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よくある異世界トリップの風景

 市民図書館。

 そこが、僕にとって唯一の安らぎの空間だった。

 もうすぐ夏休み前の期末試験が始まる。そのために勉強する場所を探していた。

 というのも、家では弟たちが常日頃騒いでいるおかげで、とても勉強が出来るような環境ではなかったからだ。では学校はというと、放課後になると冷房が切られてしまうが故、おそらく一〇分もしないうちに集中力が切れてしまうだろう。それに、あまり自分が勉強している姿を同級生に見られたくないのだ。

 一応、僕は学年一の秀才ということになっている。別に僕自身、特に意識したわけでもない。ただ、他の人よりも早めに試験勉強を始めているからたまたま高得点がとれているだけだと思うのだ。しかし、やはり成績が突出しているとどうしても目立ってしまう。それも悪い方向に。

 別に勉強ができるからといって、女子にモテるわけでもない。やはり、容姿と性格が重要なのだ。僕みたいな、根暗なにきび面だとまず声をかけてもらえない。一方で、男子からは勉強ができていいよね、と嫉まれる。ついたあだ名が「ガリ」だ。おそらく、ガリ勉と痩せた体つきをかけているのだろう。……ちっとも嬉しくないあだ名だ。

 何も勉強大好き人間というわけではない。僕だって、ゲームもするし、漫画やラノベだって読む。インターネットだってするし、テレビだって大好きだ。

 ただ、一番前にいるというだけなのだ。それなのに、何故か周りの人達とは遠く離れた存在であるかのように思えてしまう。

 友達もほとんどいない。僕だって、もっと友達が欲しいし、女子とも楽しく喋りたい。そうは思っているものの、いざ行動に起こそうとすると、尻込みしてしまう。それも、友達が少ない原因の一つだとは思うのだが。

 そういうわけで、ますます自分という殻に閉じこもってしまう。勉強もその一つだ。友達が少ないから、一緒に遊ぶこともほとんどない。部活動も入ってないから、さらにやることは限られる。まさに悪循環だった。

 生まれ変われれば、もしくは異世界に行って別の人間になれれば、幾度となく思った。しかし、現実はそんな都合良くはできていない。それに、生まれ変わった先が今より不幸になる可能性だってあるし、異世界がパラダイスだっていう保証もない。結局は、現状を受け入れ、その中でよりよくしていくしかないのだ。

 それでも……妄想することぐらいは構わないはず。妄想はいい。自分のしたいことが、望み通りになる世界だ。あの子と仲良くしたり、名声を手に入れ優越感に浸ってみたり。何をするのも自由だ。

 そうだ、異世界への旅を妄想しよう。

 この図書館にはラノベも置いてある。流石に漫画はないが、僕にしてみれば十分だ。早速、ラノベが置いてある陳列棚に向かう。

 異世界、異世界……と。棚からそれらしきものを探す。順に見ていくと——

『アーサー王に俺はなる!』

『ある日、異世界に旅立った俺は』

『異世界に召喚されたんだけど、何か質問ある?』

『異世界旅行日誌』

「……」

 あ行からわ行まで、びっしりと異世界ものだらけだった。ゲシュタルト崩壊どころではない。

「いやいやいやいや、いくら何でも偏りすぎだろう!」

 一人ツッコミした。ないよりはましだが、それにしても人気のありそうな学園ものやラブコメを差し置いて、何故異世界なのか。軽くめまいがした。

 そのときだった。

「聞こえますか?」

 どこからともなく声がこだまのように聞こえてきた。辺りを見回す。が、人一人いない。

 空耳か聞き間違いだろうと思い、受け流すことにした。しかし——

「聞こえますか?」

 今度は先ほどより大きなボリュームで耳元に届いた。もう一度周りを確認する。もちろん、声の主は見当たらない。

 いやいやいやいや、そんなはずはない。幻聴? それとも、幽霊が近くにいたり? もしかしてト○ちゃん?

 いずれにせよ、ここで返事をしてしまったら痛い子確定じゃないか……聞こえないふり、聞こえないふり——

「っていうかおい、聞こえてるだろ? 返事しろよ」

 え? ため口? っていうか命令?

「……あんた、誰だよ」

 この際、痛い子になるのは致し方ない。人がここにいなかったのが幸いだ。

「私は神です。神様なのです。偉ーい人なんですよ?」

 胡散臭ぇ。テレパシーみたいな非科学的な能力はともかく、自分を神だとか名乗る人を信用しろといっても到底無理だろう。

「まぁ、それは冗談として、キミは今の生活に満足してないように見て取れるのですがいかがかな?」

 うっ……確かに、満足していると言えば嘘になる。痛いところを突かれて、狼狽える。

「わかってます、よーくわかってますよ。私は何でもお見通しなのです」

 自称神様がなんだか得意そうに語り出した。

「誰も自分を見てくれない。誰も自分の本当の気持ちをわかってくれない。そんな現世につくづく嫌気がさしたことでしょう……でも、異世界は違います。世間体を気にする必要もありません。キミが欲する願いもきっと叶うでしょう」

 なんか怪しげな宗教団体の勧誘文句になってきたぞ? 大丈夫か、この人?

「どうです? 行ってみたくなったでしょう?」

「嫌だ」

 即答した。誰がそんな得体の知れない世界に行きたがるか。

「うーん、残念ですね……では、こうしましょう! 今ならもれなく主人公の権利がついてきますよ。どうです? 行ってみたくなったでしょう?」


   →やっぱり行く  行かない


 え、何? なんか、選択肢みたいなの出てきたんですけど?


    やっぱり行く →行かない


「うーん、残念ですね……では、こうしましょう! 今ならもれなく主人公の権利がついてきますよ。どうです? 行ってみたくなったでしょう?」


   →やっぱり行く  行かない


 さっきと言ってること変わんねえ! もしかして永久ループ?


    やっぱり行く →行かない


 かたくなに拒む。こうなりゃ気力勝負だ! 相手が引き下がるまで拒み続けてやる!

「うーん、残念ですね……では、こうし(ry」

「あーもう、うざったい!」

 思わず叫び声をあげてしまった。図書館内にいた周りの人が一斉にこちらを向いた。こんなくだらないことで注目を集めるとは……あぁ、視線が痛い。

「あ……すいません……」

 尻すぼみな声で謝る。同時に、勉強道具を急いで片付け、逃げるように図書館から立ち去った。

 外に出てからも、姿なき声は続いた。僕は徹底的に無視することにした。おだてられようが、けなされようが、怒鳴られようが、とにかく無視を決め込む。しばらくすれば、声の主も飽きてどっか行ってくれるだろう。それまで、必死に耐えるんだ!

「仕方がないなぁ……こうなったら、奥の手を出すか」

 自分の意志は固い。奥の手だろうがなんだろうが、何でも来いってんだ!

 数秒と経たぬうちに、突然目の前に女の子が現れた。外見からして、明らかにこの国の住人ではない。少女は目をうるうるさせながら、僕に話しかけてきた。

「助けてください。私の国が危機に瀕しているのです。どうか、お力添えをしていただけませんか?」

「お嬢さん、お困りのようですね。わかりました。僕でよろしければ、力になりましょう」

「では、私たちの世界に来てくれるんですね?」

「行きます」

 その途端、少女は満面の笑みを浮かべた。

「はいー! 『行きます』入りましたぁー! もうキャンセルなんかできないですからね! 『キャンセルしますか?』って問われてもキャンセルをキャンセルすることしかできないですからね!」

 直後。いきなり、目の前が暗転し、何かに吸い込まれるような感覚を覚える。まるで、ジェットコースターに乗りながら、宇宙に放り出されるような、そんな感覚。体を動かすことができない。何かを考えることもできない。そんな中、僕は次第に意識を失っていった。


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