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[一六]百戦錬磨の毒舌家が、向かう所敵なしとは限らない(後編)

「単刀直入にいきますね。お兄ちゃんに思わせぶりな態度、やめてもらえますか。めぐ兄は見た目通りの、どうしようもない朴念仁です。女子に免疫なくて、ちょっとのことでも舞い上がってしまう。妹として兄の痴態は、見るに堪えません」

 やっと本題に入ったのは、僕としても望むところだ。

 けど、わざわざ兄をこき下ろす必要あるだろうか。

「妹として、ね」

 能登さんがシェイクのストローを指でいじくった。

「ルミ、何かおかしなこと言いましたかね」

 妹がドスの利いた声音で言った。

 丁寧語であるものの、年長者の能登さんへ敵対心をあけすけにしている。

「狂っているのは発言じゃなくて、あなたの考え方」

「どういうことでしょう」

「あたしが思わせぶりに振る舞ってるかは棚上げするとして、あなたの言動、まるで巡の恋人みたいだった」

 ルミちゃんがいっそう僕に体を寄せてくる。

「そう見えちゃいましたか。ルミたち、恋人くらい仲良しの兄妹って、近所でも評判なんです。まさか能登さん、ジェラシーとかじゃないですよね」

 そんな評判、僕はついぞ耳にしたことないけど。

「ジェラシー」

 能登さんはオウム返ししたきり、思索にふけった。おもむろに口を開く。

「うがった見方をする。あなたの着眼点は、なかなかに興味深い」

「あなたの個性もなかなかどうして、とがってますよ。見習いたいとは思いませんけど」

「あたしもあなたをマネたくない。気持ちが悪いから」

 妹がどんぐり眼をつり上げる。

「気持ち悪い、ですって。どういうことか説明してください」

「あたしにも年の離れた兄がいる。けど異性として見たことは一度もない」

「あたかもルミがめぐ兄を『異性と意識している』みたいな口ぶりですね。ちゃんちゃらおかしい」

 能登さんが妹をじっと観察した。

「あなたもお姉さんも、どうしてそんなに支離滅裂で、ちぐはぐな生き方しているの」

「ルミだけならまだしも、お姉までバカにするな!」

 ルミちゃんがテーブルをたたいた。フライドポテトが数本浮き上がる。

「る、ルミちゃん、落ち着いて」

 僕は肩に手を置こうとしたものの、つっけんどんに払われた。

「ルミは冷静だから触らないで。っていうか、どうしてルミが出張ってきたと思ってるの。優柔不断な誰かさんのせいでしょ。めぐ兄は困ってる女の子とか、捨てられたペットとか見殺しにできなくて厄介ごと抱えこむから、結局尻拭いする羽目になるんじゃん」

 妹が烈火のごとく、のべつ幕なしにぶちまけた。

 僕は何も言い返せない。

「この際だから教えてあげる。ルミたちは、あんたら兄妹と事情が違うの。だって、血がつながってないし」

 あーあ、ついに言っちまった。

 ルミちゃん、はらわたが煮えくり返っているのだろう。分別が影も形もない。

「血が、つながってない」

 能登さんはリフレインして、僕に目配せする。

 正誤をつまびらかにしろ、ってことか。

「ああ、僕らは義理の姉弟だ。あやめ姉さんとルミちゃんは、父が再婚した母の連れ子」

 僕は観念して打ち明けた。

 能登さんはうんともすんとも言わず、瞳を閉じて思案している。

「なんか言ったらどう。どーせ、大したこと考えてないんでしょ」

 ルミちゃんが能登さんを挑発した。

 やにわに、能登さんがまぶたを上げる。

「合点がいった。ゆがんだ愛情の正体。あなたとお姉さんが、巡に首輪をつけるわけ」

 ルミちゃんの顔から表情が抜け落ちた。

 まずい。怒り心頭の兆候だ。

「言ってご覧なさい。ことと次第によっては、完膚なきまでに踏み潰すけど」

 能登さんにひるんだ様子はない。妹の殺気を受け流している。

 合気道さながらに。

「あなたとお姉さんにとって、巡は価値基準であり、保険」

「保険、ときた。ふんっ、何を言っているのやら」

「彼よりいい男が現れない限り、巡をキープし続ける。『飼い殺し』と言ったほうが適切かもしれないけど。だって巡の自由意志は度外視ですもの。彼はあなたたち姉妹にとって、好きなときに搾取できる家畜同然」

「……引導渡されたいのか、くそビッチ」

 ルミちゃんがつかみかかろうとしたので、僕は押さえた。

 さすがに店内で乱闘騒ぎはやばい。

「離してめぐ兄。この女狐、殺す」

「ルミっ。『殺す』なんて軽々しく口にするんじゃない!!」

 僕の怒声で、妹は絶句した。ほぼ叱らない兄からの雷が、こたえたのだろう。

 ルミちゃんは、糸が切れたマリオネットみたいにおとなしくなる。

「逆上するのが図星の証拠。姉妹のどちらかがものにするのは許容できるけど、赤の他人の横取りは我慢ならない。自分たちの所有物だもの。まるっきり、おままごとね。あなたもお姉さんも子供じみていて、振り回される巡が哀れ」

 世にも珍しい饒舌な能登さん。弁舌はなおも快調だった。

「考えてみれば便利ね。『血縁がない姉弟』って。まるで魔法の言葉。交際したって申し開きが立つし、仮に別の誰かが巡と恋仲になっても使える。『姉弟だから、結ばれなくて当然』と。不幸になるリスクは低いうえ、破局の傷口も最小限に抑えられる。まさに一石二鳥。『姉妹にとっては』というただし書きがつくけど。ヘドが出るほど、狡猾で綿密な戦略ね。唯一のほころびは、あなたとお姉さん、どちらか一方しか報われないこと」

 よくもすらすらと緻密に作り上げられるものだ。ホラ話を。

 能登さん、作家の才能あるんじゃないかな。

「ルミちゃん」

 僕は妹へ柔和に笑いかけた。

 言葉の裏に『能登さんってば、何言ってるんだろうね』とこめたつもりだ。

 でも当のルミちゃんは、別の意味に解釈したらしい。失語症みたいに「あ……あ……」と繰り返し、目尻から一筋の涙が流れる。

 頬に伝う涙を感知したのかセーラー服の袖で雑に拭い、スクールバッグを置いたまま、フロアを駆けだした。

 店内の客が『なんだなんだ』という好奇の目線を注ぐ。さっきから喧々ごうごうやっていたし、興味を引かれるのも無理からぬこと。

 僕は不可視の鈍器で頭をぶったたかれたように、身動き取れなかった。

 ルミちゃんの涙。

 妹が泣きマネするのは日常茶飯事だ。

 でも今回のは、いつもと違う。

 不注意に触れると粉々に砕けてしまいそうなもろさを、内包していた。

 演技であるはずがない。

「能登さん、今のはどういうことかな」

 僕一人では妹の乙女心をくみ取れそうにないので、助力を乞うた。

 能登さんは安定の無愛想で、シェイクをすすっている。

「耳が痛かったんでしょう。真実は、ときとして目を覆いたくなるもの」

 能登さん、僕よりIQ高いのは認める。

 しかしなぜこんなふうに、なぞなぞみたいな言い回ししかできないのだろう。

 不合理な憤りが沸き上がってくる。

「妹の心を、作り話で撹乱するのはやめてくれないか」

 僕の声色には、少なからぬ量の険が混在していた。

「あたしが、絵空ごとを口にしていると?」

「ああ。キープ、破局、戦略だって? 何一つ意味が分からない。テレビドラマの見すぎじゃないか。リアルとフィクションの区別がついてないと思うね」

 能登さんが品定めするかのごとく見返してくる。

「カマかけ、というわけでもなさそうね」

「だからなんなんだよ。言いたいことは明確にしてくれ!」

 思わず怒号を発してしまった。

 能登さんがイスの上で姿勢を正す。

「いいでしょう。可能性の一つとして、あたしは考えていた。巡は知らんぷりをしつつ、姉妹の本心に気づいていたんじゃないか、と。鈍感を装っていれば、身近なかわいらしい女の子二人と、心地よい距離感を保っていられるし」

 懲りもせずに禅問答を始める彼女。

「だけどあたしの買いかぶりだったみたいね。今はむしろ、あやめさんたちに同情心すら覚える。男など弟を除いて、世界中にごまんといるのに。あれほど器量よしの姉妹なら、引く手あまたに違いない」

「もう講釈はいいよ。君に聞いた僕が浅はかだった。とにかく妹に謝ってくれないか」

「なぜ」

 ははっ。なぜ、ときたよ。

 いい加減、堪忍袋の緒が切れそうだ。

「悪いことをしたら謝罪する。義務教育で習わなかったかい」

 能登さんがかぶりを振る。

「あたしは間違ったこと、何もしていない」

「ならなんで僕の妹は泣いたんだ」

「たぶん……本気だったから。あたしは一連の発言を撤回するつもりないけど、一点だけ補足する。巡に対するあの子の気持ち──恐らくあやめさんも──一過性の気の迷いじゃないんだと思う。だから巡もいつの日か、真剣に向き合わなくちゃならない」

 こういうとき僕は、自分の至らなさを痛感する。

 目には目を歯には歯を、へ理屈にはへ理屈を、と思ってしまうのだから。

「能登さん、心理学者とかカウンセラーに向いているのかもしれないね。洞察力があってクレバーな女の子だ。僕よりはるかに多くのことを見通せて、深く考察できるんだろう。能登さんの言葉はすべて正論なのかもね。少なくとも僕は君の持論を覆すことができない。僕は直情径行だし、言動なんかも首尾一貫してないよ。だから過ちを犯してばかりだ」

 僕は目前の美少女を正視する。

「でも覚えていて。正しいことが、必ずしもすべてじゃない。正しさが人を傷つけることだってある。妹にしたように。能登さんの発言、『訂正して』とは言わないよ。だけど妹を悲しませたことだけ、謝って欲しい。僕の要求、そんなに無茶苦茶なことだろうか」

 能登さんは下唇を噛んで、うつむいた。

「その仕草、『謝罪は嫌』のサインと受け取っていいかな」

「ち、ちが……あたし、はそんなつもり」

「いいよ。僕だって無理強いは本意じゃない。ただ、能登さんが妹に謝罪してくれるまで、君との合気道の稽古は中止させてもらう。道場に来るのも遠慮してくれ」

「破門、ということ?」

「永続的な話じゃない。無期限休止。このあと一言『ごめん』と言ってくれたら、明日にでも再開するって約束するよ」

 能登さんは対応に苦慮している。

「でもさしあたり、能登さんに謝罪の意思はないんだね。首を長くして待つことにするよ。妹を元気づけなくちゃいけないから、僕は一抜けする」

「やはりあたし自身で、対処しなくては。他力本願、巡に寄りかかるなど、虫が良すぎた。最初から分かりきったこと、だったのに」

 能登さんはうなだれて、意味不明なつぶやきをしている。

 後ろ髪引かれるワードもあったものの、今は構っている暇がない。

 ルミちゃんのアフターケアが最優先だから。

「家まで送れないけど、気をつけて帰って。じゃあね」

 僕は妹のスクールバッグも持って、ファストフード店の一階へ続く階段を降りた。

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