7.ダンジョン運営:二週目
第三層を開拓したり、魔法の練習をしたり、アーシャの突拍子もない行動に驚かされたりしながら、瞬く間に一週間が過ぎていった。
魔王になってから二週目、メリルとの約束通り、一週間が経過したので再び結界陣で魔物を召喚することにした。
「<<我が眷属よ来たれ>>!」
ふふふ、もう目の前にスケルトンが現れてもビビったりしないぜ、スケ蔵とスケ道で慣れたからな!
閃光が収まった時、そこにいたのは緑の肌に小さな角。体長八十センチほどの邪悪さを漂わせる亜人がいた。
「ギャッギャッギャッ!」
「ほああ!!」
突然しゃべるもんだから驚いて変な声が出てしまった。あ、メリルが呆れてる。
「これはゴブリンですね、力の弱い亜人です。まあ力が弱いと言っても、人間よりは強いですが」
なるほど、RPG──ロールプレイングゲーム──なんかでは定番だな。
「んじゃあちゃっちゃか他の魔物も呼び出しますか」
そうして呼び出した魔物はスケルトンウォリアーが二体、ゴブリンが三体となった。第三層の開拓が三分の一ほど進んでいるから、その分魔物の質が上がったのだろうか。
ちなみに最初に呼び出したスケルトンは何の武具も持っていなかったが、今回呼び出したスケルトンウォリアーは最初から剣と盾を持っていた。メリルによると力もスケルトンより強いらしい。
「第三層を開拓する労働力が増えましたね。助かります」
なるほど、こうやって労働力を増やしつつより強力な魔物を呼び出し、力を蓄えていく訳か。この調子なら順調にダンジョンを拡張していけそうだ。
「それでは、本日も魔法の練習と開拓作業を行うということでよろしいですか?」
「あ、メリル、悪い、午後はちょっと狩りを試してみようと思う」
「狩りですか? まだ魔力量の調節が安定していないようですが……」
「軽くさわりだけでも雰囲気を体験してみようと思って」
「そうですか、わかりました。それでは午後は別行動にいたしましょう。私はスケ蔵達と今日召喚したゴブリンを率いて、第三層の開拓を進めます」
「わかった、よろしく頼むよ」
「ダンジョン周辺には危険な野生動物はおりませんが、くれぐれも注意なさってくださいね」
「OK」
そして午後、俺は隠蔽魔法を使って森の中を歩いていた。
隠蔽魔法は自身の姿を隠すもの、臭いを遮断するもの、音を遮断するもの、熱を遮断するものと複数の種類があるが、俺が使っているのは姿を隠すものだけだ。理由は単純に他の魔法を使えないからである。
しかも、姿を隠す魔法も安定しているとは言いがたく、周りから見たら熱くもないのに陽炎のように揺らめいて見えることだろう。全身に魔力を均一に出力し続けるのは難しいのだ。出力は既にメリルを上回るそうだが、魔力の操作はメリルには遠く及ばない。精緻なメリルの魔力操作を見ていると、自分の魔力操作は児戯に等しい。
とはいえ、開拓作業をしないで狩りに出たのだ、せめて何か食べられるものを持ち帰りたいと思っても仕方ないことだろう。
元の世界でもサバイバルの経験などないので、正直どうしていいかわからない。とりあえず風上に立たないように気をつけながら、なるべく足音を立てないように周りを散策する。
いきなり動物を仕留めたいとは言わないが、食べられる木の実や野草などはないだろうか。しかし、食べられるか食べられないかの区別すら俺にはつかないので、とりあえず持ち帰ってメリルかアーシャに判断してもらうしかない。
ないない尽くしで情けない限りだが、今日狩りに出るといったのには他にも理由がある。まずは食料が切迫する前に何かしらの目星をつけておきたかったというのもあるが、後は単純にダンジョンの周りを見ておきたかったのだ。
以前上空から見た時には近くに泉があったくらいで、人間の村はやや遠くにあったと記憶している。その情報と地上から見た時の情報の差異を埋めておきたかった。
すぐさま起こることではないと思うが、ダンジョンが侵入者に制圧されてしまい、外に逃げるしか手段がなくなったときなどを考えると、ダンジョン周辺の情報はあったほうがいい。
まあ、ダンジョンの出入口は一箇所しかないので、結界陣まで攻め入られたら逃げ切れない可能性のほうが高いのだが。
「お、ウサギ……っぽい生き物」
なんか一本角が生えている。突進とかされたら痛いでは済まない気がする鋭さだ。
「あれ食えんのかなあ」
そもそも捕まえられるかどうかの問題もあるけど。
「とりあえず魔法でも撃ってみるか、当たるかわからんけど」
軽い気持ちで魔法の準備をする。火系の魔法は森林で撃つには危険すぎるので、水系の魔法を使うことにする。手のひらに魔力を集めて……っと。
「<<水の矢>>」
ブシュッとホースから水が噴射されたような音を出して、水で出来た矢がウサギへと向かう。
「当たんねえ……」
避けられたとかじゃなくて、狙いが外れていた。無論、音に気づいたウサギは既に逃げ去った後だ。
「やっぱメリルの言うとおり、もっと魔力をうまく操れないと厳しいかなー」
今日は素直に木の実とかを採取して帰ろう。地形もある程度は把握出来たし。隠れられそうな洞穴とかは見つからなかったけど。
ダンジョンに戻ってきた俺を迎えたのは、警備のスケルトンウォリアー(スケ太郎、スケ次郎)とアーシャだった。
「魔王様、収穫なしぃ?」
「う、そ、そんなことないぞ! ほら! 食べられそうな木の実だ!」
袋に詰めた木の実を見せる。
「それー、毒持ちぃ」
「えっ!?」
「食べるぅ?」
…食べまセン。
「ほーらモフ助、餌ですよぉー」
「わああやめてくれっ!」
「冗談ですよー」
眠そうな顔で恐ろしいことを言いやがる。俺のモフ助が死んだらどうする!
「眠そうなのは生まれつきですぅー」
ほんとか?
夕食後、俺はメリルと話をしていた。
「なあメリル、この世界の通貨ってどうなってるんだ?」
「通貨ですか。魔界では魔貨を使いますね」
「どんなの?」
「こういうものです」
メリルが取り出したのは鈍く光る黒色の硬貨だった。
「単位によって形や大きさが違うものがいくつかありますが、少額の買い物は大体百単位、十単位、一単位の魔貨を使います。高額の買い物などになるとかさばるので、特別に作られた価値の高い魔貨や、宝石、価値の高い武具、美術品などで代用されることもあります」
「なるほど。じゃあ人間界や天界だとどうなるの?」
「人間界では金貨、銀貨、銅貨が主に使われます。王侯貴族達が使う物には大金貨や白金貨もあるそうです。まあ、滅多に使われない代物だそうですが。ただしエルフやドワーフなどの種族は、独自の通貨を使っているところもあるそうです。一方天界は魔界と似ていて、天貨と呼ばれる白い硬貨を使っています。私は持っておりませんが、天界でよく採取出来る金属で作られているらしいです」
メリルが人間界の金貨、銀貨、銅貨を見せながら説明してくれる。
「ふうん、それぞれの世界で通貨が違うんだね」
「はい、我々は基本的に魔貨のみを使うことになるでしょうね」
「こっちの世界じゃ金貨とか銀貨、それに魔貨なんてなかったからさ、もし良かったらそれ、一枚ずつ貰ってもいい?」
「はい、構いませんよ」
メリルからそれぞれの硬貨を受け取る。なるほど、金や銀は俺が知っている金属と同じっぽいな。混ざり物とかはわかんないけど。魔貨は金属らしいけど、まるで石みたいな質感で、不思議な感じがする。
「魔貨はなんか変わった質感をしているね」
「そうですね、魔界で取れる金属が原料と聞いておりますが、製法については偽造を防ぐために秘匿されております」
「まあ当然だね」
「はい、その特殊な製法、偽造できない特徴などから、祝い事などの際に記念魔貨の制作を依頼する貴族などもおります」
「へええ」
硬貨一つにも色々と特徴があって面白いな。
「通貨についてはもうよろしいですか?」
「うん、わざわざありがとう。また訊きたいことがあったらその都度訊くよ」
「はい、それではもう遅いですし、休みましょう」
「はーい、おやすみなさい」
「お疲れ様でした」
翌日、寝室から俺が出てくると、通路でアーシャが奇妙な格好をしていた。
背中の羽根が天井に向かって引っ張られるように空中に浮いており、腕も足も尻尾もだらーんと地に向かって伸ばされている。
羽根だけはぱたぱたと動いており、足の先が地に付きそうになると、ぱたぱたぱたっと動いてアーシャの体を再び上空へ持ち上げる。
そのペースは徐々に遅くなっており、最初見ていたときはぱたぱたぱたっくらいだったのが、ぱたぱたっ…ぱたっからぱたぱたっ…、ぱたっ…ぱたっ…となっていく。
最終的にはどうなってしまうのか、つま先が地についてしまったらどうなるのか、ひょっとして何かやばいんじゃないのかなどの考えが頭の中を駆け巡る。
そしてついにつま先が地面に──っ!!!
「アーシャ! 浮きながら寝るのは止めなさいと言ったでしょう!」
スパーン! とメリルがどこから取り出したのかスリッパでアーシャの頭を盛大に叩いていた。
その瞬間アーシャはべしゃっと地面に突っ伏して、しばらくぷるぷるしたと思ったら涙目でメリルを見上げる。
「メリル様ひどいですぅ、いいところでしたのにー」
「居眠りをしているからです」
居眠りなのかあれ……インプって凄いな。
「魔王様、あれはアーシャだけです」
「凄いでしょー、ちなみに移動しながらでも寝れますよー?」
凄いけど……見習いたくはない。
「便利なのにぃ」
「ほら、馬鹿やってないでさっさと仕事に戻りなさい」
「はぁい」
アーシャは本当に、訳がわからん。
その後、特に変わったことは起こらず、魔法の練習と第三層の開拓を進めて今週の作業は終わった。
食糧事情が切迫してきたので、何か手を打ちたいところだが……
最終的にはメリルがどうにかすると言っていたが、あまり乗り気ではなさそうだったので、何か解決案を出したいところである。
やはり、かねてから計画していたあれを実行に映すべきかも知れない。