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[一]『異性からの手紙@下駄箱 = 告白』とは限らない

天城(あまぎ)くん、返事は少し待って」

 僕の眼前にたたずむ、スクールベスト姿の女子が言った。タータンチェックのプリーツスカートが微風を受けてそよぐ。

 ツーサイドアップのセミロングヘアで、ぱっちり二重まぶたに鼻筋が通った女子高生。

 黒タイツに覆われた脚線美もさることながら、均整のとれた顔立ち。

 文句なしで美人に分類されるだろう。

 ただ、壊滅的に愛想がない。喜怒哀楽どころか社交性も希薄だった。

 ニックネームが〈クールドール〉なだけある。

 素材は極上なんだし、愛嬌の一つもふりまけばパーフェクトだろうに。そうすりゃ全校生徒からまんべんなく支持される生徒会副会長の我が姉、天城あやめ嬢に勝るとも劣らぬ人気を博すこと──

 僕がとりとめない空想にふけっていると、彼女がきびすを返そうとした。さっきの一言で任務完遂、と思ったのかもしれない。

「ちょ、ちょっとタイム。能登(のと)さん」

 美少女、能登ひまわりが柳眉をひそめた。

「…………」

 されど何も言い返してこない。けげんそうに凝視してくる。

 ──なんでやねん。そういう顔したいの、僕なんだよ。

「君にしてみたらとっくに用済みかもしれないけど、僕は何がなんだかさっぱりなんだ。順を追って整理させてもらえないかな」

「…………」

 能登さんはうんともすんとも言わない。彼女が自発的に解説する気はないようだ。

 もしもこの場に第三者がいたなら、僕は未練がましい男に映るかもしれない。

 思いの丈を告げた僕と、『考える時間をちょうだい』とせがむ能登さん。彼女の懇願を意に介さず、僕が即座の返答を迫っている、なんて構図にも受け取れるだろうな。

 だけど違う。断じて否だ。

 だって〝呼び出したのは彼女〟なのだから。

 僕は招きに応じて、のほほんと待ち合わせ場所へ訪れたにすぎない。

 ちなみにここは体育館の裏だ。僕と能登さん以外、人っ子一人いやしない。

 人目につかないというだけあって、景色もうら寂しかった。

 せいぜい桜の木が数本あるくらいか。春であれば枝も色づいてさぞかし壮観だろうけど、梅雨も明けたこのシーズンじゃ、なんの変哲もない樹木だ。

 閑話休題。

 双方だんまりだとらちが明かないので、僕が口火を切ることにした。

「今朝の昇降口の一件から振り返ると──」


♯ ♯ ♯ ♯ ♯


 朝、僕がいつも通り萌黄(もえぎ)高校に登校すると、日常との相違点が一つだけあった。

 僕の下駄箱に手紙が一通入っている。

 自慢じゃないけど、僕はラブレターのたぐいをもらったことがない。

 ……自認したら、やるせなくなった。この話題はやめやめ。

 ともかく誤配送かと思い、上履きのてっぺんに置いてある封書を手に取ってみた。


『天城(めぐる)さま』


 宛名は僕で合ってる。

 差出人を確かめるべく、ひっくり返してみた。


『能登ひまわり』


 彼女の名を目にした瞬間、得も言われぬ心境になった。

「なんの冗談だ」って疑う自分と、「能登さん、僕のことが……」と有頂天になりそうな自分がせめぎ合う。

 そして『今どき手紙とは古風だな』という疑念も氷解した。

 同級生にもかかわらず僕と能登さんは携帯番号やメアドを始めとして、互いの連絡先を交換してない。その辺を考慮すると下駄箱に封書を投函ってのは、理にかなっている。

 公衆の面前で開封することがはばかられて、僕は素早く上靴に履き替えた。

 人けのない非常扉方向へと歩く。暗がりに到達する否や、一気に破り開けた。

 ──これって果たし状ですか?

 文面に目を通した、僕の率直な感想だ。

 丸みを帯びた字体であるものの、

『放課後、体育館裏へ来られたし』

 と、したためてあったから。

 ふふっ、こじつけの極致だな。

 僕は闇討ちに慣れっこなものだから、つい邪推してしまったよ。

 人畜無害な能登さんに限って、『果たし合い』なんてバトル展開へ突入するはずない。

 彼女はどちらかというと、物陰に息を潜めて標的を無音で抹殺する、ヒットマンタイプだもの。

 ──うん。病んでるな、僕。合気道の訓練がハードすぎるのかも。

 とにもかくにも、僕はそわそわしっぱなしの挙動不審モードで授業を受け、下校時刻になるのを待ちわびた。

 余談だが、能登さんに平素と変わった様子は見られなかったことも付け加えておく。

 教室の誰とも雑談せず、休み時間はもっぱら読書して、昼食も一人で済ます。

 語弊なきよう注釈しておくと、能登さんはいじめられているわけでも、ハブられているわけでもない。

 能登ひまわりは孤独でなく、孤高の一匹狼なのだ。不可視のバリアを張り巡らせ、接触を極力シャットアウト。

 彼女は独りぼっちがデフォルトで、周囲も空気を読み、話しかけるのを躊躇する。

 それでいてナンパするのも二の足踏むくらいに容姿端麗。

 一部の男子は彼女を観賞用としてめで、「クドー(〈クールドール〉の省略形)たん」と呼ぶ。

 遠巻きに眺めて堪能、って接し方が能登さんを『お人形』になぞらえるゆえんだ。

 要するに有象無象の男子にとって、高嶺の花ってこと。

 向日葵(ひまわり)だけに。

 ……ごほん。めっちゃ脱線してしまった。本線へレールを切り替えよう。

 待ちに待った放課後となり、僕は部活に遅れる旨を顧問の先生に伝言した。

 これで後顧の憂いはない。あとは能登さんの愛の旋律に耳を傾けるだけ──

 って、いかんいかん。まだ告白と決まったわけじゃないのに。

 僕は校舎を回りこんだ。スキップしたいのはやまやまだが、そんな姿を〈ASEAN〉の連中に見とがめられると厄介だし。

 くだんの烏合の衆、僕が嬉々とする原因を、片っ端から姉に結びつけたがる。やつらの嫉妬深さときたら、マリアナ海溝級だもの。

 ちなみに、世間一般だと『ASEAN』は東南アジア諸国連合を指すけれど、我が萌高(もえこう)では趣が異なる。


【A】あやめ 【S】さまを 【E】永遠に 【A】愛し続ける いちずな団【N】


 つまるところ、あやめ姉さんの熱烈な崇拝者軍団だ。ただし本人非公認。

 僕は狂信者どもの監視網をくぐり抜け、本日のメインイベント会場である体育館の裏手に到着した。

 能登さんの姿は──ない。僕が一番乗りした模様だ。

 うぅ、猛烈に恥ずくなってきたぞ。

 なんだか僕、超張り切ってはせ参じたイタい待ち人、みたいになってないかな。

 思えば時間指定なしだったわけだけど、いったん出直してくるべきかも。

 僕が身を翻すと、折しも能登さんがやってきた。僕の目と鼻の先で立ち止まる。

 ここは一本道で能登さんに退路を断たれた格好だ。

「や、やあ。僕も今来たとこ」

 出ばなをくじかれ、僕はテンパッたのだろう。聞かれてもいないことを答えた。

 案の定、能登さんは小首をかしげる。

 せめて何か言い返してくれたら、ノリツッコミできたかもしれないけど、彼女は安定の無言だった。僕の珍回答が宙ぶらりんになる。

 能登さんが澄んだ瞳で見上げてきた。

 いやいや、そんな表現じゃ生ぬるいか。

 能登さんは僕の両目をロックオンし、ねめ上げてきた。

 僕と彼女の身長差で自然と仰ぐ形になるのだけど、その眼力たるや尋常じゃない。

『もしやカツアゲされるのかな』と危惧したぐらいだもの。

 僕の愚にもつかぬ小ボケが、そこまでお気に召さなかったのか。

「…………」「…………」

 それからどのくらいの間、見つめ合っていたろう。

『見つめ合う』って言い回しだといかにもロマンチックだけど、僕らの場合、『威嚇合戦』のほうが適切かもしれない。

 言わずもがな、萎縮する敗者は僕だ。

 僕が沈黙に屈する間際、能登さんが重い口を開いた。

「あたしのこと、どう思う?」

 想定外。僕にとって空前絶後の質問だった。

 道化を承知で自白すると、僕はここを訪ねるにあたって、多少なりとシュミレーションを試みたのだ。

 僕が思い描いた仮想能登ひまわりの切り出しは、

「先生の話つまんなくて、授業中眠かったな」

「あーあ、あいにくの曇り空だね。明日は晴れといいな」

「突然、呼び立ててごめん。でもわざわざ来てくれて、ありがと」

 こんなところだ。

 なのに現実は開口一番、

『あたしのこと、どう思う?』

 まさかの突飛なクエスチョン。

 斜め上だ。自由すぎるよ、能登さん。

 僕が閉口していても、能登さんは眉一つ動かさず、なんら言葉を重ねない。辛抱強く僕の返しを待ち続ける。

 この娘あれだな。外堀を一切埋めず、直球勝負にこだわる性分なのだろうか。

 ピッチャーとしては絵になるかもしれない。しかし意思疎通の観点からはどうなんだ。単刀直入一本やりじゃ、会話が円滑に進まないだろうに。

 能登さんのコミュ力は、もはや口下手ってレベルでもない気がする。

 ふと我に返ると、時折まばたきするくらいでブレない美貌が間近にあった。

 能登さんのファンからすればうらやましいシチュエーションかもしれないけど、彼女の威圧感たるや半端ない。

 鋭い眼光が如実に物語っている。

 ──もったいぶってないで答えてくんないかな、ブタ野郎。

 僕の脳内補正によると、能登さんはドSな女の子らしい。

「く、クラスメイトの女子、かな」

 催促の圧迫感に耐えかねて、僕は当たり障りない返答をした。

「ふぅん。単なるクラスメイト、ね」

 能登さんは誰にともなくつぶやいた。

 改めて言語化されると、心ないアンサーだったように感じるから不思議だ。

 ううん。ドントウォーリー、天城巡。僕は間違っちゃいない──はず。

 待てど暮らせど、能登さんに次なるトークをする素振りがない。

 僕から話題を提供しないことには、日が暮れそうだ。

「じゃあ能登さんは、僕のことをどう思ってるの?」

 伝家の宝刀、質問返し。手詰まりになったら、オウム返しするに限る。

 というか結果オーライ気味だけど、これが本来の流れだよな。

 能登さん、僕に何か思うところがあって、この場を設けたはず。

 どこで齟齬が生じたのか、僕が彼女の心証を語る羽目になったものの、やっとこさ本筋に戻ったのだ。

 能登さんは即答しなかった。腕を組み、眉間にしわを刻んでいる。

 発声こそしないけど、擬音をつけるとしたら「むむむむ」に違いない。

 僕の問いかけ、そこまで難題だったか?

 あるいは言葉を選んでいるのかも。

「姉の七光りの愚弟」

「無能な虫けら」

「甲斐性なしのクズ」

 ぐふっ。どれもこれもクリティカルヒットは免れない。

 整った相貌の能登さんに、蔑みをはらんだまなざしで罵倒された暁には再起不能を通り越し、『Mの世界』の住民になってしまうかも。

 そして懊悩中の能登さんが、おもむろに腕組みを解いた。真顔になって言う。


♯ ♯ ♯ ♯ ♯


 そこで冒頭の「返事は少し待って」にリンクするわけだ。

 僕バッシングが鳴りを潜めたのは僥倖だが、かと言ってなんの解決にもなってない。

 顧みたところで結末は一緒だもの。

 僕はラブレター(らしきもの)で呼び出され、のこのこやって来たはいいものの、肝心のメッセージは先延ばし。

 意味深な謎かけのみ残し、能登さんは立ち去ろうとしている。

 こんな状況下で「どうぞお帰りください」と言うやつは、仏様クラスの度量の広さだ。僕には到底マネできない。

「さすがにこれじゃ生殺しだよ。こっちは部活を後回しにしてまで、来てるんだから」

 あー、ちくしょう。あとの祭りだな。

 言ってしまってから、我ながら恩着せがましかったことに気づいた。

 スケジュール調整は僕のさじ加減であって、能登さんに責任転嫁するのはお門違いだ。

「ごめん、今のはなかったことに──」

「部活って、合気道部?」

 能登さんが僕の謝罪を遮った。

「え、あ……うん」

 虚をつかれて、肯定がしどろもどろになる。

 能登さんが、僕の所属クラブを知っているとは思わなかったから。

「確かに天城くんの都合、考えてなかった。ごめんなさい。あたし帰る」

 能登さんはぺこりとおじぎしたかと思うと、回れ右して一目散に行ってしまう。

 引きとめようと吐いた言葉が、追い払う結果を招くとは。逆効果この上ない。

「はぁ~~」

 僕は曇天を仰ぎ、盛大に嘆息した。

 美少女が自分にほれているかも、なんて思い上がりもはなはだしいな。

 能天気、ここに極まれりだ。阿呆め。

『能登さんのいたずら』ってルート、なぜ予期しなかったのか。

 というか、それ一択だよな。僕は担がれたに決まっている。

 脱臼したんじゃないかってくらい肩を落とし、前方を見据えると──

 はたして、帰途についたはずの能登さんがいた。

「ほわっ」

 僕は素っ頓狂な声を発して、飛びすさった。ホラー映画で幽霊が主人公を急襲するのに近い、唐突なご登場だったから。

 マジで貞子かと思ったよ。

 駆けてきたのか、能登さんは息をはずませていた。呼気を整えるべく深呼吸する。

「言いそびれた。質問の答えは後日する。けど少なくともあたしは、天城くんが嫌いじゃない」

 能登さんは心なしか達成感をにじませた面持ちで、今度こそ取って返した。

 一方の僕は呆然と立ち尽くし、風でなびくツーサイドアップの後ろ髪を見続ける。鏡がないので断定できないけど、ギネス並みの間抜け面をしてるに違いない。

 彼女が去り際に放った一言は、僕の懐疑を払拭するどころか、謎に拍車をかける悪循環でしかなかった。

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