10,世界の成り立ち
いつもより少し長いです。この話の大事な設定解説シーンなので……
俺はヴァラールに話を聞くため、彼の書斎にやって来た。
夕食のシチューに関しては、いくら材料が虫でもを残すのは作ってくれた人に悪いし、料理になった命に申し訳が立たないと思い完食した。
意外と材料のことを考えないで食べると食が進むらしく、つい五杯もお代わりをしてしまった。
しかも、まだ食べられる。
以前はこんなに食べなかったのに、この身体は意外と大食いなのかもしれない。
元の世界では蜂や蝉、芋虫を食べる人もいると前にテレビかなんかで見た記憶がある。それに見た目は普通のシチューだったし、今では美味しかったから別にいいかと思っている。
「話をする前にシルフィー様にお聞きしたい事があるのですが、よろしいですか?」
書斎にあった椅子に腰掛け、用意してくれた紅茶を飲みながらヴァラールの話を聞く。
俺はどちらかと言うとコーヒー派なのだが、この紅茶も悪くない。
「いいですよ。何ですか?」
「シルフィー様は、こことは異なった世界から来た男性ですよね?リリとのお風呂はどうでしたか?」
「ぶっ、ゲホォゴホォ」
いきなりの発言だったので、驚いてむせてしまった。
「なっ、何で知って!?」
「貴方様が異世界から来られることはアスト様から知らされておりました。もちろん性別のことも。お風呂のことはシモンから聞いておりました。一応リリは私の親友の娘なので、不純同性行為は遠慮していただきたいのですが……」
「し、してません!というか、しません!」
何言ってんだこの1000歳超えの爺さんは……。
「俺の正体を知っているなら話が早いです。俺が元の世界に帰る方法を知りませんか?」
「ええ、存じております。私の師であるアスト様が他世界に渡ることのできる魔法を作っておりました。今でもアスト様の研究所に完成された術式を込めた魔導具が置いてありますし、私がいつも点検しておりますので故障はしておりません」
「……マジで?」
「はい、マジでございます」
こういった話だと普通、帰れないとか、魔王を倒せとか、七つの秘宝を集めろとか、そんな感じのがあると考えていた俺としては、直ぐに帰れるのは少し拍子抜けだった。
「それを使って帰った場合、俺の性別はどうなるんですか?元に戻るんですか?」
「はい、全て元に戻ると聞いております」
「時間は?元の世界に戻った際に時間のズレなんかは無いんですか?」
「それも問題ありません。シルフィー様がこちらの世界に来た時の時刻に戻すことが可能です。今すぐにでも起動できますが、いかがいたしましょう?」
「いえ、帰れるなら今すぐ帰るつもりはないのでいいです。せっかく別の世界に来たのに直ぐに帰るのは勿体ないですから。少しこの世界を冒険してみようかと思います」
「左様ですか。ではこの世界の簡単な常識ぐらいは知っておいた方がいいですね」
「お願いします。ああ、あと『天使族』のことについて話してもらえませんか?俺も一応これでも『天使族』なので、自分の種族の事を知っておきたいです」
「少し話が長くなりますが、それでも宜しいですか?」
「構いません」
「それではお話しましょう。この世界のこと、魔法戦争のことについて」
そう言ってヴァラールは説明を始めた。
【トラディ】と呼ばれるこの世界には本来、『人族』以外の種族は存在しなかった。『人族』は何度も何度も戦争を繰り返し、その戦争の余波によって森は枯れ果て、大地は干からび、雨もろくに降らない死の大地と化してしまった。それでも『人族』同士の争いは止まなかった。
そんなある日のことだ。
この世界に天空より十二人の天使が舞い降りた。天使達は【トラディ】の現状を嘆き、悲しんだ。天使達はこの世界を在るべき世界に戻すため、【トラディ】に十二本の天に届くほど高い柱を建てた。
柱から【トラディ】全土に発せられた魔法は戦争を行う全ての『人族』の元に届き、『人族』同士の長年続いた戦いは幕を閉じた。
その後、天使達は四体の精霊とその守護者を生みだし、枯れ果てた【トラディ】を緑豊かな大地に戻した。その精霊が『サラマンダー』『ウンディーネ』『シルフ』『ノーム』であり、その守護者が『獣人族』『人魚族』『長耳族』『小人族』のことだ。
後に天使達を『天使族』と呼び、【トラディ】の神として崇められた。それが今から8000年以上前のことだ。
そして現在、俺がいる場所は『フラングの森』と呼ばれる森の奥深く。森の守護者『長耳族』が住む村だそうだ。彼らが生きるこの【トラディ】には、大きく分けて三つの大陸がある。一つが『フラングの森』がある西の大陸【オーデンス】。『フラングの森』はこの北部に位置し、南部には『人族』が暮らす国々が、東部には大地の守護者『小人族』が暮らす町が存在する。
その【オーデンス】より東。海を隔てた列島を【イースタル】といい、炎の守護者『獣人族』が暮らしている。現在【イースタル】は『小人族』以外とは鎖国状態にあり、貿易は『小人族』の町としか行っていない。
水の守護者『人魚族』は深海に国を持つらしいが、深海の何処に国があるか分からないうえ、そこまで行く方法が無いらしい。
そして【オーデンス】、【イースタル】より南部に【ノーヴェルト】という大陸が存在し、大陸全土は『スルド帝国』が支配している。この『スルド帝国』が建国されたのは魔法戦争が終わった後ことだ。
魔法戦争が始まる少し前まで、【トラディ】は十二人の『天使族』が世界を守護していた。
ヴァラールの魔法の師匠であり、主であり、生みの親でもある『天使族』の一人、《天秤座の紋章》を持つアストは全てを計り、導き出す力を持ち、世界の動きを定期的に観測していた。彼女は魔法に関する実験と研究をする趣味を持っており、『フラングの森』にも自分の研究室を持ち、いつもそこに引き籠もっていた。
そんなある日、【ノーヴェルト】に当時存在した『ビクトリア王国』にて永続的に魔力を生み出す魔石の精製実験が行われた。その実験が成功すれば人々の生活が更に豊かになる大事な実験だった。この実験に興味を持ったアルスも人の姿に化けてこの実験に潜り込んだ。
だが、実験は魔力の暴走によって失敗した。そして魔力の暴走によって発生した闇によって『ビクトリア王国』飲まれ消滅した。その闇は『悪魔族』が住まう世界、【地獄郷】に続く《扉》だった。
研究好きのアストは実験に関してだけは自信の《天秤座の紋章》を使わないため、【地獄郷】の《扉》が開くことを察知できなかったのだ。【地獄郷】からは世界全土に向かって『悪魔族』が溢れ出した。
アスト達『天使族』は力を合わせて『悪魔族』に立ち向かい、《扉》の封印に成功した。だがその傷は大きく、十二天使の半数はその戦いで命を落としてしまった。これにより、柱から世界に発せられていた魔法は弱まってしまった。
だが、それだけでは終わらなかった。
生き残った七人の『悪魔族』が【ノーヴェルト】に住まう人々を『魔族』という新しい種族に変えて洗脳し、その日のうちに再び世界を巻き込んだ戦いを始めた。
後にその『悪魔族』のことを人々は《七人の魔王》と呼び、恐れられた。
力の大半を失った『天使族』は《魔王》に対抗すべく、『人族』に《勇者》と呼ばれる者を召喚する魔法を授けた。『人族』によって召喚された四人の《勇者》は『天使族』と協力して《魔王》を倒し、『魔族』に変えられた『人族』は元には戻らなかったが洗脳を解くことに成功した。やっと世界は救われたのだ。
そして、この戦いを後に魔法戦争と呼んだ。
だが魔法戦争の代償は大きかった。
戦いによって『天使族』は全て命を落とし、召喚された《勇者》達も『人族』によって暗殺されてしまった。
強い力を持つ者は、存在するだけで人々に恐怖を与えてしまう。『天使族』が居なくなり、柱の魔法が無くなった世界では、領土の奪い合いなどで再び戦争が始まってしまった。《魔王》討伐から64年の時がたち、戦争は終決。【オーデンス】にあった国は12ヵ国から6ヵ国に半減し、【ノーヴェルト】は『スルド帝国』が支配し、洗脳が解かれた『魔族』は全て奴隷となった。
今では純血の『魔族』は存在せず、『人族』とのハーフの『魔人族』と呼ばれる者が存在するだけになってしまった。『天使族』がいなくなった【トラディ】で『人族』は『天使族』が生み出した守護者達を《亜人》と呼んで差別し、誘拐して奴隷にしたりする『人族』も現れた。
ここでヴァラールのことについて説明しよう。
ヴァラールはアストによって生み出された最初の『長耳族』だ。その役目は主にアストの身の回りのことを手助けする執事のような存在だったらしい。だがヴァラールにとって特殊職を与えられ、その使い方を教えてくれたアストは主というより師匠の方が近かったらしい。
ヴァラールの職業は《世界図書館》というものだ。
その能力は世界で起きている情報を本として作ることができる職業らしい。
今話してくれたことは、アストに聞いたことと実際に経験したことを元に本を作成し、手に入れた情報だ。
アストは死ね寸前にヴァラールの本に一部の記憶と情報を託していた。
それが1000年後に異世界から一人の少年が新たな天使族としてこの世界にやって来るという情報と、ヴァラールにその者の出来る限り手助けをしろという命令であった。
「なるほどね……、でも聞いた限りでは肉体が女になるとは書かれていませんでしたよね?」
「天使族には女性しか存在しませんので、私が勝手に推測しただけです」
「ああ、なるほど……」
「昔話は以上です。何か質問はありますか?」
「……そういえば、亡くなった『天使族』の身体はどうなりましたか?完全消滅した訳ではないですよね?」
「はい、彼女らの遺体は『スルド帝国』が全て回収しました。その後どうなったのかは禁則事項に抵触するためご説明できません」
ヴァラールの《世界図書館》には、いくつかの禁則事項があるらしく、全部の内容を話すことは出来ないらしい。
「では、一般常識の内容として通貨など知っておいた方がよい内容をお話しします。【トラディ】は1年は12ヶ月、1ヶ月は30日の計360日です。季節は場所にもよりますが、主に春夏秋冬の四季で、【オーデンス】の北部は春と秋が短く、その分冬が長くなっております」
「ちなみに今の季節は?」
「まだ夏が終わったばかりなのですが、ここら辺は秋が短いので最近だんだんと肌寒くなってきています」
道理で風呂上がりにあんな寒かったわけだ。
「次に通貨です。通貨は金貨・銀貨・銅貨の三種類。金貨1枚は、銀貨30枚分。銀貨1枚は、銅貨300枚分っとなっており、『人族』の平民は一日に銅貨十枚程度で過ごせるそうです。こちらがその通貨となっております」
そう言って取り出されたのが三種類の硬貨。彫られてる絵はどれも女性だが、一つ一つ横顔が違う。
「なるほど……」
「それともう一つ、ステータス機能について説明いたします。ステータス機能は『天使族』によってこの世界に組み込まれた魔法の一つです。ステータスと声に出す又は念じることで、頭の中に自分の職業に適した情報が表示されます」
「それは俺もこの世界に来て気づきました」
「左様ですか。それでしたら、ステータスに表示される項目について簡単な説明をいたします。《ステータス開示》」
ヴァラールが声に出して《ステータス開示》と言うと、俺にでも見えるようにヴァラールのステータスが表示された。
____________________
名前:ヴァラール
種族:長耳族
性別:男
年齢:8042
職業:世界図書館 Lv220
HP:27890/27890
MP:27500/27500
攻撃力:3300
魔法力:5560
防御力:59887
魔法防御力:76430
敏捷性:13560
運:86
魔法
『世界の本作成』『精霊魔法』『風魔法Lv10』『水魔法Lv8』『土魔法Lv8』
スキル
『不老不死』『魔力操作』『精神操作』『痛覚操作』『直感』『長耳語』『精霊語』『獣人語』『人魚語』『小人語』『人語』『隠密』『森の加護』
契約精霊
・シルフ
____________________
その後、ヴァラールが説明してくれたステータスの表示について簡単にまとめると、
《HP》…生き物が生命活動するのに必要なエネルギーの量。この数値が0になると生き物は生命活動は停止する。
《MP》…魔力量を表し、魔法やアーツを使用する際に消費する。
《攻撃力》…肉体の筋力を表している。これが高いと重い物を持てたり、近距離攻撃やアーツを使用する際のダメージ量があがる。
《魔法力》…肉体の精神力を表している。これが高いと精神的興奮を抑えられたり、魔法を使用する際のダメージ量があがる。
《防御力》…肉体の耐久力を表している。これが高いと《HP》が減りにくくなり、病気にも掛かりにくくなる。
《魔法防御力》…精神の耐久力を表している。これが高いと魔法攻撃に対する《HP》の減りを抑えられる他、害がある薬物に対する抵抗力が高くなる。
《敏捷性》…スタミナや歩行速度、飛行速度、反応速度を表す数値。
《運》…運の高さを表す。
・0~50…平民程度
・51~99…貴族に成り上がれる。
・100~199…ちゃっかり王になれる。
・200以上…高ければ高いほど神に近くなる。
ということらしい。
「アーツというのは何なのですか?」
「アーツというのは、武器や素手で攻撃する際に威力や速度などを上げる技のことです。最近……と言いましても、200年程前になりますが、『人族』によって作られました。素手による格闘アーツ以外にも剣、槍、弓などといった武器攻撃アーツが存在し、その威力は魔法にも引けを取りません。アーツは『人族』のみ使用できるものなので、今のシルフィー様ではアーツを収得する事は出来ません」
「もし『人族』だった場合、アーツ取得するにはどうすればいいのですか?」
「アーツを取得するには誰かに教えてもらうか、自分で作り上げることで入手できます。私は経験したことは有りませんが、相当大変だそうです」
「そうなんですか……」
「次に魔法についてです。魔法は《火》《水》《風》《地》の四属性が基本です。まれに《光》の属性魔法を持つ者がいますが《光》は回復や治癒などの魔法ですので大体の者が僧侶の職についています。もう一つ《闇》の属性魔法が存在します。この属性魔法は『魔族』『魔人族』のみが使える魔法です。彼ら以外の種族は使用出来ません。『魔族』『魔人族』の特徴は黒い髪に赤い瞳ですので覚えておいてください」
「なるほど、分かりました。今ヴァラールのステータスを見せてもらって思ったのですが、『長耳族』は皆『不老不死』のスキルを持っているのですか?」
「いえ、これは私の職業の……副作用のようなものでございます」
「永遠に生き続けるというのは寂しかったり、辛くなったりならないのですか?」
「そのために『精神操作』や『痛覚操作』があります。これのおかげで私は長い年月を生きても発狂せずにいられるのです」
一通り話を聞いて、この世界のこと、魔法戦争のこと、ステータスやアーツのことは結構ためになった。
旅をする以上、こういう情報をくれる人物がいることは大変心強い。
「シルフィー様、旅をなさる前にアスト様の研究所と『風の精霊様』の所に行っていかれませんか?何か発見があるかもしれません」
確かに天使族が残した研究所というのは大変興味深いし、精霊にも会ってみたい。
「それはありがたいです。案内してもらえますか?」
「構いません。ですが、今日は夜も更けましたので明日ご案内するということで、よろしいですか?」
「分かりました。では、また明日伺いますね」
「お待ちしてます」
ヴァラールとの話は終わり、俺は書斎を後にした。