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[二]魅惑の姉妹をはべらせた少年が、幸福とは限らない(前編)

「エキセントリック! めぐ兄、告られたの!?」

 登校の道すがら、セーラー服の女子中学生がはしたなくも叫んだ。

 サイドポニーのヘアスタイルで、活力あふれる双眸、小ぶりな唇の横にワンポイントのほくろがある。

 背は低くて頭頂部が僕の肩下くらいだ。スレンダーな体型で足が長い。反してスカートの丈が短いうえショートソックスなものだから、目に見えて生足の比率が高かった。

「エキセン……なんだって? ルミちゃん、どういう意味だい」

 少女の名は天城ルミ。生意気盛りな僕の妹だ。

「めぐ兄高二なのに、そんなことも分かんないかな。『ウソでしょ』みたいな感じ。ルミの学校ではやってんの」

 ふむ、中二病的ブームか。実際、ルミちゃんは中学二年生だし。

 しかしながら、のちのち悶絶必至の黒歴史になりかねない流行だ。

 情操教育上、今のうちから自粛させるべきだろうか。

「はぐらかさないで教えてよ~。めぐ兄は〝生まれて初めて〟告白されたの?」

 ルミちゃんは殊更『生涯初』を強調した。

 僕たちと同じペースで歩道を進む萌高の女子生徒が、気の毒そうな目線をよこす。

「は、早とちりだって、ルミちゃん。体育館裏に呼び出されただけだからね。そしてここ、衆人環視の通路だよ。大声で僕を辱めないでくれるかな」

「ごっめーん。うっかりしてた。ルミ反省」

 ルミちゃんはぺろりと舌を出した。仕草はすこぶる愛らしい。

 さりとて僕は知っている。

 きれいなバラにはトゲがあることを。

 頭の回転が速い妹に限って、うかつなどあり得ない。故意にやったのだ。

 兄として心を鬼にし、諭すべき局面かな。

 僕がどうして羞恥プレイさせられているのか。起点はゆうべにまで遡る。

 能登さんの投げっぱなしジャーマンが見事炸裂し、僕は部活に身が入らなかった。そのまま心ここにあらずで帰宅。

 そして脅威の嗅覚を発揮するルミちゃんに捕まった。なぜ僕がうわの空なのか、根掘り葉掘り問い詰める。

 あの粘り強さときたら、FBI捜査官もお手本としたいに違いない。

 僕は執拗な尋問に音を上げて白状した。

 ただし全容はぼかした断片的な開示。よって今朝、細部を詰問されている。

 こんなことなら、昨夜のうちに洗いざらいしゃべっておくんだったよ。とほほ。

「でもその相手、『嫌いじゃない』って言ったんでしょ。ニアリーイコールで告白ということじゃない。めでたいね。今夜はママが腕によりをかけた、お赤飯にしてもらおっか」

「や、やっぱそうなっちゃう、かな」

 ルミちゃんの推測は、すんなり飲みこめた。薄々予感があったから。

 情況証拠から類推すると、能登さんは僕に脈あり──

「なわけないじゃ~ん。めぐ兄の発想、いやらしいね。ひわいな面構えになってるよ」

「なな、なってないからっ」

 僕の声は裏返り、図星なのがもろバレだった。

「お願いだからめぐ兄、女の子と目が合っただけで、『あいつ、俺のこと好きなんじゃね』と暴走しないでよ。非モテ男丸出しだから。お姉ちゃんも、そう思うでしょ」

 妹が僕の体越しに同意を求めた。

「どうでしょう。めーくんがエッチなのは揺るぎない真実だとしても、健全な男子として許容範囲という可能性も、なきにしもあらずで」

「あやめ姉さん、何について言及しちゃってんの!?」

 傍らにいるメガネっ娘が、僕のほうへ体の向きを変えた。

 長髪を三つ編みで一本に束ね、セルフレームメガネレンズの奥に垂れ下がったまなじりがある。プリーツスカートの長さは規則遵守、紺のハイソックスも学校指定の代物だ。

 圧巻なのが胸元の膨らみ。ブラウスのボタンの一部がはちきれんばかりになっている。プリントTシャツの柄をいともたやすく、いびつにする質量だ。

 彼女の名前は天城あやめ。高三で楚々とした自慢(?)の姉だ。

「え。私、またとぼけちゃいましたか。じゃあこっちのことだったかな。ルミ、めーくんに交際申しこんだ相手、女の子と決めつけるのはいささか早計だと思いますよ」

 ダメだ、この人。マイペースが度を越しとる。

 話半分どころか八割方、右から左なんじゃなかろうか。

「キャハ、サイッコー。お姉ちゃん天然すぎ。いくらめぐ兄モテないからって、ボーイズラブには走んないでしょ。それともなあに。相手は実体を持たない幻、とかって白昼夢説を主張したいの?」

 ルミちゃんは人目もはばからず、抱腹絶倒した。

 おっとり清楚でダイナマイトボディ、並びに学業成績優秀と三拍子そろったあや姉は、アホの子──ゲフンゲフン、そこつなのが玉にキズだ。

「私、そういうつもりじゃ……。ごめんね、めーくん」

 タレ目をうるうるさせて上目遣いしてくる姉。一挙一動、チワワを彷彿とさせる。

 反則だ。

 こんなふうにされたら、憎みたくとも憎めないじゃないか。

「あ、あやめ姉さんに非はないよ。強いて言えば、隠しごとした僕に責任の一端があると思うし」

「そうそう。隠れてこそこそする、めぐ兄が悪いの。あわよくばルミたちに内緒で、女の子とのイチャラブとかたくらんだんでしょ。がっかりだよ。お兄ちゃんがそんな薄情とは、ルミ思いもよらなかった」

 終始やゆ混じりだった妹が、一転してしおらしくなった。つぶらな瞳から、一筋の涙がこぼれる。

「え、ちょ──ルミちゃん、どうして泣いて……。僕のせい、だったりする、かな」

 ルミちゃんはつたない質問に応じず、両の手のひらで顔面を覆った。

 や、やばくないか。

 全くもって心当たりがないけど、可及的速やかに真相究明しないと──

 そのとき背筋に悪寒が走った。恐る恐る振り向く。

「うふふふふ、めーくん。どういうことかきっちり説明してね」

 般若──もとい、鬼気迫るあやめ姉さんのご尊顔があった。

 あや姉は妹のルミちゃんを溺愛している。

 中学生と高校生になった現在も、二人で一つの部屋をシェアするくらい、仲良し姉妹だ。一心同体、と言っても差し支えない。

 それだけに愛するルミちゃんがつらい目に遭っているのを見過ごせない──ってのは、婉曲表現で、端的に言えばブチ切れる。

 姉にとってルミちゃんは〝逆鱗〟に等しいのだ。

「い、いや、姉さんも見てたでしょ。僕は指一本触れてないし、過度なストレスを与えるような暴言吐いた覚えも──」

「なーんて、うっそ~。笑いすぎによる涙でしたぁ。えへへへ、めぐ兄ビビった?」

 ルミちゃんが喜色満面で、『いないいないばぁ』をした。

 忍耐……自制心だぞ、天城巡。

 僕は息を大きく吸って、吐いた。

 これがマイシスターの仕業でなきゃ、迷わずデコピン一発くらいお見舞いするところだ。

 せめてもの救いは、あやめ姉さんが矛を収めたこと。いつもの虫も殺さぬ小動物モードに戻っている。

「念のため確認だけど、めぐ兄に告ったのって萌高のJKだよね」

 ルミちゃんは通学路を歩みつつ、体を寄せてきた。

 声を潜めるためかもしれないけど、ひじとひじがぶつかるくらいの隙間しかなくなる。

「だから告白じゃないって。何度言えば分かってくれるかな。あとルミちゃんの質問には、黙秘権を行使します。これ以上墓穴を掘りたくないんで」

「かわいい妹の問いかけを無視するなんて、あんまりじゃない。ま、ルミとしてはどっちでもいいけどね。答えてくんなきゃ、〝泣きわめく〟だけだし」

 ルミちゃんがこれ見よがしにしたり顔する。

 これはマイルドな脅迫だ。


【ルミちゃんが泣く → あや姉激高 → 僕の命運尽きる → ゲームオーバー】


 という末路をたどるのは、火を見るより明らかだから。

「はぁー、分かったって。教えればいいんでしょ。女子だよ。同級生のね」

「へぇ、クラスメイトなんだ。で、その腐れビッチ、お姉ちゃんよりおっぱい大きい?」

 おやおや、幻聴かな?

 純真無垢なJCの口から、スラングが飛び出したような。

「ごめんよ、ルミちゃん。僕、刹那の難聴に陥ったみたいなんだ。もう一回リピートしてくれると助かるんだけど」

「もぉー、しようがないな。耳の穴かっぽじってよく聞いてね。そのあばずれ女、巨乳のお姉よりでかいの?」

 図らずも、僕の聴覚が正常であることが証明された。

 ルミちゃんは卑語を口にしている。しかも姉と能登さんへ、同時多発的に。

「そ、そんなことを、臆面もなく言えるわけないだろ。だいいちルミちゃんは『あばずれ』とかって汚い言葉、使っちゃダメ──」

 ルミちゃんが僕にしか届かぬくらいまで、声量を絞る。

「きれいごとはいらない。ルミの質問に答えて。でないとめぐ兄が脱衣所に忍びこんで、お姉ちゃんの下着の残り香をクンカクン……むぎゅ」

 僕は迅速に手で妹の口を封じた。

「そんな大それたこと、いっぺんたりとやってないよね。でっち上げにもほどがあるよ!」

「離してよ」ルミちゃんが拘束を解いた。「めぐ兄に含蓄あることわざ、教えてあげる。『火のないところに煙は立たぬ』よ。心に刻んだら、白黒はっきりつけて」

 まったく、口が減らない妹だ。口論で言い負かせる気がしない。

 でもルミちゃんが吹聴すると風評被害は甚大になる。

 真偽のほどがどうあれ、あや姉は僕を軽蔑するに違いない。

 僕は目いっぱいボリュームを落として、

「あやめ姉さんの圧勝だよ」

「だよね~。お姉よりデカ乳なんて化け物じみた女子高生、ざらにいないだろうし。ルミの養分まで全部吸収したんだから、勝ってもらわないと立つ瀬ないもん」

 ルミちゃんはセーラー服の胸部を見下ろした。『まな板』とまで言わないけれど、姉と比べたらずいぶん慎ましやかなサイズだ。

「ルミ、私を『化け物』呼ばわりしましたか」

 とうとうあや姉が食いついてきた。ところどころ漏れ聞こえたのだろう。

 せっかく仲が良い姉妹なのに、たった一つの失言が軋轢を生むこともあり得る。

 不肖の長男として、一肌脱ぐか。

「違うんだ。ルミちゃんはあや姉が『化け物みたいにプリティー』と言ったんだよ」

「うわぁ、めぐ兄。それでフォローしたつもりじゃないよね」

 ルミちゃんがジト目を向けてくる。

 ありゃ僕、とんちんかんだったかな。

「うふふ。嫌だな。『プリティー』なんて、照れるじゃないですか」

 あや姉が満面の笑みで、僕の背中をパシパシはたいてきた。

「お姉ちゃん、ちょろすぎでしょ。そんなんじゃ、悪い男にころっとだまされるよ。いや、とっくの昔に手遅れか」

 ルミちゃんが横目で僕を一瞥した。

「じゃあ次の質問ね、めぐ兄。そのちっぱいJK、ルックスはどうなの」

 妹の中で能登さんは貧乳認定されたらしい。彼女、決して小さくないと思うが。

 けれども逆らうと、余計ややこしくなりそう。

 超法規的措置で見て見ぬふりだ。すまん、能登さん。

「とびきりきれいな顔、してるよ」

「見境ないめぐ兄の目は節穴だから、あてにならないけどね。んで、そいつの名前は?」

 僕への評価、激辛じゃないかな。自称、褒められて伸びる子なんだけど。

「能登ひまわり」

「ふーん、明るそうなファーストネームだこと」

「普通そう思うじゃん。ところが詐欺か、ってくらい無口でさ。『名は体を表す』という格言、必ずしも当てはまらないんだね。『寡黙な深窓の令嬢』っつーのも乙だけど」

「お兄ちゃん、そういうのがタイプなの? てっきり〝おっぱい星人〟だとばかり思ってたんだけどな~」

 ルミちゃんに流し目されたあや姉が、なぜかうつむく。ほっぺがほんのり桜色だ。

「心外だな。僕はルミちゃんの美脚の素晴らしさも、理解しているつもりさ」

 我が妹がにんまりと口角をつり上げる。

「そうだった。めぐ兄は妹の生足にも節操なく欲情しちゃう変態紳士ってこと、すっかり忘れてたよ」

 微塵も僕の株が上昇してないように感じるのは、どうしたことか。

 むしろ下落の一途をたどっているような。

「でも能登ひまわり、か。ルミのお気に入りのおもちゃにちょっかいかけるなんて、いい度胸ね、女狐。どう懲らしめてやろうかな」

 ルミちゃんがよこしまな微笑を浮かべた。なまじ美形なだけに、邪悪さが際立つ。

「る、ルミちゃん。まさか能登さんに何か仕掛ける気じゃ」

「な~んちゃって」妹が年相応のあどけない顔つきになる。「やらないよ、狐退治なんて。だって学校違うし、何かと制約あって動きにくいもん」

 裏を返せば、双方同じ学校なら罠張り放題、ってことか。物騒だな。

「ねぇ、お姉ちゃん。ルミのお願い聞いて。学校で女狐、牽制しといてもらいたいの」

 ルミちゃんが必殺『猫なで声』を発動した。

 僕の経験則で言えば、あや姉は一も二もなく従うのだけど──

「いくらルミの頼みでも、容認できないことだってあります。痴情のもつれで人様に迷惑かけてはいけません。あとあんまりべったりだと、めーくんにウザがられますよ」

 ルミちゃんが鼻白む。

「しらばっくれちゃって。お姉だって能登ひまわりのこと、気になってるくせに」

「気になってなど……いません」

 姉の反論は尻すぼみだった。

「お姉ちゃん、いいの? このまま指くわえてたらめぐ兄、きっと悪女に誘惑されるよ」

「私たちは姉弟です。取ったとか取られたとか、議論が根底からしてナンセンス──」


「でもさ、〝血はつながってない〟じゃん」


 妹の言葉通り、僕ら三人は義理の姉弟だ。

 生みの親が別人ゆえ、顔かたちも似ていない。

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