17.魔王会議-四日目-
話の展開が思いつかなくて時間がかかってしまいました……
その日、俺達はヴェイン城の小会議室にいた。
三日目までとは打って変わって人数の少ない参加者達は、皆魔王やその側近、そして軍の幹部ばかりだ。
ちなみに何故か皇帝陛下もいらっしゃる。流石に皆慣れているのか、皇帝から放射される魔力波で気絶するような者は居ない。
そして現在、人間界における魔界の勢力図、そして各ダンジョンの保有戦力について報告をしているところだった。
予想はしていたが、なんといってもうちのダンジョンが保有する戦力だけ文字通り桁違いに少ない。
他のところは魔物の数が八千とか言っている場所もあり、<奇人の住処>との差を思い知らされるばかりだ。
勢力図に関しては人間界にちらほらとダンジョンが点在している感じで、流石に人間界に魔界の国があるような状態ではないらしい。まぁ、人間の国の一部がダンジョンになっている、という感じだろう。
しかしダンジョンが保有する戦力は人間たちにとってかなりの脅威だ。いくつかのダンジョンは、明らかにそこにある国が保有する人間の兵力より魔物の戦力のところが高いだろう場所がある。
魔界側が本気で人間界の侵略に乗り出せば、いくつかの国は人間界の地図から消えることとなるのは間違いない。
また、勢力図には発覚している天界のダンジョンらしきものの書き込みがあり、近くにあるダンジョンでは度々天界の兵力と魔界の兵力が小競り合いを起こしているらしい。
幸いにも<奇人の住処>周辺には他のダンジョンも、人間の大国も、そして天界のダンジョンも存在していない。まぁ、辺境だからなのだが。
新参者かつ、立場も低い俺は周りの話を聞きながらふんふんと頷いていたのだが、横に控えていたメリルの様子が急に変わったことに気づいた。
「どうした?」
「ダンジョンが天界兵に襲撃されました」
小声で訊いた俺に、メリルも小声で返してくる。
「なんだって!?」
だが俺は、その内容に思わず立ち上がりそうになってしまう。
「落ち着いてください。アーシャからの情報では、人数は四名ということですので、そこまで心配はいらないかと思います」
しかし、そう言いながらもメリルの表情は晴れない。
「他に何か気になることがあるのか?」
「ええ……どうやらそれなりの手練が含まれているようで……」
言葉を濁してはいるが、つまり取るに足らない戦力ではないということだ。
「……ダンジョンに戻ろう」
俺はすぐに決断する。魔王会議も重要だが、それよりもダンジョンにいる皆の方が大事だ。
「いえ、魔王様はこのまま魔界に残ってください。私が先に戻って事態に対応いたします」
しかしメリルはそれを許さなかった。
「だが」
「魔王会議を途中で抜け出すなど前代未聞です。恐らく許されないですし、何らかの罰則が与えられる可能性もあります」
反論しようとした俺を封じ込めて、メリルは続ける。
「……」
「お分かりいただけましたか?」
「……わかった。皆のことを頼む」
苦渋の色を滲ませながら、承諾する。
「はい、お任せください」
そう告げてメリルはさりげなく会議室を退席しようとする。
だが、そこで思わぬ邪魔が入った。
「おい、どこに行くんだよ、ダークエルフ」
かけられた言葉には明らかな侮蔑の響きがあった。
その言葉を聞いて、会議室内の視線が一気にメリルへと集中する。
声をかけたのは、ハインド魔王だった。
「火急の用事にて一度退席させていただきます」
メリルはそんな中でも冷静に言葉を返す。
「おいおい、だからって魔王会議の途中で抜け出すのか? 田舎の魔王様は部下の躾がなってないな」
なあおい、と周りの部下に同意を求め、部下達もそうだそうだと声を上げる。
「……何?」
俺達に対する明らかな侮辱に怒りがこみ上げる。
「大体我がどこに行くのかと訊いているんだ、それにしっかりと答えるのが礼儀だろう?」
周りの魔王からすれば天界兵四人の襲撃など、きっと大したことがないだろう。だが俺達にとっては大問題だ。それを悟られぬための言動だったが、ハインドはそこを突いてきた。
「……我がダンジョンが天界兵に襲撃されており、救援に行くためです」
メリルが少し言いづらそうにしながら返事をする。
「ほう! 天界兵が! それで、規模はどの程度なんだ?」
ハインドはまるで会話を盗み聞きしていたかと思ってしまうくらい、図ったように天界兵の規模を訊いてくる。
「……四名です」
訊かれては答えぬ訳にはいかない。正直に答えるメリル。
「ははっ、四名? たった四名の天界兵が来たくらいで大騒ぎしているのか? 流石ダークエルフなんぞが迷宮大将をやっているダンジョンだ、これは驚きだな!」
「!!」
そこで俺は我慢出来なくなり、思わず立ち上がる。
「ふんっ、田舎の魔王が、貴様がそんな体たらくだから天界兵に付け入る隙など与えるのだ」
だがその俺を更に見下してハインドが告げる。
余りの言いように、俺はこれまでハインドへ抱いていた不快感が爆発した。
「俺は確かに未熟な魔王だ……だがメリルを侮辱するのは許せねえ。取り消しやがれ!!」
「ダークエルフを侮辱して何が悪い? 汚らわしい混ざりものではないか」
何がおかしいのか全くわかっていない顔でハインドが返してくる。
「てっ……めえ!!」
その瞬間、俺の堪忍袋の緒が切れた。
「落ち着け!! 陛下の御前だぞ!!」
ハインドに殴りかかりそうになった俺を制止したのは、巌のような鍛えあげられた体をした巨漢だった。その言葉に含まれる威圧感に、俺は僅かに冷静になる。
俺達が静かになったところで、巨漢──確か火山のダンジョンを支配する古参の魔王、名前はダグラスだったか──が口を開いた。
「申し訳ありません、このようなくだらない争いをお見せしてしまい」
「よい」
それに皇帝は短く応じる。
「<奇人の住処>の迷宮大将はもうよい、さっさと行け」
文句をいいかけたハインドを制し、ダグラスが告げる。
「はい、ありがとうございます」
一礼してメリルが会議室から出ようとするが、それを再び止める者がいた。
「メリルよ、待て」
なんとそれは皇帝だった。
「のうアースよ。お主、自分もダンジョンに戻りたいのではないか?」
皇帝は突然そんなことを訊いてくる。
「は、はい、それはそうですが……」
「ならばハインドと戦って勝つことが出来たら、魔王の就任式を略式で終わらせて帰らせてやろう」
「はい!?」
「陛下!?」
いきなりすぎる提案に、思わず俺とハインドの二人して驚きの声を上げてしまう。
「大魔王の選出は魔王の中でも最も強き者がなるのが定説。これは大魔王に限らず魔界では基本的な考えじゃ。なればダグラスによる仲裁を挟まず、先ほどの口論の決着もお主ら二人が戦ってつけるのじゃ。結果がどうであれ、敗者は勝者に謝罪せよ。これは命令じゃ。アースを人間界に戻してやるのはまぁ、おまけじゃな」
無茶苦茶にも思える内容だが、きっと皇帝は面白いからこんな提案をしたんじゃないかと思わせる笑みを浮べている。
なんて厄介な性格をしているんだ。
「い、いや、とにかくメリルだけでもダンジョンに戻してもらえれば……」
予想外の展開にすっかり毒気を抜かれた俺は、それでも一刻を争う事態に戦いなんてしている場合じゃないと返す。
「ならばその戦いで時間を使った分、城から魔界門までスレイプニルを使わせてやろう、上空を飛ぶからの、お主らが走るより圧倒的に早いぞ」
メリルに詳しく訊けば、風のような速さで走ることが出来る馬だと言う。
「陛下……その程度の用事でスレイプニルを使われるのは……」
ダグラスが渋い顔をして諫めるが、皇帝は全く取り合わない。
「よい、どうせ普段から餌ばかり食べて働いておらぬのじゃ、たまには仕事をさせんとな」
「……はぁ」
結局皇帝に逆らえる人物はおらず、俺とハインドはお互い戦わされることに決定しそうだった。
「ダグラス、どうせ今回話し合うことは特にないのじゃろう?」
「……はい、今回は大魔王の選出もありませんので、確かに問題はありません」
問われたダグラスは首肯する。
「ならば構わぬな」
「……否と言えるものはこの場におりません」
全くもってその通りだった。
一方、俺はなんでこんなことになったんだと頭を抱えていた。




