22.尋問
大変長らくおまたせいたしました。連載を再開させていただきます。
牢屋に着いた俺達は、まず天界兵達の姿を眺めた。
手足を拘束され、首に魔力封じの枷をはめられた四人の天界兵。そのうち羽のない一人は意識がないようで、横になったまま微動だにしない。
「……」
そんな中、無言でこちらを睨みつけてくるのは最も体格の良い天界兵だった。
敵意の込められたその視線を受けて、こちらの視線も険しいものとなる。
確か、セレナからの話によればカインと呼ばれていたらしい。
「貴方達は何故このダンジョンに攻めてきたのですか?」
まず言葉を発したのはメリルだ。俺達が最も気にするべきことについて訊く。
「はっ、てめえらに教えてやる義理はねえな」
だが天界兵──カイン──はにべもない。
「他の方々はどうなのですか?」
一方メリルはカインからさっさと視線を外し、他の二名に訊く。
「ぼ、ボクは……」
「……」
それぞれ反応を見せるが、やはり積極的に情報を提供しようという気はないようだ。
「魔王様」
「……ああ、任せるよ」
メリルが確認してきたのは、尋問は任せてもらっても構わないかということだ。
俺は頷いてみせたが、事前にあまり凄惨なことはしないで欲しいと伝えてある。
甘いと誰もが思うかも知れない。だが俺には、拷問やそれに類することは許容出来そうにないのだ。
もし最悪彼らを殺すことになったとしても、それは苦しませずに行いたい。
ダンジョンを預かるものとしては甘すぎるその考えに、メリルは文句を言わなかった。
恐らく、過去のメリルなら異議を唱えただろう。しかしこれまでお互いやってきて、メリルは俺に気を遣ってくれるようになった。それがダンジョン運営を第一に考えた場合、不利になるとわかっていてもだ。
それによってメリルへの負担が増えていることに申し訳ないと思いながらも、どうしても甘えてしまう俺だった。
今もまた、メリルは俺へと配慮しながら天界兵に尋問を行おうとしていた。
「……なるほど、教えるつもりはないと。わかりました」
メリルは顎に手を当てると、そのまま横になったまま動かない天界兵へと歩み寄る。
「では、彼を殺しましょう」
「!!」
その発言に大きな反応を見せたのは小柄な天界兵だ。大きく体を震わせると、視線がメリルと横になった天界兵の間を何度も行き来する。
「貴方はセレナに発見されたとき、魔物の死体が散らばる広間で必死に彼を治療していたそうですね。魔力が尽きてからも、生命力を使って限界まで」
コツコツと足踏みをしながら、メリルは続ける。
「我々としては情報さえ得られれば良いのです。ですから、四人いるあなた方のうち、既に死にそうな天界兵の一人をわざわざ治療してまで、ダンジョン内に拘束しておく必要はありませんね」
放っておけばどうせ死ぬでしょう。そう言外にメリルは伝えていた。
「あ、う……う……」
もはや彼女は混乱の極致にあるのだろう、呻くことしか出来なくなっていた。
「ですが貴方が我々に情報を寄越すのであれば……彼の治療を継続しても構いませんよ?」
仲間への思いを利用した尋問。それは定番ではあったが、それ故に大きな効果を持っていた。
「ロナ……」
呟いたのは黒い羽根を持つ天界兵。彼女は複雑そうな顔をしてロナと呼ばれた小柄な天界兵を見つめていた。
「うう、うー!」
そして小柄な天界兵──ロナ──は、涙を浮かべていやいやするように頭を振る。その姿は、仲間を助けたいという思いと、天界を裏切ることは出来ないという思いの間で揺れ動いていた。
「くそがっ、わかったよ! オレが全部話をしてやらあ!!」
そこで声を上げたのはカインだ。
「おいロナ、恨むならオレを恨め。てめえのせいじゃねえからな、勘違いするんじゃねえぞ」
「カインッ!」
ロナはカイン名前を呼ぶと、どうしてという顔をする。
「この状況じゃどうにもならねえだろうが、おい、そこの魔族、話をしたらマイルの治療は継続してもいいんだな?」
カインは捕虜になっているというのになんとも尊大な口調で訊いてくる。
「ええ、いいですよ」
「そうかい、もし約束を違えたらてめえら全員ぶっ殺してやるからな」
「どうぞご自由に。その状態で我々に傷ひとつ負わせられるとは思いませんけどね」
「……ちっ」
当然そんなことはわかっていたのだろう。カインは舌打ちをする。
「まぁ、約束は守りましょう。我々は簡単に約束を破るような恥知らずではありませんからね」
これは本当だろう。メリルは俺がそういった約束を違えるのが嫌いだと知っているからだ。
「それでは聞かせてもらいましょうか、まずはあなた方がこのダンジョンに攻め込んできた理由から──」
……
カインが魔族から尋問を受けている間、イレーヌは考えていた。
カインが天界の情報を話す気になったのはロナのためだ。それはマイルや自分とは違い、ロナは孤児であるとはいえ、天界に残してきた孤児院の仲間達──血は繋がっていないとはいえ、家族と同等の存在──がいるからである。
ロナのマイルを心配する気持ちは本物だ。彼女はマイルを助けたいと本気で思っていた。
しかし、天界に家族がいるのもまた事実、そんなロナが天界の情報を自分で話すということは、家族を裏切るということに他ならない。
心優しい彼女には、どちらも選べずに頭がパンクしそうだったのだろう。
そこでカインが代わりに話をすることに決めた、結果としてマイルは一時的に助かるが、天界の情報はこの魔族へと伝わってしまう。
これからどのように事態が動くかはわからないが、もしもカインの伝えた情報が元となり、魔界と天界の間で再び大きな戦争が起こった場合、それが原因で天界にいるロナの家族達に危害が及んだとしたら──
そこまで考えて、カインは自分を恨めと言ったのだろう。
不器用だが仲間思いのその決断に、ロナはどう思うのか。
その時が来た場合、彼女はカインを恨んでしまうのか──
……いや、今はそれよりも、現状を打破するための方法を考えねば。
このままでは情報を引き出された後、私達全員が始末されるのではないか。
それを防ぐために何かしらの策を講じなければならない。
イレーヌは一度目を閉じると、深く思考に沈んでゆく。
……
ひと通りの情報を訊き出した俺達は、執務室でこれからのことについて話をしていた。
「なるほど、エレーナ・フィオル・フィリエルという天界人の差し金ですか」
「知ってるのか?」
「いえ、存じ上げません。ですが、どこかで目にした名前だったと……」
「わざわざうちを狙ってくるってことは、じいさん関連か?」
俺もメリルも、そんな天界人と面識はないのだから当然の考えだ。
「そうかも知れませんね。少々魔界史を確認してみます。後はランドゲルズ様の行動記録ですね」
メリルが言っている魔界史というのは、魔界に関係する様々な出来事がまとめられた年表のようなものらしい。そこには天界との争いについても記述があり、大規模なものであれば当然記録されているということだった。
「ああ、頼む。それと来るかも知れないっていう、天界の追手に対する対策も行わないとな」
「ええ、そちらは一両日中に来るということはないでしょうが、備えは必要ですね」
訊けばあのカイン達は天界を追放同然で追い出され、ダンジョンに派遣されてきたのだという。そんな事情に、敵ながら少々哀れみを感じてしまう。もちろん、俺達が被った被害を考えれば許せるような理由ではないのだが。
「しかし、天界にまで目をつけられるとなると、戦力的に防衛が厳しくなるな……」
「そうですね、今回の件でアンデッド以外の魔物はほぼ全滅してしまいましたし、セレナも今回使った魔術の負荷が大きく、しばらくは身体強化魔術を使うのに支障があるでしょう」
「まぁ、幸い魔王会議も早めに終わったし、しばらくは俺がなんとか頑張るよ」
「そんな、魔王様の手を煩わせずとも、それなら私が……」
「……いや、ハインドとの戦いで実感したんだ、俺には圧倒的に戦闘経験が足りないってさ。だから、多少なりとも実戦を経験していかないとまずいと思う。……侵入者達の命を簡単に奪えるようにはならないと思うけど、さ」
「……そうですか」
渋々ではあるが、メリルは頷く。以前に俺が人を殺した時の様子を思い出しているのだろう。精神的に不安定になったらすぐに止めさせるという考えが垣間見える。
「とりあえずは、当面の脅威に備えないとな……」
「はい」
「それに、あの天界兵達をどうするかも……」
仲間達を傷つけられたことに怒りはある。しかし俺は、責任を取らせて殺すという決断も出来ずにいた。どのように処遇を決めたら良いものか。
「しばらくは捕虜として天界の情報を引き出しましょう。彼らの話では天界から救助が来るなどということはありえないようですし。処遇についてはおいおい考えていけばよいかと」
「うん、そうだな」
俺は一度頭を振って、意識を切り替える。
今はとにかく、情報を集めてダンジョンの立て直しに務めなければ。