことを少し悪かったと思う。
残りの三人はミーシャのお見舞いにでも来たのだろうか。元気になったミーシャとリリは楽しそうに話をしていた。
男子の一人、シモンと同い年くらいの青年は深緑色の長髪に藍色の瞳だ。綺麗でかっこいい顔なのだが目つきが鋭く、俺に《恐怖無効》のスキルが無かったら少し苦手であっただろう人物だ。その青年の隣には青年と同じ髪と瞳の色を持つ少年。その少年の瞳も鋭いが青年ほど怖いと感じるものではなく、むしろツンツンした生意気少年を思わせる瞳だ。最後にミーシャの背丈に合わせるようにしゃがみこみ、ミーシャの頭を優しく撫でる女性。髪と瞳の色はリリや目つきが鋭い青年少年達とは違い、とても綺麗な緑色をしていた。あえて彼女を例えるなら『翡翠』という言葉がふさわしいと思える優しいお姉さんみたいな人だ。胸も俺よりデカイ……。
昨日リリから借りた靴によってコツンっと足音が響き、その音で俺がリビングに入ってきたことに皆が気付いてこちらに振り向いた。
「みんなおはよう。シモンはヴァラールに頼まれて迎えに来たんだよね。ごめんね、起きるの遅くなっちゃって……お客さんが来ていたんだね。はじめまして、シルフィーといいます」
そう言って軽くお辞儀した俺に皆は目を丸くした。いや、言う前から目を丸くしていた。シモン達三人の男子は顔まで赤くして目を背けてしまった。いったいどうしたのだろう。
「ちょっと、シルフィー!その格好で出てきちゃ駄目!」
「その格好?」
リリに言われて自分の格好を見直す。
下着はリリから借りた白いパンツのみ、その上に鮮やかなピンク色のネグリジェを着ている。ネグリジェは結構身体のラインを出すらしく、特にブラジャーやキャミソールを付けていない胸の辺りは強調されていた。そこまで露出度は高くはないが、リリの胸が小さいためか借りているネグリジェでは胸の谷間が少し見えてしまう。
うん、結構エロい。
「ああ、これ着てたの忘れてた」
「ああ……じゃないわよ!シルフィーちょっと来て!」
そう言って洗面所に連れてかれた。
タオルを手渡され、顔などを洗い、髪をブラッシングされた。
その後、またリリの部屋に戻されてしまった。
「あんな姿で出てきちゃダメだよ!」
リリに注意を受け、彼女の自室に戻るなりクローゼットやタンスを開いて下着や服などを用意してもらった。
服は昨日と同じ若葉色のスカートと白のブラウスに色の濃い若葉色のカーデガンを羽織った。
リリ曰く、動きやすく着やすい服をまとめて買うため、同じ服が何着もあるだとか。
下着類は気分次第で変えているらしく、今日のパンツは白にピンク色のラインが入っているものだ。昨日もだが、ブラジャーはサイズが合わないからと今日もパット入りキャミソールを貸してもらった。「髪が長いから束ねたい」と言ったら、髪留めで簡単なポニーテールを作ってくれた。髪が後ろの方に引っ張られる感覚が初めてで、なんだか変な感じだ。
「うん、似合ってる似合ってる。シルフィーは髪が綺麗だから纏め上げると美人さんだよね」
「そう、……かな?」
言われて少し嬉しかった。ファッションセンスがない俺としてはあまり細かいことは言えないが、手鏡で見せられた髪型は自分でも良いと思う。髪を束ねるのに使った髪留めは、頭に薄紅色の花が咲いたように見えて綺麗だった。
「おねえちゃんきれいだね」
リビングに戻ってみると、リリの妹であるミーシャが近寄ってきて褒めてくれた。その可愛らしい表情で言われるとリリに言われたときより何故か嬉しく感じる。
「ありがとうね」
「シルフィーおねえちゃん、おねーちゃんを助けてくれてありがとう」
リリに名前を教えてもらったのか、呼ばれ方がシルフィーおねえちゃんになっていた。
そして無邪気な笑顔でお礼を言われて、その可愛さに心が温かくなる。ミーシャの方が俺より天使なのではないかと思うぐらいだ。
「どういたしまして。身体はもう大丈夫なのかな?」
「うん、もう治った!」
頭を撫でてあげると嬉しそうに柔らかな表情になり、甘えるように抱きついてきた。無邪気でとても可愛らしい。名前もそうだが猫みたいな子だと思った。
ちなみに親友に教えてもらったことだが、ラノベでよくある主人公がヒロインの頭を撫でるシーンがあるが、それを実際にやると嫌われるらしい。特に彼女でもない人には。それを教えられたのが中学を卒業のする何日か前のこと、それまでは気にせず何度か妹の頭を撫でてしまっていたが、大丈夫だったのだろうかと心配になる。
今は肉体が女だから、こんなことを気にせず普通に撫でることが出来るのは嬉しい。女の子の髪って“さらさら”とか“ふさふさ”して気持ちいいから、つい撫でたくなるんだよね。
撫で終わって正面を向くと、シモンを含めた男子三人が少し顔を赤らめながら見つめていた。この姿に見とれていたのだろうが、シモンはリリが好きなのに俺に見とれてちゃ駄目だろっと心の中でつっこんでおく。
「シルフィーは知らないよね。この美人お姉さんがミレナさん。村一の占い師で、何でも占いで分かっちゃう凄い人なんだよ!んで、この目つきが悪いのがセイ、その弟のソウ君」
「……リリ、何だか俺たちの紹介が雑すぎやしないか?」
「……俺もそう思った。あと、いい加減俺に君付けするのを止めてくれ」
リリのこの扱いに少し二人に同情した。それとソウ少年は君を付けられるのが嫌みたいだ。
「はじめまして、ミレナです。シルフィーさん、リリを助けてくれてありがとう。私は占いが得意なので、何か占って欲しいことがあったら言ってね」
「リリの雑な紹介もあったがセイだ。リリを助けてくれたことに感謝する。リリは目つきが悪いと言ったが、これは生まれつきだからあまり怖がらないでほしい」
「そ、ソウだ。リリ姉を助けてくれたことには礼を言うが、あ、あんたまで俺を君付けで呼ぶなよな!」
ソウ君がとても生意気で憎たらしい。ちょっぴりイラっときた。でも、すぐさま兄のセイが拳骨で注意をしていた。心が少しスッキリした。
「はじめましてシルフィーです。ミレナさん、セイさん、ソウ君よろしくお願いしますね」
「だ、だから君付けを……」
「っと、ソウ君のことは今はどうでもいいんですよ。それよりもセイはそろそろ時間じゃないの?」
「ああ、そうだな。では、また後で。行くぞソウ」
「何だか腑に落ちない……」
ぶつぶつの呟きながらソウ君はセイの後についていった。
「さて、私達も出かけるからミーシャもシルフィーも早く朝食を食べちゃってね」
「どこにいくの?」
「爺様と婆様の所に寄った後、シルフ様の所と研究所に行く予定だ。リリもミーシャも来るようにと言われている」
「シルフ様に会えるの!?やったー!」
「よかったね」
リリが嬉しがっているミーシャの頭を撫でる。
「だったら早く食べて行こうよシルフィーおねえちゃん」
ミーシャは俺の左手をその小さな手で握り、前に引っ張る。温かくて可愛い手だ。ミーシャに和みつつ遅い朝食を取って、俺達は家を後にした。