表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/27

[一〇]姉弟水入らずの休日デートが、役得だらけとは限らない(前編)

「ふんぎゃあぁぁ~~~~」

 赤ん坊の泣き声ではない。

 発したのは満十六歳、万年彼女募集中の高校二年生ピュアボーイだ。

 すなわち僕。

 晴れ渡る青空のもと、僕は年季の入ったジェットコースターの安全装置にしがみつき、絶叫につぐ絶叫をしていた。

 レーンの頂点に到達したかと思うと、急勾配の坂を下る。心象的には地面すれすれまで達し、あり得ない角度のカーブを曲がる暴走列車。

 いずれも『異常な速度及び重力』というおまけつきだ。

 僕の隣には三人グループであぶれたらしい女性が座っており、女の子顔負けに叫ぶ僕を眺めて『この臆病者のせいで、しらけるんですけど』って顔している。

 すみませんね。

 何べんも乗車していれば慣れそうなものだけど、怖いものは怖い。

 僕は絶叫マシンが不得手……というか、憎悪すら覚える。

 こんなのが得意でも人生豊かになるわけじゃない。スリルを味わうためだけの乗り物は、『百害あって一利なし』というのを天城家の家訓にしたいくらいだもの。

 けどその案が瞬く間に否決されるだろうことは、想像にかたくない。

 だって我が家のアイドル・ルミ嬢は、ジェットコースターなど物ともしないのだから。この遊園地くらいの規模ならば物おじどころか、「なんなのこれ、子供だましじゃん」と吐き捨てたほどだ。

 で、その勇ましい僕の妹は現在、ジェットコースターに乗りこんでおらず、地上にいる。敷地を囲う柵から、僕の醜態をうっとりとカメラに収めているのだ。

 僕はなんとか失禁を免れ、スタート地点に舞い戻った。家族のもとへと、おぼつかない足取りで歩く。

「おかえりぃ~。めぐ兄は一流のリアクション芸人だね。素敵な表情だったよ。ぞくぞくしちゃった」

 妹の掌中にあるスマートフォンには、僕のおびえきった画像が映っている。

 上着はタンクトップ、下はミニスカートと全体的に露出度が高く、ボーダーのニーハイも相まって絶対領域が神々しい。

 ティーン誌の読者モデルもかくやの身なりなのに、なんと小ざかしいんだろう。

「『七転び八起き』って言うし、八回目いっとく?」

 ルミちゃんは愛くるしい横ピースを決めて、残酷な仕打ちを宣告した。

 僕はジェットコースターにかれこれ『七度』搭乗している。

「絶叫マシンお断り」と力説しつつも、僕がバカの一つ覚えみたいに乗り続ける理由。


 それは〝罰ゲーム〟という名の拷問だ。


 ルミちゃんは、兄が絶叫系を毛嫌いしていることなど知り尽くしている。

 彼女としては姉妹へ働いた一連の不祥事(能登さんとのあれやこれや)のとがで、僕に責め苦を受けさせねば溜飲が下がらない。

『鳴かぬなら

 エンドレスで乗せよう

 ジェットコースター』(字余り)

 そんな悪ノリのおかげで、僕は際限なく忌々しい乗り物に搭乗を余儀なくされている。

 これこそが妹言うところの『行動で示す誠意』ってことらしい。

 あや姉とルミちゃんは初めの一度のみ同乗し、あとはひたすら僕のワンマンショー。

 繰り返し乗るものだから、僕はとうとう係員さんに顔を覚えられた。

「あ、どうも」「こちらこそどうも」

 こんなよそよそしいやり取りを、幾度となく繰り広げたよ。

「ルミ、そろそろ解放してあげたらどうかしら。めーくん瀕死ですし」

 温情あふれる仲裁が入った。

 腰にまで届く長い三つ編みとセルフレームのメガネが、醸し出す雰囲気にとてもマッチしている。ゆったりしたワンピースドレスにもかかわらず、隠し仰せない豊満な胸。

 萌高生徒の天使、あやめ姉さまだ。

「お姉ちゃんは甘いの。そんなんじゃめぐ兄、必ずつけあがるよ」

「めーくんはちょっとやそっとじゃ、増長しません。ひとたび女の子が絡むと、その限りではありませんけど。あと人並みに悔いる気持ちがあるはず、と私は信じたいです」

 うーーん。

 あや姉、僕を援護してるんだか、ディスっているんだか微妙だ。

「お姉が『いい』って言うなら、許してあげなくもないけどさ。やっぱむしゃくしゃするから飲み物買ってきてよ、めぐ兄。ルミ、のど乾いちゃった」

「見目麗しい妹ぎみのお願いとあらば、この兄めがかなえましょうぞ」

 僕は執事のごとく、うやうやしくこうべを垂れた。

「ったく、風見鶏なんだから。ならお兄ちゃん、ルミの飲みたい物言ってみて」

「ダイエット中ゆえ、炭酸と甘ったるいのは論外。果汁飲料も控えているし、缶コーヒーは性に合わない。お茶がベストと考えます、お嬢さま」

 いついかなるときも妹の好みを暗唱できる僕。兄として申し分ない。

 ただし、口外できる特技でないことは自明の理だ。

「分かってるじゃん。お姉ちゃんは何にする? めぐ兄のおごりだから、ピンクドンペリでもオッケーだよ」

『はい、ピンドン一本入りましたぁ。ふぅー』って、なんでやねんな。

 よしんば僕がホストだったとしても、身銭を切るんじゃ成果にならないっての。

「ピンクドンペリ? 私はルミとおそろいでいいですけど」

 さすが清純派マイエンジェル。

 どこぞの小悪魔ちゃんと違って、世俗に毒されてない。

 ルミちゃんが遠くの自動販売機を指さす。

「そんじゃマッハで買ってきて。二分以内ね」

 マイシスターは小悪魔じゃない。まごうことなきデビルガールだ。

 だがしかし僕は、

「喜んで~」

 とスタートダッシュを切った。

 己の従順ぶりに泣けてくる。僕は生涯、ルミちゃんに頭が上がらないのだろうか。

 フルスピードで駆け抜け、自動販売機前に到着。

 ジーンズのポケットから財布を引っこ抜く。小銭を自販機に投入し、冷たいウーロン茶のボタンを連打した。

 自分の分はどうしようと悩み、無難にレッドブルを選択。幾ばくかでもエナジーを補給せねば、今後続くであろうルミちゃんの無茶ぶりに対処できないし。

 自動販売機の取り出し口に右手を突っこむ。ドリンクを三本胸に抱えたところで遅まきながら、注がれる熱視線に気づいた。

 レイピアで刺突するかのように、僕の体躯へ突き刺さる感触。

 素早く辺りに目線を走らせた。

 ──いた。こちらへまなざしを固定する人影が。

 でも〝あれ〟が僕になんの用だろう。

「ねーねー、風船ちょうらい」

 わんぱくそうな男児が、例の物体に話しかけた。

 そいつが子供を見下ろす。通常であれば、

「わー。キミ、元気いっぱいだね。ボクとおともだちになってよ」

 とでも気さくにしゃべりかけるのだろう。

「…………」

 なのにそいつときたら、身じろぎ一つせず、じいっと男児を見続けた。

 効果音をつけるとしたら『ゴゴゴゴ』という感じ。今にも「てめーはおれを怒らせた」とスタープラチナで応戦しそうだ。

 彼も不気味になったのか「ふ、風船なんていらねぇし」と言い残し、立ち去る。『脱兎のごとく』とは、ああいう様をたとえるときに使うのだろう。

 だがしかしこのかけ合い、どうも既視感がある。

 逃走を図った児童が、僕とダブって仕方ない。

 物思いにふけっているうち、やつが再び僕へ照準を合わせたらしい。

『そいつ』とか『やつ』とか紛らわしいな。

 答え合わせをしよう。

 この遊園地のマスコットであるリスの着ぐるみ(二足歩行モデル)が、僕を注視してるのだ。ゆるキャラっぽい名前もあったはずだが、とんと思い出せない。

 愛嬌のある見た目に似つかわしくないほど眼光鋭く感じるのは、なぜだろうか。風船を配って回るのが仕事のはずなのに、『働いたら負けかなと思ってるんで』とばかりに職務放棄している。

 子供たちも物々しい空気を肌で感じるのか、近寄る者さえ稀有だった。

 ──サボるなよ、おっさん。職務怠慢を告げ口されたらクビだぞ。

 胸中で僕は〝中の人〟にクレームをつけた。

 子供の夢を壊すなど、マスコットにあるまじき失態だと思うし。

 とはいえタイムリミットが間近。エモーションがピーキーな(というか兄へ四六時中、言葉責めする)妹の気分を害したくない。

 神罰を免れるための供物に近い飲み物を抱えつつ、僕はUターンした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ