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[一一]姉弟水入らずの休日デートが、役得だらけとは限らない(後編)

「役立たずだね、めぐ兄は。ルミたちをどれだけ炎天下にさらしたと思ってるの。日焼けしてシミやそばかすになったら、どう落とし前つけてくれるのかなぁ」

 ルミちゃんが鬼の首を取ったように責めさいなんできた。

 たかだか十五秒オーバーしただけじゃないか。言いがかりにしても、たちが悪い。

 でも異存などあろうものなら、更に僕の粗探ししてくる。

 押してダメなら、引いてみるまで。

 ……僕は退いてばかりの気もするけど。

「せ、責任は取るよ」

「どうやって? 口先だけじゃ困るんですけど。具体例を示してくださ~い」

 弱者の足元を見て追い詰める、ヤーさんのやり口だ。

 僕の妹は将来、極妻志望なのかな。

「ルミちゃんが日焼けのせいで結婚できなかったら、僕がもらい受ける、とか」

「キャハ。世界の中心で『妹を嫁に』と叫ぶとか、めぐ兄どこまで人の道踏み外してんの。ろくな死に方しないね」

 妹がはしゃいでいる。

 僕としては、ルミちゃんが独身のまま行き遅れるなど万に一つもないだろうから述べたハッタリなんだけれど、ウケをとれたみたいで何よりだ。

 他方あやめ姉さんはご機嫌斜めらしい。つーん、とそっぽを向いている。

 あちらを立てればこちらが立たず。僕は恒例の泥沼にはまっている。

「んじゃ、ルミは帰るかな」

 ルミちゃんが伸びをした。あらわになった脇の下に、ドキッとさせられる。

「ルミ、いいのですか」

「思う存分めぐ兄に焼きを入れてやったしね。あとはお姉ちゃんに貸してあげる。ただし、キス以上はしちゃダメだからね。抜け駆け禁止」

 妹にウインクされて、あや姉は耳まで真っ赤になった。

「し、しません。そんなこと。姉弟ですよ、私たちは」

「にひっ。お姉ってば顔に出すぎ。もうちっとポーカーフェイスの練習すべきだね」

「あなたって子は……」

 結局姉は戦略的撤退したらしい。

 英断だ。ルミちゃんと舌戦を繰り広げても、勝機は微々たるものだから。

「ちなみにルミご用達の送迎係、呼びつけといたの。めぐ兄には遠く及ばないけどボディガードもいることだし、家までの道のりはノープロブレムだよ。二人は羽を伸ばしてね。そんじゃ、お姉ちゃんお兄ちゃん、グッバ~イ」

 ルミちゃんはお茶の缶を握った手をフリフリさせて、遊園地の出口ゲートへ向かった。

 妹のサーバントくん、休日まで駆りだされて難儀だな。明日は我が身だけど。

「ルミったら、私を子供扱いして」

「僕の扱いも似たようなものだって。ところでどこの馬の骨とも知れないやつより、僕がうちまでエスコートすべきだったかな」

 あや姉がぷくりとほっぺたを膨らませる。

「めーくんこそ過保護です。ルミはもう十四。昼間ですし、たとえ一人であろうと、帰るくらい造作もありません。というか二人きりの女の子をないがしろにして、悪びれもせずほかの女子の身を案じるのは私、どうかと思いますよ」

 ほかの女子って、妹じゃん。

 そうツッコんだら、ますます意固地になりそうだ。

「申し訳ございません、お姫様。ではどの乗り物がご希望でしょうか。お供いたします」

 あや姉は妹ほど絶叫マシンを好んでいない。臆病なのでお化け屋敷とかもNGだろう。きっと無難なアトラクションになるはずだ。

「で、ではあれを」

 おずおずと姉が指で示した乗り物を目で追い、僕のもくろみが的中したことを悟った。


♯ ♯ ♯ ♯ ♯


「わぁ~、絶景ですね。街が一望できますよ。海も見えるかな」

 ゴンドラ内であや姉は感激しきりだった。

 姉が乗りたいと主張したのは『観覧車』なのだ。

 高い所は気分が高揚するのか、子供のようにタレ目をキラキラさせている。

 僕は高所恐怖症というわけじゃないけど、地上から離れすぎると胃の中がきゅっとなるのでさほど好きじゃない。ムスカ大佐のような哄笑はできないってこと。

「ここは内陸だよ。海岸なんて見えるわけない。それよりあや姉、立っちゃダメだって。『立ち見は危険』って係員さん、注意してたろ」

 姉はドアで閉鎖された空間というのを笠に着て、内部を徘徊している。

「あらあら、めーくん。及び腰なのかしら。何かにつけ私を『小心者』呼ばわりしているのに。これじゃどっちの気が小さいんだか知れませんね」

 あやめ姉さんが嗜虐的に破顔した。

 血は争えないな。妹に負けず劣らず、いじめっ子の側面があるのかもしれない。

「腰が引けてなんかいない。いいから座ろう、あや姉」

「強がっちゃって。じゃあどちらがへっぴり腰か、試してみましょう。えいっ」

 姉が立ったまま『∞』を描くように全身を振った。

 これは、デンプシー・ロールの軌道。ベルトでも奪還するつもりなのか。

 いきおい、ゴンドラが振り子運動で揺れた。

「ちょ、よしなって。本気で怒るよ」

 僕はシートのひじかけを強く握った。

「うふふ。めーくん、目の色変わってる。愉快です──あっ」

 あやめ姉さんが足を滑らせた。ドジっ娘の本領発揮だ。

「危ない!」

 僕は起き上がって両腕を広げた。前かがみに倒れてくる姉を、無我夢中で受け止める。

 勢いを殺しきれずに、たたらを踏んだ。シートの背もたれに後頭部をぶつける。

「イってー……。あや姉はケガない?」

 自責の念にかられたのか、姉はしゅんとしおれる。

「羽目を外しすぎました、ごめんなさい。私は無傷です」

「ならよかった」

 人心地ついたところで思考が正常になり、現状を認知する。

 ぎょっとした。

 僕は座席と姉に挟まれている。

 ダイレクトに表現するなら、組んずほぐれつ〝抱き合って〟いた。

「わ、悪気はないんだ、あや姉。ここ、これは緊急避難的な措置で」

 僕がろれつの怪しい弁解をすると、

「めーくん、頭打ちましたよね。たんこぶになっているかも。見せてください」

 姉がよりいっそう体を寄せ、僕の後頭部を目視しようとした。

「へ、平気だから。これ以上密着しないで」

 口頭で注意を促すのが関の山だった。

 肢体の柔らかさと、香り立つかぐわしいにおいだけでも頭がくらくらするのに、加えてワンピースの胸元が僕の鼻先に肉薄する。

 たわわな桃──いやさ、豊潤なメロンを思わせる質感に目が離せなくなった。

「めーくん、どこ見て……っ!!」

 姉は僕の視線の先に気づいたらしい。

 僕は『平手打ちされるかな』と達観した。

「めーくんの、エッチ」

 わずかに身を引いたものの、あや姉は僕の腰に回した腕を解かなかった。


 密閉空間で抱擁する姉と弟。


 筆舌に尽くしがたい、禁断のにおいがする。

「こないだはごめんなさいね。めーくんの教室で取り乱してしまって」

 姉は脈絡なく懺悔した。

 二年二組での『〈GHQ〉閣下ご乱心慟哭事件』を指しているのだろう。

「いや、僕のほうこそ配慮が足りなかった。姉さんを泣かせるなんて、弟失格だ」

「めーくんのせいじゃ──いいえ、めーくんのせいです」

 あや姉は前言撤回した。

 僕に対する怨嗟が消えてないのかもしれない。

「だけど私も姉として、至らない点が多々ありました。弟の門出を、率先して祝福すべきだったのに」

「あのさ、あや姉。前々から気にはなってたんだけど、『僕の門出』って何かな」

「だから」姉は見るからにしょげ返った。「めーくんが能登ひまわりさんと、結婚前提のお付き合いを……」

「そうそう。『僕たち、誰より仲むつまじくなります』って、アホかーい」

「めーくん……ノリツッコミ、するのね」

「んなこたぁどうだっていいの。姉さんは度しがたいアホの子なんだから」

「失礼しちゃう。私は即時撤回と陳謝を要求──」

 僕は、憤激する姉の唇に人差し指を当てる。

「だからあや姉は根本からして勘違いしてんの。能登さんと僕の間に、男女の情愛なんてものはないんだから」

 姉は僕の指をどけ、顔を近寄せてくる。

「信じて、いいの?」

「か、かつて僕が姉さんにウソついたこと、あったかな」

「う~ん。キリがないくらい」

 あや姉は顔をほころばせた。

 あー言えば。こー言う。あの妹にして、この姉ありだ。

「つまりめーくんの彼女いない歴、更新中ってことですよね」

「誠に残念ながら、ね」

「じゃあ……」

 あやめ姉さんはセリフを断ち、ぬれた瞳で見上げてくる。

『じゃあ』には果たして何が接続するのか。エスパーでもない僕に、彼女の心を読むことなどできない。

 だが弱ったぞ。

 異常に近い姉の唇に、吸い寄せられそうな自分がいる。

 僕もあや姉の虜になりかけているのだろうか。

 気をしっかり持て、天城巡。

 血がつながってないとはいえ、姉弟だぞ。口づけとかしちゃったら、明日から家でどう接すりゃいいんだ。

 分かってる。んなことは百も承知だ。

 にもかかわらず、理性に反して顔が前に動く。たぎる衝動を抑えられない。

 あや姉もあや姉だ。

 退散はおろか、抵抗する素振りもない。それどころか薄目になる。

 とどのつまり『ゴーサイン』と思って──

「一周しましたよ。中から出てくださいね」

 僕でも姉でもない、第三者の声色が降ってきた。

 僕は緩慢に顔の向きを横にする。

 ゴンドラの扉が開いていた。乗り場へ回帰したらしい。

 額に青筋を浮かべた、非正規雇用らしき女性従業員が立っている。

「老婆心ながら人生の先輩としてアドバイスです。〝そういう行為〟はお外が暗くなったあと、ラブい宿泊施設でやりましょうね」

「ですよね~~」

 顔から火が出そうな僕は姉の手を引き、脇目もふらずゴンドラから撤収した。

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