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[二一]無頼漢の軍勢に君臨するのが、屈強な猛者とは限らない

 あや姉に安請け合いしたものの、僕はノープランだった。

 そして家を出た今更ながら、いまだ制服姿であることを自認する。

 飯食って着替えもせず、ベッド直行だったからな。服装なんてどうだっていいけど。

 肝要なのは、いかにして能登さんの現在地を突き止めるか。

 それができるなら、素っ裸でストリーキングでもしてやんよ。

 立ち止まっていても、なんら名案は浮かばない。

 目的地ナッシングだけど、ひとまず歩く。だが動きながらでも、突破口の『と』の字も出てこない。

 去来するのは、能登さんの切迫した声音だけ。

 僕は頭をかきむしる。

「くそぅ、なんかないのかよ。この際方法は問わないし、贅沢も言わない。居場所を特定できるなら、悪魔と取引する黒魔法だって」

 悪魔に──黒魔法。

 最近僕、そういういわくつきアイテム、入手したような。

「そうだっ。アラジンのランプ!!」

 スラックスの尻ポケットをまさぐる。

 あった。敵から送られた、塩。

 よれよれになった紙切れに記された数字を、ケータイに打ちこむ。手が汗ばみ、何度も入力ミスしてしまった。

 紙片の番号と照らし合わせて、発信。

「頼む頼む頼む。出てくれ、お願いだ」

 七コールでつながった。

『……はい』

 テンション低っ。

 僕、十中八九不審者と思われてるな。

 不信感を取り払わないことには、交渉すらおぼつかない。

「こんばんは。天城あやめの弟、巡です。あなた方には〈B〉のほうが、なじみ深いかもしれませんけど。いつぞやの借りを返してもらいたくて、お電話しました」

『あやめ様の弟? あ~、あったね。妹さんへ働いた狼藉の貸し。で、なんのご用かな』

 受話口から聞こえた声色に、僕は閉口した。

 電話した相手は、〈ASEAN〉団長のはずなのに……。

『おーい、こっちの声、届いてるか~い』

「は、はい。鮮明に聞こえます」


『あっ。ひょっとして、たまげてるのか。ボクが〝女〟だから』


 ボーイッシュであるものの、通話相手は女子なのだ。

〈ASEAN〉はあや姉の信者軍団なので、必然的に男子が過半数を占めている。従ってトップは男であるものと、疑いもしなかった。

「予想外では、ありました」

『いいねぇ、君のリアクション。もっと驚かせてやりたくなるよ。じゃあ出血大サービス。ボクは君とおんなじ二年生だよ~ん。だからタメ口で結構』

「に、二年の女子がリーダーなの。僕のクラスメイト、なんてことはないよね。だけど、同級生にボクっ娘はいないし……別のクラスか」

『ノンノン。身分を偽るため、便宜上一人称を「ボク」にしてるだけ。普段の立ち居振る舞いも、もうちょい女の子っぽいよ』

 ボクっ娘での検索は不可能ってわけか。けど一つ分かることがある。

 この娘、切れ者か曲者だ。

「了解。無用な詮索はしないと誓う。君の正体暴くため、電話をかけたわけじゃないし」

『そうだったね。御託は切り上げよう。で、巡くん。ボクは何をすればいいんだい』

「今から人を貸して欲しい。動員可能な全メンバーを」

 電話の向こうで息をのむ様子が伝わってきた。

『こんな時間に大人数を駆り出せ、か。どうやら逼迫した状況らしいね』

「話が早くて助かる。僕のクラスメイト、能登ひまわりさんの身に危険が及んでいるんだ。消息不明で、何者かに連れ去られたと思っている。だから一刻の猶予もない。人海戦術でしらみつぶしに捜索したくて」

『ローラー作戦ってわけか。ところで能登ひまわりって、「クドーたん」だよね』

 僕は即時応答できなかった。

「よくそのあだ名を知ってるね。男の中でのみ通じるコードネーム、と思ってたのに」

『だってボク、彼女のこともマークしてるから』

「えーと。『マーク』って、どういうことかな」

『だから恋愛対象として、つばつけてるの。ボク、言わずと知れた百合っ娘なんだ』

 おいおい彼女、レズなのか。

「つーことは、姉に対する情熱も」

『うん。プラトニックじゃなく、身も心も捧げる正真正銘のラブ。巨乳メガネっ娘なんて、大好物のごちそうだよ。かなうなら、君と体を交換したいくらいさ。いわゆるTSだね』

 うぅ。相談相手の人選、誤った気がしてきた。

『なーんちって。恐れおののいたかい、巡くん』

「ジョークなのかぁ。どっと疲れたよ」

『正確にはボク、二刀流なんだ。女の子だけでなく、男の子もいける口。にしし』

 どっからどこまでが真実か、線引きが曖昧だ。

「両刀使いだろうと構わないよ。僕の願いを聞いてくれさえすればね」

『ありゃりゃ。殊のほかフレキシブルじゃん。もっと慌てふためくかと思ったのにな』

 こいつ、僕をおちょくって愉悦に浸ってないか。

『長々と無駄話にかまけるのも、無礼ってものだね。本題に入ろう。巡くんの依頼だけど、こっちとしちゃ聞き入れる必要ない、ってのがボクの見解だ』

「話が違うぞ! 僕の頼み、なんでも一つかなえてくれるんだろう」

『おっかないなぁ。脅しつけることないだろう。ボクはれっきとした少女だぜ』

「悪いが、今はフェミニストを気取ってる余裕がない。これ以上無駄口たたくつもりなら、切らせてもらう」

『せっかちだな。短気で早漏な男は、女子に敬遠されるよ。婉曲な表現したボクにも非はあるがね。ボクが言いたかったのは「団員を招集するまでもない」ってこと。クドーたんの居所なら、とうに当てがついている』

 僕は何も言えなくなった。

『街外れに大型のホームセンターがあるだろう。あそこを突っ切ってしばらく行った先に、建設が中断された廃ビルあるの、知ってるかな』

「天井がないから、ホームレスや野良犬も寄りつかない幽霊ビル?」

『ブラーボー。不況のあおりで、建てているさなかに持ち主の企業が倒産、ってんだから笑いぐさだよね。で、クドーたんはその廃ビルに、男子生徒とともにいる』

『男子生徒』ってのが、能登さんを拉致したとおぼしき野郎と合致するのだろうか。

 そっちも捨て置けないけど、第一に尋ねるべきことがある。

「なんで、そこまで知ってるんだ」

『たまたま団員の一人が下校中、クドーたんを目撃したらしいんだ。しかも隣には巡くん以外の男子がいるというじゃないか。ボクは報告を受けて小躍りしたよ。二人を見失わぬよう、尾行を指示したさ。ボクは追跡報告を一日千秋の思いで待った。あ、とちったな。ここは「全裸待機」のほうが、君を狼狽させられたろうに』

 相手の顔さえ見えない状況だぞ。

 想像力だけで、僕の血潮がフィーバーするかっての。

「今となってはケガの功名だけど、どうして部下に能登さんをつけさせたんだ」

『君に対する、ゆすりの材料になると思ってね。巡くんって、近ごろクドーたんと仲良しじゃん。彼女の密会現場を押さえれば、いざというときに精神的ダメージを与えられると踏んだのさ』

 女だてらにエグいことするな。〈ASEAN〉の頭領なだけある。

「いい趣味してるよ。そんで能登さんは、廃墟で男と何してたんだ」

『さあね』

「『さあね』って、おふざけも大概に」

『ふざけているのはどっちさ。健康体の未成年男女が人目を忍び、廃墟に踏み入るんだよ。やることなんざ、絞られる。偵察を命じたけど、さしものボクだって「リアルカップルの野外プレイを観賞しろ」とまで野暮は言えないよ』

「でも能登さん……実際は危ない目に遭ってるんだ」

『それは結果論にすぎない──と開き直るのも不誠実だね。どうする。うちのメンバーで選りすぐりの武闘派を数名貸そうか』

「いや、気持ちだけありがたくちょうだいしておく。情報提供で充分だよ。あとは僕一人でなんとかする」

 彼女は電話の向こうで、くつくつと笑っている。

『正味な話、力不足だもんね。うちの戦闘員が束になっても、巡くんを屈服させられない。だからこそクドーたんのスキャンダルに、すがろうとしたわけだし』

 手の内を明かしている。裏表ないやつなのかもしれない。

 いや、僕は彼女の表の顔、全く知らんしな。心を許すのは浅薄ってもんだ。

『後方支援隊ってことで、一応彼らもスタンバイさせておくよ。電話を一本もらえれば、すぐ出動できるようにね』

「至れり尽くせりで、助かる」

『いやいや、持ちつ持たれつさ。でね巡くん、ギブアンドテイクだ。クドーたん救出作戦の首尾について、一報もらえないだろうか。ボクにとっても気がかりな事案だしね』

「うん。なるべく吉報を届けられるよう、最善を尽くすよ」

『敵対勢力のおさであるボクが口にすべきじゃないかもしれないが、グッドラック。健闘を祈るよ、巡くん』

「誰であっても激励をもらうと、心強いよ。粉骨砕身の心構えでがんば──あっ。大事なこと、聞き漏らすとこだった」

『なんだい。ボクのスリーサイズや下着の色なら、教えないぜ』

 彼女まで僕を、下ネタ大魔王と決めてかかっている。訴訟ものだ。

「言っとくけどね、僕はテレクラに傾倒しちゃいないから。じゃなくて能登さんと一緒にいた男だよ。彼に関する情報をもらってない」

『あぁ、だっけか。その男子ってのはね……』

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