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ダンジョン運営奮闘記  作者: 優樹
魔王会議編
37/46

16.天界兵の襲撃-後編-

遂に決着です。

 魔物の死体が散乱する広間に、動く影が一つあった。

 いや、正確には二つである。一人は地面に身を横たえているのだ。

 動いている影はロナ、そして地面に横たわっている影はマイルである。

 他に動くもののない広間で、今、ロナは必死にマイルの怪我を治療している。

 ゴブリンメイジとオークメイジの攻撃魔法が複数直撃したマイルは全身に浅くない傷を負っており、今すぐ処置をしなければ死んでしまうほどだった。

 そのため、戦力的にそれほど重要ではないロナが、マイルの治療にあたっているのである。

 また、カイン達の中で治療魔法を使えるものがそもそもロナとマイルしかいなかったという理由もあった。

 カインは魔力調整が得意ではなく、そもそも治療魔法を使ったことすらなかった。そしてイレーヌは属性相性的な問題で光魔法に属する治療魔法は使えない。

 だから、ここにロナが留まっている以上、先に進んだカインとイレーヌの傷を癒すものはいない。

 しかしマイルは危険な状態だ、魔法で大きな傷はなんとか塞いだものの、大量に失われてしまった血液は戻らない。そのため、マイルは今も顔を青ざめさせて苦しそうに唸っている。

 そんなマイルをかばいながらダンジョンの奥に向かうことは出来ず、結果的にカインとイレーヌは二人だけで先に進むことを選んだ。

 冒険者達であれば一度街に引き返すという手段もあったのかもしれない。しかし、カイン達には戻る街も、そして補給もないのだった。

 持っている食料などにも限りがある、もはや引き返すことの出来ぬカイン達は、先に進んでダンジョンを攻略する以外の選択肢は存在しなかったのだ。

 今留まっているこの場がいつまでも安全であるという保証はない。だが、マイルに無理をさせるわけにはいかない以上、ロナは先に進んだカイン達を信じて待つことしか出来なかった。

「みんな……死なないでね……」

 か細い声でつぶやかれたそのロナの祈りを聞くものは、この場にはいない。


……


 ダンジョン内を揺るがすような咆哮が聞こえてきた時、アタシはたまらなく嫌な予感がした。

 とにかく急いで第一層に向かわねばならないと、全力でアタシは走りだした。

 そして、第二層からそろそろ第一層というところで、リザードマンの集団が何者かと対峙していることに気づいた。

 その何者か、というのは白き羽根を持った男と、黒き羽根を持った女だった。

 同時に気づく。奴らがここにいるということの意味に。

 半ば呆然としながら、アタシはリザードマンの群れに近づいた。

 その姿を見とめたのだろう、奴ら──天界の兵士達──がアタシに声をかける。

「ん? なんだ……こんな場所に人間か?」

 不思議そうな声を出したのは男の方である。

「カイン、気をつけてください。どうやらこのダンジョンの関係者のようですよ。それに魔力を帯びたアイテムを所持しているようです」

 注意を促したのは黒い女。

「どういう理由でここにいるのかわからんが、新手っつーわけか。人間と戦うのは初めてだ、楽しませてくれよ?」

 不敵な笑みを浮かべ、カインと呼ばれた男が斧槍を構える。

 アタシはそれに応えず、逆に問いかける。

「おい……ゴブリンとオークはどうした」

 嫌な予感を胸のうちに抱えながらも、想像とは違う答えが返ってくることを期待する。

「全員殺した」

 告げられた言葉は端的で、そしてこれ以上ない程正確に意味を伝えてきた。

 アタシは、それを聞いた直後に激昂した。

「貴様らあああああああああああああああああ!!!!!!」

 瞬時に抜剣してカインへと飛びかかろうとする、だが、そこで思わぬ邪魔が入った。

 アタシを制止したのはなんとリザードマン、それも群れのリーダー格の個体だった。

「どけっ!! 奴らをぶっ殺す!!」

 憤怒の表情を浮かべてリザードマン達に命令する。

「ジュララァァァ!」

 だがそれでもリザードマンはどこうとはしない。言葉はわからないが、ここは任せろと言っているようにも見える。

「……っ!」

 それを見てアタシは少し冷静になった。そうだ、怒りを抱いているのは何も自分だけではない、リザードマン達もまた、命を賭して戦ったオーク達、ゴブリン達の仇を討ちたいのだろう。

 それに今のアタシはこのダンジョンの防衛責任者だ。怒りに任せて敵と戦う前に、まだやるべきことがある。第三層には指示を待つアンデッド達が残っているのだ。

 冷静になって見れば天界兵の人数が二人減っている。手練と思われた二人は残っているが、そうではない方は死んでいった彼らが文字通り命がけで倒したのだろう。

「……任せたぞっ!」

 心配が無いわけではない、それでもアタシはすぐに意識を切り替え、この場をリザードマン達に任せて第三層へと向かった。


……


「なんかこのダンジョンは変わってやがるな。人間もいやがるしよ」

 セレナが立ち去った後、カインが呟いた。

「そうですね……第一層の魔物達も決死の覚悟をしていたようですし」

「奴らは敵ながら見事な覚悟をしてやがったな」

 カインは傷を受けた脇腹をさすりなら答える。傷自体はロナの治療魔法によって癒されているが、完全に治ったわけではない。戦うのに少なからず影響があるだろう。

「ええ、そしてまた、その覚悟を決めた魔物と戦わなければなりませんね」

 会話するイレーヌ達を取り囲むのは、ざっと三十体はいるリザードマン達。彼らは皆武器を構え、カイン達を睨めつけている。

 背後こそ取られていないが、二人で戦うには余りにも不利な状況だ。

「カイン、なんとか時間を稼いでください。その間に魔法の準備をします」

「オレ一人で十分だと言いたいところだが、本調子じゃねえ今は厳しいか。仕方ねえ、任せるぞ」

 カインがそう言葉を発した途端、リザードマン達が一斉に包囲を狭める。

「ジュララァァァ……」

 漏れでた吐息は隠しきれぬ怒りが含まれていた。

「ふんっ!」

 カインは一度気合を入れると、ハルバードを横薙ぎにする。するとかき乱された大気が轟と音を鳴らした。

「来いよ、相手をしてやる」

 その発言を聞くと同時にリザードマン達が一気にカインへと殺到する。

「はぁっ!」

 突き出される槍を避け、振られる曲刀を柄で受けて弾き返す。

 カインが戦っている場所は通路から広間に少し入った位置だ。後方にはイレーヌが控えており、魔法を使うために魔力の集中を行なっているため、なんとしてもこの場を死守しなければならない。

 幸いなのはリザードマン達に遠距離攻撃をしてくるものがいないことか、皆何かしらの獲物を手にしているが、弓を持ったものは居ないようだ。また、魔法使いらしき姿も見えない。

 だが、その練度はゴブリン達よりも高い。容易に殺らせては貰えないだろう。

「はっ! やるじゃねえか!」

 暴風のようにハルバードを振り回しながら、カインが声を上げる。しかし、実際はそれほど余裕のある状況ではなかった。

 イレーヌの魔法発動を妨害しようとするリザードマン達を牽制し、そして自分を狙ってくる相手の攻撃も受け流さねばならない。今、カインは一度に五体以上ものリザードマンを一人で相手していた。

 今もまたリザードマンの武器が体を掠め、カインの体に傷をつける。

 身につけた鎧は防御出来なかった攻撃で至る所にへこみが出来ており、その衝撃をカインの体に伝えていた。

 鎧を脱げば恐らく全身に青あざが出来ていることだろう。

「まだまだァ!!」

 それでもカインは不敵な笑みを崩さずに武器を振るう。その一撃でイレーヌの方へと向かおうとしていたリザードマンが腕を刎ね飛ばされ、痛みに転げまわる。

 しかしカインにもダメージは確実に蓄積していた。このままでは遠からず致命的な隙を晒すことになるだろう。

「カイン、いきますよ。避けてください」

 徐々にイレーヌのいる通路側に押し込められていたカインだったが、そこでイレーヌの声が響く。魔力の集中が終わったのだろう。

「なんだと?」

 思わず訊き返したカインだったが、イレーヌは答えずに魔法を発動する。

「<<我招くは魔界の闇、無影の刃よ、全てを貫け>>」

 地面に手を当てて詠唱した瞬間、イレーヌを中心とした半径十メートル程の範囲内に、大量の影の刃が地面から突き出した。

 それはカインの足元からも発生したが、警戒していたのだろう、しっかり避けていた。

「おい! あぶねえだろ! なんて魔法使いやがる!」

 イレーヌが使った魔法は闇属性中級魔法シャドウグレイブだ。術者を中心として広範囲を攻撃することが出来る魔法だが、敵味方の区別をすることが出来ないため、使用出来る場面は限定される。

「カインなら避けられると思っていました」

「てめえ……! いつかぶっ飛ばしてやるからな……!」

 カインは怒気を滲ませながら答えるが、イレーヌの使った魔法の効果は非常に高かった。

 幾体ものリザードマン達が影の刃に貫かれ、戦闘不能に陥っている。

 まだ戦えるものでも無傷な者はほとんどおらず、どこかしらに手傷を負っている状態だ。

 しかし、一気に優勢になったかと見えたカイン達だったが、イレーヌの顔色は優れない。

「カイン、これほどの魔法はもう使えないでしょう、魔力が足りません」

 そう、イレーヌは第一層での戦いの最中もずっと魔法を使い続けていた。もはや今のような広範囲を攻撃する魔法は使用出来ないだろう。

「ちっ……仕方ねえ、後は個別でやるぞ」

 怒りを収めたカインはハルバードを構え直すと、再びリザードマンと相対する。

 そして残ったリザードマン達もまた、決死の覚悟でカイン達へと殺到した。


……


 第三層の入り口でアンデッドを率いて陣を敷いたアタシ達は、事態が動くのを待った。

 叶うことならば、第三層に訪れるのが仲間のリザードマンであってほしい。そう思っていた。

 そして、その願いは半分だけ叶えられることになる。

「ジュラ……」

 全身を血に染めた一体のリザードマンが第三層に現れる。古参の者ではなく、比較的最近呼び出された個体のようだ。

「大丈夫か!」

 言葉が通じないとわかっていても、思わず声をかけながら近寄ってしまう。

「ジュラ……ラ……」

 アタシは天界兵の排除に成功したのかと思ったが、その若いリザードマンは背後を指差し、首を振った。

「そんなっ……!」

 それは明確に、天界兵を排除出来なかったことを伝えていた。

「畜生……他の奴らは皆やられちまったってのか!」

 今度こそ怒りを抑えることが出来ない、アタシは手をぶるぶると震わせながら第二層の方を睨みつけた。

「……このリザードマンを第四層まで運び込んでやれ」

 伝言をして力尽きたのだろう、気絶したリザードマンをスケルトンに運ばせる。

「もうこれ以上は先に行かせないよ」

 アタシは懐から魔力結晶を取り出し、力強く握り締める。

「<<我が肉体に宿るは鬼神の力、暴虐なる力を我に与えよ。全ての敵を殲滅するために>>」

 使った魔術は無属性中級魔術オーガパワー。普段使うレッサーパワーとは違い、効力も効果時間も大きい魔術だが、肉体にかかる負荷が高いため、余程のことが無い限りは使用しないものだ。

「<<我が肉体に宿るは風神の速さ、疾風の素早さを我に与えよ。何者にも囚われぬ風のように>>」

 更に風属性中級魔術ウィンドアジリティを使用する。こちらも普段使うレッサーアジリティより効力も効果時間も大きいが、やはり肉体にかかる負荷は高い。

 これら二つを同時に使用することなど滅多にないため、体がギシギシと軋みを上げる。

 そして、アタシの総魔力量を大きく超える魔力が、魔力結晶から流れこんでくるのを感じる。

「くぅっ……!」

 だが、準備は整った。もうこれ以上このダンジョンを荒らさせはしない。

「来たか……」

 第二層から第三層へ向かってくる二つの人影。それはカインとイレーヌだった。

 向こうもこちらに気づき、武器を構える。

 その構えられたカインの武器には、拭いきれぬ血痕が至る所に付着していた。

「……もう好き勝手やれるのはここまでだ」

 アタシは天界兵達に告げる。先ほどとは違い、静かな怒りがふつふつとアタシの中から沸き上がっていた。

「はっ、さっきよりいい面してるじゃねえか」

 応じたのはカイン。全身の至る所に傷を負いながらも、余裕の笑みを浮かべている。

「カイン、あの人間はお任せします。アンデッドは可能な限り私が」

 一方イレーヌは冷静に戦力を分析していた。

「てめえの魔法じゃ相性的に厳しいだろうが、あの人間を相手にするのは難しいか、ま、無理すんじゃねえぞ」

 アーシャからの情報では、黒の色を持つ天界兵は闇属性魔法が得意ということだったので、同属性であるアンデッド達には効果が薄いのだろう。

「行くぞ」

 短く告げるとアタシはカインへと向かって走りだした。

「はぁっ!!」

 長剣を気合と共にカインへ叩きつける。それをカインは半歩動くことで避ける。

 アタシはすぐさま剣を引き戻し、突きを放つ。

 それもカインは身をひねることで避けるが、今までに負った傷と疲労が蓄積しているのだろう、初めに第一層で見た時のような精彩は無い。

「ちっ!」

 僅かに胴を掠めた剣に、カインは舌打ちを漏らしながらアタシへとハルバード横薙ぎに振るう。

 アタシはそれを避けずに、刃を斜めにして受け流す。

「んだと!?」

 ビリビリと衝撃が腕に伝わってくるが、受け流せない勢いではない。

 今まで魔王サマと何度も繰り返し行なってきた模擬戦の結果が、今ここに現れていた。

 魔王サマの斬撃は威力、スピード共に尋常ではない。

 本気の攻撃は視認すら不可能な速さで振られるが、普段の訓練だって手を抜いている訳ではない。油断すれば大怪我する程度の威力は秘めているのだ。

 まともに受け止めれば武器ごと破壊されるそれを何度も何度も訓練を通じて受け流し続けたアタシの防御技術は、このダンジョンに来る前と比べて飛躍的に上がっていた。

 また、普段使わないオーガパワーの恩恵もあり、手傷を負ったカインの斬撃は容易に受け流すことが出来たのだ。

「そこだぁ!!」

 斬撃を受け流されたことで体勢の崩れたカインへ、逆袈裟切りを見舞う。

「ぐおぉ!!」

 カインは体勢が崩れた状態から無理やり後方へ飛び退き、それを回避するが、よけきれなかったのだろう、右腕に傷を負っていた。

「おいおいマジかよ……お前本当に人間か?」

 いくら本調子ではないとはいえ、身体能力が圧倒的に劣るはずの人間に斬撃を受け流されたのが余程驚きだったのだろう。カインは驚愕の表情を浮かべている。

「正真正銘人間だ……よっ!」

 飛び退いたカインを追って、アタシは相手の懐へ飛び込む。

 傷を負った右腕に力が入らないのか、ハルバードを左手に持ち替えてカインが応戦する。

 だが、打ち合いを続けるうちに、徐々にカインの防御を崩して攻撃が当たるようになってくる。

 未だ致命傷は避けているが、それももう長くは続かないだろう。

「決めさせてもらう!!」

 アタシはカインの体勢が大きく崩れた瞬間を狙って、心臓を狙って必殺の突きを放った。

「カイン!」

 しかし、それはイレーヌが放った漆黒の剣に邪魔されることとなる。

 今まで漆黒の剣を生み出してアンデッド達と戦っていたイレーヌが、カインが不利と見て、手に持った武器を投げつけたのだ。

 アタシはそれを強化された敏捷性で、慌てて飛び退くことによって回避する。

 そして、カインのピンチを救ったイレーヌは、逆に武器を失ったことによりスケルトンウォリアーの刃をその身に受けることになる。

「殺さず捕らえろ!」

 アタシはそうアンデッド達に指示すると、カインへと向き直る。

「まだ殺しあうか?」

 アタシは構わないと言外に告げる。

「やってやろうじゃねえか、と言いたいところだが、女に命を救われちゃあそれを捨てるわけにもいくめえ」

 この状態で戦ったら生き残れねえしな、と手を振って、ハルバードを地面へと落とす。

「降参だ」

 こうして、双方に大きな被害を出した戦闘は決着を見たのだった──


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