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[二三]ヒロインを巡る決戦が、善悪で二極化可能とは限らない(中編)

 僕は数え切れないくらいの闇討ちで、種々雑多な奇人変人と対峙したつもりだ。

『僕が姉を性奴隷にしている』などとほざくのもいたし、「おこぼれに預かる脇役でいいから、あやめさんとの乱交パーティーに加えておくれ」と涙ながらに訴える輩もいた。

 けれども芸術のためならば殺人すらいとわない、というイカれたやつとは初めてお目にかかる。

 吐き気を催すほど腐りきった性根だ。果てしなく病巣が深いな。

 ただ能登さんを人質に取られては、うかつに動けない。

 やつを引き離さなくては。

「さっき先輩、浮気について言及していたよね。確かに略奪愛ってのは、いただけない。ただし一方通行の偏愛だったら『横取り』という概念自体、至極滑稽だけど」

「どういう了見だ」

 堂嶋が目をすがめた。僕への害意がみなぎってくる。

「僕が何を言ったところで、自己弁護にしか聞こえないんじゃないかな。いっそのこと、本人に判決を下してもらうのが、フェアなやり方だと思うけどね」

「本人……フェアだと?」

「だーかーらー。あんたも煮えきらない人だな。ひまわりの口から直接聞くんだよ。一番公平でしょ」

 堂嶋は僕が『ひまわり』と呼称したことに、耳ざとく反応した。

 しかし何食わぬ顔を保とうとしている。上級生の自尊心かもしれない。

「ふむ。一理ある」

 言下に堂嶋は空いた手で、能登さんの口をふさぐ猿ぐつわを外した。

 戒めが解かれるなり、能登さんが大きく口呼吸する。息苦しかったのだろう。

「ひまわり、問いに答えてくれ。おれは君の彼氏だよね」

 能登さんは座り姿勢のまま、堂嶋をねめ上げた。

「いいえ。あなたはあたしの恋人じゃない」

 堂嶋は平静を装い、無造作ヘアをかき上げた。

 しかし挙措のぎこちなさに動揺がにじみ出ている。

「なるほど。マインドコントロールされているわけか。卑劣なことをする」

 想定の範囲内だ。やつが己に都合よく解釈をねじ曲げることは。

 のっけからディベートで片がつくなんざ、思っちゃいないよ。

「じゃあひまわりは天城くんと付き合っているのかい」

「いいえ。巡とも、そういう関係じゃない」

「ばらすなよ、ひまわり。僕たちには肉体関係しかないって、露見しちゃうだろ」

 本当は部活限定の師弟関係なわけだけど、今のは獲物を釣り上げるための餌だ。

 仕掛けた相手は堂嶋なのに、能登さんまでハトが豆鉄砲を食った状態になっている。

 頼むから三文芝居の腰を折らないでくれよ。

「肉体──関係だと、貴様」

 ビンゴ。食いついてきたな。

「あんたさっきさ、ひまわりが純情乙女だ、とかぬかしてたじゃん。片腹痛いね。笑いをこらえるの、一苦労だったぜ。あんたに一つ格言教示してやるよ。『恋は盲目』ってね」

「……黙れ」

 あとひと押し、ってところか。

「あんたにとってひまわりは、彫刻のモデルでしかないんだろ。あと『恋が女をきれいにする』だっけか。その理屈だと、僕がひまわりと付き合ってもよくね? あんたは、僕との熱愛で磨き抜かれたひまわりを、気兼ねなく彫像にすればいい」

「黙れと言っている!!」

 堂嶋はナイフの切っ先を僕へ定めた。

 僕は向けられる殺意を無視し、能登さんを正視する。

「なぁひまわり、骨身にしみたろ。この人とまともな議論なんて土台無理だって。だから言ってくれ。僕にどうして欲しい?」

 能登さんが今にも泣き出しそうな顔で、声を絞りだす。

「た……助けて、巡」

「任務了解。その言葉が聞きたかった」

 おかげで心置きなくやれる。

 イッツ・ショータイム。タガを外していいぞ、天城巡。


 あとはこのマッドな王子様を、足腰立たなくしてやるまでだ。


「誰の許可を得て、おれの恋人と会話している」

 堂嶋は目を血走らせて、ゆらりゆらりと近寄ってきた。すでに能登さんへ危害を加えることは、頭の中から抜け落ちているらしい。

 怒り狂ってるな。せっかくの色男が台なしじゃん。

 口では散々『芸術活動の一環』とうそぶいたものの、能登さんへの思い入れはなみなみならぬものがあるのだろう。

 マジキチ先輩、教えてやんよ。

 その感情こそあんたが下等と侮蔑する、〝恋〟ってやつなんだ。

 あんたは僕に、嫉妬の炎を燃やしているんだよ。

「あんたの彼女かもしれないけど、同時に僕のセフレでもある。話しくらい、いいだろ」

「貴様ぁぁーーーー」

 堂嶋はナイフを手に、突進してきた。まさしく猪突猛進。

 彼の得物、刃渡り十センチってところか。日本刀やなぎなた、ランスならいざ知らず、脇差しに満たない刃など、恐るるに足らない。

 カギ爪がついたリーチの長い腕がある、くらいの認識で事足りる。

 僕も前に出た。

 堂嶋が駆けた勢いを殺さず、ナイフを突いてくる。

 しかしモーションは素人同然だった。文化系クラブに所属しているのだから仕方ないにせよ、シリアルキラーにはほど遠い。

 僕はナイフの軌跡をよけ、懐に潜りこむ。腕をつかんで、下方向へ引っ張った。おまけでお留守な足元も払う。

「うあっ」

 堂嶋は世界が逆さまになったことを知覚し、悲鳴をあげた。

 僕の中でためらいが生まれる。

 廃ビルの床は畳でなく、コンクリート製。仮に受け身をとったとしても、後頭部や背中を強打すると致命傷になりかねない。

 僕は回転のベクトルを軌道修正して、臀部から着地するよう調整した。

「ぐっ」

 堂嶋がケツを床にたたきつけ、苦悶の表情になる。尾てい骨にヒビが入ったところで、死にはしない。

 でも当分は戦闘不能になるはず。

 痛みで握力が緩んだのだろう。掌中の刃物がすっぽ抜けた。

 勝負あり。秒殺だった。

 念には念を入れ、僕はやつのひょろい腕を離したあと、ナイフの回収に向かう。堂嶋が動けるようになったとしても、丸腰ならば制圧するなど赤子の手をひねるも同然だ。

 薄暗い中から、月光を怪しく反射させる白刃を拾い上げた。ビルの外へ投げ捨てようかともしたけど、別の用途を思いつく。

 ナイフを握ったまま能登さんのもとへ。

「オーダー通り、あっさり返り討ちにしてやったよ。あっけなさすぎて、見応えなかったかもしれないけど」

 能登さんはふるふる首を振る。

「ううん。カッコ、よかった」

「でしょう。僕って自称、やるときはやる男なんで。んじゃ、じっとしててね」

 僕は能登さんの手首と手首の隙間にナイフを差しこむ。ひと息に斬り上げた。

 彼女を縛りつけていた縄が真っ二つになる。

「皮膚、切れてないよね。あぁ、跡ついてるじゃん。なんか緊縛プレイみたいに──」

 言葉が途切れた。ついでにナイフも取りこぼす。

 能登さんが僕に抱きついたせいだ。

「ありが、とう。あたし、怖かった」

 よほど肝を冷やしたのか、能登さんの締めつけが強まる。

 ふおぉ。不意打ちどころの騒ぎじゃない。

 鼻先にあるツーサイドアップの髪の毛から、いい香りがする。

 そして何より僕は初めて知った。彼女、着痩せするタイプだと。

 僕の胸に押し当たる圧が半端ない。大きさでは姉に劣るかもしれないけど、しなやかさでは甲乙つけがたい触感だ。

 僕も能登さんの背に手を回してもいいだろうか。

 いや、あかんな。

 自制心を緩めると僕、彼女にとんでもないことしでかすかも。

「そ、うかな。表情がなくて、怖がっているように見えなかったけど」

「いいえ。もうダメかも、と覚悟して──巡、逃げて!」

 能登さんの絶叫を耳にし、コンマ数秒で思案した。

 僕らは今、絶体絶命らしい。二人とも無傷、ってのは高望みなんだろう。

 片方しか助からないのだとしたら──

「受け身、してね」

 僕は能登さんを横方向へ引きはがした。

 彼女がスローモーションで吹っ飛んでいく。

 胸をなでおろした矢先、左腕に熱さを感じた。熱した鉄の棒を体内にねじこまれた感覚。続いて激痛が走る。

 僕は上腕を抱えつつ、斜め前方へ転がった。前転自体きれいに決まったものの、うずくまって立てない。新体操だったら大幅な減点だろう。

 二の腕を押さえていた手を離す。たなごころにべっとりと赤い液体が付着していた。

 ──僕の血液。

 みるみるうちにカッターシャツの左袖が赤く染まっていく。

 振り向くと堂嶋が立っていた。右手に何やら刃のついた物体をぶら下げている。

 僕の血が滴ってるところを鑑みるに、そいつで切りつけたのだろう。

 でもなぜだ。ナイフは奪い去ったはずなのに。

「いいざまだな。おれに切り札がないと思ったか?」

 読心術でも心得ているのか、堂嶋が言った。そして誇らしげに掲げた物──

〝ノミ〟だった。彫像を削る際に用いる、工具。

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